2019年11月10日日曜日

2019年11月9日(土)明治安田生命J1リーグ第31節 横浜F・マリノスvs北海道コンサドーレ札幌 ~偽りなきマイスター~

0.スターティングメンバー

スターティングメンバー

 札幌(1-4-4-2):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、福森晃斗、菅大輝、MFルーカス フェルナンデス、荒野拓馬、深井一希、チャナティップ、FW鈴木武蔵、ジェイ。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF石川直樹、MF宮澤裕樹、白井康介、中野嘉大、早坂良太、FWアンデルソン ロペス。ボール非保持を想定すると、予想通りの[1-4-4-2]。ボール保持時はこれまでのマリノス戦と同じく、左MF(チャナティップ)がシャドーに上がる[1-3-4-2-1]。この関係で、2トップは武蔵が右、ジェイが左の並び。宮澤に代わって荒野のスタメン起用は、ハイテンポな展開が予想される中で、その運動能力を買っているのだと予想する。
 横浜(1-4-2-1-3):GK朴一圭、DF松原健、チアゴ マルチンス、畠中槙之輔、ティーラトン、MF喜田拓也、扇原貴宏、マルコス ジュニオール、FW仲川輝人、マテウス、エリキ。サブメンバーはGK杉本大地、DF伊藤槙人、高野遼、広瀬陸斗、MF大津祐樹、遠藤渓太、FW李忠成。仲川が2試合ぶりにスタメン復帰し、現状のベストメンバーが揃った。
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1.想定される互いのゲームプラン


 札幌は予想通りの、[1-4-4-2]のシステムでマリノスに対し枚数をなるべく合わせた上で、マンマーク基調の守備を展開する。普段の形を捨てて、「まずは守ってからのカウンター」だが、ジェイの起用が4月の対戦との相違点。
 いわゆる「選手特性」として、ジェイには中山元気のごとくひたすら運動力が要求される守備貢献を求められない(≒単一タスクしかできない)。だから、どちらかというとボール非保持に重きを置いての戦いになるマリノス戦で、ジェイにどの役割を与えるかによってチームの戦い方はある程度、規定される

ジェイはスペースを消す、背後の相手選手を消す守備は巧い(神戸戦のサンペール対策など)。なので筆者はそのイメージで、マリノスのCBは放置気味で、札幌はジェイと武蔵で扇原と喜田をケアする戦い方をプレビューでは予想していたが、実際はそうではなく、武蔵とジェイでチアゴ マルチンス、畠中の2人のCBをケアする、ほぼ純粋な1on1をピッチ上で11か所作るような戦い方を札幌は採用する。
 プランというか、ミシャの選択は「やるかやられるか」の真っ向勝負だった。

 マリノスについては、特筆すべき点は扇原のコメントにもあるように、前線からのプレスやり方と強度をアレンジすることで、ボールが札幌陣内、その中でもより札幌ゴールに近いエリアで札幌が展開する局面を狙っていた
 松原のコメント
「相手の前線にはJでもトップクラスの選手がいたので、まずは守備から入った」。

 これは札幌の複数の選手を指していることが考えられれるが、強力なアタッカーがおり、パッケージ攻撃も備える札幌相手なら(前節札幌が対戦した名古屋のように)引いて札幌を自陣に入らせてから排除するよりも、札幌ゴール前でボールを持っている状態を狙った方が得策だとの考え方になるのだろう。

2.基本構造

2.1 札幌は何故ク ソンユンをビルドアップに組み入れるのか?


