2019年11月4日月曜日

2019年11月2日(土)明治安田生命J1リーグ第30節 北海道コンサドーレ札幌vs名古屋グランパス ~赤ワインのように~

0.スターティングメンバー

スターティングメンバー

 札幌(1-3-4-2-1):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、福森晃斗、MFルーカス フェルナンデス、荒野拓馬、深井一希、菅大輝、チャナティップ、アンデルソン ロペス、FW鈴木武蔵。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF石川直樹、MF宮澤裕樹、白井康介、中野嘉大、早坂良太、FWジェイ。アンロペ、ルーカスをスタメンに、「開幕当初のメンバー」に戻してきた。名古屋がアンカーを置くシステムだったら他の選択肢もあっただろうか。
 名古屋(1-4-4-1-1):GKランゲラック、DF宮原和也、中谷進之介、丸山祐市、吉田豊、MF前田直輝、エドゥアルド ネット、米本拓司、和泉竜司、FW長谷川アーリアジャスール、ジョー。サブメンバーはGK武田洋平、DF千葉和彦、MF成瀬竣平、ジョアン シミッチ、伊藤洋輝、杉森考起、FWガブリエル シャビエル。フィッカデンティ監督得意の3センターの[1-4-3-2-1]ではなく、中盤底を2枚にした布陣。監督交代後スタメンだった選手のうち、シミッチ、太田、シャビエルを入れ替えてきたが、太田は体調不良?で欠場とのこと。


1.想定される互いのゲームプラン

・名古屋の構造は「2.」に示すが、札幌の攻撃力をかなり警戒した設計でありメンバーセレクトにも反映されている。守備的というよりバランス重視の(と、筆者は思っている)フィッカデンティ監督だが、この試合はかなり”重心後ろ目”だった。
・得点力が課題の名古屋。後ろが重くなってでも、札幌相手に失点を避けロースコア展開に持ち込みたいとの考えだったと思われる。
・札幌はこの日も特段の名古屋対策のようなものは見られず。「いつも通りに殴って押し込む」がプランらしきもの。

2.基本構造

2.1 名古屋の構造と狙い


 いつも通りの札幌に対し、名古屋はかなり対ミシャチームを意識した布陣で対抗する。
 札幌の最大の武器は、左足キックだけならリーグ最強、との評価も広まってきた福森のフィードから、対角の右WBに配されたドリブラー(白井、この日はルーカス フェルナンデス)が仕掛けてゴール前に残りの4トップがなだれ込む形。福森から直接もあれば、チャナティップを中継してサイドを変えるケースもある。
 これ以外のパターンも含め、札幌がゴールを奪うには福森、白井、チャナティップ、武蔵といった選手の個のクオリティは欠かせない。ミシャは彼らのクオリティに蓋をしないよう注意を払いながらチームを設計している。
福森起点で(時にチャナティップを経由し)右WBへのフィードからの仕掛け

 名古屋の優先度は、①ゴール前を固める。これは当然だろうと思うが重要で、ゴール前にCBをなるべく固定したいという考え方になる。ピッチ上の11人のうち、自陣ゴール前で鈴木武蔵やアンデルソン ロペスのような運動能力の高い選手に対して体を張れるアビリティのある選手は、丸山と中谷の2人しかいない。だからこの2人があまり動かなくていい設計にする必要がある(但し、吉田はサイズこそないが、少なくとも平面での競り合いにはかなり強い)。

 次に優先することは、②札幌の前線の選手にラストパスを供給してきそうな選手をケアする。例えばキム ミンテから直接アシストになるようなプレーは少ない。左の菅はあまり仕掛けてこない(福森とのバランスを常に意識して振る舞っているため)。警戒すべきはルーカスであり、チャナティップだ。この2人にボールが入った時、そして前を向いてボールを持たせるようなスイッチを入れてくる選手を見ておく必要がある。そしてチャナティップへのパスが多いのも福森だ。

 これらを担保した上で③札幌にカウンターの脅威を突きつける。ただ、これが名古屋には問題で、あまり重心が下がると札幌ゴールまでの距離は長くなり、その長い距離をヤードゲインして札幌に脅威を与えられる選手…わかりやすい例だとエメルソン(18)(22)、永井謙佑のような選手は今の名古屋にはいない。ジョーとの補完性を考えると、そうしたFWがいてもいいと思うが、恐らく風間前監督のスタイルには必要ないということで編成上、ここ3年で淘汰された格好なのだろう。
 永井やエメルソンとはタイプが違うが、名古屋としては前田に期待がかかるところ。その前田は、これまでは左サイドだったが、この日は福森と対面する右サイドに起用されている

