0.スターティングメンバー
スターティングメンバー |
札幌(1-3-4-2-1):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、福森晃斗、MF白井康介、荒野拓馬、宮澤裕樹、菅大輝、鈴木武蔵、チャナティップ、FWジェイ。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF石川直樹、MFルーカス フェルナンデス、深井一希、中野嘉大、早坂良太、小野伸二。既報通り小野がベンチ入りし、アンデルソン ロペスは沈黙のベンチ外となった。深井はミシャ体制で初のベンチスタート(これまではスタメンを外れた試合は全て欠場)。想定されていた小野の起用法と関係があったのかもしれない。
浦和(1-3-4-2-1):GK西川周作、DF岩波拓也、マウリシオ、槙野智章、MF宇賀神友弥、エヴェルトン、青木拓矢、関根貴大、FW長澤和輝、武藤雄樹、興梠慎三。サブメンバーはGK福島春樹、MF山中亮輔、阿部勇樹、森脇良太、マルティノス、FWファブリシオ、杉本健勇。リーグ戦ここ6試合スタメン起用が続いていた橋岡がベンチ外となり、代役は5月以来の右起用となる宇賀神。中盤センターは2試合ぶりにエヴェルトン。
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1.想定される互いのゲームプラン
1.1 札幌
試合に勝つことと別に、小野を何らか起用するミッションを抱えたゲーム(あるとしても終盤になるが)。浦和に対しては、埼玉での対戦と異なり、ある程度持たせても大丈夫、とする分析をしていたと思われる。但しアンデルソンロペスを欠くため、フィニッシュはやや遅攻寄りとなる。スペースがあれば前にボールを運べる荒野の起用(及びアンカーでの運用)はこの速攻のオプション確保の考え方もあったかもしれない。
1.2 浦和
浦和の視点としては、自軍前線の選手や札幌DFの選手特性を考慮すると、基本的には速い展開でフィニッシュに持ち込みたい。大槻監督就任後のこれまでの試合と同様に、高い位置から札幌のビルドアップに対し圧力を与えてショートカウンターを狙うことは基本。
加えて、札幌にとって”都合の悪い局面”でなるべくプレーさせるといった考え方も感じられた。すなわち札幌が苦手とする非保持全般と、札幌陣内での保持(ビルドアップ)。前者の時間が多くなると札幌はリズムが悪くなる。後者は失点直結のリスクを抱えており、プレッシャーを受けるとナーバスになる。これらのシチュエーションが生じる時間や機会をなるべく確保するように戦う。
同じ理由で、ポジティブトランジションもゴールを狙う意識がいつもより強めだった。世界一快適な環境でプレーできるスタジアムの対戦ということもあってか、いつもよりも、序盤から圧力は強め、テンションが高めの試合の入りを選択していた。
2.基本構造
2.1 いつも通りの”ジェイの周辺問題”
事象を先に提示すると、このゲームは「浦和が浦和陣内でボールを保持」する時間が多くなった。DAZN中継の集計によると、前半のボール支配率は札幌37:浦和63。この浦和のボール保持時間の多くは浦和陣内、ないしセンターサークル付近でバックラインの選手によって行われていた。
この理由は双方にある。まず、札幌のジェイの存在。というとジェイ個人に問題があるように捉えられがちだが、ジェイが前線で出場している時の札幌は、高い位置からの守備強度を担保することは難しい。個人の選手特性の問題でもあるし、それ以外の問題でもある。昨今、相手GKの監視は最前線のFWの選手の仕事として定着しつつある。ジェイにマウリシオと西川の2人の監視を求めることは難しいし、そもそもそのようなジェイでなくてもできる仕事に、ジェイのスーパーなクオリティを使うべきではない。
ともかくジェイの起用によって守備強度を担保できないことは浦和にも完全にバレている。だから”ジェイの周辺”でボールを保持することで、浦和はボールを保持したいならその時間を確保できる。