 スポーツナビの集計によると、試合を通じたボール支配率は60:40。が、序盤は札幌のボール保持/マリノスのボール非保持の局面がポイントだった。

 まず、ミシャチームのボールを保持しての攻撃は、他のチーム以上にゴールキーパーがボールに関与するシチュエーションを重視している。その理由は、守備時に最終ラインにいるWB(菅、ルーカス。ルーカスはこの試合では最終ラインではなく2列目)を、ボール保持時にウイングの位置に押し上げるための時間が必要だからだ。
4バックで守って5トップで攻めたい札幌

 この時間の捻出は、「安全な状態で札幌がボールを持っている時」に行う必要がある。よく「”プレーメーカー”的なポジションはサッカーの歴史を辿ると徐々に後ろに下がってきている」というが、これは守備の優先度の問題で、一般に守備的MFやDFなど、相手ゴールから離れたポジションの方がより相手の圧力を受けずボール保持がしやすいためだ。
 だから、本来GKはこの理屈でいうと”ボールを保持しても安全なポジション”になる。

 加えて、ゴールキックという特殊なシチュエーションを頭に入れる必要がある。このリスタートの際は、札幌のウイングバックが前線へと上がる時間をプレー中に稼ぐ必要がない。そしてGKがボールを供給できるので、10人のフィールドプレイヤーはそのタスクを担わなくてよい。言い換えれば、ゴールキックは「ミシャチームが理想とする陣形からプレーを始めることができる唯一のシチュエーション」だ。
 
 札幌のGKクソンユンへのバックパスも同じことが言える。バックパスによって数秒の時間を稼ぎ、ウイングとして不可欠な菅を最前線へ送り込む。言わば、「攻撃するための助走をしている状態」だ。

2.2 助走期間の強襲

2.2.1 マリノスのハイプレス


 マリノスがこの1週間トレーニングしてきたのは、札幌のボール保持攻撃の生命線とも言える、GKクソンユンが関与するシチュエーションで強烈なダメージを与えるための準備だったと予想される。
 整理して説明しやすいシチュエーションということで、札幌のゴールキックを例に見ていく(マリノスがトレーニングしていたと思われるのはソンユンにボールが渡った時…バックパスなども含むが、原理は基本的に同じ)。

 札幌はゴールキックの際に下図の陣形を取る。クソンユンのフィードの選択肢は主に図中の①②③。このうち②③は、パスの到達点との間に味方や相手の選手がいるので、基本的に浮き球でのパスになる。
 ジェイへのフィードが1発で成功すればいいが、浮き球になると風の影響を受けたり、コントロールが難しくなったり、相手ゴールに近い位置ほど相手のマークを受けたりと不確定要素が増える。だから、基本的には①②③の優先度になると思っていい。
札幌ゴールキック時のクソンユンの選択肢

 選択肢の①…ソンユンから深井、ミンテに預けてのリスタートは、札幌としては絶対にミスしたくないシチュエーションだが、マリノスはこのシチュエーションで札幌に安心してプレーさせる状況を作らせない。
 マリノスの前線守備は、攻撃時の陣形そのまま[1-4-2-1-3]で行われる。位置関係としては、エリキが深井とミンテの間、仲川とマテウスは、CBとSBの間に立つ。

 ソンユンがミンテか深井に出すと、その選手にエリキがプレス。同時に、マルコスが荒野を消し、仲川は深井へのパスを狙う姿勢を見せる。これでミンテに、進藤へのパスを誘導する。
エリキがミンテに仕掛けるとともにプレスのスイッチ起動

 そして進藤に渡ると、中間ポジションで待っていたマテウスと、ミンテを追っていたエリキがミンテへのバックパスを消すようにプレス。進藤と、福森はこの試合、常に2人、3人を相手にするようなシチュエーションでボールを持つことを余儀なくされる。
 ミシャ式の構造的に難しいところは、[1-4-1-5]…中盤空洞化の選手配置をしているので進藤から近くの選手にパスを出すということが(特に荒野を消されていると)難しい。そしてこのサイドに配されているのは本来CBの選手。福森の攻撃性能はCBとしてはかなりのハイスペックだし、進藤も札幌の先輩DF達と比べると色々な貢献ができる。が、サイド低い位置に追い込まれた状況で近くに預けられる味方がいないと、リスク回避の放り込みくらいしか次第に選択肢はなくなってしまう。
サイドに追い込んで消極的な選択しかできなくさせる

