0.スターティングメンバー
スターティングメンバー(&スコア&選手交代) |
札幌(1-3-4-2-1):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、福森晃斗、MF早坂良太、荒野拓馬、深井一希、石川直樹、鈴木武蔵、チャナティップ、FWジェイ。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF濱大耀、MF中原彰吾、檀崎竜孔、白井康介、金子拓郎、FWアンデルソン ロペス。前線の構成はまずはコンディションを考慮した編成だっただろう。ただ武蔵とジェイが並ぶとしたら、2トップしかないと思っていたが、ロペスのポジションに武蔵をはめ込むことでいつもの1-3-4-2-1を継続している。
川崎(1-4-4-2):GKチョン ソンリョン、DF車屋紳太郎、ジェジエウ、谷口彰悟、登里享平、MF守田英正、大島僚太、家長昭博、長谷川竜也、FW知念慶、レアンドロ ダミアン。サブメンバーはGK新井章太、MF齋藤学、下田北斗、脇坂泰斗、山村和也、阿部浩之、FW小林悠。前線は3試合ぶりに知念が先発、他は予想通り。マギーニョも馬渡もベンチにいないということで、登里、そして車屋への信頼の高さがうかがえる。
(3割くらいしか当たっていない)プレビューはこちら。
1.想定されるゲームプラン
1.1 札幌
ピッチにいるだけで1人で攻撃機会を創出できるアンデルソン ロペスを欠いた数試合は、「ボールを保持しても前半は無理に前進せず、スローかつクローズドな(オープンではない)展開に持ち込んで後半反撃、ロースコア勝負」という意図が見てとれた。ロペスはベンチに戻ってきたが、明らかに格上の、特に得点力に優れる川崎相手ということで、同じようなゲームプランだったと思う。特に川崎のパッシブな右サイドと対峙する左WBに石川を起用してきたことは、こちらからは"扉"を開けることはない、という意思表示だったと思う(実際は、その石川サイドとは別のところでカオスへの扉が開かれたのだが)。
1.2 川崎
「プレビュー」に書いた通り、「ボールを保持して場を整え、被カウンターのリスクを消しながら殴り続ける。」だったと思う。
2.基本構造
「プレビュー」では、ボール保持は敵陣と自陣で分けて捉えた方がJリーグでは理解しやすいだろうね、との旨の記述をした。この試合だとボール保持/非保持には4局面があることになるが、
1)川崎のボール保持:a川崎陣内/b札幌陣内
2)札幌のボール保持:a札幌陣内/b川崎陣内
試合の基本的な構造を踏まえる上で、まずは試合序盤から終盤までで最も該当する局面が多かったであろう、1)のb…川崎が札幌陣内でボールを保持している時の構図、そして、その局面(川崎が札幌陣内に侵入する)が多かった理由に繋がる、川崎が川崎陣内でボールを保持している時の構図、1)のaの説明が必要だと思うので、それぞれ以下「2.1」「2.2」に示す。
「2.2」に詳細を示すが、長谷川が相手DFと正対した時に川崎の崩しのスイッチが起動する。よって川崎のビルドアップの目的は、長谷川にいい形でボールを渡すこと、ボール非保持時の札幌の目標は、長谷川に簡単にボールを入れさせないこと、だとも言える。
川崎が自陣から札幌陣内にボールを運ぼうとする局面を考える。札幌はこの時、1列目を3枚とした1-5-2-3で陣形をセット。マッチアップは下図の通りで、いつも通りマンマークを基調としている。最優先で設定するマッチアップは川崎の2トップに対するCBの明確なマーキング。次いで長谷川に早坂。ここから逆算して人を当てていくが、CBの谷口とジェジエウには明確なマーク担当が当てられていない。
ここで、川崎の選手のうち、長谷川にボールを届ける役割は、逆算すると長谷川の周囲の選手になる。中央は一般に切られるので、サイドを迂回して届けるとしたら登里、その登里に届ける役割は谷口になる。何が言いたいかと言うと、谷口とじぇじぇ…ジェジエウのうち、札幌にとって優先的にケアしなくてはならないのは左の谷口。ジェジエウは長谷川に一発でフィードできるような飛び道具があるなら要注意だがなさそうだし、川崎のサッカーではそれを披露することもないだろう。
この時、札幌は川崎の”移動”を想定したうえでマーク関係を決める。中央にポジション移動する右MFの家長に対して、札幌がよくやるのは左WB(石川)がそのままついていくようなマーキング。しかしこの日は家長が中に入っていくのを確認してから、より中央寄りを守る福森がマークするようにしていた。いつものやり方よりもこの方がよほど効率的。
上記の図を見て気付いた人もいると思うが、札幌は深井と石川が特定のマーク対象を持っていない、”守備のフリーマン(ミシャ風に言うとリベロか)”のような状態になっている。これはジェイが守田、武蔵とチャナティップが両SB、等と、いくつかのマッチアップでは基準を決めていたと思うが、この2人をフリーマンにすると決めていたのではないと思うし、川崎の選手が別のポジションをとっていれば、他の選手がフリーマン化していたのだと思う。
ジェジエウがボールを保持している時はこのフリーマン・石川がうまく機能する。ジェイが守田を守ることにほぼ専念しているので、ジェジエウに圧力をかけるとするならチャナティップしかいない。チャナティップがジェジエウに寄せると車屋をマークする選手はいなくなるが、この時は石川が1列ジャンプしてサポートすることが多かった。ミシャのイメージでは恐らく石川は最終ラインの補強のために起用していたと思うが、この関係性は悪くなかった。
問題は、ジェジエウよりも重要性の高い谷口への対応。
これもジェイが中央から動かないとしたら、次に谷口に近い武蔵が行くしかない。武蔵が登里を捨てて谷口をマークすると、登里には一般的な5バックシステムの守り方を踏襲して早坂が対応。すると早坂が見ていた長谷川が一瞬フリーになってしまう。一瞬、というのは、長谷川が空くと進藤がサポートすることにはなっているが、中央でダミアンや知念を見ている進藤と長谷川には距離があり、この距離が長谷川が享受する時間となる。