 名古屋の対応を図示すると以下。福森にボールが渡ると、名古屋はボールサイドに選手が寄せ、ボール周辺の圧力を強め、札幌の選手がクオリティを発揮してプレーする時間と空間を奪う。ボールと味方のポジションを基準に守る、オーソドックスなゾーンディフェンスの考え方だ。札幌のシャドー、チャナティップとアンデルソンロペスに対しては、グループでスペースを消す守備と人を捕まえる守備を使い分ける
 ここで、和泉だけ特別な役割を与えられている。出し手の福森やチャナティップを警戒していても、ルーカスにボールが渡ってしまうケースに備え、和泉は福森に渡ったタイミングで最終ラインに下がり、吉田の左側を守る。吉田はルーカスを気にせず中央に絞り、丸山の脇を守ることに専念できる。1人足すことで中央は明白に強固になるし、仕事が明確になる。
ボールサイドはスペースを消してファーサイドはルーカスをマンマーク(進藤の前のスペースは放置)

 この対応は左サイドのみで、進藤がボールを持った時に前田は下がらない(菅をルーカスのようにはケアしない)。
 [1-4-4-2]のゾーンディフェンス基調の守備を採用している理由の一つに、サイドハーフの選手が必要以上に下がらなくていいという点も挙げられる。マンマーク基調の守備なら、福森が攻撃参加したら前田はそれについていく必要がある。ゾーナルディフェンスなら、仮に福森が無邪気に攻撃参加しても、そのスペースを圧縮して消せばいい。前田は前に残った状態でいられ、ボール奪回後は福森の背後のスペースを狙える。これはシャビエルにはできない仕事なので、恐らくこの選手起用になったのだろう。
右の前田は福森の背後を意識

 全てはザッケローニが言うところの「勇気とバランス」だ。攻撃しないことには勝てないし、敵陣に侵入しないとシュートを撃てない。守ることしか考えていない監督はいない。仮にうまくいかなければ、リスクのない形でメンバーチェンジしたり、パワープレー気味の展開に持ち込んだり手の施しようがある。が、その動きやすい状況は、スコアがイーブンな状態の話。名古屋としては、前半は何とか0-0で、という考えだったと思う。

2.2 心機一転 新たな旅


 名古屋がこれだけ札幌対策をしているのに対し、札幌は特段の名古屋対策はない。ある意味、この図太さはミシャチームの強みかもしれない。
 ただ1つ挙げるとすると、3月の豊田でのゲームで、展開に影響を与えた要因の一つが「ジョーボール」。風間監督は相手を敵陣に閉じ込める、という表現を使っていたが、筆者の印象は、「ジョーにロングフィードを蹴ってそのエアバトルで勝つ前提で敵陣に人をなだれ込ませる」という展開から名古屋は起算されているように見えた。この試合、札幌のCB中央は宮澤ではなくキム ミンテ。これは名古屋対策というものではないが、前回の対戦との違いとして特筆すべき点だろう。

 全般に札幌はルヴァンカップのプレッシャーから解放され(といっても、この試合時点ではまだJ1残留が決まっていないが)、本来志向しているスタイルに忠実にプレーしているように見えた。
 具体的には、札幌は敵陣ゴール前でやたらと縦パス→フリック→抜け出しのパッケージ…所謂”ミシャアタック”の選択が多かった。これは2018シーズンの開幕直後に、ミシャがこのチームに落とし込もうとしていたが、札幌の選手特性を考えると別の策(サイドからのクロスになだれこむ)をメインウェポンとした方がいいだろう、との判断で次第に封印されていったもの。
縦パス→フリックの本来やりたいプレーを繰り返す

