0.はじめに
あの時監督を変えたのも、あの時恋人と別れたのも、あの時会議で発言したのも、あの時学校を休校すると判断したのも、チーム名を長くしたのも、そして「何もしない」という選択をしたのも。何事もそうだが、選択したことの結果は多くの場合、3年くらい後になってみないとわからない。最近何か失敗したと思って落ち込んでいる人に伝えたいのは、「とりあえず3年待ってみれば?」という考え方で乗り切れることもあるということ。もっとも、世の中には検証するまでもなく明らかな失敗もあるのだが。経験を積み、それはなるべく避けるようにしたい。
2015年。バルバリッチ体制が突如終わりを告げ、U-18を長く指導していた四方田修平監督が就任してからもうすぐ5年が経つ。個人的には、当時の野々村社長の判断にはかなり懐疑的だったが、当時J2で9位だった監督に見切りをつけてトップチームでの指揮経験のない”生え抜き”監督の抜擢は、結果的には大英断だった。四方田監督はシーズン途中に引き継いだ就任初年度こそ、前体制の整理に終始したが、キャンプからチームを見ることができた2年目、そして舞台をJ1へと移した3年目のシーズンは、札幌に関わる人誰もが思い描いた理想的な結果を残し、「2016.11.12」の内村のスーパーゴール等、いくつかのエモーショナルな瞬間を残して、天才監督ミシャへとバトンを引き継いだためだ。
2016年は、翌年からDAZNとの10年契約が始まるシーズンで、昇格するタイミングとしては完璧だった。また札幌としても野々村社長の下で売上を徐々に拡大していた時期になる。Jリーグが弱肉強食へと出発する直前の電車に札幌は滑り込み、2017年の残留とミシャ招聘で、トップチームはフットボール的な観点では”軌道”に乗ることができた。
こうなってくると、”軌道”に乗る前を振り返ってみたくもなる。前々から過去の試合を振り返りたいと思っていたが、今回たまたま、2015シーズンのある試合の映像を闇ルートで入手することができた。本当は5~10試合くらい見られると、そのサイクルについて総括っぽいこともできるが、現段階ではこの1試合しか見れないので、単発のマッチレビューに当時の記憶を掘り起こしながら、わかる範囲で整理する形式の記事になる。
1.スターティングメンバーと試合の背景など
スターティングメンバー |
2015シーズンの第12節。試合開始時、木山隆之監督の愛媛は10位、札幌は6位。但し勝ち点差は3差で、首位はツエーゲン金沢だ。愛媛はこのシーズン5位でフィニッシュする。
名前が書かれていないサブメンバーは愛媛がGK曳地、MF近藤貴司、MF近藤貫太、MF村上、FW渡辺。札幌はGK金山、DF永坂、MF上里、MF中原、MF前寛之。2015年は都倉と内村が29歳で、宮澤が26歳、荒野は22歳になる歳だ。後にカオスの引き金となった?ニウドのシャドー起用はこの試合が4試合目。それまでの3試合は岡山、金沢、磐田相手に2勝1分けと結果を出している。
スカパー!中継で紹介された試合前のスタッツ。札幌はクロス本数が最下位の22位なのが目を引く。バルバリッチ体制の後は、FWへのクロス攻撃が特徴的なチームだからだ。一方、敵陣空中戦勝率は1位、自陣空中戦勝率は2位。愛媛はパス本数が2位。
2.バルバリッチ監督の頭の中と設計
2020シーズン開幕時点で、J1でレギュラー格の選手が札幌は4人(ク ソンユン、福森、宮澤、荒野。都倉、前貴之もJ1所属)に対し、愛媛はゼロ。瀬沼が横浜FCにおり、他、秋山と岡崎は所属元クラブへのレンタルバックだったりでJ1で選手登録されているが、主力としてはプレーしていない。選手の年代にもよるので一概には言えないが、札幌の方が”いいメンバー”が揃っていたと言えそうだ。
しかしながら、両チームとも同じシステム[1-3-4-2-1]なので比較がしやすいが、いいメンバーが揃っている札幌の方がパッシブな戦い方をしているように感じる。それぞれの相違を整理していく。
