2019年6月24日月曜日

2019年6月22日(土)明治安田生命J1リーグ第16節 北海道コンサドーレ札幌vsサガン鳥栖 ~体は心と一体~

0.スターティングメンバー

スターティングメンバー

 札幌(1-3-4-2-1):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、石川直樹、MFルーカス フェルナンデス、荒野拓馬、深井一希、鈴木武蔵、チャナティップ、FWジェイ。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF濱大耀、MF白井康介、早坂良太、金子拓郎、FWアンデルソン ロペス、岩崎悠人。福森は前節川崎戦の試合終盤に負った右足甲打撲「等」の影響により欠場とのこと。
 鳥栖(1-4-4-2):GK高丘陽平、DF小林祐三、高橋祐治、高橋秀人、三丸拡、MF安庸佑、松岡大起、福田晃斗、原川力、FW趙東建、金崎夢生。サブメンバーはGK大久保択生、DFニノ ガロヴィッチ、安在和樹、MF高橋義希、FW小野裕二、フェルナンド トーレス、ビクトル イバルボ。原川がアウトサイド、松岡が中央でスタートしているのがここ数試合との相違点。
 その他プレビューはこちら



1.想定される互いのゲームプラン

1.1 札幌


 雨や風を考慮しなければ、「ほぼ純粋な1-4-4-2ゾーン守備」と言ってよい鳥栖相手なら、特に普段とやり方を変えず普段通りのゲームプラン(5トップで押し込む)で問題ない、と考えていたと思う。このようなチーム相手なら、中間ポジションの活用等、普段以上にミシャ式への理解度が試される。

1.2 鳥栖


 中盤はサイドアタッカーを1人外してセントラルMFタイプを3人起用。右の安庸佑はボール保持時にサイドアタッカーとしてアグレッシブに振る舞うが、左の原川は突っ込まずバランスをとる。普段より低いブロックの位置設定も含め、「守って速攻」の意識はいつもより高く持ち、また後半に攻撃的なカードを切ってから仕掛ける想定もあっただろう。

2.基本構造

2.1 福森ロールのシフト・鳥栖は小細工なし(札幌のボール保持時の鳥栖の対応)

2.1.1 ミシャ式vs1-4-4-2


 鳥栖はメンバー登録は1-3-4-3、三丸がMF、安がFWで、まるでミシャ式1-3-4-2-1に合わせてきたかのようだったが試合開始時の並びは普段通りの1-4-4-2。何の変哲もないオーソドックスな布陣だった。
 3年くらいどこかで11人制サッカーをしたことがある人なら、恐らく1回は経験したことがあるであろう、ゾーナル基調のディフェンス1-4-4-2。世界で最もオーソドックスなシステムだが、その強みは「4-4」の人の配置によってバランスよくスペースに人を配せる。スペースを守れているということは、1人が抜かれてもその隣を守っている味方がカバーしやすい。
 弱みは主に2つあり、1つは2列均等に人を配しているので中間ポジションでフリーの選手を作りやすい。歴史的にはマラドーナvsサッキミランのように、緊密な4-4ブロックによるゾーンディフェンスは、中間ポジションの選手から時間と空間を奪うことで無力化させるための策として用いられてきた(2018年のロシアワールドカップでも、温故知新というかそうした傾向は幾分かあった)が、戦術は常にいたちごっこで、中間ポジションで周囲を包囲されてもプレーできる選手(最近で言うとメッシやイニエスタのような)によって破壊されてきた歴史がある。そして札幌にはチャナティップがいる。
 もう一つは、ピッチの横幅68メートルを4人ではカバーしきれないので、サイドに張った選手を使って揺さぶられるとオリジナルの形が乱れ、強みであるスペース管理からのカバーリングができなくなる。

 前線に5トップを並べるミシャ式は、元々はこの1-4-4-2の弱みをいやらしく突くことを念頭に置いた戦術である。両サイドに突破力のある選手を配し、常にサイドに張らせる。この両翼は生命線なので、たとえ選手が9人になってもこの役割だけは死守される。その上で中央にはセンターフォワードとシャドー2人。4バックのチーム相手には相手のブロックの中間ポジションを取る。
 4バックで守るDFは困難な状況に陥る。それは単に最終ラインとの数的関係が4vs5となっているのもあるが、そのポジショニングにより全員が複数のミシャチームの選手を見なくてはならず(守備の基準点が複数できる)、誰かに決め打ちして守ることができなくなり、選手にボールが入った時の対応が難しくなる。ゴール前では人を捕まえる必要があるが、捕まえられない選手が必ず出てしまう。
ミシャ式は1-4-4-2に対しワイドにウイングと中間ポジションの複数の選手を確保する