 アバウトな放り込みしかできずボールを放棄するようになると、札幌はそのコンセプトである攻撃時と守備時の可変ができなくなる。攻撃時はいつもの5トップ、守備時は4バックのシステムでプレーしたいが、多くの選手は、攻守が目まぐるしく入れ替わる展開に、次第にその中間、どちらともつかないポジションでのプレーが多くなる
 典型的なのは福森で、毎試合必ず数本はある、菅の後方から攻撃参加してのクロスがこの日はゼロ。それは、福森は4バックでいる時はCBの役割でプレーするため。マリノスは札幌が4バックの状態の時に強烈なプレスをかけるので、福森は殆ど攻撃参加することができなかったプレースピードが上がると福森は難しくなる、という感想はかつて抱いたものと同じだ。
陣形を変える(ボール保持/非保持)のが難しいと、どっちともとれるポジションに最適化される

 もう1か所、この影響を考えさせられたポジションが前線のジェイ周辺。5トップで攻撃するミシャチームは、前線の枚数不足、クオリティ不足になることはゲーム中ほとんどない。が、菅とルーカスが高いポジションをとれないので、前線はジェイ+シャドー2人、そのシャドーのチャナティップがいつものように下がってボールを受けようとするとジェイと武蔵の2人。武蔵もあまり前に顔を出せなくなると、ジェイ1人で前線に張っている状態が恒常化
 本来「足が速い選手(武蔵)」と「エアバトルに強い選手」(ジェイ)の組み合わせは2トップを組むうえで理想とされるユニットのパターンの1つ。が、ジェイ1人で前線で待っている状態なら、マリノスはジェイをゴール前から遠ざけておけばその脅威はかなり削がれる。ジェイに加えて武蔵が最前線で張る状況であれば、チアゴ マルチンスであっても大胆にラインを上げて守ることはより難しい仕事になっていたはずだ。

2.2.2 チャナティップ包囲網


 左サイドではどうか。右サイドと異なり、左サイドには空洞化した中盤に落ちてくるシャドー…チャナティップがいるので、深井がボールを保持した時に最低限2つの選択肢があるはずだ。
左はチャナティップが落ちてくるので深井には2つの選択肢がある

 が、チャナティップにボールが渡ると①喜田と②マルコスのプレスバックでサンド。そこに③仲川と④エリキも加勢する文字通りの包囲網を敷くマリノス。さすがのチャナティップも4方向から潰されると、3人ぐらいに分身する技を使わない限りは突破は不可能だ。
 札幌が1人で何とかしろ!(「2.3」参照)でマテウスやマルコスに対抗していたのとは対照的で、この局面を1発で打開する札幌のスーパースターには絶対に仕事をさせない準備をしていたマリノスだった。
チャナティップに渡ると3~4人で囲い込んで完全に潰す

2.3 偽りのない言葉

2.3.1 札幌の守備のコンセプト


 マリノスがボールを持っている時の札幌の対応について。一言で言うと「札幌も[1-4-4-2]にして枚数を揃えて対面の選手を捕まえる」。これが基本になる。ただ、常に捕まえているわけではなく、例えば進藤は「いつでもマテウスに当たれるポジション」を取りつつキム ミンテの隣を守って(ミンテがかわされたらカバーできるように)いる。人を捕まえる必要があるシチュエーションと、必ずしもそうでないシチュエーションがあり、捕まえる時はこの関係性が強い、という話だ。そのほか、特筆すべき点を中心に。
札幌の意識する基本的なマーク関係

 その前に、マリノスの選手のポジショニングと狙いについて。下図のように移動する。これはいくつかの狙いがある。例えば札幌の陣形を崩し、本来札幌の選手がいたいポジションから動かすため。CB2人は、プレッシャーの緩いサイドに逃れてボールを持ちやすくするため。ティーラトンは逆に、ルーカスを動かすため。CBとティーラトンが動いて中央が空くなら、扇原がそこを利用する(得意の左足からのロングフィードを蹴れるシチュエーションなら、パスを何本も繋がなくてもゴールに迫れる)。
マリノスの可変(と役割) 札幌は人が移動しても基本的についていく

