2017年1月1日日曜日

北海道コンサドーレ札幌の2016シーズン(1) ~辣腕社長の描いた"小野システム"の破綻と四方田監督の僥倖~

1.前書き

1.1 ピッチ上のことを論じる前段階・前提条件


 2016年シーズンのコンサドーレを語る上でまず、野々村芳和社長、及び社長主導(と、経緯からして思われる)で連れてきた小野、稲本といった選手の存在は外せない。
 何故野々村社長が小野に拘るのか。主に理由は二つで、一つは野々村社長が常々口にする「クオリティ」という言葉…発言を読み解いていけば、それは攻撃におけるフィニッシュやそのひとつ前のラストパスといった部分のプレーの精度を指しているが、特に後者において小野の存在が得点期待値を高められるとの考えから。もう一つはピッチ外の部分、人気選手である小野が活躍すればクラブの広告価値やブランドが高まるといった経済的恩恵が見込めるから。前監督バルバリッチの解任・四方田修平監督の就任の経緯から考えても、2015年7月にバトンを受け継いだ四方田監督の喫緊の課題は、「小野をピッチに立たせたうえでチームを機能させること」であった。ピッチに立たせるだけならば誰でもできる。ただ、それをチームとして機能させるかどうかは別の話。
 結局のところ、バルバリッチは7月に解任され、小野は17試合で2得点という成績だった。ニウドや内村、荒野、古田、中原らを3-4-2-1のシャドーで起用したバルバリッチは得点力不足に苦しんだ。小野をトップ下に据えた3-4-1-2にシフトして戦った四方田監督は、1試合平均でバルバリッチ以下の勝ち点しか獲得できなかった、といったいくつかの事実は残ったが、小野を使わなかったバルバリッチの判断(もっとも、そもそも小野がピッチに立てないコンディションだった期間も決して短くはなかったが)の是非に対する認識はその人によるだろう。




1.2 小野システムの必然性と不都合な真実

1)必然の導き・3-4-1-2小野システム


 迎えた2016年シーズンのキャンプイン。どうやら野々村社長の認識は、「是と非」の非のほうであったようで、コンサドーレは四方田監督の下、"小野システム"の構築に着手していく。厳密には2015年シーズンの終盤から"小野システム"へのシフトは始まっていたが、この時の戦術的な完成度は目を覆いたくなるレベルだった。

 四方田監督が小野に用意した椅子は、3-4-1-2というシステムにおけるFWの1枚裏、トップ下。言うまでもなく、小野は攻撃で力を発揮する選手。ありうる起用法は①中央の攻撃的MF(≒トップ下)。②サイドの攻撃的MF、③FWの下がり目、といったところで、②については財前政権で何度か試されたが、もう若くはない小野のサイド起用は主に守備面でいくつかの問題を露見、攻撃でも大きな違いをもたらさなかったことは記憶に新しい。③については、守備面を考えると最善かもしれないが、最前線で常にDFを背負ったシチュエーションでプレーすることが予想される。となるとやはり②が最も妥当、ということになる。

 次に、トップ下を置けるシステムというのは限られていて、3バックなら3-4-1-2、4バックなら4-2-3-1や4-3-1-2等があるが、四方田監督が選択したのは3バックの3-4-1-2。これについては①2014シーズン途中から3バックで戦っていたので選手が3バックに慣れていた、②札幌のDF陣では4バック(CB2枚)ではゴール前を守れない、という点が大きいと思われる。
 特に②について。ウイングバックの選手の負担などで、00年代後半は「オワコン」状態であった3バックだが、ミハイロ・ペトロビッチ率いるサンフレッチェ広島の躍進でも証明されている通り、3人のCB+2人のWB(ウリビエリ風に言うと「戻るウイング」か)をゴール前に敷き詰めることは守備力を向上させる手っ取り早い術である。