しかも長谷川が、進藤が捕まえるまで待ってから仕掛けてくれるならいいが、早坂が目を切った時を狙って裏への飛び出しも狙う。
なので長谷川対応は、早坂がずっと監視しているのが一番安全、となると武蔵も谷口に対して迂闊に出られない。前半途中から、深井や荒野がジェイの隣まで出てきて谷口を見ていたのはこのためだが、これもこの2人が中央を空けて行っていいのかというと微妙なところで、結局札幌は谷口がボールを保持してからの展開に対して最適解が見つからない。この問題は、試合終盤まで殆ど解決されることがなかった。
細かい話だが、18分25秒頃に、札幌がジェイが空中戦で競り勝ってチャナティップ→ジェイと渡って速攻のチャンスを獲得し、ジェイが右のオープンスペースに出したが早坂が攻撃参加していなかったので誰にも渡らずボールロスト、という局面があった。
この時ジェイが早坂に「なんで走っていないんだ」というような素振りを見せていたが、早坂は完全に長谷川対応で最終ラインに張り付いており、ジェイが競ってからの展開(ジェジエウ相手なら勝率は5割以下)では最終的にマイボールになるかわからないので、仮にジェイが勝てなくて川崎ボールになれば攻撃参加したことで長谷川をフリーにし一気にピンチを招く。こうした考えがあってすぐに守備→攻撃に切り替えることができなかったがゆえの現象だった。
2.1 川崎陣内での川崎ボール保持時の構図
2.1.1 川崎のビルドアップの目的
「2.2」に詳細を示すが、長谷川が相手DFと正対した時に川崎の崩しのスイッチが起動する。よって川崎のビルドアップの目的は、長谷川にいい形でボールを渡すこと、ボール非保持時の札幌の目標は、長谷川に簡単にボールを入れさせないこと、だとも言える。
2.1.2 マンマークでビルドアップを阻害したい札幌
川崎が自陣から札幌陣内にボールを運ぼうとする局面を考える。札幌はこの時、1列目を3枚とした1-5-2-3で陣形をセット。マッチアップは下図の通りで、いつも通りマンマークを基調としている。最優先で設定するマッチアップは川崎の2トップに対するCBの明確なマーキング。次いで長谷川に早坂。ここから逆算して人を当てていくが、CBの谷口とジェジエウには明確なマーク担当が当てられていない。
川崎のビルドアップ時の陣形と札幌が意識する守備の基準(川崎両CBの担当は明確になっていない) |
ここで、川崎の選手のうち、長谷川にボールを届ける役割は、逆算すると長谷川の周囲の選手になる。中央は一般に切られるので、サイドを迂回して届けるとしたら登里、その登里に届ける役割は谷口になる。何が言いたいかと言うと、谷口とじぇじぇ…ジェジエウのうち、札幌にとって優先的にケアしなくてはならないのは左の谷口。ジェジエウは長谷川に一発でフィードできるような飛び道具があるなら要注意だがなさそうだし、川崎のサッカーではそれを披露することもないだろう。
この時、札幌は川崎の”移動”を想定したうえでマーク関係を決める。中央にポジション移動する右MFの家長に対して、札幌がよくやるのは左WB(石川)がそのままついていくようなマーキング。しかしこの日は家長が中に入っていくのを確認してから、より中央寄りを守る福森がマークするようにしていた。いつものやり方よりもこの方がよほど効率的。
2.1.3 左のリベロ・石川直樹
上記の図を見て気付いた人もいると思うが、札幌は深井と石川が特定のマーク対象を持っていない、”守備のフリーマン(ミシャ風に言うとリベロか)”のような状態になっている。これはジェイが守田、武蔵とチャナティップが両SB、等と、いくつかのマッチアップでは基準を決めていたと思うが、この2人をフリーマンにすると決めていたのではないと思うし、川崎の選手が別のポジションをとっていれば、他の選手がフリーマン化していたのだと思う。
ジェジエウがボールを保持している時はこのフリーマン・石川がうまく機能する。ジェイが守田を守ることにほぼ専念しているので、ジェジエウに圧力をかけるとするならチャナティップしかいない。チャナティップがジェジエウに寄せると車屋をマークする選手はいなくなるが、この時は石川が1列ジャンプしてサポートすることが多かった。ミシャのイメージでは恐らく石川は最終ラインの補強のために起用していたと思うが、この関係性は悪くなかった。
チャナティップがジェジエウを見るならリベロ・石川がカバーする |
2.1.4 谷口に効果的に圧力をかけられない札幌
問題は、ジェジエウよりも重要性の高い谷口への対応。
これもジェイが中央から動かないとしたら、次に谷口に近い武蔵が行くしかない。武蔵が登里を捨てて谷口をマークすると、登里には一般的な5バックシステムの守り方を踏襲して早坂が対応。すると早坂が見ていた長谷川が一瞬フリーになってしまう。一瞬、というのは、長谷川が空くと進藤がサポートすることにはなっているが、中央でダミアンや知念を見ている進藤と長谷川には距離があり、この距離が長谷川が享受する時間となる。
しかも長谷川が、進藤が捕まえるまで待ってから仕掛けてくれるならいいが、早坂が目を切った時を狙って裏への飛び出しも狙う。
武蔵が谷口を見ると、武蔵、早坂のマーク対象がずれて肝心の長谷川がフリーになる |
なので長谷川対応は、早坂がずっと監視しているのが一番安全、となると武蔵も谷口に対して迂闊に出られない。前半途中から、深井や荒野がジェイの隣まで出てきて谷口を見ていたのはこのためだが、これもこの2人が中央を空けて行っていいのかというと微妙なところで、結局札幌は谷口がボールを保持してからの展開に対して最適解が見つからない。この問題は、試合終盤まで殆ど解決されることがなかった。