浦和はボールを保持したかったか?Yes/Noの二択で言うと前者だったと思う。ボールを保持していれば、札幌の得意のボール保持攻撃を封じられる。キーマンのチャナティップ、砲台の福森、裏抜けの武蔵、好調の白井、これらを同時に封じるにはそもそも自分たちでボールを持っていればいい。ただし浦和のフィニッシュは遅攻での攻略があまり意識されていないので、得点したいなら別の手段を講じる必要はある、といったところ。
浦和の4人+西川のビルドアップに札幌はジェイと荒野の対応がはっきりしない |
浦和はその気になればボールを好きに持てる。札幌はこの局面を打破することができるか?例によって”ジェイの周辺問題”を解決しなくては難しい。
2.2 前半の荒野に積み残された課題
もう一つ、浦和は青木を最終ラインに下げることで、”ジェイの周辺問題”によって享受するメリットを更に盤石にできる。札幌はボールを持ちたいなら、ジェイだけに任せるのではなく、誰かがサポートして解決を図らなくてはならない。青木の担当はマッチアップ関係からいうと荒野。マウリシオと槙野の間まで下がる青木(上図)に対して、荒野はどこまでついていくかの判断を迫られ、またこの時の荒野の振る舞いは、前半の札幌の考え方をある程度示していたとも言える。
いつもは「どこまでもついていく」荒野。この試合の前半はかなり控えめで、青木への対応はジェイや武蔵に任せていた。ただ武蔵によるサポートは浦和も想定内で、GK西川を使うなどして単発的なプレスを回避していた。
となると、札幌は前半、浦和から能動的にボールを回収することが殆どできていなかった。前半は0-0のスコアレスで進んでいいとするならこの振る舞いでもいい。ただし、後半浦和からボールを回収して攻撃に転じたいなら、どうやって浦和からボールを取り上げるか、この点は前半の札幌と、荒野にとって”後半への持ち越し、積み残しの課題”となる。
2.3 こっちも理由はジェイの存在
「2.1」「2.2」の通り、浦和に対し、前線守備にどこかブレーキがかかってしまう格好の札幌。対する浦和は、前線3枚の機動性を活かし、札幌のボール保持時に高い位置から圧力をかける。恐らくこの狙いは、札幌のビルドアップのフェーズでのミスを誘い、そのままショートカウンターからのシュートチャンスに持ち込んでしまおうとのもの。
札幌のビルドアップの枚数は(いつもと同じだが)[4-1]の最大5枚+ク ソンユン。[4-1]の[4]は、深井がいないので、深井の役割を宮澤、[1]を務める宮澤の役割が荒野。浦和はこの[4]を興梠・武藤・長澤の3選手でカバーし、パスコースを消してからGKク ソンユンにボールが戻されると興梠が二度追いし、ソンユンが”やり直す”時間を奪う。場合によってはエヴェルトンと青木もサポートに加わる。
浦和は3+1人でプレスを頑張る |
浦和の3~4人が迫ってくる状況で、ク ソンユンやキム ミンテは”なにがなんでも地上戦”とする選択はとらない。札幌にはジェイがいるからだ。パスを15本つないで敵陣に侵入することと、ロングフィード1本で敵陣に侵入することのどちらが効率がいいかと言えば当然後者だ。ジェイが全く勝てない状況に直面しない限りはこの選択は常に有効だ。但し、ジェイに当てた後のサポートは、その後の40メートルを前進するために必要になる。
浦和はジェイに当ててくることも当然想定内。ジェイにはマウリシオを常に配置する。その両隣のDF(槙野と岩波)の役割は、最低1人がマウリシオの背後をカバーリング。もう1人は、下がって受けようとするシャドーの武蔵とチャナティップを、前進して迎撃する。
札幌は危なくなったらジェイにすぐに逃がす |
