2019年9月2日月曜日

2019年8月31日(土)明治安田生命J1リーグ第25節 ヴィッセル神戸vs北海道コンサドーレ札幌 ~言うは易く 行うは難し~

0.スターティングメンバー

スターティングメンバー

 札幌(1-3-4-2-1):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、福森晃斗、MF白井康介、荒野拓馬、宮澤裕樹、菅大輝、鈴木武蔵、チャナティップ、FWジェイ。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF石川直樹、MFルーカス フェルナンデス、深井一希、中野嘉大、早坂良太、FW岩崎悠人。アンデルソン ロペスはベンチ入りせず、前節とメンバーは同じ。
 神戸(1-3-1-4-2):GKキム スンギュ、DFダンクレー、大崎玲央、トーマス フェルマーレン、MFセルジ サンペール、西大伍、山口蛍、酒井高徳、安井拓也、FW古橋亨梧、田中順也。サブメンバーはGK前川黛也、DF藤谷壮、ジョアン オマリ、MF郷家友太、FWダビド ビジャ、藤本憲明、小川慶治朗。予想通りイニエスタは欠場。前線はビジャをベンチスタートとし、ここ2試合の立役者である田中を信頼する選択。
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1.想定される互いのゲームプラン

1.1 札幌のゲームプラン


 プレビューの通りだが、今の神戸に正面からまともに当たると分が悪い。少なくとも45分間はキーマンのサンペールを消し、いわゆる塩展開に持ち込んで後半に機を見て勝負する。

1.2 神戸のゲームプラン


 札幌の出方を見ながら、ここ2試合と同じくボールを大切にし、ゲームをコントロールしていこうとの考えだったと思う。

2.基本構造

2.1 ボスロイド 守ります。


 わが国の全ての国民は法の下に平等だとされている。しかし札幌市には特権的な身分を与えられている住民が1人だけいる。イギリスはロンドン出身のジェイ ボスロイドさん(37)だ。あるインタビューで語った白井康介の認識によると、ミシャのサッカーは「規律を重視する」。しかしながらジェイさんは好きに動いていい(特に試合時間が経つにつれ、ルールを無視する)という特権を有しているが、この試合はそうではなかった。
 
 ヴィッセル神戸はボールを保持することでゲームのコントロール、特に相手から攻撃機会を奪いながら試合を進める。そのメインキャストはGKの飯倉、3バックのダンクレー、大崎、フェルマーレンにアンカーのサンペール。特にピッチ中央のサンペールに簡単にボールが入る状況だと、2列目の山口や(今日はお休みだけど)イニエスタ、トップの古橋やワイドの西にアタックの機会を創出するパスが配給される。
 札幌がいつもの[1-5-2-3]の陣形で守ろうとすると、中央のサンペールのマークは1列目か2列目の中央の選手だ。しかし2列目の宮澤がサンペールを監視すると、その選手が本来守るべきエリアで神戸の選手がスペースを享受する。これはサンペールをフリーにすることと同じかそれ以上に問題になるので、
中盤の選手がサンペールをマークするとスペースを与えてしまう

 ジェイ様に白羽の矢が立ったということになる。それによって、宮澤と荒野が大きくポジションを逸脱することなくサンペールを包囲しながら、それぞれ山口を安井を監視することができる。これはプレビューで予想した展開と全く同じだった。
神戸の最終ラインは放置してジェイがサンペールを見る
札幌が引くと神戸は最終ラインを押し上げるが、飯倉はゴールを留守にできないので”単なるGK”に。

2.2 ジェイ様のウルトラスーパーハードワークで”ただのキーパー”に成り下がる飯倉


 筆者がどうなるかと思っていた点は神戸のGK飯倉の扱い。結論としては飯倉は前半「ふつうのキーパー」のようにゴールに近いポジションを取ることしかできず、その強みである大崎の隣でボールに関与するプレーは殆どなかった。札幌1列目はジェイがサンペール監視、武蔵とチャナティップのボール非保持時の主な仕事は、正面にいるダンクレーやフェルマーレンをケアすることよりも、隣人のジェイ ボスロイドさんの仕事がうまくいかない状況に陥らないか監視しながらサポートすることだった。