 そのためミシャチームを相手にする監督はいつもと違う策を用意することが多い。5バックにする、両サイドMFを下げる(6バック気味に)…他にもあるが、この「いつもと違う戦い方を相手に選択させる」ことにミシャ式の強みがある。
 一方で”世界一売れているシステム”1-4-4-2も(対ミシャ式というわけではないが、同じような戦法には世界中どこでも直面するので)都度進化を重ねている。一つは選手間の距離をより縮め、中間ポジションを取る選手を封殺する。他には、サイドをSBがカバーした時にできるスペースを中盤の選手がプレスバック。更にFWもプレスバックすることで実質5枚で対応することで相手の横幅攻撃に対処する。などなど。

2.1.2 九州の男は小細工なし


 その意味ではミシャ式を相手にした鳥栖は非常にオーソドックスな1-4-4-2、このシステムが抱える構造的な弱点を覆い隠すような策は特になく、真っ向勝負で、という印象だった。

2.1.3 福森不在でコンダクターはチャナティップに


 「2.1.1」に書いたが、ミシャチームの攻撃はワイドに張るウイングと、中間ポジションをとるシャドーの両立がポイントである。どちらかが機能しなければその威力は半減する。ここで、ウイングにボールを届けて”攻撃の横幅”を確保するには、福森のような長い距離のパスを通せる選手が必要になる。長い距離を正確に、かつ速いボールを蹴れないとスライドが間に合ってしまう。
 札幌は福森の役割をチャナティップに求める。チャナティップが下図のように下がってボールを受ける。ちょうど、福森が普段プレーするポジションよりもルーカスに近い、対角ポジションと言えるが、ここからなら福森ほどのロングキックがなくても、ルーカスに有効な(相手のスライドが間に合わない)パスを届けられるので、左サイドと合わせて鳥栖に”攻撃の横幅”を突きつけられる。
ワイドのウイングを有効活用するためにはサイドチェンジが必要

 特段これはこの試合に限った話ではなく、ミシャ札幌の普遍的なオプションだが、「基本構造」として重要なので記しておく。

2.2 鳥栖のボール保持時の基本構造


 前半スコアがイーブン、もしくは札幌の1点リードの時間帯は、札幌のボール保持の時間が多かった。札幌もハーフウェーライン付近で基本的に”待ち”の守備を展開するので、鳥栖はここまではボールを持つことができた。
 互いの選手配置は以下。鳥栖はこれまでと同じく、左の小野が中に入り、右の安がサイドに開く。金崎は趙東建の周囲で自由に、左右両方に顔を出す。対する札幌は、形はいつもの1-5-2-3っぽかったが、
鳥栖ボール保持時の選手配置

 守備の基準はこのようになっている。ジェイと武蔵が相手のCB2人、荒野とチャナティップが鳥栖のセントラルMF2人を意識する。だから役割で考えると、1-5-1-2-2のようなイメージが近い。サイドは少し考え方が異なっていて、右サイドはルーカスが、三丸に渡るとかなり前まで出て捕まえる。このルーカス-三丸の関係性が明確なこともあって、進藤は小野とのマッチアップの性質が強い(ただし、小野がサイドに流れるとルーカスの担当になる。一度ルーカスと小野がぶつかってバチーンと大きな音がしたが、ルーカスはコーンロウでもないし身体もそこまでゴツくないので退場にならなかった)。
札幌は1-5-1-2-2の人の捕まえ方(相手のCBと中盤センターに枚数を合わせる)で対抗する

 鳥栖の右サイドは、小林に渡るとチャナティップがスライドで対応。よってチャナティップだけ1人2役になっている。コパアメリカに出ているチームの10番の選手は1人1役どころか0役ですらあったが、チャナティップがこの対応をすることで、白井は安とのマッチアップを崩されにくい。これは石川やキム ミンテがサイドに出張しなくてもよいことを意味する。