2.1 札幌の狙い
バルバリッチの狙いは明快で、「前の3枚を残した状態で守って、3人を走らせるショートカウンター」だ。この理由は大きく2つで、①相手がブロックを組んだ状態を崩すよりも、ブロックを組む前に攻めるほうが簡単、②都倉、内村、ナザリトと速攻に適した選手が揃っている、ため。セットプレーを除けば、これ以外のパターンには乏しい。
よって、札幌が得点して勝つためには、前線3枚をなるべくショートカウンターでアタックする役割にエネルギーを使わせたい。
ここから付帯的に、原則(平易に言えば、「約束ごと」)として、①シャドーをあまり下げたくない(下がるとカウンターができなくなる)、②3枚を中央からあまり動かしたくない、③ゾーン3(敵陣の相手ゴールに近いところ)でもなく、ゾーン1(自陣ゴールに近いところ)でもなく、ゾーン2(ピッチ中央)でボールを回収したい、等が定まってくる。ニウドや内村は、相手のボール保持時に頑張って走り回っているイメージがあるかもしれないが、どちらかというと動かない方が重要だ。
前3枚と後ろ7枚での役割分担 |
2.2 札幌が5バックでなくてはならない理由
システムと選手の組み合わせについて、これはどちらかというと、前線よりも最終ラインのスカッドから逆算した考え方になっている。平たく言うと、この当時の札幌で最も信頼できるDFは河合。ただ、このシーズン中に37歳になる河合は守備範囲が全盛期よりも狭まっている。2014シーズンはCB中央に奈良を試したが移籍してしまった。櫛引も試されたが、信頼を得るには至らなかったので、ゴール前に河合を置いておくことは不可欠だったのだろう。その河合が担当する範囲をより狭くするため、5バックになる[1-3-4-2-1]の採用は理にかなっている。「守る範囲が狭い」ことは河合だけでなく、福森にも前貴之にも、櫛引にもパウロンにも有益だ。4バックは選択肢にない。
2.3 理想の形と必要なキャスティング
中央を適切に切れていれば、スーパーな選手が相手にいない限りはサイドに攻撃を誘導できる。どこにパスしてくるかがわかっていれば守る側は簡単になる。バルバリッチ・チームは下図の赤い四角…ピッチ中央付近の、中盤センター2枚の脇~サイドのエリアでまずボールにアタック。ここで奪えれば、相手が手薄な状態で都倉・内村+1の速攻を繰り出せる。この形を最も理想としているので、役割を遂行できる選手を置きたい。
中央を切ってサイドに誘導してから(撤退せずに)ゾーン2でボールにアタック |
具体的には、前線は中央を切りながら速攻ができる選手。ナザリトは(メンタルに問題がない状態で)オープンなスペースで爆走すると都倉以上の脅威になれる。が、後のジェイ ボスロイド様と同様に、90分間ポジションを守れるか、という点で信用されていなかったのだと思う。
ナザが見切られて、前線のボスはそれまで右シャドーを担当しており、キャリアのピークを迎えつつあった都倉に代わる。空いた右シャドーに、ポジションを守れて速攻もできそうな選手…となった時に、(野々村社長が推す)小野伸二、前田俊介、砂川誠といった選手ではないな…という判断から、結果的にバルバリッチ監督の首を絞める原因となった男、ニウドに白羽の矢が立ったのだろう(ニウドについては後述するが、ボール保持のシチュエーションで別の役割も担う)。
速攻に繋げる、中盤でのボール狩りのメインキャストは、このシーズンから加入した稲本。開幕からのパフォーマンスは別格で、中央では無類の強さ、読みの冴えを見せる。また、稲本は後述する、ビルドアップにおける河合の役割の分散役でもあり、稲本からのウイングバックへのフィードは極めて重要なオプションだった。