 重要なのは、マリノスのオフェンスのファーストチョイスは左のマテウスに、なるべく相手との1on1に近い状態でボールを届けること。
 名古屋グランパスでは腐っていたマテウスだが、その突破力は折り紙付き。我々が遊びでサッカーなりフットサルなりをやっていても同じだが、拮抗したゲームでこそ、1人で突っ込める選手の存在は重要だ。どれだけ押し込まれていても、チームが機能しなくても、マテウスレベルの選手にボールが渡れば、必ず相手は何人かを割いて対応しなくてはならなくなる。だからマテウスにボールが入ると両チームのパワーバランスは変わる。マリノスはアグレッシブに振る舞うことができるし、相手は失点の脅威を感じながらのプレーを強いられる

2.3.2 1人で何とかしろ


 が、ミシャの凄いところは「そんなもん進藤1人でなんとかしろ」で済ませてしまうところだ。普通の監督ならマテウスを怖がって2人で守るか、進藤のすぐ背後をカバーできる選手を用意する。が、それをすると、他のポジションで選手が足りなくなる。
 サッカーという競技の特性(1試合に5点も6点も入らない)を考えると、マテウスのマッチアップにリスクがあるならそれを最優先で排除するという考え方が、勝つためには合理的なはずだ。誰よりも負けず嫌いなはずのミシャはそうした選択をしない。勝つことと、多く点を取ることの両立のために、最小限の人数で守れ、とする考え方だ。進藤がマテウスを1人で守る代わりに、武蔵やジェイは高いポジションを取り、またマリノスのCBにプレスを仕掛けてミスを誘うことができる。
 スカパーの番組で語ったとされる(まだ私は見てないので)、「日本人は同数で守る事や背後を取られる事を怖がってしまう傾向がある」まさにこの言葉の通りだ。

 この対応をする限り、進藤がかわされれば、マリノスの強力アタッカー…エリキ、マルコス、仲川、そして突っ込んでくるマテウスに対して札幌は4on4どころか3on4のような状況になりかねないが、それはミシャに言わせると想定内。ソンユンが守ってくれるし、点を取られたらそれ以上取り返せばいい、ぐらいのスタンスだ。

2.3.3 「DFの前に置かれたリベロ」


 考え方は「2.3.1」の通り。その実践について。
 対マリノスで1on1マンマーク基調の守備を採用する上でのポイントは、縦関係のマルコス ジュニオールとエリキへの対応だ。プレビューでも触れたが、札幌が[1-4-4-2]で守るなら、CB2人とこの2人だけマッチアップが噛み合わないので、どうするか、あらかじめ決めておく必要がある。
 基本的には、マルコスは下がった位置からスタートし、かなりの自由を与えられている。中央でスペースを利用することもあるが、ボールサイドに流れてサポートする(預けどころがない時に下がって自分が受ける)もある。

 マリノス得意の左サイドからのアタックを想定する。
 札幌はマリノスの人の移動に、それぞれ担当する選手が付いていく。畠中に武蔵、扇原に荒野、そしてティーラトンにルーカス。武蔵とルーカスは、それぞれの相手についていくので、ルーカスが武蔵よりも内側にいる状況も珍しくなかった。その他、進藤がマテウスを捕まえることも同じだが、札幌の中盤~前線で深井のみ明確なマーク関係で動いていない。荒野が扇原なので、深井のマークは喜田だが、深井は常にピッチ中央付近でそのスペースを守るように、人やボールに寄らずここで待ち構えていた。荒野が扇原に密着し、その左足からの展開を阻害しようとしていたのとは対照的だ。
深井だけマーク対象(喜田)よりも、中央でスペースを見る対応になっている