3.蘇るアジアの大砲大作戦

立ち上がりは元気だった鳥栖の2トップによる前線守備は4分頃から落ち着く。鳥栖の守備の開始位置はセンターサークル付近で決まり、札幌はそこまでは特に支障なくボールを運べるようになる。これは鳥栖が能動的に決めていたということも言えるほか、札幌のジェイをターゲットとしたビルドアップの結果とも言える。

 なお鳥栖は松岡にアクシデントがあり、13分に小野と交代。小野が左、原川が中央に移る。以後この布陣を基本として試合展開に言及する。

3.1 鳥栖の狙い


 鳥栖の狙いはプレビューの通り。コンパクトなブロックによるゾーナルな守備からの速攻を狙う。この時、ブロックの位置≒速攻の開始位置になる。だから守ろうとしてあまり後ろには下がりたくない。高すぎず、低すぎずのブロックの目安として「2トップをセンターサークルを少し超えたところ」という指針は松田浩氏の著書などでも示されている。これより高いとハイプレス、低いとリトリート型の守備だと思ってよい。ここから札幌の展開を片側のサイドに限定させ、
(鳥栖の狙い)片側のサイドに誘導

 サイドに追い込んで奪う。
(鳥栖の狙い)片側サイドに閉じ込めてボールを奪ってカウンター

3.2 空中戦を制する者は厚別を制す


 札幌相手にこれがうまくはまらなかったのは、札幌が早いタイミングでジェイに放り込んでくることと、鳥栖のDFではジェイに対応できる選手がいなかったことによる。
 深井やキム ミンテは、ジェイのやや前方…鳥栖の最終ライン裏を狙って蹴る。ジェイは頭で競ったり抜け出しての1発を狙うが、最終ラインがゾーンである鳥栖はジェイに対する明確なマーカーがいない。ポジショニング的にはダブル高橋でサンドしているが、言い換えればどちらがマークしてどちらがカバーをするのか定まっていない。
 ジェジエウのようなモンスター級DFがマンマークしてようやく五分五分のジェイを日本人DFが、明確な方針なく対応できるわけがない。深井やキム ミンテが蹴ったボールをジェイがゲインすることが多くなると…
閉じ込められる前にジェイ様に放り込むと…

 鳥栖のブロックは最初からリトリートしてセットしなくてはならなくなる。これはすなわち札幌の選手全員が鳥栖のゴールに近づいた状態で常にプレーできることを意味する。例えばチャナティップがターンする。これが札幌陣内で発動するか、鳥栖のゴールに近いポジションで発動するか、どちらが守備側にとって脅威かは言うまでもない。全般にこれと同じことが起こる。クロスボールの供給やそれに飛び込む動きなども同じ。ただし武蔵が裏に抜けるスペースはなくなる。それでも、「押し込んで最大人数で攻撃する」展開にしたいミシャチームの狙いは達成されている。
ジェイ様が札幌ボールにするので鳥栖は下がっての対応を余儀なくされる

 岡田武史監督時代の2000シーズン、当時33歳のベテランFW高木琢也選手(現大宮アルディージャ監督)が1度だけ先発したことがあった。このシーズン、札幌は2トップでその序列はエメルソン、播戸竜二、黄川田賢司、4~5番手が高木か深川友貴さん…というメンバー。高木を先発で使った理由として、岡田監督は「雨でピッチコンディションが悪いから高木の頭に放り込みたかった」と北海道新聞に書いていた記憶がある。もっとも筆者はヤングなのでこの時代のことは殆ど記憶にないのだが。記録を漁ると、そこまで豪雨というほどでもなかったようだが、当時の小瀬のピッチだと高木大作戦は妥当だったのだろう。

4.ゾーン守備の破壊

4.1 中間ポジションからのアタック


 鳥栖を札幌陣内に押し込んだ後は、札幌は1-4-4-2攻略の定石通り、中間ポジションを狙ったポジショナルなアタックを仕掛ける。
 17:55、左サイドはやはりチャナティップが下がり、石川が大きく開き、白井が中央に入ってくる動き。鳥栖の守備開始位置が下がっているのを見て深井が持ち上がる。李国秀氏が言う通り「相手が来なければドリブルで運ぶ、相手が来ればパスする」。これが凄く重要で、深井が運ぶことで鳥栖の2列目の選手(安、福田)に、深井を”選択肢”の一つとして残し続ける。
 下図の状況になっているが、安は深井と石川、福田はそれぞれ中間ポジション(相手選手の間、特定の選手とのマーク・被マーク関係にないポジション)をとるチャナティップとジェイを両方見る必要がある。マンマーク基調のチームだと”決め打ち”で対処することになるが、鳥栖はゾーンなので決め打ちできない(していない。代わりに、スペースに人を配している)。そしてそのスペース管理による対応も万全だったかというと、
(17’55")中間ポジションに受け手が登場する