 なので神戸は大崎に加え、ダンクレー、フェルマーレンが前半の45分間殆どノープレッシャーでボールを保持する。前半の途中段階で、ボール支配率が70%を超えているとのデータがあったが、隣り合う数選手が全くノーマークでボールを持てるのだからある意味で当然だ。一方、高い位置取りをする必要がない飯倉は”置物化”する。後述するが札幌もジェイが前半45分間は置物化していた。
 シンプルな事象として考えると、ボール保持時にGKが置物化しているチームとFWが置物化しているチーム、どっちがマズイ状況下は考えなくてもわかる。しかしそれだけでは良し悪しや優勢劣勢と語れないのがこの試合の奥深さだったと思う。

2.3 「責任」重視から助け合いへ


 しかしながら筆者の予想と少し違った点は、札幌はジェイに全てを任せるのではなく、思った以上に、サンペールを守る仕事を数選手で分担しながらやっていたことだった。
 よくよく考えれば、普段甘い蜜を吸っている人にいきなり重労働を任せるのは不可能だ。よって、ジェイはサンペールの前に立ち、その背中でサンペールへのパスコースを消すことを基本としていたが、例えばサンペールがサイドステップしてジェイが消している背後のエリアから消えて、ボールを受けようとすると、その時はジェイが何度も首振りしてポジションを取りなおすのではなく、2列目から宮澤が前進して守るようにしていた。

 この時、宮澤はジェイに「前に行けよ」と指示をしている。それを受けてのジェイのアクションは、CBの大崎をマークすること。この対応は10分過ぎころから始まっている。開始10分は特に万全を期すために、ジェイも協力してくれ、しかし10分以降は、ポジティブトランジョンの際のターゲットになるジェイがあまり下がってくるとカウンターができないので、ある程度、与えられた仕事から解放する、という戦略に基づいていたのだと思う。
サンペールがジェイの背後を取ると宮澤に受け渡しジェイは大崎へ

 上図はダンクレーがボールを保持した時の状況だ。繰り返すが、札幌が一番警戒すべきは”扇の頂点”サンペールからの展開。これを宮澤がジェイから引き継いで受け持つと、ジェイは大崎をマーク。これで、ダンクレーが大崎を経由して攻撃サイドを変えることが難しくなる。その他、サイドの西は菅が”責任を持って”対応。

 上図では山口が空いている。この状況で宮澤がサンペールを受け持つと山口は誰からも監視を受けなくなる。
 これに対しては、札幌はCBの前進守備で対応し、最終ラインはスライドしてマークを受け渡す。あまり受け渡しやスライドを好まず「マーク対象に責任を持つこと」(by駒井)を重視する札幌には珍しい準備をしていた。また、安井のところに、1人2人くらい背負っていても無にしてしまう大聖人。イニエスタだったらこの対応では難しかったと思う。
ハーフスペースのインサイドハーフはCBの迎撃守備で対抗

 なお、逆サイドでは荒野は宮澤のような役割を持っていない。安井-荒野の関係は殆ど常に継続される。おそらくマルチタスクかつ、都度状況判断が求められる仕事は荒野だとちょっと難しい(荒野は「ボール周辺の雲行き」というより、ボールの行き先しかみていないような振る舞いが多いのが玉にきず。その分、荒野はタスクが単純化されていればいるほどと強い)という考えだったのだと思う。
 ただし「宮澤のサイド」=「福森のサイド」でもある。福森サイドでこのような受け渡しを伴う仕組みを作ることはちょっとリスキーだが、これは「フェルマーレンのサイドでそうするよりはマシ」といった考えだったかもしれない。

3.持たされた神戸のアクション

3.1 フリーのCBによる銃撃


 「バルサは開始15分間はロンドをしながら相手の陣形や構造、その他の情報収集をする」とはどっかのインタビューで見た話。確かにイニエスタはそんなような振る舞いをしている。
 この試合の神戸は10分過ぎから情報収集のフェーズから次のフェーズに移行しようと試みていた。最初のアクションは、10分に大崎、11分にフェルマーレンが見せた、最終ラインからの中央へのドリブル。CBはいくらでもフリーで持たせてくれるし、他のポジションもマークは決まっているので、フローのCBはどこまでもフローだ。理屈上は。
 大崎は札幌の1列目(チャナティップ-ジェイ-武蔵)を越えるところまではいったが、そこでボールをリリース。FWへの縦パスを選択するが、マークしている札幌DFに潰されて終わり。大崎は引き金は引けないタイプだろう。なお14分にはダンクレーもドリブルで攻めあがる。結末は、強面のダンクレーは意外にも(?)大崎タイプだった。