 早い話が、小野を使いたい、DFが貧弱、となると札幌がとるべき布陣は3-4-1-2しかなかった、ということになる。

2)トップ下・小野の不都合な真実


 ご存知の通り、80-90年代後半頃まで花形だったトップ下というポジションは、2000年代半ばから、アタックの主戦場がサイドに移っていくトレンドと共に消滅、もしくは従前と異なる性質の選手を据えた新たな役割としてブラッシュアップされているのが現代サッカーにおける状況。
 具体的には、①攻撃時にバイタルエリアで潰されずに仕事ができるだけの身体的資質やポジショニング、ボールの受け方の巧みさ、セカンドトップとしてのフィニッシュワーク、②セット守備時に1列目または2列目に加わって守備ブロックに穴を作らない、場合によってはアンカーをケアする等、チーム戦術上、重要な守備タスクの遂行、といった働きができる選手が新時代のトップ下として、数多くの"10番"達を過去の遺物と化す印象的な活躍を見せている。
 例えばマンチェスターシティのヤヤ・トゥーレが13-14シーズン頃に担っていたのは、その強靭なフィジカルを活かしたバイタルエリアでのボールの納めどころや、自らゴールに強引に迫ることでの決定力の担保。他にはアッレグリが構築したユベントスの4-3-1-2でトップ下を務めたのは、4人の中盤で最も運動能力に長けていたビダル。ビダルは攻撃時の貢献もさることながら、守備時に4-3-3⇔4-4-2の可変システムを成立させるキープレイヤーで、そのベースとなっているのは90分間スプリント、アップダウンを繰り返せる心肺機能の高さであった。

 これに対し、我らが小野は繊細なボールタッチと、FWの動き出しを活かす必殺のラストパスが売りの、言わばクラシカルな"10番"。上記①②を考えると、ボールの受け方は巧いが潰されない強さはない。守備では基本的に先発で45分しかもたない、というとことで、要するに現代サッカーのトップ下がブラッシュアップされた状態ならば、トップ下・小野は戦術的に現代サッカーの水準に全く適合していない。

3)3-4-1-2という化石


 もう一つ、重要な視点が、3-4-1-2という布陣が近年世界のサッカーシーンで殆ど見られなくなったこと。攻撃と守備として分けて考えると、現代サッカーではグアルディオラに代表される戦術家によって、ボールを持った時のパターンや戦術は日々、イノベーションが生まれている状況にあるが、守備、相手にボールを持たせる状況のプレーは、どちらかというとセオリーが均一化している状況にある。
 現代サッカーの守備のキーワードは、「FWをブロックに組み込んだ3ラインの形成」「バイタルエリア中央のスペースを狭めサイドは決死のスライドで対応」等があるが、世界中のサッカーチームの無数のトライ&エラーの結果共有されている"常識"として、「ピッチの横幅を守るには4人でも不十分、3人では不可能」といったものがある。といっても、サッカーはフィールドプレイヤーを10人しか配置できないので、これらのキーワードや常識を完全に網羅した穴のない守備など存在しないのだが、それでもこうしたトレンドに合う、合わないシステム(人数配置)というものはある。

 断言してしまえば、3-4-1-2が廃れたのは守備面で5バックで守れることぐらいしかメリットがなく、逆に中盤に相手が使いやすいスペースを与えやすいため。勿論サッカーは絶えず進化を繰り返していて、温故知新…今後再び3-4-1-2が脚光を浴びる可能性もあるが、そうした"ツール"であることは頭に入れておきたい。

1.3 出来上がったオリジナリティ溢れるチーム


 という具合に、小野を起用すること(=小野をトップ下に置いた3-4-1-2で戦うこと)によって、現代サッカーの常識からするとかなり難しい問題がいくつか生じることになるが、完璧なチームというのは存在せず、またコンサドーレの場合は予算が限られているため猶更である。
 そうした中で、現場を任された四方田監督が辿り着いたのは、いくつかの問題点には目をつむりつつ、与えられた人材を最大限に活用する、攻撃時3-4-1-2⇔守備時5-2-3の可変式布陣だった。

<"FWのサイドハーフ"化によるサイド守備の補完>


 攻撃と守備で形を変える可変式布陣自体は珍しいものではない。ただ、多くの可変式システムは負担が大きい選手…要するに攻守の両局面でポジションや役割を大きく変える選手が、先のユベントスのビダルのような運動能力に長けたMFか、スタミナ自慢のサイドの選手だが、コンサドーレが辿り着いた3-4-1-2⇔5-2-3においては、攻撃時にはゴール前にいる2トップの選手が、「FWのサイドハーフ化」とでも評すべき重要、かつ負担の大きい役割を担うものだった。
3-4-1-2のままでは守れないので、何らか工夫が必要