細かい話だが、18分25秒頃に、札幌がジェイが空中戦で競り勝ってチャナティップ→ジェイと渡って速攻のチャンスを獲得し、ジェイが右のオープンスペースに出したが早坂が攻撃参加していなかったので誰にも渡らずボールロスト、という局面があった。
この時ジェイが早坂に「なんで走っていないんだ」というような素振りを見せていたが、早坂は完全に長谷川対応で最終ラインに張り付いており、ジェイが競ってからの展開(ジェジエウ相手なら勝率は5割以下)では最終的にマイボールになるかわからないので、仮にジェイが勝てなくて川崎ボールになれば攻撃参加したことで長谷川をフリーにし一気にピンチを招く。こうした考えがあってすぐに守備→攻撃に切り替えることができなかったがゆえの現象だった。
2.2 札幌陣内での川崎ボール保持時の構図
これも「プレビュー」で見た通り、敵陣侵入後の川崎のボール保持攻撃は長谷川が大外に張り、登里がサポートする左サイドがキーになる。このサイドで長谷川が相手DFを必ず1人は動かし、登里との連携で突破(前進)を図ってからのフィニッシュのチャンスをうかがう。反対サイドの家長は、長谷川や登里が運んでからの仕上げを担うので、右サイドで同じような仕事は基本的に担当ではない。車屋はジェジエウの右側をケアするというミッションを任されている。
左サイドから長谷川に届けられると崩しのスイッチが入る |
2.2.1 長谷川から始まる崩しへの札幌の対処と懸念事項
この時の札幌の対応にフォーカスする。
札幌が最優先でケアすべきポイントは、この川崎左サイドで前進させないこと。具体的には、長谷川にボールが入った時に自由にさせないこと。長谷川が自由だと、中央へのクロスやドリブル突破での侵入、DFを引き付けて登里を侵入させる、等の展開につながってしまう。よって、長谷川に一番近い選手…早坂に殆ど専属で長谷川対応を任せる。
ここで問題は、早坂の前方を守っている武蔵は、そのマッチアップ上、谷口と登里をいずれも見なくてはならない二正面作戦状態になっている。谷口はジェイに任せられるといいが、ただでさえ守備貢献があまり期待できず、久々のスタメンでコンディションが気になるジェイは中央で守田を見る、あまり動かなくても成り立つ役割に専念している。だから右サイドは基本的に早坂と武蔵の2人で何とかするしかない。
が、早坂は長谷川の対応に追われているので、武蔵は満足なサポートを受けられない。時折、下の破線→のように、武蔵→谷口、早坂→登里、進藤→長谷川と1人ずつずらす形でケアする場合もあったが、この時、その基本ポジションに距離のある進藤と長谷川のマッチアップは、進藤が寄せるまでの時間を長谷川が享受する、攻撃側に有意な構図になっている。
ジェイ様が動けず、早坂が長谷川を離せないので、武蔵はvs登里とvs谷口の二正面作戦 |
2.2.2 武蔵の二正面作戦
なので、早坂は長谷川を離すことができない。武蔵1人で谷口と登里両方をケアできないので、武蔵はよりゴールに近い登里をケアするために荒野の隣まで下がることが多くなる。
するとジェイは更に孤立し、川崎はジェイの周囲で谷口がフリーパス状態でボールを保持、展開できるようになる。「必ずフリーになる選手」が容易に確保できている状況なので、川崎は谷口に預ければほぼ無限に攻撃をやり直すことができ、札幌は奪ってカウンター、の展開に繋げることが難しい状況に徐々に陥る。
武蔵は登里を優先するので、川崎は谷口にボールを逃がせば無限にやり直せる |
2.3 札幌陣内での札幌ボール保持時の構図
2.3.1 札幌のビルドアップに対する川崎の認識
「2.1」「2.2」の通り、川崎がボールを持っている時は、札幌は簡単に前進はさせたくないが、その”想い”とは別に実態としては阻害できない構図にあった。
逆に、札幌がボールを保持している時の川崎の考え方と対応はどうだったか。それは前半の8分すぎから読み取れるようになる。
結論としては、川崎の考え方は、「自陣でも守れる(札幌が川崎陣内に入ってきてもそれだけでピンチにはならない)が、札幌がGKク ソンユンも使って後方でボールを保持するリスキーなことをするならそのリスクを突けるか試してみよう」というところだったと思う。
2.3.2 川崎の守備の考え方(ゴール前から逆算するとマンマーク色が濃くなる)
札幌はいつもの1-4-1-5でビルドアップを試みる。深井が左後ろ、荒野が中央、の配置もいつも通り。
対する川崎は1-4-4-2でセットする。基本的に川崎の守備は[マンマーク/ゾーン]の二元論でいうとゾーンディフェンス基調。相手選手のポジションに大きく動かされることはないし、ボールと味方の位置を基準にしてポジションを取るようになっている。
しかし川崎と札幌のマッチアップでは、ゾーンディフェンス基調であっても”守備の基準”となる選手はそれなりに強く意識される。特にジェジエウと谷口は、それぞれジェイと武蔵を常に意識しており、ボールの位置、味方(川崎選手)の位置、相手(札幌選手)の位置、その他により生じるシチュエーションがいかなる場合でもこのマッチアップは殆ど維持される。
その理由は、「(ジェイや武蔵のような)”9番”のマークは"本物のDF"にしか務まらないため」。例えば流れの中で、谷口が前に出て大島がカバー、この2人の配置が入れ替わるとなると、大島では武蔵を止められない。大島のポジションがブスケツなら入れ替えても対応できると思うが、川崎の11人、そして札幌の各ポジションに配されている選手の特性を考えると無理が生じてくる。大島以外にも、サイズに恵まれない登里でも、谷口と入れ替えることは難しいだろう。
よってジェジエウと谷口の”役割”は必然と固定的になる(≒マンマーク的な要素が強くなる)。すると、その周囲の選手の役割も、登里は早坂、車屋は石川…と関係性とタスクが決まってくる。
ジェイ様と武蔵が2トップのようなキャラクターなので川崎もマンマーク要素が強くなる |
2.3.3 マンマークを免除される2人+αの運用で札幌の”リスク”を突く