 一方のフェルマーレン。ベルギー代表とアーセナルの元キャプテンは容赦なくトリガーを引く。この11分の局面ではハーフウェーライン付近から軽やかなステップで武蔵を置き去りにして、そのままボックス付近まで侵入。札幌のキャプテン・宮澤のブロックでシュートは防がれたが、「俺は撃つよ」という意思表示は攻める気がないチームに対して有効だ。もっとも、これを無限に何度も繰り出せるかというとそうでもないので、見せ玉にして次の弾薬を用意しておく必要はある。
フリーのCBフェルマーレンがいけるところまで前進

3.2 左サイドからの展開とそのボトルネック


 先述の”様子見”が終わった10分~20分頃にかけては、神戸のボール保持時の展開のファーストチョイスは左サイドだった。これはここ2試合で、イニエスタ・フェルマーレン・酒井の強力ユニットを擁する左サイドからのアタックが好調なこともあると思うが、恐らく試合序盤において、WBのポジションから違いを作るなら西ではなく酒井、という個人の信頼の厚さにもよるだろう。ミシャ式のような変則布陣はともかく、本来ウイングバックはサイドのそう高いポジションをとらない。そこから攻撃時は横幅を作らなくてはならないし、ボールを失えば最終ラインまで戻る必要がある。西のような技術が売りの選手が輝くのは、まだ対面の選手が走れる試合序盤よりも時間が経過してからだ。

 イニエスタの代役の安井。安井は中央からサイドに流れてボールに関与しようとする。これに何か意図があるというよりは、安井自身の選手特性の問題で、中央で活動したくてもできないように見えた。札幌は荒野がどこまでもついてくる。サイドに流れても、効果的な働きにならないのは変わらなかった。
 札幌は宮澤がサンペールを見る状態になると、左サイドは福森と菅の2枚のみ。札幌の左=神戸が右を突かなかったのは意外だったし、その方が効率は良さそうに見えた。
安井は中央からサイドに逃げるだけアクションがない

4.百戦錬磨

4.1 スロースタート
 
 序盤はひたすらリスクを回避していた札幌。20分頃からは、ボールを得ると後方の選手を使ってまず保持する時間を作り、”何とかできないか”を探っていく。
 結論としては何とかできそうな様子はなかった。札幌はこの日も、福森を上がり目に配した変則3バックのような配置からボールを保持を開始する。福森は、後方でのボール保持には含めず、左サイドでボールの逃がしどころと、そこからの固定砲台・前線へのフィード役として使うイメージだ。ただ、福森のフィードは試合開始早々に裏に走るジェイへ送った1本(ジェイのハンドの判定)くらいで、それ以降は沈黙を続ける。神戸は福森に渡ると山口が監視するようにしていたが、監視に困っていたというかは、蹴った後にどのようなトランジションが発生するかを考えると安易に蹴らない方がいい、とする判断だったのではないか。福森がそのような判断をすることはあまりないが。
札幌のビルドアップ時は福森を出口&砲台にしたい

 福森サイドからあまり前進できない(しない)となるとボール保持の出口は怪しくなる。神戸は[1-5-3-2]でブロックを組み、札幌の3人の最終ラインは田中と古橋で監視。そこまでの圧力はなさそうだったが、神戸が長い時間、ボールを持つ試合展開が故にか札幌はナーバスそうにプレーする。31分には右サイドで、進藤のミスから古橋がボールを拾ってゴール前に侵入。これにはミシャも頭を抱えるが、大事には至らなかった。

4.2 札幌のカウンターの狙いと仕組み


 札幌が点を取るための策として準備していたのはカウンターアタックだ。11分の局面を例にとると、この時は神戸が酒井高徳と安井のコンビで左サイドから前進を試みる。やはり安井はサイドに出てくるが、
(11'38")神戸左サイドからの攻撃