その、36歳の稲本のパフォーマンスはJ2の連戦の中で徐々に低下していく。スタッツを見れば一目瞭然だが、開幕から20節まではスタメン出場を続けたが、徐々に出場時間が減少し、故障離脱もあって終盤は絶対的な存在ではなくなっていく。河合だけでなく、稲本も守備範囲が決して広くない。札幌はセンターラインにこのベテランのキープレイヤー2人がいるので、その周囲には動ける選手を配してバランスを取らなくてはならない。
オフに奈良が抜けた最終ラインは悩みの種だ。野々村社長-三上GM体制は前線の”クオリティ”偏重で、最終ラインの補強優先度は一貫して高くない。2016シーズンは、現場のリクエストもあって獲得された増川隆洋が英雄になったが、タフなJ2で勝ちあがるには計算のできるDFは不可欠だ。
このシーズン、左は期限付き移籍の福森でいいとして、右CBは故障がちだった櫛引、そしてパウロン。この試合、ベンチには永坂が入っているが、このポジションにおけるオーダーは先述の通り、ゾーン2で中央を切ってサイドに誘導した時にボールを狩れること。どちらかというと、育成年代では最終ラインも務めていた前兄の方が地上戦では永坂よりも計算できる、との判断だったのだろう。
当時から、J2は5バックで守る[1-3-4-2-1]のチームが多い。札幌も同じシステムなので、所謂ミラーゲーム、ピッチ全域で1on1が起こりやすい構図があった。1on1で勝てることは欠かせないし、相手が4バックだったにせよ、札幌のやり方は大きく変わらない(中央を切ってサイドに誘導)。必然とメンバーは固定気味になる。
2.4 ボール保持の位置づけと設計(ニウドの近藤祐介ロール)
2.4.1 監督の中での位置づけ
2.3までに示した通り、バルバリッチ・チームは、ボールを持たない局面を軸に設計されている。が、サッカーは相対的なスポーツなので、相手も同じような狙いを持っていれば札幌がボールを持つシチュエーションは増えるし、「我々はボールを必要としません」それだけでは設計として不十分だ。
ただ、バルバリッチ・チームは目の前の試合に勝つために、そしてJ1昇格に向けた42試合の昇格レースを勝つために、失点を避けることから起算されているのは間違いない。(それこそ、野々村社長が好む)ボールを保持して得点する、得点チャンスを多く作る、といった展開は、重要ではないとは言いすぎだけど、当時の札幌のリソースからすると、シンプルに優先度が低いとみなしていたのだろう。このバルバリッチ監督の考え方は、筆者は今でも間違っていないと思う。当時の札幌は年間予算が10億円台前半のチームだったからだ。何かを選ぶには、何かを捨てなくてはならない。それにサッカーのゲーム特性上、「いいストライカーがいればゲームに勝てる、いいディフェンダーがいればタイトルが取れる」が真理だからだ。ミシャ・チームは派手に撃ち合っているが、2019シーズンの最終順位は9位だった。
2.4.2 設計
優先度が低い中でも、プロの監督は必ず何らかの設計を描いている。
札幌のビルドアップの設計は以下で、一言でいえば「河合がニウドに蹴る」。じゃあ、単に放り込んでるだけじゃん、と思うかもしれないが、誰が誰に、どのようなシチュエーションで蹴るかを決めているのは十分な”設計”だ。
右のシャドーのニウドがターゲット |
繰り返しになるが、このチームは「いいディフェンダー」が揃っているチームではない。その中で一番「いいディフェンダー」は河合だ。その河合の起用から、チームの設計は逆算されている。
センターバックの中央はピッチの全域を見渡せる、攻撃の組み立て役としても重要性の高いポジションだ。ここに河合を置きたいので、その選手特性を考慮した設計が必要になる。となると、CBが頻繁にポジションを調整したり、枚数を調整してポジショニングで優位な局面を作って前進していこう、というよりは、もっとシンプルな手段の方が望ましい。後ろの負担は極力、最小限に、というものだ。