マンマークは、言い換えると「相手の選手に対して1人が明確に責任を持つ」守備の手法。川崎は「ゾーン基調のマンマーク」で、そのマンマーク濃度は選手によって異なるので、重い責任の選手と、比較的軽めの責任の選手がいる。
ここで”責任”がゼロの選手がいる。それはレアンドロ ダミアンと知念。というのは、札幌でマークすべき選手(前線の5トップ+α)は他の選手が責任を持って対応してくれるし、仮に問題が生じた時にカバーする役割も大島や守田に任せられる。だからダミアンと知念は、自陣ゴール前を守る目的とは別の目的で運用できる。その2人の運用目的は「GKソ ンユンが関与するリスキー(ミスが生じれば即失点)な札幌のボール保持・ビルドアップに登場してミスを誘う」だった。
2.3.4 さっぽろ組立スクエア+チャナティップ vs 川崎2トップ (クソンユンを使う意味)
視点を札幌側に移す。
川崎は札幌の"リスク"を狙っている。が、そもそも何故リスクを冒してまでGKク ソンユンをビルドアップに組み入れるのかというと、ソンユン-深井-ミンテ-荒野の4人でスクエアを作ってボールを動かすことで川崎の2トップを無力化してフリーな選手を作ってボールを運び、フリーな選手から前線の選手に効果的なボールを配給しやすくするため。
札幌ボールのゴールキックや、自陣でソンユンにボールを戻したときなど、ソンユンからビルドアップが始まるシチュエーションは試合中に少なくない。この時、4人でスクエアを作っていると、深井が左、荒野が中央、ミンテが右、3つのパスルートがある。これらのパスルートが消されなければ、消されなかったルートはそのまま札幌の前進経路になる。
相手の1列目が2人なら菱形を作って選択肢を3つ確保したい |
上記の図では川崎の2トップは中央にいる(≒セオリー通り、最短距離でゴールに近づく、荒野へのパスコースを塞いでいる)が、実際はこのスクエアによって作られるパスコースを潰すように2人でポジションを変えながら守ろうとする。しかしこの横幅40メートルのスクエアの各辺を伝って動くボールを、生身の人間2人が全て寸断し続けることは物理的には難しいことが、各国のトップレベルの選手同士の戦いによって実践されている。
2人で菱形4人の前進を食い止めることは不可能 |
なので菱形を作って「止める、蹴る」ができていれば、相手2トップに対して深井、ミンテ、荒野の誰かがオープンになる。
中央の荒野ががオープンになれば、川崎2トップ~2列目間のスペースをフリーで享受できる。ここは大島が監視しているが、少なくとも試合序盤は大島は荒野にそこまで強く寄せず中央のスペース管理を優先していた。
左の深井がオープンになりかけると、先の「2トップ+α」と表現したが、川崎は家長が間に出てケアする様子を見せる。すると家長は、福森と深井を両方見るシチュエーションになるので、「2.2.2」に書いた武蔵と同様の二正面作戦状態で、ここでもフリーな選手を作れる。
菱形の各頂点から前進した上で”次の相手”を引き付けてリリースしビルドアップしたい |
3.ビルドアップの出口のはずがカオスへの扉に
3.1 札幌のポジショナルな攻撃の狙いと設計
1-4-4-2の川崎に対して札幌が狙うのは、得意の横幅と前線の高さを使った攻撃。この試合、横幅を担うルーカスと菅がいない。ドリブル突破とクロスボールという武器を持っている両選手がいると、相手DFの注意をサイドに引き付け、横幅を拡げることができ、守備ブロックの強度を低下させることができるのだが、ミシャも言及している通り、石川と早坂ではそうしたアビリティが足りない。
しかしジェイと武蔵がいるので前線の高さは健在で、またクロスボールの供給役として左の福森がいる。ジェイ、武蔵、そして早坂も数に入れると、札幌の高さが活きるのは左サイドからジェジエウの頭を越えるクロスボールがファーサイドに供給されるシチュエーション。よって何らか、福森が攻撃参加してクロスボールを供給する形を用意しておくとよい。
しかしジェイと武蔵がいるので前線の高さは健在で、またクロスボールの供給役として左の福森がいる。ジェイ、武蔵、そして早坂も数に入れると、札幌の高さが活きるのは左サイドからジェジエウの頭を越えるクロスボールがファーサイドに供給されるシチュエーション。よって何らか、福森が攻撃参加してクロスボールを供給する形を用意しておくとよい。
札幌のボール保持攻撃の狙い(福森のファーへのクロスでフィニッシュ) |
そのための条件を整理すると主に2つあり、
1)ビルドアップを成功させてWBが攻撃参加する時間を作る
2)福森が射程距離でフリーになれるよう、対面の車屋や家長を操る
2)については問題ない。石川やチャナティップがハーフスペースに走れば、車屋の意識はそちらに向く。家長はこの守備の局面に加担はするが、そう強度はない。
1)ビルドアップについては「2.3.4」に書いたように、川崎が前線から守備をしてくるならク ソンユンも使ってのポジショナルな菱形ビルドアップでの前進を試みる。
もう一つ、ジェイに当ててセカンドボールを拾うオプションも用意している。ジェイはリーチの長いジェジエウに地上戦では苦戦していたが、空中戦では流石のクオリティを見せ、五分五分程度の印象ではあった。「ジェイに当てる」は、川崎のネガトラに対するミシャの回答でもあった。ただし、ジェイに当てまくる選択一辺倒だとオープンな殴り合いになってしまう。殴り合いだと川崎が勝つので、札幌はポジショナルなビルドアップを中心に考えていたと思う。
札幌は前半シュート3本。それぞれ、後述する武蔵のPK、CKからのジェイのヘッド、もう1本は上記に近い形で石川のファーへのクロスに早坂の右足シュート。シュートにはあまり至らなかったが、福森の左足クロスが川崎の最終ラインとGKチョン ソンリョンに対応を迫らせるところまではいっていたので、そう悪くはなかった。
問題は、川崎相手にポジショナルなビルドアップが永続的には機能しないこと(詳細は次項「3.2」に)。
3.2 下がってくる荒野