 この時は囲まれかけたところを巧くヒールで剥がして酒井が中央へ。しかし札幌が人数をかけて奪ってトランジション。荒野は持ち出して、トップのジェイに当てる。この時、必ずジェイを経由するのが札幌のデザインされた攻撃で、武蔵とチャナティップはジェイからボールを落としてもらうべく、かなり近くによってプレーする。この時はジェイが効き足の左回りにターンし、チャナティップに渡すと武蔵は裏狙いに切り替え、走るコースを変える。恐らく武蔵もチャナティップと同じ役割ができるよう、この走り方は決めていたのだろう。
奪ったらジェイに当てて落としをシャドーが受ける

 武蔵が裏に走るまではいいが、最終ラインには百戦錬磨の門番・フェルマーレンが立ちはだかる。この11分の局面では正対してコースを切られ、武蔵はゴールから遠ざかる方向に逃げるしかなかった。36分にもサンペールのミスから武蔵がスペースを享受した状態で神戸陣内で仕掛けるが、フェルマーレンの対応によって全く同じ展開に。40分にはジェイのフリックに武蔵がスピードで抜け出そうとするが、フェルマーレンが足を出してボールをカット。

 フェルマーレンクラスを相手にするとなかなか陥落しそうにない。ジェイはポスト役、武蔵は裏に走れるが、走った後のクオリティが課題。リソースの欠乏をやや感じたところで試合は後半へ…

 と思いきや後半のラスト5分でスコアが動く。42分、神戸のショートコーナー。安井は西に渡すと、この試合、何度も札幌DFを混乱に陥れることになるクロスのその1本目。ターゲットのダンクレー、フェルマーレンはニアにいたが、ファーの田中の足元に落ちるボールを蹴ると宮澤が被ってしまう致命的なエラー。田中の至近距離からの左足一閃にソンユンはなすすべなしだった。
 その約2分後。福森の縦パスを神戸が引っ掛けてボールを回収するが、トランジションで珍しく福森が、山口にプレッシャーをかけてボール回収。拾ったチャナティップのドリブル⇒右斜め前の白井へのスルーパスが成功し、白井のグラウンダークロスの跳ね返りを再びチャナティップがゴール正面で拾う。ダンクレーのタックルを交わし、シュートはフェルマーレンにブロックされたが、リバウンドを拾ってジェイの右足シュート。飯倉がはじいたボールを武蔵が押し込んで前半はなんとか1-1で折り返すことに成功した。

5.プラン通りと想定外

5.1 反撃の狼煙は2トップへの変更


 後半はまず札幌が動く。後半頭から、1トップ2シャドーではなく、ジェイと武蔵の2トップにし、ボール非保持時にはサンペールを、トップ下のチャナティップが見る形に変更する。第2節の浦和戦で非常にうまくいったシステムだが、この時は守備で浦和の中盤をマンマークしたいという理由が大きかったと思われる。これを後半頭から採用したのは、攻撃面で、特にジェイをサンペールの監視役から解放して、ゴールに近い位置でプレーさせて、点を取りに行くぞというメッセージだっただろう。
 布陣を図示するとこのようになる。しかし実際は、2トップの2人で3人をみるというより、ジェイはせいぜい1人しか見れないので、
後半から2トップへ変更
 
 武蔵が中央の大崎を切って、フリーのダンクレーに誘導しながら、自らダンクレーを追い込むハードワークで対応するようになる。ダンクレーとしては武蔵はどこまでもつんだ?という感想だったかもしれない。これが、最初から浦和戦の[1-3-4-1-2]にできない理由でもあるし、この試合の前半を捨てざるをえなかった理由でもある。もっとも卵が先か鶏が先かの話でもあるので事象と理由の関係はどっちでもいい。2トップにするにはジェイでは無理、神戸相手にアンロペが出られないならこういう戦い方になる、というシンプルな話だ。恐らく前半はスコアレスでやり過ごして、後半、前に出るタイミングで戦術変更は試合前から決めていたプランだったのだろう。
武蔵が2人を担当する

5.2 2トップ効果(攻撃編)


