0.スターティングメンバー
- 両チームとも予想を外してしまいました。
- 札幌はジェイがベンチスタートでしたが、HTのアップ中に負傷でメンバーを外れます。田中をCB中央、荒野を前線に置く、前節と同じ0トップスタイル。ビルドアップのキーマン、そしてフィニッシュの設計のコアであるジェイを迷わず2試合連続で、しかもマリノス、神戸相手にベンチに置く選択ができるのは、これまでにないことです(田中の回復具合がわからなかったこともありますが)。
- 神戸はダンクレーが復帰し、3バックにしてきました。右ウイングがいなくなりますが、元も子もない言い方をすると、現状右ウイングはあまり重要な選手が置かれていないと見ることもできます(但し、小川が途中から出てくる展開は脅威です)。
1.両監督の頭の中を予想する
- フィンク監督はジェイが出る場合、出ない場合の両方を考えていたとしたら、いずれにせよ自陣ゴール前での安定化を図るならダンクレーを起用した3バックは理にかなっています。札幌のワイドな攻撃にも、裏狙いにも対処しやすくなり、ビルドアップの枚数も確保できるためです。前線は展開を見ながら交代カードで調節する選択だったと思います。
- 札幌は今節もジェイをベンチスタートとしたのは、神戸が3バックだろうと4バックだろうと、アンカーのいるシステムが予想されるためだったと思われます。こちらも神戸の出方次第で、フィニッシュに関してはマリノス戦と同じ戦略(相手にボールを持たせて裏狙い)が通用するかは読めないところがあり、その場合は交代カードで解決を図ろうとしたのではないでしょうか。
2.基本構造
2.1 札幌の、相手への期待とマンマークでの対応
- 札幌が前節披露した0トップ戦術は、相手の最終ラインの背後のスペースを活用するプレー(前線の選手の裏抜けや、GK-DFの間のスペースを狙った右サイドからのクロス)により攻撃(シュート機会の大半)が成り立っていました。
- メッシが”False 9”を務めていた頃のバルサなどは、相手は当然警戒し、引いてスペースを消してきますがそれでもゴールと勝ち点を積み重ねていました。札幌の0トップはまだまだ未完成で、神戸がどれだけDFライン背後にスペースを与えてくれるかは試合展開を大きく左右する要素の一つでした。
- サッカーには同じ場面は二度と生じない等とも言われますが、札幌は神戸にボールを持たせ、ある程度神戸のDFが前に出てくる、つまり背後にスペースを与えてくれるように誘導していたと思います。
- 具体的には、札幌は1列目をハーフウェーライン付近に設定し、荒野を頂点、駒井とチャナティップが脇を固める形で、まず中央のアンカー、サンペールへのパスを遮断します。中央を切ると神戸はいずれかのサイド…フェルマーレンの左サイドが多かったと思いますが、攻撃を開始しようとする神戸のDFに、札幌はシャドーの選手(フェルマーレンなら駒井が)が前に出て正対し、サイドに誘導します。反対サイドのシャドーは絞ってサンペールを受け渡されます。
中央で待ちサンペールを消してサイドに誘導する |
- もし神戸がボールをGK飯倉まで下げたら、その時は荒野が所謂”プレスのスイッチ”を起動し、神戸の選手を捕まえる形でプレスを仕掛けます。ここだけを見ると「ハイプレス」なのですが、この戦術的な位置づけはこの試合においては副次的で、神戸のGK飯倉はやや不用意にボールを持つ傾向があるので、チャンスがあったら狙っていこう、とする程度の位置づけだったと感じます。
- 神戸がボールを下げずに前線の選手にボールを供給してくると、札幌は「1on1で勝つ」ミッションのフェーズに移行します。要するにマンマークで各選手がある程度、固定的に相手をマークし、その選手に絶対負けなければ簡単には破綻しない、とするやり方です。
- マッチアップは、FWのドウグラスに田中、小川(序盤に古橋と交代)に進藤、中盤はイニエスタに深井、そして山口に高嶺です。神戸は変則的な1-3-1-4-2システムで、2トップは左寄りに構え、山口は中盤のインサイドハーフというより、0.5列上がった右シャドーのような動きをします。イニエスタはフリーマンというか、右サイド、左サイドと決まっておらず自由に動きます。この神戸の配置上の特徴を札幌は読んでおり、イニエスタには深井をマンマークでつける。山口は、左CBの高嶺で問題ないという判断をしていました。
2.2 フェルマーレンのコントロール
- この「2.1」の構図になると、神戸はフェルマーレンと山口がキーになっていたと感じます。
- まずフェルマーレンが重要なのは、札幌が酒井高徳の背後のフェルマーレンがカバーするスペース、もしくはフェルマーレンの背後のスペースを使いたくてたまらないのさ、という状況であり、かつフェルマーレンは大崎からビルドアップの始発点としての役割を託されがちだったためです。