「1-2」をなるべくトップ下(小野)に負担がない形でいじり、5-2-3ブロックを組む

2.四方田監督の僥倖

2.1 開幕戦の惨敗


 TVHの年末の特番で、四方田監督は「キャンプでいい準備ができただけに開幕戦の結果はかなりこたえた」という旨の発言をしていたが、札幌は開幕戦の相手(結果的にシーズン下位に沈んだ東京ヴェルディ)の、ごくごく普遍的な4バック→3バック変化のビルドアップで機能不全を起こしてしまった。これは開幕時点の札幌の守備がゾーン守備として整理されていない(ボール・味方の位置が基準になっておらずマンマーク的な守備の決め方をしていて、相手が予期せぬポジションをとると担当者を用意できなくなる)ことの証明であった
SBがポジションを上げた場合、そのままFWが見るべきか?
都倉とジュリーニョのハードワークで解決を試みたが、60分しかもたなかった

2.2 早すぎる小野システムの瓦解と、小野の離脱という"僥倖"


 強運も名将の条件だと思うが、結果的には、開幕戦直後に小野がコンディション不良で起用的なくなったことは、四方田監督にとって僥倖だった。
 第2節、岐阜戦でトップ下に起用されたのは宮澤。攻撃面でも見事な突破から先制点に絡んだが、それ以上に大きかったのは守備面で小野以上に動ける、つまり攻撃が終了→守備に移行時にトップ下の選手がサイドにいる場合でも、宮澤なら小野と違い守備に走らせることができるので、この切り替え時の穴が小さくなったことだったと思う。

3 ジュリーニョのトップ下起用と辿り着いた落としどころ

3.1 トップ下が定まらない


 結果的に小野の離脱は5月半ばまで続いた。この期間、3月の第3節清水エスパルス戦、・第4節の京都サンガF.C.戦はトップ下を置かない3-5-2(3-4-1-2)3センターの活用で連勝。しかしトップ下を宮澤に戻した第6節町田ゼルビア戦に敗れると、第7節のファジアーノ岡山戦、第8節のモンテディオ山形戦では、高校3年生の菅をトップ下で起用する奇策に出る。
 シーズン終了後のインタビューで四方田監督は「進藤の起用もそうだが、どのポジションでも競争があることを選手に示したかった」とする旨の説明をしていたが、意図はわかるにせよ、菅はまだ先発で使えるだけの戦術理解力がなかったように思える。

3.2 確立された「肉を切らせて骨を断つ」


 オフに放映された、シーズンの戦いを振り返る番組等で、何人かの選手がターニングポイントに挙げていたのが第9節セレッソ大阪戦(4/23)。
 セレッソ戦、札幌はトップ下にジュリーニョ、2トップには都倉と、内村がシーズン初めて先発する攻撃的なスカッドを送り込む。セレッソはJ2では圧倒的な資金力と選手層を持っていながら、大熊清監督が繰り広げるサッカーは「目の前の選手に勝つ」という程度のアバウトなサッカー。それでも当時首位を走っていたセレッソの個人能力は札幌相手には脅威だったようで、序盤から押し込まれる戦いが続いた。
 前線にほとんどFWとして振る舞う3選手を配していた札幌は、試合途中から「5-2-3」ブロックの前3枚が守備に加担せず、「5-2-0-3」、別の言葉で評せば7人攻撃、8人守備のような形で戦う時間帯が多くなる。
 どっちに転んでもおかしくないゲームだったが、勝敗を分けたのは野々村社長の言う「クオリティ」…GKク ソンユン、増川を中心とした水際での守りと、札幌3トップのカウンター、特にトリッキーなジュリーニョのドリブル(まだこの時は各チーム研究が進んでいなかった)と、内村の裏を取るスピードと技術という具合に、組織としての成熟よりも個人の頑張りが最後で効いたゲームだった。
7人+GKで耐えて強力3トップでのカウンター

 結果的にはこのセレッソ戦での勝利以後、上位を狙える戦力のあるチームとの対戦では、こうした「積極的な前後分断的なサッカー」とも言うべきか、組織としての機能性よりも、ピッチに立っている各選手の特性を最大限に活かそうとするようなスタイルがより強まっていく。スカパー!中継で紹介される、対戦相手監督の試合前談話でも、「札幌は組織というよりも個」だったり「個人の特徴を活かしたスタイル」というようなコメントをする監督が目立つようになる。

 終盤戦の試合だが、ホームでの町田ゼルビア戦の3点目(動画56秒~)が非常に典型的な得点だった。


3.3 首位に立った原動力

1)J2リーグの二面性


 セレッソ戦に勝利後、徳島、金沢、水戸、讃岐、山口と6連勝を飾った札幌だが、ここでもう一つ押さえておきたい事実は、J2の上位~中位にはセレッソや清水のような個人能力に長ける選手を揃えたチーム、また昇格組の山口のような、ボール保持や崩しの構築に重きを置いたチームもいる一方で、中位~下位のチームの一部…讃岐や岐阜、金沢(前半戦)といったチームが展開してくるのは、柳下正明氏が見れば発狂しそうな"極端なリアクションサッカー"。具体的にはボールの保持によるゲームのコントロールを殆ど放棄し、かといって守備も相手のプレーを限定させて中盤~高い位置でボールを回収しようとするよりも、ゴール前に人数を並べて籠城するというもの。
讃岐は典型的かつ極端なリアクションスタイルのチーム