 ボール保持時にも早速この布陣変更の効果が表れる。
 最初のチャンスはとなった46分の白井のシュートは、福森のサイドチェンジを受けた白井が一度荒野に預けてからハーフスペースを狙う。神戸はフェルマーレンが余り気味でこの白井の動きは監視していたが、迂闊に出ることはできず後手に回った。理由の一つは、ジェイと武蔵のターゲットが中央に揃っていたので、2on2ではなく数的優位を作れる3on2で守りたかったためだ。
中央2トップでCB3人をゴール前にくぎ付けに

 続く49分の展開。チャナティップが下がってボールをキープしながら右の荒野へ預ける。荒野が右に出てくると、単純な数的関係は荒野・進藤・白井に神戸は安井・酒井の3on2。進藤がフリーになったところで酒井が白井を捨て、一瞬フリーになった白井が裏に走りフェルマーレンをゴール前から引きずり出した状態でCKを獲得した。
 通常荒野のようにアンカーがあまりにも左右にふらふら動く状況は歓迎されない。が、[1-3-4-1-2]の布陣になると、中盤はアンカー役の1人に加えてチャナティップがいる。普通トップ下の選手というと「うまいけど走らない」が日本人のイメージだが、チャナティップはゴール前以外の必要なところに顔を出すので、荒野が行方不明になるデメリットがあまり顕在化しない。
チャナティップが中央にいると荒野の自由な動きもリスクが低減される

 この白井が獲得したCKから札幌の逆転ゴールが生まれる。福森の1本目のキックは飯倉のすぐ近くを襲う高速のインスイングのキック。飯倉がパンチングし、やり直しの2本目も高速の、GKに近いボールで、ダンクレーのクリアが中途半端になったところをファーで進藤が折り返す。最後は中央で、フェルマーレンと競ったジェイが前足で押し込んで札幌が勝ち越す。CBとしてはサイズはさほどないフェルマーレンに対し、スタンディング状態での競り合いにめっぽう強いジェイの強みが活きた。

6.コントロールできる部分とできない部分

6.1 中央はクールに、ゴール前はカオスに


 この試合初めてリードを奪った札幌。大まかな試合の進め方としては「消極的にならず3点目を狙おう」というものだった。1-2となった直後のプレーから、[1-5-1-2-2]でセットして武蔵がダンクレーを追い込むのは同じ。そこで制限させ、縦パスを奪うところまではそれまでの試合の延長線上だったが、奪った後の展開にかける人数は、荒野や菅、白井がかなり積極的に駆け上がっていく。これは前半にはなかった動きで、そのまま攻撃が完結できるならいいが、できないと自陣にスペースができる。そのまま試合が途切れなければ、ミシャチームあるあるなオープンな攻防の応酬へと変わっていく。そんな考えが頭をよぎった55分頃だった。
 
 オープンになりかけた展開は、”いつものサッカー”へと回帰しようとする神戸によって鎮静化する。ピッチ中央の流れは鎮め、ボールと共に秩序はコントロール下に置く。カオスを作り出すのは相手のゴール前だ。60分の安井⇒ダビド ビジャの投入はそのようなカードだった。2010年には南アフリカで、「メッシがいないバルサ」と揶揄されたスペイン代表で、左からの仕掛けによってメッシロールを担っていたビジャ。あれから9年が経ったが、イニエスタがいない中でそのような役割を期待されていたのだと思う。
60分~

6.2 パルプンテ?味方にあやしいひかり?


 63分の神戸の同点ゴールには、ゴールへの2つ前のパスの出し手としてビジャが絡んでいる。しかしこのゴールの説明変数として大きなものは、神戸の西大伍の小さいモーションからクリアが難しいコースに蹴ったクロス、勿論田中の見事なシュートもあったが、それらよりも札幌の側のウェイトが大きかったと思う。