 次の18:00の展開。深井がジェイに預け、チャナティップ→武蔵へのスルーパスと渡るが、この時まず深井に福田がアタック。すると原川と安で、福田の「斜め後ろを守る」(カバーリング)関係でなくてはならないが、原川はともかく、安は石川に引っ張られて中央を空けている。これで深井の二手先のチャナティップが完全にフリーになっている。
 が、もっと根本的な問題として、深井→ジェイに渡ると、今度は原川がジェイにアタック、福田はカバーに切り替えることになるが、ゾーン守備に問題として、速いパスを回されると、選手の役割が目まぐるしく変わる(ボールホルダーをストップ→味方をカバーリング→ボールが別の位置になると別の角度から味方をカバーリングするためにスライド…)ので、この深井→ジェイ→チャナティップのように速いテンポの2タッチで、かつ正確に動かされると、安が石川を捨てて絞っていたとしても恐らく止められなかったと思うし、またチャナティップの個人能力で考えると安1人くらいならものともしないだろう。
中間ポジションで享受する時間を使われてゾーン守備を突破する

<仮定>


 仮定の話をすると、鳥栖は安が深井の正面を切るとして、福田-原川-小野はもっと中央を締めるようにタイトな位置関係をとり、
(仮定)安が縦を切り、4人で中央を閉じる

 ジェイに入ったら原川がジェイの正面を切り、福田はカバーに切り替えるとともに、2トップがプレスバックし、ジェイの時間を奪うような対応が必要だっただろう(2トップのプレスバックは、鳥栖はこれまでの試合でも機能していた)。
(仮定)ジェイに渡ると関係を入れ替えて中央を閉じる(→サイドに追い出す)

4.2 ゾーンディフェンスの泣きどころ


 上記の18分頃の展開から獲得したコーナーキックで、福森の代役としてキッカーを務めたルーカスのアウトスイングのクロスに、大外から石川がハーフボレーでうまく合わせて札幌が先制する。
 プレビューでも多少触れたが、鳥栖はCKの守備をゾーンとマンマークの併用で考えている。ゴールと垂直、キッカーに平行に並ぶように三丸、福田、安を配して安易なボールを跳ね返す。ゴールと並行方向に趙、高橋秀人、高橋祐治、小林を並べる。一番強い選手が中央に置かれ、入ってくるボールを跳ね返す。残りの3人…原川と小野、金崎はマンマーク役で、それぞれジェイ、武蔵、進藤をマーク。この3人はいずれも中央~ファーにいるので、初期状態はこのような配置になっているが、
鳥栖のコーナーキックにおける守備時の選手配置(3人+4人で列を編成)

 キックのタイミングで鳥栖が意識している、札幌の3枚のターゲットはいずれも中央~ニアに入ってくる。そうすればゾーンが敷かれていない位置にいるターゲット(札幌は長身の選手が多いので、大きい順に4~5番目でも十分ターゲットになる)はフリー。石川が合わせたが、ミンテも鳥栖はマークを付けていないので、札幌は鳥栖の守備によりミスマッチはかなりの狙いどころとしてスカウティングしていたと思う。ただしミンテは入ってくるタイミングが少し早く、このあたりが進藤との違い(≒得点の匂いがするか否か)と言えるかもしれない。
必ずフリーのターゲットが複数いるうえ列を作ってないエリアが泣きどころ

 「4.1」に示した”平面の守備におけるゾーンディフェンス”とは別に、セットプレーでのゾーンディフェンスは、クロスボールが入ってからカバーリングすることはできない。そのためセットプレーは「キッカーがいいとどうしようもない」と言う人もいる(マンマーク主体だろうと)札幌で言うと、石川直樹や早坂、都倉らが本来のポジション以外で重宝されるのはセットプレー守備時に”高さの頭数”が必要だという考え方もあったと思う。ただ、札幌はキッカーが福森だろうとファーの長身選手狙いが多い。鳥栖のゾーンの作り方はちょっと問題があるというか正攻法すぎていて、例えば2列で組み、ファーにも均等に人を配せるようなやり方が必要だったと思う。