そして後ろがビルドアップ局面であまりコストを負担しないなら、前線が幾分かのコストを負担しなくてはならない。具体的には、相手DFを背負った、イーブンないし不利な状態で競り勝ったり、ボールゲインする働きが求められる。平たく言うと「雑に放り込んでも勝てる」のが必要になる。バルバリッチ監督に与えられた前線の駒は、スタメンの3人の他、野々村社長の推す「クオリティ4」(ナザリト、小野、前田俊介、砂川)、フィジカルモンスターの上原慎ちゃん(但し、アウトサイドと兼任)に若手の神田、榊。見ればわかるが、ナザリトを使いたくないなら、他にターゲットになれる選手がいない。そこで、ニウドに白羽の矢が立ったのだと推測できる。個人的には、前線のサイドで空中戦の的になる選手を「近藤祐介ロール」(石崎体制で同様の役割を担っていた)と呼んでいる。マンジュキッチよりもこっちの方が先だ。
2.4.3 ビルドアップに関するQ&A(リスク回避とリソース確保)
ここまで書いて疑問に思う人もいると思う。
一つは、「なぜ河合ではなく福森に蹴らせないのか?」。これは恐らく、ボール喪失時のリスクを嫌っている。福森から対角にニウドを狙うと、愛媛の選手の間をボールが通過する。ミスなく対角に50m届けられればいいが、失敗した場合は、相手が中央でボールを回収して逆襲に転じるリスクがある。
サイドチェンジが引っ掛かるとピンチに |
ザッケローニも当初、日本代表チームでサイドチェンジをあまり好まなかったが、一般にサイドチェンジにはそれなりのリスクがある。ミシャみたいに福ちゃんを信用しろよ!と言うのは自由だが、J2ではリスクの排除が重要だ。
もう一つは、「何故都倉をターゲットにしないのか?」。これはシンプルで、都倉はチームで最も信頼できるセンターフォワードであり、ゴール前でのフィニッシャーとしての仕事をしてほしいので、サイドに置いたり一次的なターゲットで使い潰したくないためだ。J2での全盛期の都倉はモンスターだ。
そして特筆すべきは、空中戦に強いだけでなく、地上戦でもスペースがあるシチュエーションでは非常に頼りになること。この能力によってチームに多大なオプションをもたらしている。前線のスペースを有効に活用できない選手が”9番”だと、ロングカウンター戦術は絵に描いた餅になる。「でかくて、長い距離を走って攻撃でき、守備もする」選手は希少で非常に価値がある。この役割がどれだけ難しいかは、2017シーズンの序盤、似たようなロングカウンター戦術を採用したところ、金園、ジュリーニョ、内村が相次いで筋肉系の故障で離脱したことでも実証済みだ。
加えて守備でも90分間コミットする。野々村社長の考える「クオリティがある選手」とは、ゴール前でアイディアを発揮できる、1人で打開できる選手を指しているようだが、そうした一芸的な要素では戦えないとわかってきている現代サッカーの基準で言うと、札幌には小野や前田よりもクオリティのあるアタッカーがいたから、彼らはスタメンで起用されなかっただけだ。それは都倉であり、内村だ。監督の好みというより、今のサッカーのトレンドで言うと客観的な結果だ。
後にとあるインタビューで、都倉が「バルバリッチ監督が来るまでは、監督の仕事って人を選んで並べるだけだと思っていた」と語っていたのを見た記憶がある。この言葉と、2015シーズンの都倉のスタッツを対照すると興味深い。バルバリッチ体制(開幕から7/22の北九州戦まで)では21試合、うち19試合先発で10ゴール。四方田体制では13試合、うち12試合先発でラストの3試合で連続ゴールを挙げただけにとどまった。
当時、鳴り物入りで加入した、期待のナザリトが早々に見切りをつけられたので、代替するストライカーを確保する必要性があった。そこに、ナザリトと併用時はターゲット役だった都倉が回されたとも言えるが、複数の役割をハイレベルでこなせる選手は稀だ。特に、前線でビルドアップのメインキャストにもなれて、ゴールゲッターにもなれる。そんな選手はなかなかいない。
「ビルドアップのメインキャストにもなれて、ゴールゲッターにもなれる選手」の例 |
2.5 アウトサイドの役割