 この直前の展開は、札幌が自陣で奪ってジェイのポストプレー。ジェイは左前方で、裏に走り出した武蔵を狙ったパスを出すが失敗。
 問題は、飯倉が手でキャッチしてからのトランジションだ。試合時間は60分を過ぎている。札幌の選手としてはここまで最高のインテンシティを見せていたジェイはさすがに落ちてくる。神戸は下がって受ける田中が、そのジェイのサイド(神戸から見て左)でボールを運ぶ。
 田中がタッチライン付近でボールを運ぶ。確かにマークは荒野だ。しかしインテンシティが落ちている状況で、荒野自身もボールを狩る、もしくは意図を持って危険なエリアを守る(パスコースを切る)意識は見られず、単にマーク関係の選手がサイドに行ったからついていった、というような対応にしか見えなかった。
 この後の進藤も緩めの対応で、ビジャ⇒西のサイドチェンジを許してしまうが、進藤は中央でビジャが前を向けば仕掛けに備える必要があるしファウルもできない。そもそも、その前に対応していた選手…荒野のボールホルダー(田中)へのアプローチの仕方は、神戸の選手の選択を限定しているわけでもなかったので進藤がそれに連動してビジャに何もさせない、という対応は難しかっただろう。
常に人についていくだけでは簡単にスペースを空け、使われてしまう

 中央がスカスカなので菅は絞っている。西は菅が詰める前に、低くて速いクロス。福森のCKは全て飯倉の周囲を速いボールで狙っていたが、西は状況を見てキックの質を変える。福森に下がりながらのクリアを強いたので、田中が決めなくとも所謂”得点の匂い”がするボールだった。

6.3 もう一つのボトルネックと汚名返上


 スコアが2-2となったのを見て、札幌は66分に菅⇒中野。攻撃面以外に、西のサイドへの対応の改善の考え方が合ったと思う。
 69分、今度は左CKから、福森の低くて、飯倉の目の前を通りそうな高速のクロスにニアで宮澤が、今度はちゃんと頭で合わせて札幌が勝ち越す。やはり福森の、速くて球速のあるボールは意識されていた。結局飯倉だろうと、アルウィンでソリボールの餌食になった前川だろうと、神戸のウィークポイントはこの部分だ。恐らく次の試合からはニアのストーンを見直すだろう。もっとも飯倉がハイボールに強かったら今頃はある程度の数の代表キャップを持っていたと思うが。

7.あれは…バルサ…?

7.1 ジェイへのミシャの指示(67分)


 宮澤の勝ち越しゴール後のキックオフ直前、DAZN中継では試合時間67:30頃。ミシャがテクニカルエリアで何か選手に指示を送っている。反応しているのはジェイ。これ以降、武蔵とジェイのポジションの左右が入れ替わる。
 ボール非保持時はジェイがダンクレー、武蔵が大崎を見ながらフェルマーレンがドリブルで持ち出しそうならついていく対応に変わる。ボール保持時は、ジェイと武蔵を両方右サイドに寄せてロングフィードで狙ったりしていたが、一番の理由はフェルマーレン対策なのだろう。
67分~(武蔵とジェイの入れ替え)

 76分、神戸は藤本を投入。下げるのはサンペール。FW登録の選手が4人並ぶ、いつぞやのファン・ハールを彷彿とさせるカードの切り方だが、見たところ前線はビジャが左、藤本は右、古橋が中央になっていた。
76分~

 札幌も深井⇒宮澤、ジェイ⇒早坂の交代で逃げ切りを図る。

7.2 あれは…バルサ…?


 80分前後からようやく、神戸の左サイドでのビジャのメッシロールが本格化する。田中と酒井のポジションチェンジ(荒野は田中のサイドに流れる動きに釣られる)等で左サイドにスペースを作り、ビジャにボールを預けて前を向ける状況を作ってその才能に懸ける。メッシというかいつものイニエスタでもいい。プレーエリアは非常に近かった。
左サイドでスペースを作ってビジャのドリブル突破を発動させる

 87分にはそのビジャの突破から、がら空きの中央で後方から上がってきた山口が抑えたミドルシュート。ソンユンも動けないコースだったが僅かにゴールを外れる。
 89分には所謂パワープレー気味の放り込みから、藤本のクロスに古橋がシュート。札幌のDF進藤のクリアは白井が「ハンドしたのはわかったけどハンドではない」という判定で難を逃れる。
 神戸による、バルサを彷彿とさせる審判を取り囲んでの猛抗議があったが、ここはJリーグ。VARもないし判定は覆らない。ちょっとかわいそうだが札幌が勝利。

雑感

 「この試合のゲームプランは、相手にボールを持たせて時間を過ごします。われわれはカウンターやセットプレーで少ないチャンスをものにすることで勝機を探ります」。言うのは簡単だがそれを実践して勝つことは簡単ではない。結果的には勝ち点3を手にしたが、宮澤の致命的なミスで45分もたずに失点している。