試合序盤は武蔵に槙野、岩波は背後をカバーする役割が多くなっていたと思う。これは札幌のクソンユンやキムミンテが体の右側、かつ右足でボールを扱うことが多かったことも影響しているし、浦和も武蔵を”2人目のターゲット”として警戒していたことも要因に挙げられるだろう。興梠や武藤が、ソンユンやミンテの右足を残すように追い込んでいたかは何とも言えない(普通は利き足を切ったほうがいい)。
なお8月からFIFAの競技規則改正の影響で、ゴールキックをペナルティエリア内で受けることが可能になった。札幌は宮澤がペナルティエリア内にポジションを取っていたが、キムミンテはペナルティエリアの外でプレーする。これは試行錯誤をしているところだと思うが、もしかすると、キム ミンテはあえて外に置いている(あまりゴールの近くに置くとナーバスになってしまう)という意図があったのかもしれない。
3.試合展開 0分~15分頃
3.1 既に明白な構図
この時間帯から「2.」に示した構図は既に、かなり明白になっていく。浦和はボールを保持して最終ラインで動かす。時に1分間以上も浦和が安定的に保持している局面もあった。札幌は[1-5-2-3]で撤退。”ジェイの周辺”はやはり曖昧だが、曖昧なままでも戦える、というのが今の時点での答えなのだろう。
曖昧ではなかったのはチャナティップと武蔵の、それぞれ岩波と槙野への対応。この2人にボールが入ると、中を切りながら正面に立つ。札幌は中央を切っていた。この武蔵とチャナティップの担当エリアから直接、中央を割られて決定機になることはさほど多くなかったが、むしろプレビュー(「5.2」)でも触れた通り、マウリシオや青木のところから、ジェイの周辺をグラウンダーのパスが通過して、興梠や武藤に直接入る場合が既にあり、浦和は札幌がこの対応を続けている限りは”出し入れ”は容易そうな状況だった。
バックラインでは半永久的に動かせる浦和と中央を切る札幌 |
ただし浦和は上図でも示したが、マンマークで人についてくる札幌DFの背後にできるスペースをあまり狙わない。上図でいうと進藤の背後に興梠が飛び出すことは稀で、そこで前進するよりはやはり(少なくとも前半は)ボールを保持してゲームをコントロールしながら、札幌にストレスを与えつつ進めていこう、との意図を感じた。
3.2 早くも本領発揮
札幌のボール保持の局面は、浦和にとって”札幌にストレスを与える”局面だ。同じシステムで攻守ともに戦う札幌も、ある程度は浦和と似たような考え方を持っている。しかし先述のように、ジェイがいるためボール非保持時に機動性に欠ける札幌と比べると、浦和がより”本気で”相手にストレスを与えて困難な状況に陥れようとしていた。
13分過ぎの場面。札幌はいつもの形でボール保持する。この時、浦和はエヴェルトンを前に出して宮澤を監視させる、ポジションバランスよりも人の関係を重視したほぼ純粋なマンマークディフェンスを敢行する。これを見て札幌は陣形を変える。荒野が更に列を下げてミンテ・宮澤と3バック状の形をとる。
浦和は興梠、エヴェルトンと、青木も加勢して同数で人を捕まえる。こうなると最終ラインでリスクを冒しずらい札幌は、GKクソンユンに下げることを余儀なくされる。
(13分)浦和はセントラルMF2人を前に出してプレス |
ソンユンにも興梠が寄せ、ソンユンは荒野にボールを逃がす。この時、ソンユンが荒野にボールを逃がせたのは、中央にいた宮澤が抜ける動きをすることで青木とエヴェルトンに一瞬迷いを生じさせたことも関係していたと思う。宮澤が抜けたところにはチャナティップが降りてくる。これはエヴェルトンが再び捕まえるが、札幌も浦和のハイプレスは予期していて、こうして枚数と人をいじることで解決を図ろうと準備していたことはわかる。
(13分)ジェイへのフィードで回避してビルドアップ成功 |
この一連のプレーで進藤と福森は高いポジションを取っており殆ど登場しない。この2人が高いポジションを取り、長澤と武藤を引っ張ることも、予め用意されていたのだろう。但し、この時、武藤は進藤を捨てて、中央を守ったりミンテをケアしたりと臨機応変に動けている。