 いつもは持ちすぎ、撃ちたがり、仕掛けたがりなアンロペが、この日は約束事に忠実にプレーする。
 パターン攻撃は、はまると強力だ。アンロペのようなソリスト(独奏者。反町監督とは関係ない)でも、パターンを決めておけば味方と連動したプレーになる。札幌の選手はパターン通りに動き、その頭の内を知らない相手はその速さについていけない。
 そしてミシャのパターン攻撃は斜めのパスを巧く使う。福森の斜めのパスから始まる。DFの視界は福森に向くと、その反対サイドを視野で捉えることは難しくなる。その死角から”3人目”が裏を取る。パターン攻撃は一般に、やることがバレると通用しなくなるが、人間の視界の限界を突いた攻撃はわかっていても決まってしまう(事実、最もわかっているはずの浦和には1発で決まった)。
 が、この試合はアンロペのキックのフィットがイマイチで、アンロペが関与する形で決定機が生まれることはなかった。”ミシャのサッカー”の脅威を名古屋が知るのは、テーブルに極上の赤ワインが並んでからだ。

3.序盤の展開

3.1 Hit&Away


 名古屋の振る舞いは「2.1」の通り、自陣ゴール前を守ることから逆算されている。守り方はゾーン主体で、人を捕まえて受け渡すのではなく、札幌の選手がプレーするスペースを狭めて対抗する。
 このゾーナルなスタイルにおいて、陣形をコンパクトに保つことは必須だ。必然と1列目の位置は決まってくる。最終ラインを上げるなら別だが、上げないならジョーと長谷川が自陣に撤退することでコンパクトネスを確保する。
自陣ゴール前から逆算すると2トップの位置はハーフウェーラインよりも手前なので札幌はそこまでは進める

 札幌は名古屋陣内まで侵入することが容易だ。逆に名古屋は、ボールを奪う位置が低くなる。カウンターを仕掛けようにも、札幌ゴールまで70メートル程度は離れたポジションでボールに触る。これを是とするか否とするかは、手持ちの選手の能力による。名古屋にエメルソンかダヴィがいるならこの状況はプラスだ。フィッカデンティ監督は、下がって守ってもジョーにロングフィードを当てて、長谷川がサポートする形で「陣地回復」は可能だと踏んだのだろう。

 札幌のGKク ソンユンが関与するプレーではジョーと長谷川が圧力をかける。が、名古屋のこの形はあくまで後方の[4-4]ブロックに関与しない余剰的な2人を運用したもので、2人での守備が剥がされると迅速にリトリートしてブロック形成を優先する、Hit&Away戦法的なものだった。
無理ない人数(2人)のみでの前線守備

3.2 進藤周辺のリソースとミッション


 そして「2.1」の通り、序盤から名古屋は和泉がルーカスにほぼマンマーク。そのため、進藤の前にはスペースがある。進藤が右サイドでボールを持ってドリブルで数m前進、というシチュエーションはこの試合、最も再現性のある現象だった
 スペースはボールホルダーに時間をもたらす。進藤は時間を使ってボールを置きなおす、味方の位置を見る、相手の位置を見る、有利な位置にボールをドリブルで運ぶ、これらの作業の精度を高めることができる。

 が、序盤の札幌は進藤が得た時間を有効に使えなかった。
 例えば「進藤がドリブルでエドゥアルド ネットを引き付ける。ネットが動くとその背後をロペスが取れる。進藤はネットを動かしてからロペスへ。」もしくは「和泉に向かってドリブルして和泉を引き付けてルーカスへのマークを引き剥がす。」進藤が1人余っている状態を活かしてこのような展開にも持ち込むと、進藤が持っている「時間とスペースの貯金」を、ルーカスやロペスに引き継ぐことができる。が、そうしたプレーは殆どなかった。
 下図は5分過ぎ、進藤が裏のチャナティップへのフィードを選択したプレー(オフサイドの判定)。これ自体、決まれば効果的なプレーではあるが、この選択では受け手のチャナティップには進藤の持っていた時間やスペースの貯金が消失し、駆け引きとパスの精度の問題だけに終わっている。
(5分)フリーの進藤は時間とスペースの貯金を味方に繋げられない