上記「2.3」に「8分過ぎから~」と書いたが、これはレアンドロ ダミアンが札幌ゴール前で深井のすねをシュートしてファウル、札幌ボールのフリーキックでリスタートした局面を指している。開始8分間ほど様子を見ていた川崎は、ここからダミアンと知念を中心に、札幌のビルドアップにおけるリスクを狙うようになる。
菱形を作って川崎の1列目を突破したい札幌。筆者はよく、「自陣でボールを保持して前進を試みる~」と表現するが、敵陣にボールを運ぶ作業は文字通り”前進”だ。ボール非保持側は、前進を阻害するためにバリケード(壁、ブロック)を築く。現実的にはバリケードのように隙間なく人を敷き詰めることはできないので、壁を列状に複数作ることになる。ボール保持側はいかに列を越えるかを頭に置いてプレーする必要がある。
川崎の1列目は2人。札幌が4人でスクエアを作っていれば、3つの選択肢を突きつけながら列を突破できる。しかしスクエアの中央上の頂点にいた荒野が下がってくる現象が25分(ク ソンユンのPKストップ)以降に顕著になる。
荒野が下がるとスクエアは崩れて三角形になる。そして荒野は知念とダミアンの前方にまで下がると、ここで前を向くことはできないので3つの選択肢のうち1つは潰れる。深井とキム ミンテは選択肢として残っているが、それぞれ知念とダミアンが監視することで簡単に前進できなくなる。ルートが2つだけでは列の突破には不十分。
菱形を作って川崎の1列目を突破したい札幌。筆者はよく、「自陣でボールを保持して前進を試みる~」と表現するが、敵陣にボールを運ぶ作業は文字通り”前進”だ。ボール非保持側は、前進を阻害するためにバリケード(壁、ブロック)を築く。現実的にはバリケードのように隙間なく人を敷き詰めることはできないので、壁を列状に複数作ることになる。ボール保持側はいかに列を越えるかを頭に置いてプレーする必要がある。
川崎の1列目は2人。札幌が4人でスクエアを作っていれば、3つの選択肢を突きつけながら列を突破できる。しかしスクエアの中央上の頂点にいた荒野が下がってくる現象が25分(ク ソンユンのPKストップ)以降に顕著になる。
荒野が下がるとスクエアは崩れて三角形になる。そして荒野は知念とダミアンの前方にまで下がると、ここで前を向くことはできないので3つの選択肢のうち1つは潰れる。深井とキム ミンテは選択肢として残っているが、それぞれ知念とダミアンが監視することで簡単に前進できなくなる。ルートが2つだけでは列の突破には不十分。
荒野が下がってくると菱形が崩れて選択肢が1つ減る |
恐らく荒野が下がってきたのは、チームのオプションの1-5-0-5の形でビルドアップをしたかったのだと思うが、だとしたら深井とキムミンテは更にワイドに開くなど調整をしなくてはならない。深井とキム ミンテは菱形のイメージでプレーしているので、本田圭佑風に言えば「それはごもっともだが俺の考えは違った」状態、プレーのイメージの不一致が生じ、そして荒野が川崎の1列目~2列目のスペース、ビルドアップの出口として活用できそうなポジションを放棄するので、札幌のビルドアップは機能しなくなる。余談だが後半の66分25秒頃、ミシャが荒野にこのことを指示する場面がみられるのでミシャマニアは必見。
3.3 出口はカオスへの扉へ
荒野がスペースから動いたため札幌はビルドアップの出口が見つからなくなる。この時に解決しようとしていたのがチャナティップ。シャドーのポジションから動いて(下がって)、出口となれそうなスペースでボールを受けようとする。
しかしチャナティップのいるシャドーのポジションから荒野のアンカーポジションまでは距離がある。チャナティップが下がる時間に、札幌のボールホルダーに川崎の1列目、加えて家長や長谷川が距離を詰めて圧力を与える。
↓は時系列的に少し前だが、序盤9:59頃、家長に寄せられた深井が中央のアンカーポジションにボールを逃がそうとするが、荒野がその位置にいない(この直前に右サイドで展開していたので、反対サイドヘの展開に対応するのが遅れた)。チャナティップが戻ってサポートしようとするが、距離が遠いのでサポートしきれないのは25分以降の展開と全く同じ。
菱形ビルドアップが機能しなくなるとソンユンが関与するボール保持は単なるリスクと化す |
プレビューでは荒野とチャナティップが"ビルドアップの出口"になりそう、と書いたが、両方出口になれない。となると札幌は、後方でボールを保持する意義は極めて矮小になり、ソンユンがボールを扱うことのリスクのみが残る。あまりジェイに放り込まなかったのは、恐らくオープンな展開を避けるためと、4バックの1-4-4-2相手ならちゃんとやればビルドアップできるだろ!ということ、声援もあってうまく指示が伝わらなかったこと等、複数の可能性が考えられるが、とにかくビルドアップができなくなる。後ろでボールを持っているけど何も効果的な展開にならない様はまさにカオスだった。
4.カオスの調停者
4.1 20分以降オープン展開になりかける(発端は札幌の3枚カウンター)
多少話が前後するが、20分前後から25分の川崎のPK(早坂のファウルコミット)までの時間は少し試合展開がオープンになりかける。
この時間帯も川崎がボールを保持する展開。札幌は「2.1」「2.2」につらつら書いたが、川崎のボール保持の形に対し、圧力をかける有効な手段が見つからない。高い位置から守備をしても無駄、ということで、自陣で1-5-4-1、ジェイを1人、前方に残して10人で下がって守る時間帯が多くなる。
ただこの展開はミシャとしては大いに想定していただろう。前線のチャナティップ、ジェイ、武蔵、ワイドに早坂と石川、という選手起用からもそれはうかがえる。
↓は20分過ぎの局面。川崎が家長→大島とつないで、大島のハーフスペースを狙ったスルーパスは進藤が足を伸ばしてカット。ジェイの足元にボールが転がる。この瞬間、SBが両方高い位置をとっている川崎は最終ライン2枚のみ。両SBの背後、CBの脇にはスペースがある。ここをチャナティップと、武蔵が強襲する。ジェイが中央でCB2枚の間に突っ込み、チャナティップと武蔵が並走する展開は川崎は2枚では対処不可能、全力でSBと、中央の守田と大島が戻る。