ここまで触れていなかったアウトサイドの選手について。この試合のスタメン、荒野と堀米はバルバリッチ体制で掘り起こされた人材だ。
ミシャチームのウイングバックは、基本的にウイングの仕事ができる選手が求められている。菅、白井、ルーカス フェルナンデスといった選手は、ボール保持時に最初から高いポジションを取ってボールを待つ。背後は進藤や、福森がカバーする。その更に背後は、ミンテが1人で全てカバーする(この前のインスタライブで、遂にミンテの凄さ…1人で全部守ってるよね、との指摘が選手からされた。高嶺だったか?)。
ミシャチームのウイングバックのポジショニング |
バルバリッチ・チームでは、ウイングバックはサイドに蓋をすることが最も重要なミッションだ。サイドに蓋とは、相手のサイドアタックによる侵入を防ぐこと。相手のサイドアタッカーに1on1で負けない、突破させないという人への守りもあるが、スペースを守ること…相手が活用する余地のあるスペースにポジショニングし、簡単に使わせないことも重要になる。
サイドに蓋がされていないとどうなるか。先ほどの図(仮に、福森のサイドチェンジがカットされたとする)で考えると、荒野の背後を愛媛の選手が突いたとする。そうすると、札幌は荒野の隣を守る関係の、CB前貴之がスライドしてカバーするが、
荒野が攻撃参加した状態で背後を突かれると… |
前貴之の更に隣…CB中央の河合は、ボールを狩りに動く傾向が強い。これは2012年くらいから河合の働き(当時は1-4-2-3-1の中盤センターをやったり)を見ていて思うが、元々ボールに対してアタックする意識が強い。河合が動くと、最も中央にいてほしい選手がゴール前からいなくなってしまう。
DFがスライドして守るので中央が手薄になる |
その他、色々な理由があると思うが、動きやすい河合がCB中央を守っているので、札幌としては左右のCB(この試合では、前貴之と福森)がサイドにスライドするシチュエーションをなるべく作りたくない。それは元をたどると、WBが攻撃参加した3バックになっている状態でサイドを突かれることが一番の要因になる。
だから、堀米と荒野は、常にサイドのスペースと相手選手との位置関係に注意しながらプレーする必要がある。その上で、リスクが小さい時に攻撃参加して、先の荒野がニウドをサポートするようなボール保持時の貢献をしていく。ただ、堀米はこの役割を非常に上手く遂行しており、このシーズンに5アシスト(全て、監督交代前)を記録している。堀米にとっては飛躍のシーズンだっただけに、2016シーズン、「攻撃的に行くときはジュリーニョをWBで使うからお前は交代な」といった扱いでは家出してしまうのも仕方ないように思える。
また、今となってはYouTuberに転身した古田寛幸が右のウイングバックで試されていたのも特徴的だった。古田は時折、その爆発的な突破力でチャンスメイクをしていたが、上記の役割を考えると古田は交代出場で影響力を行使するジョーカーしか椅子がない。もっとも、この時は既にひざの状態がかなり悪かったらしいが。
2.6 まとめ
- 2015シーズンの札幌はDFのスカッドに不安がある。なので、3バック(ゴール前で5バックで守る)の採用と、河合の起用はチーム作りの出発点になる。アウトサイドには、「サイドに蓋ができる」(CBを中央での仕事に専念させられる)選手が求められる。
- FWの特徴から逆算すると、主要な攻撃パターンとして、前方にスペースがある状態でのロングカウンターが選択される。ロングカウンターに向く選手をスタメンに起用したくなる。
- 河合を起用していることもあり、ロングフィード(放り込み)主体のビルドアップが選択される。河合はそこまでフィードが上手くないので、ターゲットの質が重要になってくる。
- ニウドはそれなりに高さがあり、走力もある。守備もナザリトよりは少なくとも計算できる。チームのバランス担保と、都倉を開放してストライカーとして暴れさせるために最も妥当なピース。