 要は、進藤をフリーにしても札幌はその「貯金」を活かせない状態で試合がスタートする。名古屋としては守り切るのがらくなシチュエーションだ。
 札幌は、名古屋がこうした対応をしてくるとは予想外で、準備ができていなかったことがわかる。もっともそれは当然といえば当然で、名古屋は監督交代からずっと[1-4-3-2-1]で初めての布陣。加えて和泉のイレギュラーな対応。忍者でなければ、この対応を予測し、準備するのは不可能だ。
 ただ、時間経過とともに進藤は「なんか俺フリーじゃね」と気づく。いつ気付くか、気付いた後の試合時間をどう使えるかが問題だ。そして名古屋は1列目のジョー、長谷川のところでは「3.1」のクソンユンが関与するケース以外は殆ど札幌DFに圧力をかけてこないので、考える猶予はある状況だった

3.3 マッシモの回答


 引いて構える名古屋。ゴールを守る目処はついたとして、そこからどう攻撃に結びつけるか、札幌陣内に侵入していくかという課題がある。
 解決策の一つは、先述のようにジョーへのフィード。元々、風間前監督時代からランゲラックはジョーへの放り込みを優先するなど、ビルドアップにおけるロングフィードのプライオリティは高めだと思うが、この試合もジョーの能力に頼る部分は少なくなかった。

 もう一つは左SBの吉田のオーバーラップ。吉原宏太さんが「名古屋はジョーに収まると信頼してみんな動き出している」と評していたが、この吉田の攻撃参加などを指していたのだと思う(多分)。和泉と前田は逆足に配されており、中央に入ってジョーをサポートしたり、シャドーのようなイメージだ。和泉が中に入った大外を吉田が一気に駆け上がり、札幌のルーカスが警戒を怠っていようものなら置き去りにする。
ジョーに当てて吉田の馬力でサイドから前進

 札幌の守備の対応について。
 武蔵は名古屋のCB2人に対してはステイ。中央をチャナティップ、ロペスと共に固め、米本とネットを背中で消す対応が基本だった。ネットはボールを貰いに下がって受ける。札幌が誰も捕まえなければネットはフリーだ。が、中央を3人で固め、2列目以降は人を捕まえていればそう問題は起こらない。マッチアップ(札幌の3⇔5バックと名古屋の2トップ+2人のMF)上、名古屋は浮いている選手がいてもおかしくないが、最低限ボールサイドでは札幌が人を捕まえていたので、ネットから何かが起こるにはまだ他にも工夫が必要な状況だった。
 問題を挙げるとしたら、吉田のオーバーラップにアンロペがついていくか迷っていたことだった。名古屋のSBに対しては、札幌はシャドーとWBで受け渡しながら守る。ルーカスとアンロペ。コミュニケーションは全く問題ないと思うが、吉田への対応に積極的なアンロペにルーカスが任せて、が吉田の走力にアンロペが置いていかれ、ルーカスが遅れて対応する…というシチュエーションが何度かあった。

4.続けることの重要性

4.1 オフザボールでの貢献


 「3.2」の進藤周辺にスペースがあるがどうするか、という問いに対し、札幌は20分前後頃から回答を見つけ始める。それは「バイタルエリアにスペースができたタイミングでどこからでも縦パスを狙っていこう」というもの。寧ろ進藤の右サイドに運んでからだと、パスコースが限定されるということもあって、中央から深井やキム ミンテが楔を打ち込んでいく。
 名古屋は中央では札幌のシャドーへのパスを警戒している。普段はチャナティップが落ちてくるので、札幌の対戦相手はチャナティップにマンマークをつける。が、この日はアンデルソンロペスも頻繁に落ちてくる。名古屋は札幌が中央でボールを持っている時、米本がチャナティップ、ネットがアンデルソンロペスをマークする、この局面が増えると、スペースよりも人を守っている構図が強くなる。そうすると米本とネットの間や、その背後にはスペースができる。札幌の深井やキムミンテは20分前後にこのスペースを察知し、空いたら武蔵への縦パスを狙うようにしていた。
 このビルドアップ段階で、武蔵とロペスが離れていることはターゲットへのマークがが分散するという点で重要だ。接近してコンビネーションを発揮するのは、ゴール前にボールが入ってからでいい。
 22分には深井のパスが武蔵に成功し、ターンを試みた武蔵が倒されてFKを得る。
(22分)札幌のシャドーのポジショニングによって名古屋のバイタルエリアにスペース