 こうしたゲームプランを実践するために必要なのは、少ないチャンスをものにできる攻撃の選手だ。ゲームのターニングポイントになったと思うのが、札幌の1点目。前半、武蔵は百戦錬磨のフェルマーレンを一度も突破できず、前節と同様にゴールから遠い位置でプレーするジェイも置物と化した。
 チャナティップはダンクレーとのマッチアップは前半は殆どなかったが、ボックス内に侵入したほぼ唯一のプレーで、魅惑のステップでダンクレーを剥がし、フェルマーレンがスライディングでカバーせざるをえない状況を作った。前節の記事でも書いたが、チャナティップがビルドアップに関与するだけでは点が取れない。あまりに万能すぎるがゆえ、色々な仕事を任せたくなるが、チャナティップは1家に2人はいない。ゴール前で脅威を与えられる選手は前線にいてなんぼだ。

 数年前、ミランやユベントスでピルロ、バルセロナでブスケツが中盤に3人並べるシステムの中央のMF(アンカー)として猛威を振るっていた時期があった。相手のアンカーにスーパーな選手がおり、かつアンカーはその役割、性質的に中央からあまり動かない。「じゃあアンカーにマンマークをつければいいじゃん」とは誰もが考えると思うが、あまりヨーロッパではその戦術は流行らなかった。
 そのへんの理由や背景は、昔のことなのであまり覚えていないが、①当時はウイングが張る[1-4-3-3]の全盛期で、アンカーとマッチアップさせやすいトップ下というポジションやトップ下を置くシステムが消えかかっていた(※[1-4-2-3-1]や[1-4-4-2の2トップ縦並び]は普通に生存しており比較的アンカーにマッチアップさせやすいが、[1-4-3-3]、というかバルサは2ライン間の攻略に長けているので[1-4-4-2]だと相性が悪い)こと、②トップ下や下がり目のFWでチャナティップのような守備力がある選手がいなかった、等が理由だろうか。また、③ピルロのユベントス時代後期は最終ラインのボール保持+展開能力が尋常ではなく、ピルロを抑えても他(3バックなので3人いる)を止められないので無意味、むしろピルロは相手に変化を強いるための魔よけのカカシみたいな扱いになってもいたような…気がする。
 ともかく今のJリーグだと、神戸対策はサンペールにマンマークが手っ取り早いだろう。それを発端とする戦術開発の応酬が、リーグを発展させることになるので楽しみではある。

 さてチャナティップを欠いてのルヴァンカップ。アウェイゲームではビルドアップにも、フィニッシュにも苦労しそうだ。菅、クソンユン、武蔵も欠いての戦いになるが、札幌の勝ち筋はロースコア展開だろう。
 あと、ジェイはアンロペもタイ飯会に呼んであげるべきだと思うが…