4.3 +2回のコーナーキックと特性:すいすいな白井


 26分頃の札幌の2回目のコーナーキックは、この”マーカーがいない”石川とキム ミンテがニアに走り、逆にジェイと進藤がファーで待機。意識をニアに引いてファーで進藤が合わせるパターン(これは決まらなかった)。

 31分には左コーナーキックからジェイがファーで合わせた形。マーカーの金崎も180センチあるが、ジェイの高さの前にはファーサイドで完全に無力だった。キックは高橋祐治の頭を越え、小林の前で急激に落ちるボール。この時ミンテと石川はニアに走っていて、ファーはジェイと進藤のみ。小林は進藤の動きも見なくてはならず、鳥栖の守り方を完全に読み切っての展開だった。
 
 この31分のコーナーキックを得たのが白井の左サイドからの仕掛け。雨の厚別で調子が良さそうだった白井。もしかしたら本当に雨が好きなのかもしれないが、戦術的な要因を挙げるとしたら、スコアが動いた後に鳥栖が前に出てくると、札幌は中央のチャナティップをビルドアップの出口にして解決を図る。普通、ボールを失ってはいけないエリアではサイドにボールを動かすが、中央のチャナティップを使う展開が多くなると、ゾーンで守る鳥栖のDFの意識は中央に向く。その一つ隣、左アウトサイドのレーンで白井がスペースを享受できたのはこうした要因もあった。
チャナティップがビルドアップに関与すると白井がフリーになりがち

5.体(システム)は心(意識)と一体

5.1 2-0後の札幌の変化


 スコアが2-0となった直後から札幌はボール保持時の形をほぼ純粋な1-5-2-3にする。1列目はジェイのみで、武蔵はジェイと並ぶことが殆どなく、その守備基準は高橋秀人から左SBの三丸になる。同時に中央は荒野・深井が原川と福田、チャナティップが小林、と基準を変える。2-0にしたことで重心を下げ、カウンターを狙いたい、ということは試合後のミシャのコメントでもあった。悪天候の中、ペースを落とすことで体力の温存も狙っていただろう。

 鳥栖は高橋秀人がこの変化にいち早く気付く。自分に対する武蔵の監視が弱くなったのを見て、ジェイの脇をたびたび持ち上がる。この時、ジェイは高橋祐治をずっと見ていた(高橋祐治に渡ると、武蔵と2トップ気味に守っていた時のように、ボールホルダーに寄せていた)のが特徴的で、恐らくこれを見ると、考えを共有していた選手と、ズレがあった選手がいたように思える。また、武蔵も完全に三丸に代えたわけでもなく、たまに高橋祐治に当たることもあった。よって本当のところは守備基準云々までは言い切れず、「シャドーがポジションを下げた」までが確実に言える事実なのかもしれない。
2-0後は札幌は1-5-4-1気味に変える

 このような構造の変化があったが前半は特に試合に影響することはなかった。

5.2 後半の展開


 試合が動いてくるのは後半、鳥栖がイバルボを投入してから。
 イバルボ自身のクオリティもあるが、鳥栖はこの交代が攻勢の合図としても決められていたのではないかと思う。
54分~

5.2.1 小林の偽SB


 鳥栖の攻勢が続いた局面を切り出して考える。
 57分すぎ、鳥栖は右SBの小林が中央方向に入って「偽SB」のようにプレーする。こうすると、マンマークの意識が強い札幌はチャナティップが本来の持ち場から大きく離れてついていく。チャナティップをどかすと、遅攻のキーマンであるドリブラーの安にボールを届けることに成功する。鳥栖は左は小野と三丸が、適宜ポジションを入れ替えるが、右は常に安で固定。常に高いポジションにおり、かつ対面の白井にそこそこ勝てそうな力関係の安にボールがが渡ることは、反撃が始まるための必要条件の一つだった。
小林が中央に入ってくるとチャナティップが引きずられる

 また左利きの安は左方向…白井と正対した時に、ゴールと反対方向にボールを持ちだしたい。この時にチャナティップが小林に引っ張られて不在なのは、安が持ち出すスペースにそれだけ余裕が生まれるということにもつながる。

 70分の金崎の得点は、サイドチェンジをカットした白井のパスを小林が引っ掛けてからのもの。偽SBのメリットとしてネガトラ時に中央に人を厚く配せることが挙げられるが、その狙いがうまく機能した形だった。