 結果的には、進藤周辺のスペースを利用していたのは降りてくるアンデルソンロペス(→ロペスをネットが警戒するので中央の武蔵が動きやすくなる)という図式になっていた。

4.2 飛び道具


 そんな流れから35分に札幌が福森のCK→中央でフリーの深井がヘッドで叩き込み札幌が先制

 見直したところ正解はゾーンとマンマークのミックスだ。ニアに米本と吉田、中央にジョー、ファーサイドにネットを立たせ、中谷が札幌最長身のキム ミンテ、丸山が5得点している進藤、武蔵に長谷川、ロペスに宮原。ロペスと宮原のミスマッチが気になるが、福森の選択はルヴァンカップのデジャヴュのように、中央に鋭く曲がり落ちるボールで深井へ。ターゲットは名古屋はマンマークで消しているので、後はネットが深井よりも先に触れればよかったが、ジョーを越えるボールを蹴った福森のクオリティが素直にすごかった、という総括になるだろうか。
(34分)名古屋はゾーン+ミンテ、アンロペ、武蔵にはマンマークだが枚数が足りない

 ランゲラックはドフリーでの深井の一撃にかなり不満げだったが、見ていくとセットプレーでのゾーン守備特有の「やられる時はさっくりやられる」と言ってよい事例だったと思う。

 そういえばこんなことも言ってたね。普通に決まったね。

 前半の残り時間は、40分に名古屋に決定機。吉田と和泉の局面数的優位の左サイド(このシチュエーションは試合中で初めてだった)から、和泉の左足クロスにジョーが飛び込むも合わず。
 41分には札幌ペナルティエリア内でキム ミンテのボールを長谷川が引っ掛けてジョーへラストパス。が、まさかのダフりで決定機を逃す。

5.年を取るほど良くなる

5.1 前から行くでかん~前田の突撃


 後半開始のキックオフと共に名古屋は前へ。2トップによる1列目守備への、2列目サイドMFのサポートを早くし4人で札幌のDFを前から捕まえる。必然と中盤にはスペース。このスペースを札幌が使うか、名古屋が勢いのまま攻め切るか、という展開を予感させる。
 札幌DF+ク ソンユンのユニットは、強い圧力を受けるとナーバスになる。だから名古屋が前から行くと、ミスが増えるし、ミスを回避するためのダイレクトな縦への放り込む選択も増える。そうした試合が落ち着かない展開を好んでいたのが風間前監督で、フィッカデンティ監督はそれを避けたいのだろうが、後半から仕掛けた格好だった。

 ジョー、長谷川、和泉、前田の4人で前から捕まえると、後方の選手がラインを上げられないと前後分断が起こりやすい。またこの、スペースができて人と人の関係が強くなると、米本はチャナティップをより見なくてはならないので、米本も前掛かりになる。
 ジョーと長谷川が高い位置から守備をするなら、最終ラインを高めに設定して押し上げたいが、名古屋は武蔵の裏抜けを警戒してかラインを押し上げられない。そして和泉が前方向への仕事の優先度が高くなったことで、ルーカスはフリーになりやすい。名古屋の後半の主役が前田なら、札幌はルーカスに主役とまでいかなくとも徐々にボールが集まるようになっていく。
[1-4-2-4]気味の前線守備

 57分のプレーはその構図の典型と言える。名古屋はリスタートから作り直し、ネット→丸山→吉田と左へ展開。吉田からジョーへの縦パスを、米本と長谷川がサポートを試みるが合わず札幌が回収→札幌のカウンターという流れ。チャナティップに渡った時、周囲には広大なスペースがあるが、これは本来バランスをとる役割の米本まで最前線に出てしまって中央に誰もいなくなっているため。
 総じて後半の名古屋はこうしたバランスが、前半とは大きく変容しており、それで攻め切って得点を奪えるならいいが…という展開。平たく言うとギャンブルサッカー風味だ。
(57分)米本も前がかりになると中央の秩序は保たれなくなる

 後半開始からの時間帯、名古屋のアタックは右の前田から始まる。前半は左の吉田のサイドからのアタックが主体で、前田はその際に中央に絞ってジョーに近いポジションでプレーしていたが、後半はサイドに開いてボールを要求し、菅との1on1を仕掛ける。52分には立て続けにカットインからのシュート、もしくはクロスボールで札幌ゴールを脅かす。58分にはペナルティエリアすぐ外から、巻いたシュートが左ポストをかすめる。