 そして深井が監視しているスペースにマルコスが出現したら、深井は喜田を捨ててマルコスをマーク。中央に誰かが登場してくることは想定内で、4月の対戦での試合後、ミシャが言っていた「DFの前に置くリベロ」のようなイメージで、深井1人だけ特別な役割をもって運用されている
 これに対し、マルコスが深井の守備範囲までは降りなかった場合は、札幌はキム ミンテと福森が互いにエリキを受け渡しつつ、2人でエリキとマルコスに1on1の関係を2つ作る。この時は中央、本来CBを3人か少なくとも2人を置いているゾーンには札幌のDFが1人しかいない。それでも「1on1で負けなければ失点しない。やられてもソンユンがいる」この無敵理論を根拠に、札幌はとにかくマリノスの選手と1人ずつ潰していくアグレッシブな守りを敢行する

3.キックオフ直後に露見した構造的欠陥

3.1 ボール回収した後の選択


 (ようやく)試合展開について。札幌ボールでキックオフ。
 最初のプレーは深井からの武蔵へのロングフィード。これは特に触れる必要はないと思うが、その流れからのルーカスがファウル獲得→FKで競り合ったジェイがオフサイドの判定。微妙な判定だったがジェイは身体半分出ているように思えるし、副審としては見極めやすいタイプのプレーだった。
 この後にオフサイド地獄に直面するジェイ。押し上げに非常に積極的なマリノスの最終ラインと対峙した時の、この動き出しの質(出し手は見ているがラインにはあまり注意を払っていない)は気になるところだ。

 そのセットプレーが終わった直後。ジェイのオフサイドからのマリノスのリスタートを、札幌は「2.3」に示した形で人を捕まえる。これは成功し、マリノスのパスミスを誘って進藤がマテウスの前でボール回収。ここから、ミンテ⇒ソンユンとバックパスで、まさに「攻撃するための助走」…菅を前に押し上げるための時間稼ぎを始める。
前線からのマンマークが功を奏し、狙い通り、高い位置で進藤がボール回収

 問題はその後だ。福森はマテウスとエリキの間をミンテがパスで通せると思ってポジションを上げる。深井と被り気味の動きが気になるが、深井もこの時ボールを要求しているので、これは福森の、無理な要求ではないと思う。
 が、GKをビルドアップに組み入れるチームには、「CBは左右に開いてGKからのパスコースを作る」のがセオリーだ。まさにマリノスの畠中とチアゴのように。
 福森は単にロングキックが優秀なだけでなく、ボールコントロールが上手い、パスコースが見える、モーションで逆を取ることができる等、攻撃全般にマルチな能力があり、この展開を瞬時にイメージできるのは長所でもあるが、この試合においては、いつもと違う4バックでCBの役割はミンテと福森にしかできないので、この選択は味方を困らせることになった。
セオリーに反する福森とセオリー通りのミンテのイメージが合わない

3.2 セオリーに反するプレーは負荷に繋がる


 それは菅の動きにも表れている。菅の役割は守備時は大外を守るSB→攻撃時は最前線のウイング。進藤がボールを回収し、ミンテに預けて落ち着きかけたところを見てトップに駆け上がろうとする。まさに「2.1」に書いた、「攻撃するための助走」をしている状態だ。
 が、ミンテ⇒ソンユンと渡った時に福森がいるべき位置にいないのに気づいて菅は全速力で、福森が本来いるべき左CBに戻ろうとする(福森とのコンビを組んで2年目、菅はこうした役回りがかなり体に染みついている)。

 このバックパスをエリキが狙う。プレスの仕方を練習したというマリノスだが、この時のエリキも必ずパスの出し手へのリターンパスをさせないように、背中でパスコースを切りながら次の獲物を追っている。そしてソンユンのボールコントロールが大きくなったところを、エリキが掻っ攫って無人のゴールに流し込んでマリノスが先制(1-0)
ソンユンへのサポートが薄い状態でエリキが2度目のプレス