3.試合の基本構造
一通り札幌の設計について書いたので、貴重な映像に基づいた試合展開についても言及する。
3.1 愛媛のボールポゼッションの狙い
まず、考え方として愛媛にはスーパーなFWも、都倉や内村を1人でシャットアウトできるDFもいない。サッカーは、プレーするためのスペースを奪い合う戦いだ。お互いにスペースがふんだんにある、オープンな試合展開(選手がプレーする時に制約が小さい)なら、得点を奪う、ゴールを守るといった部分の選手のクオリティで決まりやすい。
なので、愛媛はチーム全体の共通理解として、オープンな試合展開を避け、攻守の切り替わりが頻繁に発生しないスローテンポな試合運びを志向している。
試合を5分ほど眺めれば、このチームがボールを大切にしているのがわかる。愛媛がボールを保持する理由は、得点を挙げることもあるが、それ以上に自チームのボール保持状態が試合に秩序を生み出す(回している状態が継続すれば、失点の危機に直結するリスクは小さい)ためだ。
一方の札幌。狙いはカウンターなので、相手がボールを持っていることは好都合。このようなチームの対戦だと、どちらかがボールを握る展開が長くなる。
その愛媛はボール保持時、下図の赤円…[1-5-2-3]で守る札幌の、稲本の脇への侵入を狙う。
札幌のシャドーは左が内村、右がニウド。ご存知の通り、内村は下がって守備をするためにピッチに立っている選手ではない。最低限のタスクは勤勉にこなすが、内村がずっと下がってプレーするのは札幌にとって本意ではない。逆に、ニウドはアップダウンを厭わない。なので愛媛は、内村のサイドからボールを運ぶことで、内村を守備に回らせるか、札幌の他の選手がカバーに動くかの選択を迫る。
稲本の脇を狙う愛媛 |
パク チャニョンが内村の横をドリブルで通過して、札幌の中盤センターの脇にボールを運ぶ。ここには初期状態で誰も排されていない。なので、このスペースを愛媛に明け渡さないためには、周囲の選手…堀米、福森、稲本、そして内村のうち誰かが対処する必要がある。
ここで、愛媛はWBの玉林が堀米に近づいて、堀米を”ピン止め”。堀米は玉林を離しにくい状態になる。最終ラインは同数なので、福森は瀬沼との1on1関係が強い。内村はあまり上下動ができない。となると、札幌は稲本がスライドしての対応が多くなる。
愛媛は札幌のこうした対応の仕方を観察する。堀米と福森のポジションは変わっていない。変化があるのは稲本と宮澤のチェーンで、そこに隙が生まれやすい。役割をスイッチすると、スイッチする瞬間が”機能停止”になりやすいし、スムーズにスイッチできるとも限らないからだ。愛媛は稲本と宮澤の間を経由して、トップの西田、河原へのスルーパスを狙う。
3.2 最終的にはキャスティング
後半、愛媛が55分頃にビッグチャンス。スローインから、右のアーリークロスを西田が落として、左から右へダイアゴナルランしてきた河原がシュート(枠外)。この前後から、ややゲームがオープンになりかける。
札幌は2枚交代カードを切る。56分にニウド→イルファン、60分に内村→ナザリト。ターゲットに使っていたニウドを早々に下げている。イルファンは前節の磐田戦でJリーグデビューしており、彼のスピードはオプションになりうるか、今後の中期的な戦略を視野に入れて試していたのだと思う。ニウドを下げるとターゲットがいなくなる(もしくは、都倉に代わる)が、オープンな展開でゴール前での局面が多くなると、ビルドアップのターゲットが減ってもいける、と判断したのだと思う。
ナザリトが入って前線は左イルファン、中央ナザリト、右都倉の並びに。バルバリッチ監督、ニウドと共に、このシーズンのスケープゴートにされてしまった感のあるナザリトだが、オフ・ザ・ボールにおける振る舞いはジェイを彷彿とさせる。寧ろ、ジェイの方が動くときに動く。共通しているのは、2人ともセカンドアクションに難があり、1つ目のアクションから局面が切り替わった後の対応がナザリトも物足りなさを感じる。