 54分には中央のFK、サインプレーから米本のミドルシュートは左ポストを直撃。やはりセットプレーはかなり準備している印象だった。

5.2 極上の赤ワイン


 64分に札幌はCKのタイミングでアンデルソン ロペス→ジェイに交代。
64分~

 投入直後の67分にジェイによるビッグプレー。深井がボールを保持する。名古屋はやはり前半と比べると前がかりで、それは米本や和泉のポジショニングと役割(チャナティップにマンマーク)にも表れている。この時、米本は中央方向から左シャドーのチャナティップに寄せていくので、体の向きは外側を向いている。ジョーは中央を切りながら深井に寄せている。
 深井は米本の身体の重心と、その背後のスペースを見逃さない。スペースについては、名古屋がシャドーを捕まえるとこの傾向になっていたのでハーフタイムに共有していたのかもしれないが、米本の身体の向きはまさにフィッカデンティ監督が練習中に再三指摘していたという、「向きを変えれば守れる領域が断然違う」という話。
 そしてジェイもこのタイミングを見逃さない。
(67分)米本がチャナティップを意識すると中央へのコースが見える

 米本の背後のスペースにジェイが(中谷を引き連れて)降りてくる。深井からジェイに縦パスが入った瞬間、チャナティップは動き出してジェイからの落としを狙う。この動き出しで米本は置き去りにされ、ジェイのダイレクトパスで中谷も無力化される。後は裏に抜ける武蔵にチャナティップが朝飯前のようなパス、武蔵はラインを確認しながら、走るスピードを緩めて吉田のファウルを誘う余裕すらあった。スペースがあればこのような余裕も生まれる。
深井・ジェイ・チャナティップ・武蔵のイメージ共有(3手先が見える)

 この瞬間が、試合中初めてチャナティップが名古屋のDFの前で、フリーでボールに触った瞬間。札幌のポストプレーらしいプレーが成功した最初の瞬間でもあった。ポストプレーがいかに重要、効果的かを示すお手本のようなプレーだ。自分がゴールに背を向けてプレーすることで味方に前を向かせることができる。投入直後のジェイによる完璧な仕事だった。

 武蔵がPKを決めて2-0。名古屋は吉田が退場で和泉を左SBに。長谷川を左MFに下げて[1-4-4-1]にしていたが74分に前田→伊藤。札幌としては怖い前田が下がるが、この起用にフィッカデンティ監督の考え方が現れていると思う。中盤センターを2枚にするとチャナティップか、中央のスペースのどちらかが空くので3枚に。前線もジョーへのサポートが必要なので2トップに。スコアは維持もしくはセットプレーで得点を狙って、最後にシャビエル投入でなんとか、という考えだったのだろう。
74分~

 84分にそのシャビエルが投入される。が、2分後の86分に札幌は中央を崩してからのルーカスの得点で3-0


 杉浦コーチが「練習の賜物」と言っているが、ジェイ、武蔵、チャナティップの3人が似たようなエリアで絡むとフィニッシャーがいなくなる。ミシャはWB(菅や、2018シーズンの宮吉が顕著だ)にワイドストライカーとしてゴール前に走り込むことを常々要求している。数的不利の名古屋の問題もあるが、ルーカスのランが得点に繋がった格好だった。

雑感


 残念ながらボールを持っている選手やかっこいいシュートを決めた選手のことしかわからない、評価できない人にはつまらない試合だったかもしれない。ロペスはチームオーダー通りにプレーしていたが、試合を決めたのは「赤ワインのように年を取るほどうまくなる」男、ジェイの極上のポストプレーだった。
ボールが来なくてもサイドに張り続け、相手ボールになると50m走って自陣に戻るルーカス、そして味方を活かすためのポジションを取り続けたアンデルソン ロペス。見る人は見ているし、そのうちご褒美がもらえるはずだ。この2人は次節の横浜F・マリノス戦(4バックの採用が濃厚)でもキーマンになるはず。チームとしても、久々のスタメンで復調傾向なのは好材料。

 名古屋について。端的に言うと攻撃とか守備とかではなく、「カオスから秩序へ」の新たな旅路にある。Jリーグではカオスを利用して点を奪うチームが多いが、秩序型のチームの一角として中途半端にならず貫徹できるか。ただ、やはりスカッドの編成とアンマッチな点は残り試合を戦う上でネックかもしれない。

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