5.2.2 タスクレス状態


 もう一つ言えるのは、チャナティップと違い、本来のマーク対象(三丸)についていかない右シャドー・武蔵には代替するマーク対象が誰もおらず、いわばマンマーク主体のチームにおいて”タスクレス”な状態になっている。武蔵が誰も見ていないのでフリーの選手が生じる。それが問題になるかは、局面での鳥栖の選手の配置を見ないと何とも言えない場合があるが、
 ↓の58:00頃、荒野がジェイの周辺を気にして前進守備すると、深井の脇を守る選手がもう1人必要になる(もう2人いてもいいが)。武蔵がタスクを見つけられない状況はこのようなシチュエーションで後手に回りやすくなる。
武蔵はマーク対象を見つけられず余っている

 なお前線に1人残るジェイも頑張ってはいたが、押し込まれる状況が続くと、守備面でジェイを1人置いておくことの意義が怪しくなる。攻撃面では問題ないが。また武蔵も浮いていることで、仮に札幌が奪って武蔵の前方にボールが出れば1発でカウンターチャンスになる。それを期待して放置していたのかもしれない。
 ただ札幌が採るべき策は、前半リードする前のように武蔵とジェイの2トップ気味にして、鳥栖のCBに確実に制御をかけた方が良かったように思える。勿論札幌ベンチはわかっていて、この状態を放置していたと思うが、結果的に攻勢に出た鳥栖を押し戻すことはできなかった。

 鳥栖は特に、札幌が1-5-2-3(⇔1-5-4-1)になって以降、ボール保持時に受けるプレッシャーが激減した左CB高橋秀人がボール配給役として機能する。札幌は武蔵や、深井がこの状態に気付いて時折ポジションを捨てて圧力を与えるために前進するが、それがチーム全体での圧力を再強化するまでには至らない。鳥栖がイバルボ投入でメッセージを与えたように、人やシステム変更でベンチから明確なメッセージが必要だっただろう。

6.決着


 失点直後の70分、札幌はジェイ→アンデルソンロペスに交代。
70分~

 しかし特にやり方は変わらず、「人を変えただけ」に見えた。危ういのは、同じシステム(守備時1-5-4-1)のまま鳥栖のDFに圧力をかけようとすると、深井と荒野がどんどん前に出て最終ラインとの間にスペースができる。それは金崎とイバルボの活動範囲を広げることにつながる。

 特に構図は変わらないまま、鳥栖の攻勢を札幌は自陣で受け続ける。83分、鳥栖のロングスローを跳ね返したセカンドボールが鳥栖陣内に向かって転がる。これをチャナティップが走ってゲインし、後ろから駆け上がってきた武蔵と2人でカウンター完結。前半途中からさほど守備タスクがなく、余力がありそうだった2人による、2016四方田札幌を思い出すような暴力的なクオリティ爆発でのカウンターで試合は決まった。

7.雑感


 前半は福森不在を巧くカバーした札幌ペース、後半は札幌の形を見切った鳥栖にパワーバランスがシフトする。札幌が後半劣勢になったのは、そのシステム(選手の配置)に少なからず影響があった。海外のサッカー監督等のインタビューで「システムなんて記号にすぎないよ(笑)」「人の並びでサッカーをするものではないよ」という言説がたまにあるが、これを真に受けてはいけない(というか、訳された言葉をそのまま受け取らない方がいい。色々な意味で)。
 それでも、「ミシャ式は1-4-4-2に強い」と言うが、その看板に恥じない試合運びが、福森、宮澤、菅がいない中でも前半はできていたと思う。
 次節の展望というかポイントになりそうなのは、シャドー・武蔵に注目したい。都倉を失ったミシャだが、この武蔵の使い方を見ると、やはりシャドーに運動能力に長けた選手を置くことのメリットは認識しているしているようで、恐らく次の試合でも継続されるだろう。