タイトルを「本領発揮」としたが、この展開の結末は荒野からジェイへのフィードでジェイとマウリシオのエアバトル、ジェイが勝ってボールをキープしながら白井へ展開して、札幌が攻撃の形を一つ作った形になった。
このジェイの攻撃面での傑出した起点創出能力がある限り、どれだけ強烈なプレスを受けてもジェイに当てれば最低でもイーブン、成功すればパス1本だけのコストでビルドアップ成功、という線が残る。
「どれだけ走ってプレスをかけてもジェイに当てられれば無力化」と捉えるか、「ジェイにマウリシオが勝てれば札幌はどうしようもない」と捉えるか、もしくは「ジェイに当てるしかない時点で厳しい」とするかはその人の考え方によるだろう。結論としては、浦和はジェイを完封することは不可能だったし、札幌はジェイ以外にもボール保持時の策を持っていた。そうした、その後の展開も含めて、互いに想定内の攻防だったと思う。
4.試合展開 16分~30分頃
4.1 札幌の”別格の2人”
相変わらず、浦和のボール保持時には互いに目立った動きをしない。よって焦点は浦和のプレスvs札幌のボール保持、という状況だった。
札幌が初めてジェイへのロングフィード以外でビルドアップに成功したのは17分。右サイドのスローインからの展開だったが、荒野と宮澤が最終ラインに下がって[1-5-0-5]でボールを保持するのはそれまでの展開と同じだった。この時、スローインからのリスタートということもあったか、興梠のプレスのスイッチは少々一時休止気味。それまでの局面と比較すると、荒野や宮澤は余裕をもってボールを持てた。
その余裕が宮澤⇒チャナティップの縦パスにつながる。チャナティップは試合序盤から引いてボールを受ける機会を窺っていたが、埼玉での対戦でボコボコにされた浦和もその脅威は十分に警戒し、監視を怠らなかった。この時は前線の圧力が緩く、ボールホルダーに制限がかけられていない状態。岩波は引いて受けるチャナティップを一度捕まえようとしたが撤退に切り替えたのは、ジェイや菅が狙う、裏のスペースをケアする必要があったためだ。
一方チャナティップは「どこでも受けれて、どこまでも運べる」。一般にボールを受けようと下がる動きは、本来とるべきポジションから乖離し、仕事の遂行が難しくなるという点で推奨されない。ただチャナティップは下がって受けて、そこから反転してドリブルで運ぶプレーを簡単にやってのける(この試合の2時間前に行われていた河合竜二さんの引退試合を見れば「スペースでドリブルする」というのが言うほど簡単ではないことがわかる)。ミドルゾーンにおけるチャナティップと岩波のマッチアップはこの点で問題がある。
(17分)空洞化した中盤でチャナティップが活動開始 |
スペースを空けられない岩波と、下がって受けるデメリットが殆どないチャナティップ。ジェイと併せて、札幌はこの”別格の2人”に有効なボールが入るようになると、徐々に浦和のプレスをかいくぐって呼吸ができるようになる。特にこの日のチャナティップは、本来の左ハーフスペースにとどまらず、武蔵のいる右ハーフスペースにまで進出(その時、武蔵は裏に抜けたり被らないポジションを狙う)することもしばしばあり、浦和が前から捕まえると、中盤に人を置いていないがゆえにかなり浮きやすくなっていた。
25分にも再現性のある形、札幌のゴールキックからチャナティップ。この時は中央で槙野と1on1。切り返し1発で槙野を置き去りにすれば、前に人を投じている浦和の中盤はスループットと化す(この時は、白井のクロスを浦和DFがクリアしてスローイン)。
(25分)再び空洞化した中盤でチャナティップが槙野を突破すればビッグチャンスに |
30分にはこの形で3度目のビルドアップ成功、これが前半最大のビッグチャンスとなる。この時は中盤のスループットでボールに関与したのはチャナティップではなく武蔵。チャナティップのキープ/反転能力がなくとも浦和のプレスを破壊できると証明される。唯一の問題は、武蔵のシュートが枠に飛ばないこと。ジェイへのスルーパスに飛び出すまでは完璧だったが、シーズン序盤の「チャンスが5回到来しないと決められない武蔵」に戻ってしまった。