 直接の原因はソンユンのミスだが、マリノスは文字通り”プレス”…ミスがつきもののスポーツにおいて相手のミスを誘発するための仕掛けを施しており、逆に札幌はピッチ上で最もナーバスなポジションであるGKに対してサポートが殆どない状態でプレーさせてしまった

3.3 深井の仕事に起因するマークのずれ


 そしてその2分後、3分には仲川が右サイドを抜け出す。松原からのパスは仲川じゃないと追いつけないようなボールだったが、菅と並走しつつゴールライン間際で粘ってクロス。この”粘って”の間に札幌はボールへの意識が集中し、中央のキム ミンテがエリキのマークを見失う大失態で、最後はフリーのエリキがドンピシャのヘッドでスコアは2-0。ミンテはわちゃわちゃしていたボール周辺の次の展開を予測していたと思うが、ここはCBとしては優先度を考えてプレーして欲しかった。

 松原から仲川に渡る流れについて。問題かというと微妙だが、再現性がある現象だったので残しておく。左サイドから、畠中のチアゴ(と、そのマークのジェイ)を飛ばす見事なスキップパス。この松原が見えているのが畠中の攻撃性能の高さでもあるが、札幌は本来1on1でマークするチャナティップが松原ではなく喜田についている。これは札幌は前半、深井をフォアリベロ的に中央に残しているので、喜田が引いたポジショニングだと深井は捕まえることができない
 だからマリノスが中央を使いそうなら、チャナティップは自分の判断で喜田を見るようにしていたが、畠中のような視野が広く30m級のパスを苦にしない選手だと、この「ズレ」を使われて、1on1で全員捕まえる前提が崩されてしまう。もっとも松原なら捨てていい、という考え方もあったかもしれないが。
深井がスペースを見ているのでチャナティップが喜田を引き受けるとマークがズレる

 スコアが2-0担った時、札幌はチャナティップとジェイがセンターサークル付近で手を叩くなどして味方を鼓舞する。一方最終ラインの選手は互いに何かを確認しているような状況で、混乱を物語る。

 8分に札幌は福森の右CKから、ジェイのヘッドのリバウンドを武蔵が詰めてスコアは1-2

4.ジェイのオフサイド地獄


 10分以降は徐々に試合が落ち着いてくる。互いにプレスが機能しているため、パスが何本も繋がって決定機…とはならないためだ。
 となると1本の長いパスが重要になってくるが、この展開だと札幌に分がある。フィードの精度は互角だとしても、札幌には空中戦で競れるターゲットが複数いるためだ。左サイドの菅と福森(2人とも、ボールを保持すると一気に前線に出ていく)、そしてシステムの設計上、この日は左にいることが多いジェイ(武蔵が右FWと右シャドー兼任、ジェイは左FWと中央のFW兼任)への放り込みは、マリノスのそれは札幌DFが跳ね返していたのに対し、札幌は最低限、陣地回復まではこぎつけていた。

 札幌が押せ押せとならなかったのは、ロングフィードで競り勝った後の展開でいまいちジェイへのパスが合わなかったためだ。Sofascoreによると札幌の前半のオフサイドは7。後半は4。前半のうち6つはジェイだ。
 サッカーには「ラインを上げていいシチュエーション」がある。相手がボールを下げたり横パスをしている、裏に絶対にボールが出てこない時だ。マリノスはこのタイミングで必ず、最大限にラインを上げることが約束事として徹底されている。ジェイの前方には広大なスペースがある。だからジェイは裏に走ってボールが欲しい。が、味方はそこに出してくれない。それは、マリノスのプレスを受けて、札幌のポゼッションの核となる中央の選手がいずれも殆どボールを持てない状況だったためだ。だからジェイに対しても、裏で受けるのではなくでポストプレーで時間を作ってほしい。この辺の考えのギャップがあったのではないかと見ている。