用語集・この記事上での用語定義


1列目守備側のチームのうち一番前で守っている選手の列。4-4-2なら2トップの2人の選手。一般にどのフォーメーションも3列(ライン)で守備陣形を作る。MFは2列目、DFは3列目と言う。その中間に人を配する場合は1.5列目、とも言われることがある。ただ配置によっては、MFのうち前目の選手が2列目で、後ろの選手が3列目、DFが4列目と言う場合もある(「1列目」が示す選手は基本的に揺らぎがない)。攻撃時も「2列目からの攻撃参加」等とよく言われるが、攻撃はラインを作るポジショングよりも、ラインを作って守る守備側に対しスペースを作るためのポジショニングや動きが推奨されるので、実際に列を作った上での「2列目」と言っているわけではなく慣用的な表現である。
サリータ・ラボルピアーナセンターバック2人の間にセントラルMFの選手が降り、計3人で3バックの配置にしてからビルドアップを行うこと。相手が2トップで守備をする時に3人で数的優位かつ、幅をとることで相手2トップがカバーしきれないポジションからボールを運べるようにする。最近誰かが「サリーちゃん」と言い出した。
質的優位局所的にマッチアップしている選手同士の力関係が、いずれかの選手の方が優位な状態。攻撃側の選手(の、ある部分)が守備側の選手(の、攻撃側に対応する部分)を力関係で上回っている時は、その選手にボールが入るだけでチャンスや得点機会になることもあるので、そうしたシチュエーションの説明に使われることが多い。「優位」は相対的な話だが、野々村社長がよく言う「クオリティがある」はこれに近いと思ってよい。
ex.ゴール前でファーサイドにクロスボールが入った時に、クロスに合わせる攻撃側がジェイで、守備側は背が低く競り合いに弱い選手なら「(攻撃側:ジェイの)高さの質的優位」になる。
→「ミスマッチ」も参照。
守備の基準守備における振る舞いの判断基準。よくあるものは「相手の誰々選手がボールを持った時に、味方の誰々選手が○○をさせないようにボールに寄せていく」、「○○のスペースで相手選手が持った時、味方の誰々選手が最初にボールホルダーの前に立つ」など。
数的優位局所的にマッチアップが合っておらず、いずれかのチームの方が人数が多い状態。守備側が「1人で2人を見る」状況は負担が大きいのでチャンスになりやすい。ただし人の人数や数的関係だけで説明できないシチュエーションも多分にあるので注意。
チャネル選手と選手の間。よく使われるのはCBとSBの間のチャネルなど、攻撃側が狙っていきたいスペースの説明に使われることが多い。
トランジションボールを持っている状況⇔ボールを持っていない状況に切り替わることや切り替わっている最中の展開を指す。ポジティブトランジション…ボールを奪った時の(当該チームにとってポジティブな)トランジション。ネガティブトランジション…ボールを失った時の(当該チームにとってネガティブな)トランジション。
ハーフスペースピッチを縦に5分割した時に中央のレーンと大外のレーンの中間。平たく言うと、「中央のレーンよりも(相手からの監視が甘く)支配しやすく、かつ大外のレーンよりもゴールに近く、シュート、パス、ドリブル、クロスなど様々な展開に活用できるとされている空間」。
ビルドアップオランダ等では「GK+DFを起点とし、ハーフウェーラインを超えて敵陣にボールが運ばれるまでの組み立て」を指す。よってGKからFWにロングフィードを蹴る(ソダン大作戦のような)ことも「ダイレクトなビルドアップ」として一種のビルドアップに含まれる。
ビルドアップの出口後方からパスを繋いで行うビルドアップに対し、相手は簡単に前進させないようハイプレス等で抵抗する。
この時、ハイプレスを最初から最後まで行うとリスキー(後ろで守る選手がいなくなる)ので、ハイプレスは人数やエリアを限定して行われることが多いが、ビルドアップを行っているチームが、ハイプレスを突破してボールを落ち着かせる状態を作れる場所や選手を「ビルドアップの出口」と言っている。
ブロックボール非保持側のチームが、「4-4-2」、「4-4」、「5-3」などの配置で、選手が2列・3列になった状態で並び、相手に簡単に突破されないよう守備の体勢を整えている状態を「ブロックを作る」などと言う。
マッチアップ敵味方の選手同士の、対峙している組み合わせ。
マンマークボールを持っていないチームの、ボールを持っているチームに対する守備のやり方で、相手選手の位置取りに合わせて動いて守る(相手の前に立ったり、すぐ近くに立ってボールが渡ると奪いに行く、等)やり方。
対義語はゾーンディフェンス(相手選手ではなく、相手が保持するボールの位置に合わせて動いて守るやり方)だが、実際には大半のチームは「部分的にゾーンディフェンス、部分的にマンマーク」で守っている。
ミスマッチ「足が速い選手と遅い選手」など、マッチアップしている選手同士の関係が互角に近い状態とはいえないこと。
メッシロールバルセロナでのメッシの役割。グアルディオラは「メッシが前を向いて仕掛けられる状況を作ること」をビルドアップの最終目的だとしていた。得意なシチュエーション、エリアから1on1でドリブルで打開を図りチャンスメイクする役割。
リトリート撤退すること。平たく言えば後ろで守ること。
ロンド円形や多角形の配置でパスを何度も繰り返し繋ぐプレーやその練習。語源は「rondo」だが、サッカー用語では(鳥かご)と訳されることが多い。

1 件のコメント:

  1. このゲームはミシャらスタッフも相当に準備できていましたよね。
    選手にもチームにも自信を与えた勝利でしたね(^^)

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