(30分)武蔵が味方を使って中盤を突破しジェイのスルーパスで裏に抜ける |
4.2 静観から前進へ
アウトサイドは宇賀神vs菅、関根vs白井。基本的に互いに1on1で対応している状況で、選手特性だけで考えると、何かを起こしそうなのは攻撃的な選手が対峙している札幌の右・浦和の左サイドだ。
関根が初めて仕掛けたのは25分頃。それまでは、ボールが入っても槙野に戻すか武藤にすぐに渡すだけ(渡した後に裏を狙ったりと前進に繋がる動きはなし)で静観していた関根、および浦和だったが、30分が見えた頃の時間帯から徐々に仕掛けを解禁していく。札幌の守備は特に変化がなかったので、浦和側の主体的な変化によるものだったと思う。
なお20分に大槻監督が興梠へ「サイドの裏のスペースへ抜けろ」と指示したらしいが、興梠個人を見るとそこまで動いていた印象はなかった。長澤や武藤もあまり裏には抜ける動きをしない。ベンチとしては、45分ずっと静観でいる気はなかったのだと思うが、選手の捉え方は少し異なっていたかもしれない。
5.試合展開 31分頃~前半終了
5.1 徐々にスライドするパワーバランス
ボール保持の局面において、徐々に狙いが出てきたのは札幌。37分には「4度目」のプレス突破。この時はチャナティップが受けて、武蔵に預けて武蔵が突進することで最終ラインとの勝負に持ち込んだ。
39分には「5度目」のプレス突破。この時は30分の「3度目」に似た、武蔵に当てて、一度リリースしてから槙野の背後に武蔵が走る形。ファウルでフリーキックを得て、最終的には荒野の惜しいループ気味のシュートで終わった。
但し、札幌が前掛かりになることは浦和にとって不都合ではない。最終的には少ない人数で攻撃したいので、そうなればカウンターを狙うまで。
35分には札幌の攻撃がクロス(西川のキャッチ)で終わる。西川の高速低空パントが火を噴く。右サイドを駆ける長澤に収まり、興梠へのクロスは僅かに合わず。
直後にも札幌陣内でジェイを潰してからのボール奪取に、長澤が角度のない位置から狙うもクソンユンの正面。
6.試合展開 46分~60分頃
6.1 キックオフ直後の展開
後半は浦和ボールでキックオフ。その最初の選択は、右の宇賀神を使う。宇賀神は中央へのカットインを狙う。菅が正対して突破を許さないが、右サイドに流れていた長澤のクロス(福森がカット)でフィニッシュ。
その直後の浦和。槙野⇒引いて受ける武藤への縦パスが通り、武藤から背後を狙う関根への浮き球のパスを狙う。前半は殆ど見なかった縦へのチャレンジを、後半最初の2つのプレーで選択していた。
対する札幌の最初のゴールキック。ク ソンユンはロングフィードを選択する。前半の20分過ぎからたびたび浦和のプレスの突破に成功していたが、後半はより慎重に入りたいとの考えがあったのかもしれない。
6.2 前進にはコストが伴う
しかしながら、守りを固めるチーム相手にその人数が多いエリアに前進することは一定のリスクをはらむ。そしてリスクを冒すとエラーが生じやすい。
例えば49分の、チャナティップがエヴェルトンのパスを引っ掛けてからの札幌のカウンターは、前半の浦和の「後ろで回しているだけ」では起こりえなかったシチュエーション。エヴェルトンはサイドの狭いスペースで、宇賀神(後半立ち上がり5分で2度仕掛けている)に預けようとしたが、チャナティップに読まれて引っ掛けられてしまった。エヴェルトンの背後にはDFが3人。前半はこのシチュエーションではバックパスしかしていない。90分のどこかで仕掛けなくてはならないが、それは札幌にとってもチャンスである。
(49分)エヴェルトンのパスをチャナティップが引っ掛けて札幌のカウンター |
6.3 パルプンテ炸裂
50分を過ぎると再び、前半のラスト25分ほどと似た構図になる。札幌のビルドアップvs浦和のプレッシング。