 もう一つ言うと、ジェイはとにかく速いタイミングで、ダイレクトなロングパスを要求する。が、福森やキム ミンテは自由にボールを持てない。札幌で唯一、ボールを持てていたのは左の菅。菅は最終ラインから前線まで行ったり来たりの仕事を求められているが、ハイテンポなゲームの中で、最終的には「DFとMFの中間」のような位置でプレーすることが多くなる。この中途半端な位置取りによって浮きやすい状態で、札幌は菅にボールを逃がせる状況では頻繁に頼りにしていた。
 が、福森から深井、菅と渡ると、その2秒ほどの間にジェイの欲しいタイミングとはズレる。マリノスは横パスでラインを上げている。こうした諸々の要因で、ジェイがタイミングが合わずにオフサイド、という局面が続く。
攻守が目まぐるしく変わるので平均的にはこのようなポジションでプレー
菅はフリーだが福森は包囲されやすくジェイが望むボールが供給されない

 それでも札幌が放り込みの優位性から徐々にマリノス陣内に侵入していくが、23分、右サイドで進藤が攻撃参加してのプレーからマリノスはマテウスの中央へのドリブルで陣地回復。マテウスはセンターサークル内で深井に潰されるも、拾った仲川が自陣から約50mをドリブルで突破し、最後はクソンユンをかわして3点目を流し込む。スコアは1-3。最後、中央を守っていた福森と仲川のマッチアップは、札沼線・北海道医療大学駅発札幌行きと新幹線くらいの根本的なスピードの差がある(ユキノタメ デンシャハ 12フン オクレデ トウエキニ トウチャクシテ オリマス)。
 それは仕方ないとして、ここも1人で自陣ペナルティエリア付近からボールを運んだマテウスの貢献も大きい。札幌はマリノスのこのスピードと攻撃の完結力に、最後まで守備を整えた状態で対応することができなかった。

 前半はそのままスコア1-3で終了。

5.闘魂注入

5.1 バッファロー投入


 札幌は後半開始からジェイ→アンデルソン ロペスに交代。
46分~

 システムの解釈は難しい。ハイプレスをする時は、札幌は前半と同じく[1-4-4-2]でマリノスの選手を捕まえる。これに対し、マリノスが札幌陣内まで侵入した時は、ルーカスを最終ラインに下げる[1-5-2-3]で守っていたと思う。
 この試合はとにかくインテンシティが高いハイプレスの応酬戦で、お互いあまりセット守備らしき陣形がない。なので判別が難しいが、後半のキックオフの際にルーカスは最終ラインにいたし、52分頃のマリノスの札幌陣内でのセットプレーでも同じようなポジショニングだった。また、菅の攻撃参加がより活発になったことも、左右のサイドでのバランスが変わったと考える理由の一つだ。

5.2 闘魂注入


 ハーフタイム、恐らくミシャの指示は「スペースは気にせずもっと1on1を強めて対応しろ」というようなものだったと思う。後半最初のプレー、ロペスが畠中に突っかけたプレーでのマリノスのスローインがあったが、この時、ボールに寄る喜田に深井もついていく。これは前半には見られなかったプレーで、スペースを守っていた深井や、喜田と松原の2人の中間を守っていたチャナティップは、もっと対面の選手(それぞれ喜田と松原)への対応に専念しろ、他の選手もとにかくマークしている相手に負けるな、のような考え方が感じられた
前半はスペースを守っていた深井もプレスに加勢

 その開始早々のスローインからのプレーでロペスが倒されて右サイドでFKを得る。福森のクロスに進藤のヘッド、リバウンドを武蔵が詰めるが、GK朴一圭がダブルアクションでビッグセーブ。それでも、札幌としては入りは悪くない空気だった。

 が、完全に1人1殺になると、やれなくなると終わりだ。武蔵は60分頃から膝に手をつくようになるが、他の選手もかなり厳しい状況だったと思う。
 55分にマリノスは仲川の右クロスに大外でマテウスが合わせる。キックがフィットしなかったのが幸いし、進藤のクリアがライン上で間に合ったプレーだったが、これはチアゴ マルチンスがドリブルで武蔵を置き去りにしたプレーから始まっている。武蔵が抜かれたら誰もカバー役を用意していないので、チアゴは札幌陣内にかなり侵入した状態でもフリーだった。CBのチアゴが武蔵を置き去りにできるのは、その運動能力や技術の高さもあるが、「セオリー通り」、中央のFWが監視しづらいサイドに開いてプレーしていることも一因だ。
「抜かれたら終わり」