- 札幌は右の、突破力とボールスキルを兼ね備えるルーカスの1on1、そしてルーカスにボールが渡った時の駒井によるサポートが現状有効な崩しのパターンで、この点は左右のサイドで大きな相違があります。チャナティップはクオリティのある選手ですが、このゼロトップ戦術下では菅とのオートマティズムはまだ形成されていません。
持たされたフェルマーレンと背後を狙う札幌、山口と高嶺の関係 |
- 一方、神戸はサンペール、イニエスタがマークされているので、必然と最終ラインの3人から攻撃を開始することになる。更に配給役の大崎としては、信頼の厚いフェルマーレンをまず使いたかったのだと思います。
- まとめるとフェルマーレンは、自分は狙われている、かつ味方がマークされているので自分が組み立てないといけないという状況でした。この状況下でのプレーの選択が流石で、極力リスクを回避するように、奪われてカウンターに直結しそうなパス…反対サイドへのサイドチェンジや中央へのパスは避け、左の酒井に預ける選択をメインとしており、その気になればボールを持って持ち上がれたはずですが、それも封印していました。
- 札幌の福森選手はCBとしては規格外の配給能力を有していますが、福森選手は前線に「すごいパス」を出す分、相応にボールを失っています。もしくは、ファンマ・リージョが言っていたという、「ボールを早く前に送るほど、ボールは早く帰ってくる」。相手を動かさない状態で簡単に前に蹴るとすぐ跳ね返されてカウンターになるよ、みたいな話だと思うのですが、フェルマーレンの選択はまさにこうした幾つかの可能性があった中で、極力リスクを排除したプレーに徹していたと思います。
2.3 山口の駆け引き
- 両チームのマッチアップにおいて、神戸の山口はイレギュラーな位置づけでした。
- とうのは、登録上はMFなのですが、試合後のインタビューでフィンク監督(の通訳)が「右ウイングに入ったが…」と話していた通り、右シャドーに近いポジションからスタートしていました。
- しかし山口は言うまでもなく中盤の選手で、結果的にこの試合では2得点を挙げてヒーローになるのですが、前でずっと張っているというよりは、中盤でのプレーに特長がある選手です。要するに「前でも中盤でもいけるけど、最初はあえて前でスタートしていた」と見ることもできます。
- そして山口は高嶺にマークされています。高嶺は山口をほぼマンマークでずっと付いてくる。言い換えれば、山口は高嶺のポジションを操作することができるし、それは札幌の最終ラインを5バックにしたり4枚にしたり、田中駿汰の左隣にエアポケットを作ったりすることができる。
- この札幌の対応を確認するかのように、開始15分ほど山口は沈黙を続けます。DAZN中継では、神戸のビルドアップの際に殆ど画面に映りこまず、前線に張っていたことがわかります。その山口が動き出したのが給水タイムの23分頃で、札幌の対応を見て、どうポジショニングするのが効果的か、情報収集を終えて活動を始めたというところだったと思います。
ちなみに飲水タイム中に蛍と西さんは2人で話してました。 https://t.co/Afsz2ummQi— ダストボックス (@erde_0224) August 2, 2020
2.4 ゼロトップのメカニズム
- メカニズムというほどの話はできませんが一応言及します。
- 札幌は右のルーカスにまず展開し、そこから速い攻撃が完結できなかったらボールを戻して遅攻に切り替わります。神戸はこの間、撤退して枚数を揃えて対抗していました。
- 神戸の[1-5-4-1]の守備陣形はセンターがイニエスタとサンペールという点が特徴的で、イニエスタはそもそも中盤センターとしてあまり守備的なタスクを課されておらず、サンペールも滅茶苦茶無理がきく、というタイプではありません。イニエスタはドウグラスと並ぶようなポジションを取ることもありました。
- このこともあって、神戸は中央に誘い込んでイニエスタやサンペールのところで奪うというより、枚数をなるべく確保してスペースを消すという志向が強めです。なので、枚数が揃う、そして設定しているボール回収エリアに引き込むまでは”待ち”で対応します。
イニエスタの強度はイマイチなので荒野が受け放題 |
- よって札幌は、1トップのドウグラスの周辺は神戸が完全に捨てているので、ここでボールを保持する際に殆どリスクを感じません。神戸はここを捨てるとして、2列目からボールに対してあたっくしてくるかというと、これもイニエスタやサンペールの守備強度の問題もあって、ここでもそう圧力を感じません。最終ラインは統制を保ち、スペースをなるべく消していましたが、その前ではかなりボールを持てる状況でした。