2)四方田監督の最大の僥倖


 これまで札幌は、こうした引いてくるチームを崩せず、勝ち点を拾えないシーズンを繰り返してきたが、2016シーズンにこうしたチームから勝ち点を積み上げることができたのは、これも個人能力…特に福森の存在が大きかったと思う。
 先述のように、DFに時間を与えるから好きにしてください、という戦術は、DFにボールを持たせても何もできないという前提の下で成り立っているが、札幌にそれをやらせると、驚異の攻撃性能を持つDF福森が猛威を振るう。全盛期のベッカムは、敵陣右サイドに侵入しただけでクロスの射程範囲内だったが、福森はベッカム級、とまでいかなくとも、J2基準では非常に射程の長いアーリークロスを持っていて、さらには札幌の前線に空中戦で強さを誇る都倉もいるので、福森をフリーにさせれば、それだけで攻撃の形になってしまう。

 序盤に京都、清水、セレッソといった前評判の高かったチームとの対戦を無敗で乗り切った札幌は、首位で6月を迎える。

【北海道コンサドーレ札幌の2016シーズン(2)へ続く…予定】

4 件のコメント:

  1. 正月でボケーっとしとったら何時の間にか連発で投稿きてるやん!
    さっそく読むでごわす。道内出身でごわす。

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    1. >にゃんむるさん
      ご無沙汰しております。(1)の内容を11月から何度か書き直していたのですが、満足のいく文章ができず越年してしまいました。このまま不発弾として処理することも考えたのですが、以前コメント欄でオフシーズン企画をほのめかしたので、なんとか公開できる体制にしました。遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。

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  2. 2まで読みました。続きが超楽しみです。
    小野は正に“クラシカルな10番”で使いどころがものすごく限定されてしまうのはおっしゃる通りだと思います。
    バルバリッチの、とりわけ前線の3人にひたすら追っかけさせる3-4-2-1では使いどころがない。
    ボランチの位置では肉弾戦でごり押しされたら勝てないし…。
    個人的な妄想としては前線に3枚置いて前プレさせつつ小野には前を向いて勝負させたい…となると
    4-1-2-3で深井さんアンカー、2の一角を宮澤と共に担わせるのがいいのかなとも思いましたが、
    そうなると4バックかつ高いDFラインをキープしなきゃならなくなり現状のメンツでは不可能という結論に(汗)。

    小野の使いどころが限定されるという点以上に4バックが組めないというのが
    コンサにとっては相当キツい縛りとなっていたというのを思い知らされました。
    そりゃ山下ぶっこ抜かれた石さんがいきなり無理ゲーになるはずだわ…。近藤を獲れなかったのはかなり痛手ですね。

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  3. >フラッ太さん
    コメントありがとうございます。今年もよろしくお願いします。
    私も小野を使うなら前後分断系だと厳しいので、4バックにしてコンパクトかつ前の人数を確保するしかないと思います。
    3-4-2-1⇔5-2-3だと最前線(ゼロトップ)ならば守備負担が比較的小さくてギリギリありかと思いますが、そうするとロングカウンターのオプション確保が厳しいんですよね。この前チェルシーの3-4-2-1を見ても思いましたが、5-4ブロック作ってべた引きからアザールとかコスタが長距離を走れる、運べるのが5バックで後ろが重くなる弱みを強みに変換できていると思います。となると小野ゼロトップなら、絞れてた頃のダヴィとか榊翔太みたいな抜群に走力がある選手が欲しくなります。
    話が逸れますが、ヘイスのゼロトップはカウンターを成立させられる一定の走力とキープ力があって、都倉がいない時のオプションとして面白いんじゃないかと思います。

    4バック系も最近は横幅4人だと厳しいので、ボランチやサイドハーフが最終ラインのヘルプに加わるやり方がよく見られます。札幌なら左SHはジュリーニョでいいとして、右はかなり頑張れる選手を置くことになると思います。
    新潟に家出したゴーメくんも恐らくそうした使われ方をするのではないでしょうか。

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