 60分前後になると札幌はプレスの強度が落ちてくる。すなわち、ハイプレスだけで対抗できなくなるので、「5.1」で言及したセット守備(ルーカスを最終ラインに置いた5バック)で対抗するシチュエーションが増える。こうなるとどうなるか。ルーカスが後ろにいるので、ボールを奪った後は武蔵とロペスの2人しか前線にいない、という状況が、特にマリノスのマテウスのサイドからの仕掛けの局面で頻発する(プレビューに書いた話と同じなので図は略)。

6.一長一短


 60分のキム ミンテ⇒宮澤の投入はそうした、札幌が元気がなくなってきたタイミング。マリノスは62分に仲川→遠藤に交代。
62分~

 68分にはその遠藤のスルーパスからマルコスが抜け出し、福森が倒してPK。マルコスが決めてスコアは4-1。疲れがたまっている状況で、自陣で追い越す動きをされると難しいところだ。

 宮澤のCBについて。30分間で宮澤は3度ほどインターセプトを記録していた。キム ミンテとの違いは、後ろへの意識が強いミンテに対し、宮澤は(マルコスについていった後の)一度前に出たシチュエーションでそのまま「3人目のMF」のように振る舞える点。前方向の読みが鋭く、ボールを奪える選手であるし、ベンチから展開を見ていてそのように判断していたのだと思う。
 ただ71分のマテウスの決定機(ロングパスで中央に飛び出したとき、宮澤も福森もマーカーにマンマークだったので中央に誰もいなかった)などを見ても、この宮澤の振る舞いにはそれなりのリスクもあり、ミンテを下げての投入は意見が分かれるところだろう。ミシャ的には、とにかく前で捕まえて奪いに行くしかないという考え方だと思うので、その点は評価されていると思うが。
宮澤はミンテよりも更に前への意識が強いが、後ろを守る仕組みはなし

 74分に札幌はチャナティップのフリックパスから荒野が抜け出し、折り返しを武蔵が決めて2-4。この後はスコアは動かず試合終了。

雑感


 札幌はルヴァンカップの決勝に匹敵するテンションでマリノスに立ち向かっていたと思う。違いは両者の戦術的な機能性で、ボール保持/非保持/そしてそのトランジションの局面でシステムが殆ど変わらないマリノスは、単に仲川が速い、ということにとどまらない局面の切り替えの速さがある。ミシャチームの永遠の課題だが、ボール保持/非保持で全く異なる陣形でプレーする札幌は、その切り替え時にどうしても機能停止してしまう。シーズン序盤は武蔵やロペスの活躍である程度、補われていたが、完成度が高いマリノスのようなチームを相手にすると厳しい面もあった。

 ミシャの選択について。例えが不適切かもしれないが、「天才と○○は紙一重」のような言い回しがある。リーグ最高の得点力を誇るマリノスの強力ばアタッカー4人相手に、こっちも4人でマンマークして前からプレスをかけようぜ、というのは、常識的には無謀だし、それでゲームを落とせば愚か者だとするのは簡単だ。強大な相手に対し、「1on1で負けなきゃ点取られねーよ」とする無敵理論で立ち向かうのは並の人間にはできないことだ。
 平たく言うと「そんなのつまんねーじゃん」ということなのだと思う。サッカーはある人にとっては仕事であり、人生であり、エンターテイメントであり、ACLにも降格争いにも殆ど関係がない我々が何を期待しているか、ミシャはよく考えてくれている。そして、スカパーの番組で語っていたが、「もっと勇気を持て」。この言葉に偽りのない人なのだと思う。

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