もう一つが、ナザリトはあまり高いポジションを取らない。相手の3バックに対して同数で圧力を与えよう、といった意思は、スイッチ役のナザリトからは感じられない。
ナザリトがステイすると再び膠着化し愛媛はロングフィードを多用 |
ただ、これはチームとして正しいのか、間違っているのか一概に言えない。何故なら札幌の狙いは相手を自陣に引き込んでのカウンターであるはず(イルファンの起用も含め、これは一貫している)なので、ナザの”待ち”の姿勢はこの点では間違ってない。
どちらかというと、気になるのは味方とのコミュニケーション。周囲はもっとナザに、相手DFに突っ込んでほしそうだ。これもこれで一理あるというか、60分の段階で、ゲームを動かしていきたいなら代わって入ったFWがもっと「頑張る」必要がある。けど、ナザはこのチームのベーシックなプランに照らし合わせると指示に忠実に振る舞っている。この辺の、状況次第で味方とコミュニケーションを取りながら都度判断していくといったところで、ナザもそうだし、そもそもバルバリッチ監督はちょっとうまくいっていないのかもしれない。このシーズンの反省を活かして、外国人選手は特定の国籍でまとめたり、サポート役をつけるようにしていくのだが。
ナザリトがステイすることで中央はスペースがなくなり、再びゲームは落ち着く。愛媛は密集を避け、後半はロングフィードでの展開が多くなる。
また、ナザはいるだけで相手に脅威になっており、愛媛は常に2人、場合によっては3人で中央のナザを見ていた。これによって、本来マーク関係の浦田-都倉、パク チャンヨン-イルファンの2組はルーズになる。都倉が急に、三好のような?右利きの左シャドーとして中央のスペースで躍動する。この現象(ナザが必要以上に警戒されて味方が空く)は、この試合だけだったのかわからないが、こうなると、確かに中央のスペースで輝く選手(小野?砂川?)がシャドーに欲しくなる。
ナザがピン止めしたスペースでシャドーの活動スペースが生まれる |
監督も3枚目のカードを切っていないので、やれることはこれで全て、と考えているのだろう。この哲学を、札幌のフロント、スタッフや選手が理解し、信頼し合ってやっていくのは確かにちょっとハードルがありそうだ。
雑感
まず、皆さんも職場や学校などで色々と経験していると思うが、「コミュニケーション」とは双方向的なものであり、だいたい最初にコミュニケーションに難がある、と言ってくる人の方が実は問題を抱えていることが少なくない。それでも、このチームの場合、誰が、というわけでもないが、確かにコミュニケーションはあまりうまくいっていそいいうな空気は、この試合を見ても感じた。
サッカー選手が90分間プレーするとして、そのうちの80数分間はボールを持っていない状態でのプレー、とよく言われる。バルバリッチ監督のアプローチは、ボール非保持からまず整備していこう、とするもので、いい意味で「堅い」。そしてこのチームには増川も菊地直哉もいないし、深井も稼働できない。ソンユンもまだいろいろとナイーブだ。そんな中ではとてもよくやっていると思う。けど、ボール保持時のオプションと確実性は確かに要改善であることは間違いない。
守れるだけでは勝てないし、点が取れるだけでも上位には行けない。賛否両論だと思うが、やはり途中解任は、成績だけを見るとやりすぎに思える。成績以外の面を見たときに、余程看過できない状況だったならわかるが。
”ケツが重いチーム”だけに、翌2016シーズンにマセード(ウイングバックのポジションから、1人でボールを運んで攻撃参加できる)を獲ってきたのは、とても理にかなっている印象だ。あと、ニウドのポジションに、長身で競り合いに強く、前にスペースがある状態での速攻も得意な選手がいれば…
長身で競り合いに強く、前にスペースがある状態での速攻も得意な選手(例) |