('20"02)川崎のSB攻撃参加の背後を武蔵・チャナティップで強襲 |
札幌は武蔵を右に置いたのがポイント。川崎相手に押し込まれる展開は想定内。
「2.1.3」の最後に、早坂が攻撃参加を怠ったためカウンターの機会を一度逸した、と書いたが、ミシャ式に限らず3バック⇔5バック系システムでは、押し込まれるとWB(早坂と石川)は守備のタスクが大きくなり、攻撃の枚数が不足しがちになる。
が、チャナティップと武蔵がいれば、2人だけでスペースを突いてカウンターが成立する。札幌の前線で、恐らくコンディションが一番いいのは復帰が早かったジェイ。チャナティップは外せないとして、ロペスか武蔵で考えると、よりスペースに突っ込む能力に長ける武蔵を右に置くことで、川崎の左SB、登里の背後を狙う意図は、ジェイがポジトラ時にチャナティップではなく武蔵の方向をよく見ていたこと、また川崎のコーナーキックの際に武蔵を前線に残していたことからも窺い知れる(通常コーナーキックの際に前に残しているのはルーカスかチャナティップ。武蔵はニアではね返す役割)。
そして武蔵とジェイが前線で待っていると、川崎はこの2人へのロングフィードによるダイレクトなビルドアップを警戒する必要が生じる。川崎のハイプレスが思ったより控えめだったのは。この点が影響していたと思う。
ただし、前半3度ほどあった、こうした速攻からシュートに至った回数はゼロ。ジェイが武蔵を意識しすぎていて、シンプルにチャナティップを使えば良さそうな局面もあった。
4.2 オープン展開の誘発
「3人でカウンター」に問題点があるとするなら、前後分断し中央にスペースができる、オープンな展開を誘発しやすい点だろう。前と後ろで役割の違いが顕著になると、その振る舞い、ポジショニングも乖離してくるのは必然。武蔵が走って、仕留められるならいいが、この日ハイパフォーマンスを披露したジェジエウを中心とする川崎のDFが、限られた人数でも札幌のファストブレイクを食い止めることに成功すると形勢は逆転する。中央はオープン、間延びした陣形で守らなくてはいけなくなる札幌に川崎が逆襲を仕掛ける。これが何回も続くと一般に「オープンな試合になってきた」とする感想を抱く人が多くなる。
前3人だけで攻めると後ろがついてこれないので、攻撃失敗すると前後分断になりがち |
要員をもう一つ挙げると、「2.1」「2.2」でも触れている「ジェイの周辺問題」がある。ジェイの周辺で谷口やジェジエウ、守田がボールを保持した時に、ジェイに任せていると圧力がかからないことを嫌って武蔵やチャナティップ、深井が前進守備で対応した時に、後ろが連動して押し上げられないことでも間延びしがちになる。
4.3 カオスを増幅させた山本雄大主審とピッチの調停者
こうした流れの中で24分に早坂が長谷川を倒してファウル。この時は。、武蔵の速攻をジェジエウがストップしてのトランジションから、札幌が7枚で守らなくてはならない、それまでよりもオープンな状況で川崎が左に展開、長谷川と早坂が完全に左で1on1。長谷川が早坂の裏を取りかけ、早坂が背後から倒したという判定でPK。ぎりぎりエリア内だったかもしれないが、ファウルかどうかは微妙だった。結果的に、山本主審はこの時にPKをとったことで、その後もっとPKに値するプレーを見逃す失態を犯している(前半、進藤のハンド)。
ビルドアップがうまくいかない、守備ブロックも間延びする、そんな展開で川崎に先制点を献上するとかなり厳しい展開だったが、レアンドロ ダミアンの真ん中に蹴ったPKをク ソンユンが足に当てて阻止するビッグセーブでスコア0-0は維持される。
ソンユンのPKストップ以降はスコアレスでクローズする雰囲気が漂う。札幌は枠内にシュートを飛ばせない。川崎は札幌の5バックの中央3枚を動かせない。
この膠着しかけた雰囲気を打破しカオスへの扉を再び開いたのは山本雄大主審の2つの判定。37分、札幌のバックラインからジェイへのロングボールをジェジエウとジェイが競る。ジェイが一瞬先に足を伸ばして触ったところでジェジエウの足がジェイを巻き込みPKの判定。「早坂が倒した局面よりはPKっぽかった」という程度の判定だったが、このPKを武蔵が決め、札幌は枠内シュート1本目で先制に成功する。このPKが決まった直後、札幌陣内で待機していた進藤とキム ミンテが何やら話をして、その後ミンテがソンユンに何かを伝える。進藤とミンテのジェスチャーから考えると、「前半は1-0で終えたいのでリスクを回避して繋がずに蹴っていい」と言っていたように見えた。
44分、先述の「もっとPKに値するプレー」。長谷川のクロスが進藤の手に当たってコースが変わるが山本主審はスルー。プレー音のまま知念が素早く反応して至近距離からハーフボレーで押し込むが調停者・ク ソンユンが止めて前半を折り返す。
5.後半戦
5.1 川崎のメンバー交代と動かない札幌
後半開始から川崎はレアンドロ ダミアン→小林。
鬼木監督の説明では、
流れの中で絡む回数がかなり少なかったかなという印象です。
2トップのところの絡みですとか、サイドで持った時に顔を出すとか、連続性とかそういうものが足りなかったかなと思っています。それで交代ということになりました。そのあとに入ったユウ(小林悠)が色々なところに顔を出しながら、最終的にゴール前に顔を出すというプレーをしてくれました。となっている。ダミアンはボールが入ると、進藤やキム ミンテでは簡単に対処できなさそうなクオリティを見せていたので、どう転ぶかと思っていたが結果的にこの交代は当たる。
もう一つの変化は、登里と車屋の位置を入れ替える。これも説明されており、