- 0トップの荒野が前を向けていたのはこれが大きく、簡単に言えば前を向くのも問題ないし、そこから侵入することも(神戸の強度の問題で)できる。神戸はDFがあまりギャップを作りたくないので、引いて受ける荒野は中央でしばしばフリーになることができていました。
- ただ、神戸はがっつり引いているので、ボールは持たせてくれるけどスペースはないという状況から多くのプレーがスタートしていました。札幌は荒野と、チャナティップが神戸DFの前で受け、打開を図りますが、密集されると中央からは苦しく、再度、アウトサイドに振ってルーカスや菅の突破、菅が戻して高嶺のクロス(これは、ターゲットがいないこともあり、効果的ではありませんでした)によるフィニッシュが目立ちました。
3.哲学のガーディアン
3.1 不可欠な強さ
- 試合展開は、まず神戸の古橋が10分で負傷退場。小川が投入されます。古橋は崩しやフィニッシュだけでなく、ビルドアップにも関与する中盤の選手的なタスクも担っている選手なので、これが小川に代わったことで、フェルマーレンの慎重な判断により影響していたと言えるかもしれません。
- 基本的には「2.」で書いたような構図で試合が推移します。
- 29分、高嶺のアーリークロスの処理をフェルマーレンが誤り、荒野が押し込んで札幌が先制。しかし直後の31分、フェルマーレンのフィードをドウグラスが田中を背負いながらキープし、反転して山口へラストパス。山口が流し込んで神戸が追いつきます。
- この試合や0トップの採用に関係なく、ミシャチームはマンマーク主体の守備を展開しています。2019シーズンは、CB中央のキム ミンテ1人を相手の1トップに残してプレーする場面もありましたが、このような純粋なマンマーク戦法では、言うまでもなく1on1で相手に負けないことが重要になります。
- 札幌のマッチアップで、徐々に露見されていくのはドウグラスと田中駿汰のマッチアップにおける質的不利でした。田中がどうというより、リーグ屈指のFWであるドウグラスを1人で抑えられるDFはJリーグにいるでしょうか。31分の神戸の同点ゴルは、まさにこの根本的な問題を突きつけられる格好となりました。
- 神戸の立場で言うと、この日の札幌のように最終ラインやGKに圧力をかけてくるチームに対しては広くピッチを使うことが重要になります。前に出てくるなら、後方にはスペースができるので、そこに蹴ればいい(これは札幌が神戸に対して考えていることと同じですね)ですが、ロングフィードをビルドアップに組み込む場合、出し手と受け手に適任者を用意することが望ましいです。
- 出し手はフェルマーレンでいいとして、この日の神戸はドウグラスが受け手として威力を発揮します。田中に競り勝ったシーンは象徴的ですが、どうしてもこのような展開になると、ピッチ上に、対角に優れパワーのある選手が必要になります。ドウグラスの存在は、神戸が理想とするサッカーを展開する上で”保険”でもあるし、サイズに恵まれない選手やパワーがない選手たちの”守護者”だともいえます。
- 札幌はまさにこれがキム ミンテが担っていた役割で、ミンテを排除して、田中や宮澤をCB中央に、その隣に高嶺を起用している札幌は、オルンガやドウグラスのようなパワフルな選手を相手にすると無防備さが否めません。
3.2 マンマークを逆手に取る神戸
- そして「2.3」の高嶺と山口の関係性もここで活きてきます。山口は15分以降、それまでよりも引いたポジションを取ります。高嶺はこれについていく。本来中盤の選手である高嶺は前で守ることに抵抗感がないと思いますが、高嶺が前進するほど、後方に残っている田中との距離は離れ、田中がドウグラスに突破を許したときに誰もカバーできなくなります。神戸の1点目はこの構図があり、札幌のDFが完全に分断された状況で、各個撃破されてしまいました。
- 前半ラストにイニエスタが違いを生み出します。イニエスタが動く時間帯は、山口よりも更に遅く、40分前後までは殆どピッチ上の定位置(中盤の左インテリオール)でした。40分過ぎから移動を開始しますが、札幌は深井がこれに完全についていくのではなく、宮澤や荒野に受け渡しながらの対応を決めます。
- この判断は正しいと思うのですが、イニエスタは44分、一瞬の隙を見つけ(もしくは自ら創出し)、菅の裏を取る西へのパス。西がトラップで菅と入れ替わり、ドウグラスが流し込んで1-2。
- イニエスタが動き出すと、札幌の選手は当然そのドリブルや、「姿勢から繰り出される想定内のパス」は全てケアします。ただこの時は、宮澤の守備範囲に現れたイニエスタが足裏でボールを引くトラップで宮澤との間にわずかな距離を取り、そこからいつ見たんだ?というパスを西に通します。深井だったら止められたとは言い切れないですが、札幌のマークの受け渡しが発生する瞬間はどうしても緩い対応になりがちで、結果的にはそこから得点が生まれました。