試合が動いたのは55分。札幌が一度クソンユンまで戻してのやり直す。ソンユンは落ち着いて荒野に預けるが、荒野の右足アウトでのフリックパスがチャナティップに合わず浦和が札幌陣内でボール回収。武藤の仕掛けからエヴェルトンの中央でのシュート。これは札幌の選手に当たって僅かにゴールを外れコーナーキック。
そして武藤のファーへのキックをマウリシオが宮澤に競り勝って、中央で荒野(ボールウォッチャーになってしまった)のマークを外したエヴェルトンが頭で押し込んだ。
失点の原因となったボールロストのプレー。あまり個人攻撃をしたくないが、荒野のフリックは軽率だった。その前の、味方(宮澤)に時間を与えられないキムミンテの何気ないパスも気になるが、直接の原因は荒野のボール関与にあった。浦和がここまでの55分間ずっと狙っていた地上戦ビルドアップの局面。このプレーの少し前にも、荒野は進藤からのボールをダイレクトでジェイにパスしている(このプレーは解説の戸田和幸さんに褒められていたが、ジェイが収められず浦和ボールになった)。後方のリスクを冒してはいけない(冒す必要はないし、そのためにジェイがいる)エリア・シチュエーションで、わざわざ難度の高いプレーの選択は、札幌のミスを常に狙っている浦和と対峙している状況では軽率だと言わざるを得ないだろう。
(55分)荒野が右足アウトでフリックしたパスがチャナティップに合わず浦和のカウンター |
緊迫したゲームの流れとは全くそぐわない選択をしてしまう(しかしその選択がたまに本人の能力の高さゆえに吉と転ぶ)荒野の特性がここで出てしまった。
スコアが動いた。そして「2.2」で触れた、前半の積み残された課題(ジェイがいる状態でどうやってボールを回収するか)が顕在化する。このシチュエーションで、札幌の前線の選択は「とりあえず追う」だった。動かざるジェイは西川に。ジェイのマークがずれれば武蔵や荒野、宮澤が加勢。シンプルだが、浦和はセーフティにクリアで逃れることが増え、まずは「浦和がずっとボールを保持している状況」は最小限にすることができた。
7.試合展開 61分頃~75分頃
7.1 左のルーカス
両チーム続いて最初の交代のカードは61分、札幌の菅⇒ルーカス。好調を維持する白井は右に残し、札幌加入後初となるルーカスの左起用に踏み切った。
61分~ |
定位置・右のウイングを白井に奪われてしまった格好のルーカス。投入前には念入りに指示を受けていたが、投入直後のルーカスはとにかく「最初から高い位置に張らない」を徹底していた。ビルドアップの局面でも、先に右の白井を張らせて、自身は身体を中央方向に向けてボールを受けられる(逃がせる)ようにサポートしていた。しかし64分には、ハーフウェーライン付近で受けたルーカスが長澤と宇賀神に捕まって、ドリブルで打開を狙ったところでボールロスト、あわやカウンターで興梠とクソンユンが1on1、となりかける。
65分。ルーカスは場が整ったのを見てハーフスペースに入っていく。この時、福森の動きをみて、福森が高い位置を取るタイミングに合わせて入っていく。札幌得意の旋回攻撃の動きだ。引いてくるはずの浦和に対して、まずこの人の移動でどのような変化が起こるのかを見て見たかったのだろう。
(65分)ルーカスが中に絞って福森のスペースを空ける |
結果は長澤が大外の福森についていく。長澤が守っていた、エヴェルトンの隣から荒野が前進して、ルーカスを使って(宇賀神に潰されたがボールがいいところに転がった)ボックス内まで侵入。荒野のクロスは合わなかったが、やり直しから白井のクロスをチャナティップがゴールを背にして収めて反転シュート(西川の正面)。
(65分)長澤が福森を警戒して動いたスペースから荒野が侵入 |
7.2 武蔵の同点ゴール
札幌が追いついたのは68分。浦和は左の関根が低い位置から仕掛ける。ドリブルで斜めに切り込み、白井の逆を取りかけるが、中央へのパスは福森がカット。先制点からちょうど10分後だが、浦和が簡単に前にボールを動かしてくれると、札幌としては前線から奪いに行く必要がないという意味ではありがたい。