前半を見ていた中で、ノボリ(登里享平)とシンタロウ(車屋紳太郎)のところで言いますと、多少、左は単独でも行けそうだなというところ。あとは右の方でもう少し流動性とかコンビネーションのところではノボリのポジショニングとか推進力を上げていきたいというところでした。相手を見て決めました。この言葉通り、後半は登里が回った右サイドが川崎の攻撃の中心になる。
46分~ |
ハーフタイム、筆者は「2.1」~「2.2」に書いた、川崎のボール保持時の対応全般、一言で言うとジェイの周囲で川崎のボールホルダーがフリーパス状態な点が気になっていた。加えて、下がってくる荒野の存在によって徐々に形が崩れているビルドアップも何らか、速めに手を打ちたい。
前者については、武蔵をトップに上げて1-5-3-2にする、後者は川崎が前プレでくるなら(ビハインドなので当然そうするはず)ジェイへのロングボールを増やす、というソリューションが考えられたが、ミシャは特に手を打たなかった。ミシャなら静観だとは思っていたが、川崎の変化を見て不安は大きくなった。
なお後半最初の、札幌の自陣からのビルドアップは48:00頃のゴールキックで、この時は荒野がペナルティエリアの左、深井がアンカーポジションであり、荒野と深井がポジションと役割を入れ替えていた。これを見て深井の判断?で対策を打った(荒野がアンカーポジションから動いてしまうので深井と代わった)のだと思ったが、2回目以降は元の「アンカー荒野」に戻ってしまった。
川崎は両サイドの機能性が明確に向上する。左は定位置に戻った車屋と長谷川。鬼木監督が「左は単独(長谷川)でもいけそう」と言っていたが、長谷川に供給さえできればいいので車屋はシンプルなプレーに徹する。但し登里が担っていた、長谷川が引っ張った内側、ハーフスペースへの突撃は怠らない。
前半は沈黙していた川崎の右サイド(車屋を起用している時点で、ある程度織り込み済みだったはずだが)は、絶好調の登里を回した采配が的中する。後半、札幌は1-5-2-3で守備をセットするが、登里に対してチャナティップが責任を持つのか、石川に任せるのははっきりしない。チャナティップは、ジェジエウに行くのか登里に行くのか、前半の武蔵と同じ”二正面作戦問題”を抱えている。前半は対面が車屋だったのでこの問題は顕在化しなかったが、構造上は同じ。それが登里が右に回ったことで顕在化する。
札幌の二正面作戦問題により、ジェジエウ→登里のパスが成功した瞬間にボールホルダーには時間と空間がある。登里は右サイドで起用されていることを苦にせずボールを前に運ぶ。小林が「顔を出す」ことでサポートし、札幌のDF(主に、小林を見ている福森)が動いたスペースに崩しの切り札・家長が侵入する。
ギアを上げる川崎と両シャドーが押し込まれる札幌。川崎は左で張り続ける長谷川に加え、登里の攻撃参加によって左右両サイドでコーナーフラッグ付近を占有する状態にある。札幌は川崎のアタッカーの脅威とボール保持によって最終ラインはペナルティエリア内まで押し下げられ、シャドーを含む2列目4枚もかなりの撤退を余儀なくされる。
↓の図のように川崎が両隅とそのボール配給拠点を確保し、札幌は包囲された状態で川崎にボールを動かされて守備に追われる。プレーが切れると、ジェイがボーイ達に「もっと押し上げようぜ」と鼓舞するが、そのためにはボールを回収した時に、ジェイか他の誰かが川崎の選手とのデュエルに勝利して時間を作る必要がある。
川崎が押し込み立て続けに決定機を迎える。58分には目を切った早坂の隙を突いて長谷川が抜け出すがソンユンが壁を作ってブロック。59分には左サイドからのFK、小林のヘッドは右手1本でセーブ。62分には家長のミドルシュート。完全に押し込まれているが、調停者・ク ソンユンが立ちはだかる。
6.2
札幌はこの状態を打破するには、押し込まれた状態から、ボール保持時のデュエルで勝てる選手が必要な状況にある。しかしミシャは静観する(というかテクニカルエリアで滅茶苦茶喋っているので「静観」ではないが、交代カードは切らない)。ロペスのコンディションを考慮すると、ジェイ、武蔵、チャナティップの誰かを下げるには早いし、それはシャドーが務まる特別指定選手の金子でも同じ。スタメンのクオリティを信じる決断をする。
静観するもう一つの理由は、「中央のパワーバランス」。レアンドロ ダミアンが下がり高さが差し引かれた川崎の2トップ相手なら、糸を通すようなピンポイントのクロスボールが供給されない限りは中央をCB3人+石川、早坂で固めていれば、押し込まれてもそう簡単には崩壊しない、と、スコアが1-0のうちは見ていたのだと思う。
札幌の1人目の交代は66分、石川に代えて白井。恐らくこれも会見でミシャが言及している、負傷明けで久々のスタメンとなった石川のコンディションの問題が大きいだろう。ただ、撤退して守ることに強みのある石川をこの展開で下げるのは痛い。白井への期待は、登里が押し込む札幌の左:川崎の右サイドでのパワーバランスを覆すこともあったと思うが、それには白井1人の力で実現するものではなく、白井が攻撃参加するための時間を創出するビルドアップの成功、ジェイなどの個のクオリティの発揮が必要なことは、繰り返しになるが言及しておく。
川崎が追いついたのは69分。家長の右クロスに中央で小林が合わせ、ク ソンユンが一度は両手で抑えるもボールをこぼしてネットに転がる。
この時の構図は完全に、「6.1」で言及した川崎の包囲攻撃で札幌DFの意識が左右に振られて”飽和”を迎えた状態だった。失点シーンの一つ前の局面、右の登里→大島のパスを「1回目」とすると、札幌の選手はペナルティエリア周辺を包囲され、計5~6回ほど川崎の速いパスで視線と意識を左右に操られる。最後は家長の、更に角度を鋭角にしたクロスによってファーサイドの小林がフリーになってしまった。
スコアが1-1になったことで札幌はジェイ→アンデルソン ロペスに交代。ジェイのコンディションの問題もあるが、これまでも見てきたようにロペスのクオリティで、何とかパワーバランスを押し戻したいとの意図だったと思う。