4.一気に噴出する問題点
- 後半すぐに札幌が追いつきます。
- 48分、荒野が裏抜けからボールをキープすると、神戸のDFが揃わない隙に駒井→チャナティップ→駒井と渡り、浮き球のクロスを荒野が合わせて2-2。神戸は荒野が抜け出したタイミングでオフサイドをアピールしていましたが、これがかなりのロスになっていました。
- この後はややオープンになりかけますが、神戸がスローダウンし落ち着きます。札幌は後半、攻勢に出ますが、具体的には左DFの高嶺を前に出して打開を図ろうとしていました。これは宮澤の背後を守るポジショニングと連動していたので、用意されたものだったと思いますが、中央にターゲットがいない状態で高嶺から放り込んでも、ここでもパワー不足が露呈され有効な形になりませんでした。
高嶺の攻撃参加はターゲット不在で不発 |
- そして神戸は札幌の攻勢を5-4ブロックで引いて守ります。神戸はここでも、トップにドウグラスがいることが強みで、ドウグラスにボールが入れば1人でキープしたり、前を向けるので、引くと決めたときは専守防衛でやり過ごすことができていました。
- そして62分、札幌の進藤のパスミスを酒井が拾って、攻撃参加してきた山口へのスルーパス。山口が冷静に菅野の逆を取って流し込み2-3。これまでもたまに一瞬気の抜けたようなプレーはありましたが、ソンユンがもみ消してくれたというのもあったかもしれません。
- 追いかける展開になると、札幌は0トップに適した選手を集めていたわけではないので、設計を大きく変えずに交代で機能性を維持しながら変化をつけることができないという問題点が露呈されます。前節負傷交代した中野のような選手がいれば切り札にもなったと思いますが、2点挙げている荒野を中心とした形をいじりたくないなら、非常に動きにくい状況にありました。またクロスを入れていくなら、ターゲットを強化することも一案ですが、ジェイは負傷で使えない。使うとしたら(ターゲットに含めていいか微妙な)ドウグラスしかいないという状況。特に0トップの頂点は、荒野が下がると、誰も代わりを務めることができないといった、急造0トップの問題点が一気に噴出する格好となってしまいました。
- 切ることができるカードに乏しいため、交代も遅くなります。神戸も動きは遅く、ただこれは選手層の問題に寄るのだと思います。
- 73分に投入された金子が、ゲームの局面を変えられそうな選手としては唯一(他は、スタメンの選手とほぼ同じ役割の代替との位置づけ)で、その金子も神戸が引いてスペースを消すと、スピードに乗れるスペースはサイドしかなくなります。金子がサイドからスタートすると、今度はルーカスと被りお互いのプレーエリアを相殺してしまいます。
- 結局右サイドはルーカスに明け渡してラスト15分、札幌は攻勢に出ます。が、引かれると中央にターゲットがいない問題は相変わらずでした。
- ラスト15分で両チームとも選手が入れ替わります。札幌は深井→キム ミンテの交代により、中盤にシフトした田中のマークはドウグラスからイニエスタに代わります。その直後、イニエスタが中央から左足でミドルシュートでゲームを決めかけますがこれは枠外。神戸は交代選手が入るほどスケールダウンするので、最後はオープン気味の札幌の時間帯になりますが、得点は奪えませんでした。
雑感
- この話何度目だ、って感じですが、(スピードとパワーを兼ね備える)キム ミンテのようなDFの重要性が浮き彫りになりました。ちょうどプレビューの記事で「ミンテってどうなの?」というコメントをいただいたタイミングでもあり、2019シーズンも序盤の6試合ほどで”転換”が起こったことを想い起こすと(大分トリニータのサイドアタックに蹂躙されて宮澤CBが頓挫しました)同じような時期だとも言えます。再びチームは同じ運命をたどるのでしょうか。
- ゼロトップに関しては、一定のオプションとなりうることは示されました。しかし、それも60分までで、ラスト30分でゲームを決めるには、ジェイのような選手だったり、別途リソースが必要だとの印象です。ドウグラスのクオリティもそうですが、「結局サッカーはゴール前で決まるんだよな」。これはやはり真実だと思います。
スピードとパワーを兼ね備えるミンテのワントップ、、、どうでしょうか。
返信削除トップに潰れ役を置いて、後ろからミンテを突っ込ませる方が何かが起こりそうな気がしますねw
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