福森がボールをゲインしてから、最終ラインに加わっていたルーカスへ。ここも「下がり気味の左のルーカス」が起点になった。右利きのルーカスが右サイドを見て、オープンスペースへ走る白井へ。白井が運ぶとボックス内は札幌3枚、浦和3枚と同数。クロスはジェイがつぶれて、宇賀神に当たって武蔵の前へ。速いタイミングでクロスを上げたことが功を奏した。
直後の71分、浦和は長澤⇒ファブリシオ。恐らくルーカスが絞り、福森が縦に進出する札幌の左サイドを速攻で突きたいとの考えだったと思う。
71分~ |
8.試合展開 76分頃~終了
ラスト15分は選手交代が活発になるも戦術的には大きな変化はなし。浦和は武藤⇒杉本、宇賀神⇒森脇。札幌は痛んだ宮澤に代えて深井、最後のカードはジェイに代えて小野、ではなく中野。ルーカスをシャドーに移す。
札幌は依然として、福森と白井が張ってシャドーが中央で勝負。ATに入る頃にルーカスのミドルシュート、AT3分にはチャナティップのスルーパスに武蔵が抜け出すも、コントロールが大きく枠にシュートできず。
9.雑感
9.1 試合の感想
以前も書いたが、プレーをしている以上どこかでミスは起こる。ただ、いろいろな種類のミスがある。防げるミス、必要のないプレーから生じるミスを減らしましょう、とする考え方に照らすと、浦和の先制点に繋がったプレーは、それまでの両チームの引き締まった攻防に水を差すようなものだった。
いち観客として見ていて、浦和のボール保持/札幌の非保持の攻防では何かが起こる気はしなかったが、札幌のボール保持/浦和のボール保持の攻防は、前進を阻害する浦和のプレッシングと札幌のビルドアップの対決は、”悪い意味でのJリーグ感”(適切なプレッシャーがない、間延びしていて互いに殴るだけ、etc…)がなく非常に面白い攻防だった。小野のラストマッチということもあって注目を集めたゲームだが、そうした特別感が生んだ試合ということにはならず、これくらいのクオリティが日常となれば、チームも選手も必ず伸びるのではないか。
9.2 小野伸二のFC琉球への移籍
若手選手だけでなく、チャナティップら外国人選手にも小さくない影響を与えたことの功績は言うまでもない(ミンテのインスタグラムが個人的には一番良かった)。ピッチ内では、やはり2015年後半~2016年開幕頃の「じゃあ(社長の?)リクエスト通り、小野中心のチームにしてみる?」を実行してみた頃を想い起こすと、こうしてJ1のチームとして送り出せたことは素直によかった、としか言いようがない。
用語集・この記事内での用語定義
1列目 | 守備側のチームのうち一番前で守っている選手の列。4-4-2なら2トップの2人の選手。一般にどのフォーメーションも3列(ライン)で守備陣形を作る。MFは2列目、DFは3列目と言う。その中間に人を配する場合は1.5列目、とも言われることがある。 |
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守備の基準 | 守備における振る舞いの判断基準。よくあるものは「相手の誰々選手がボールを持った時に、味方の誰々選手が○○をさせないようにボールに寄せていく」、「○○のスペースで相手選手が持った時、味方の誰々選手が最初にボールホルダーの前に立つ」など。 |
ショートカウンター | 守備ラインを高めに設定し、相手ゴールに比較的近い位置でボールを奪い、速く攻撃すること。 |
トランジション | ボールを持っている状況⇔ボールを持っていない状況に切り替わることや切り替わっている最中の展開を指す。ポジティブトランジション…ボールを奪った時の(当該チームにとってポジティブな)トランジション。ネガティブトランジション…ボールを失った時の(当該チームにとってネガティブな)トランジション。 |