用語集・この記事内での用語定義


1列目守備側のチームのうち一番前で守っている選手の列。4-4-2なら2トップの2人の選手。一般にどのフォーメーションも3列(ライン)で守備陣形を作る。MFは2列目、DFは3列目と言う。その中間に人を配する場合は1.5列目、とも言われることがある。ただ配置によっては、MFのうち前目の選手が2列目で、後ろの選手が3列目、DFが4列目と言う場合もある(「1列目」が示す選手は基本的に揺らぎがない)。攻撃時も「2列目からの攻撃参加」等とよく言われるが、攻撃はラインを作るポジショングよりも、ラインを作って守る守備側に対しスペースを作るためのポジショニングや動きが推奨されるので、実際に列を作った上での「2列目」と言っているわけではなく慣用的な表現である。
質的優位局所的にマッチアップしている選手同士の力関係が、いずれかの選手の方が優位な状態。攻撃側の選手(の、ある部分)が守備側の選手(の、攻撃側に対応する部分)を力関係で上回っている時は、その選手にボールが入るだけでチャンスや得点機会になることもあるので、そうしたシチュエーションの説明に使われることが多い。「優位」は相対的な話だが、野々村社長がよく言う「クオリティがある」はこれに近いと思ってよい。
ex.ゴール前でファーサイドにクロスボールが入った時に、クロスに合わせる攻撃側がジェイで、守備側は背が低く競り合いに弱い選手なら「(攻撃側:ジェイの)高さの質的優位」になる。
→「ミスマッチ」も参照。
守備の基準守備における振る舞いの判断基準。よくあるものは「相手の誰々選手がボールを持った時に、味方の誰々選手が○○をさせないようにボールに寄せていく」、「○○のスペースで相手選手が持った時、味方の誰々選手が最初にボールホルダーの前に立つ」など。
数的優位局所的にマッチアップが合っておらず、いずれかのチームの方が人数が多い状態。守備側が「1人で2人を見る」状況は負担が大きいのでチャンスになりやすい。ただし人の人数や数的関係だけで説明できないシチュエーションも多分にあるので注意。
チャネル選手と選手の間。よく使われるのはCBとSBの間のチャネルなど、攻撃側が狙っていきたいスペースの説明に使われることが多い。
トランジションボールを持っている状況⇔ボールを持っていない状況に切り替わることや切り替わっている最中の展開を指す。ポジティブトランジション…ボールを奪った時の(当該チームにとってポジティブな)トランジション。ネガティブトランジション…ボールを失った時の(当該チームにとってネガティブな)トランジション。
偽SBサイドバックでありながら、その古典的な役割(サイドに位置取りし、攻守ともにサイドでプレーする)にとどまらない役割を担うSB。具体的には中央に位置取りし、中盤の選手として振る舞い、攻撃の組み立てや被カウンター時の中央での守備等に関与する。
ハーフスペースピッチを縦に5分割した時に中央のレーンと大外のレーンの中間。平たく言うと、「中央のレーンよりも(相手からの監視が甘く)支配しやすく、かつ大外のレーンよりもゴールに近く、シュート、パス、ドリブル、クロスなど様々な展開に活用できるとされている空間」。
ビルドアップオランダ等では「GK+DFを起点とし、ハーフウェーラインを超えて敵陣にボールが運ばれるまでの組み立て」を指す。よってGKからFWにロングフィードを蹴る(ソダン大作戦のような)ことも「ダイレクトなビルドアップ」として一種のビルドアップに含まれる。
ビルドアップの出口後方からパスを繋いで行うビルドアップに対し、相手は簡単に前進させないようハイプレス等で抵抗する。
この時、ハイプレスを最初から最後まで行うとリスキー(後ろで守る選手がいなくなる)ので、ハイプレスは人数やエリアを限定して行われることが多いが、ビルドアップを行っているチームが、ハイプレスを突破してボールを落ち着かせる状態を作れる場所や選手を「ビルドアップの出口」と言っている。
ブロックボール非保持側のチームが、「4-4-2」、「4-4」、「5-3」などの配置で、選手が2列・3列になった状態で並び、相手に簡単に突破されないよう守備の体勢を整えている状態を「ブロックを作る」などと言う。
マッチアップ敵味方の選手同士の、対峙している組み合わせ。
マンマークボールを持っていないチームの、ボールを持っているチームに対する守備のやり方で、相手選手の位置取りに合わせて動いて守る(相手の前に立ったり、すぐ近くに立ってボールが渡ると奪いに行く、等)やり方。
対義語はゾーンディフェンス(相手選手ではなく、相手が保持するボールの位置に合わせて動いて守るやり方)だが、実際には大半のチームは「部分的にゾーンディフェンス、部分的にマンマーク」で守っている。
ミスマッチ「足が速い選手と遅い選手」など、マッチアップしている選手同士の関係が互角に近い状態とはいえないこと。

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