ハーフスペース | ピッチを縦に5分割した時に中央のレーンと大外のレーンの中間。平たく言うと、「中央のレーンよりも(相手からの監視が甘く)支配しやすく、かつ大外のレーンよりもゴールに近く、シュート、パス、ドリブル、クロスなど様々な展開に活用できるとされている空間」。 |
ビルドアップ | オランダ等では「GK+DFを起点とし、ハーフウェーラインを超えて敵陣にボールが運ばれるまでの組み立て」を指す。よってGKからFWにロングフィードを蹴る(ソダン大作戦のような)ことも「ダイレクトなビルドアップ」として一種のビルドアップに含まれる。 |
ビルドアップの出口 | ビルドアップを行っているチームが、ハイプレスを突破してボールを落ち着かせる状態を作れる場所や選手。 |
マッチアップ | 敵味方の選手同士の、対峙している組み合わせ。 |
マンマーク | ボールを持っていないチームの、ボールを持っているチームに対する守備のやり方で、相手選手の位置取りに合わせて動いて守る(相手の前に立ったり、すぐ近くに立ってボールが渡ると奪いに行く、等)やり方。 対義語はゾーンディフェンス(相手選手ではなく、相手が保持するボールの位置に合わせて動いて守るやり方)だが、実際には大半のチームは「部分的にゾーンディフェンス、部分的にマンマーク」で守っている。 |
中野だったのはなぜでしょう?
返信削除「考えるブログ」に相応しいコメントをありがとうございます。
削除色々あると思いますが、まず私にはルーカスの左での投入が失敗だったように思えました。
中野に関しては、ラスト10分ほどは福森とチャナティップの左で攻めていたので、そこを軸に考えると、チャナティップと福森のためのスペーシングができる中野を入れたかった。ルーカスは途中投入だったので下げると(本人のプライドもあって)まずい。⇒じゃあどっかに移そう。
…ただこう考えると白井を下げてルーカス右でもいいし、ジェイを下げる必要がないんですよね。クロスのターゲットに武蔵とジェイ両方残しておく方が良さそうなので。
ラストはオープンになりかけてボールが行ったり来たりだったので、中央にルーカス残しておいた方が、なんかやってくれそう、みたいなシンプルな考え方ならわかるんですがね。
今回も読み応えのあるマッチレビューでした、ありがとうございます!
返信削除ところで、ここ数試合の白井選手の好調によって両WBのポジション争いが激化した感があり、サポとして嬉しい悲鳴を上げざるを得ません。
今後、菅・中野・ルーカス・白井の4選手がどの様に起用されるのがベターだと思いますか?(もちろん、対戦相手やシチュエーションによって変わってくる話ではありますが…)
お時間があれば、回答をお願いします。
これからも更新がんばってください!
ありがとうございます。ほどほどに続けます。
削除ここ最近は、左サイドの攻撃面においては福森がいるのであまりクロスでのフィニッシュに関わらなくていい、チャナティップもいるので中盤として振る舞わなくてもいい、よってシャドーストライカーないしワイドストライカーみたいな役割ができる選手がいい、とする指針が明確になってきているのを感じます。一方守備面を考えると、被カウンター時に一番戻れるのが菅、というのが決め手になっていると思っています。左はここから弄るとしたら、より攻撃的なオプションを持ちたい時に中野(FC東京戦で見せていたような相手を横断するドリブルからのファーへのクロスは他の選手にない)の起用、となるでしょうか。
右サイドは、「左(福森やチャナティップ)で作って右で勝負」とする位置づけになるので、ルーカスか白井か、どちらがより勝負できて、決定機を作る能力があるか、とする典型的なウイングの役割としてのシンプルな勝負に、まずはなると思います。今は白井が調子がいいとして、ルーカスは他の位置で使えるかというと、基本的にサイドで張って勝負しかなさそうなので、例えばシャドーで使うならまだ改造が足りないように見えます。