しかしそしてミシャも認める通り、コンディション的にはまだまだなアンロペ。4月末に負傷離脱する以前はアンロペとJリーグのDFのマッチアップは、ターミネーターと生身の兵士のような構図だったが、この日のアンロペの身体の切れだと、谷口とのマッチアップは2030年のターミネーター:谷口vs旧式のターミネーター:アンロペのようなマッチアップになってしまっていた。そんな具合では思惑通り、川崎に圧力を与えることは不十分。なおフルで見たのは相当前なので、どんな映画だったかは正直よく覚えていない。
川崎の2人目の交代は77分、知念→齋藤。札幌の最後のカードは78分、チャナティップ→金子。このあたりから両チームピッチ中央に配されている選手の疲労の色が濃く、オープンな展開が続く。
札幌は金子が登里を監視するとともに、体力的に厳しいところをジェジエウに削られて泣きっ面に蜂な福森の背後をカバーする。川崎はターゲットを1枚削って、ドリブルで剥がせる齋藤。”包囲網”はより凶悪になるが、点を取るためのバランスとして正しいかは難しいところか。
川崎の最後のカードは86分、守田→山村。以降も川崎の猛攻が続くが、枠内シュートは89分の長谷川が最後。なんとか札幌が1-1で守り切った。
5.2 はたらく車屋
川崎は両サイドの機能性が明確に向上する。左は定位置に戻った車屋と長谷川。鬼木監督が「左は単独(長谷川)でもいけそう」と言っていたが、長谷川に供給さえできればいいので車屋はシンプルなプレーに徹する。但し登里が担っていた、長谷川が引っ張った内側、ハーフスペースへの突撃は怠らない。
車屋は供給役としてシンプルにプレー |
5.3 隠れていた問題が絶好調・登里によって顕在化する札幌左サイド
前半は沈黙していた川崎の右サイド(車屋を起用している時点で、ある程度織り込み済みだったはずだが)は、絶好調の登里を回した采配が的中する。後半、札幌は1-5-2-3で守備をセットするが、登里に対してチャナティップが責任を持つのか、石川に任せるのははっきりしない。チャナティップは、ジェジエウに行くのか登里に行くのか、前半の武蔵と同じ”二正面作戦問題”を抱えている。前半は対面が車屋だったのでこの問題は顕在化しなかったが、構造上は同じ。それが登里が右に回ったことで顕在化する。
登里のビルドアップによってチャナティップの二正面作戦状態が顕在化 |
札幌の二正面作戦問題により、ジェジエウ→登里のパスが成功した瞬間にボールホルダーには時間と空間がある。登里は右サイドで起用されていることを苦にせずボールを前に運ぶ。小林が「顔を出す」ことでサポートし、札幌のDF(主に、小林を見ている福森)が動いたスペースに崩しの切り札・家長が侵入する。
6.飽和攻撃
6.1 ボックス周辺を包囲されピン留めされる札幌
ギアを上げる川崎と両シャドーが押し込まれる札幌。川崎は左で張り続ける長谷川に加え、登里の攻撃参加によって左右両サイドでコーナーフラッグ付近を占有する状態にある。札幌は川崎のアタッカーの脅威とボール保持によって最終ラインはペナルティエリア内まで押し下げられ、シャドーを含む2列目4枚もかなりの撤退を余儀なくされる。
↓の図のように川崎が両隅とそのボール配給拠点を確保し、札幌は包囲された状態で川崎にボールを動かされて守備に追われる。プレーが切れると、ジェイがボーイ達に「もっと押し上げようぜ」と鼓舞するが、そのためにはボールを回収した時に、ジェイか他の誰かが川崎の選手とのデュエルに勝利して時間を作る必要がある。
押し込まれる札幌と札幌の周囲を包囲する川崎 |
川崎が押し込み立て続けに決定機を迎える。58分には目を切った早坂の隙を突いて長谷川が抜け出すがソンユンが壁を作ってブロック。59分には左サイドからのFK、小林のヘッドは右手1本でセーブ。62分には家長のミドルシュート。完全に押し込まれているが、調停者・ク ソンユンが立ちはだかる。
6.2 静観するカードを切らないミシャ
札幌はこの状態を打破するには、押し込まれた状態から、ボール保持時のデュエルで勝てる選手が必要な状況にある。しかしミシャは静観する(というかテクニカルエリアで滅茶苦茶喋っているので「静観」ではないが、交代カードは切らない)。ロペスのコンディションを考慮すると、ジェイ、武蔵、チャナティップの誰かを下げるには早いし、それはシャドーが務まる特別指定選手の金子でも同じ。スタメンのクオリティを信じる決断をする。
静観するもう一つの理由は、「中央のパワーバランス」。レアンドロ ダミアンが下がり高さが差し引かれた川崎の2トップ相手なら、糸を通すようなピンポイントのクロスボールが供給されない限りは中央をCB3人+石川、早坂で固めていれば、押し込まれてもそう簡単には崩壊しない、と、スコアが1-0のうちは見ていたのだと思う。
札幌の1人目の交代は66分、石川に代えて白井。恐らくこれも会見でミシャが言及している、負傷明けで久々のスタメンとなった石川のコンディションの問題が大きいだろう。ただ、撤退して守ることに強みのある石川をこの展開で下げるのは痛い。白井への期待は、登里が押し込む札幌の左:川崎の右サイドでのパワーバランスを覆すこともあったと思うが、それには白井1人の力で実現するものではなく、白井が攻撃参加するための時間を創出するビルドアップの成功、ジェイなどの個のクオリティの発揮が必要なことは、繰り返しになるが言及しておく。
6.3 飽和攻撃からの瓦解
川崎が追いついたのは69分。家長の右クロスに中央で小林が合わせ、ク ソンユンが一度は両手で抑えるもボールをこぼしてネットに転がる。
この時の構図は完全に、「6.1」で言及した川崎の包囲攻撃で札幌DFの意識が左右に振られて”飽和”を迎えた状態だった。失点シーンの一つ前の局面、右の登里→大島のパスを「1回目」とすると、札幌の選手はペナルティエリア周辺を包囲され、計5~6回ほど川崎の速いパスで視線と意識を左右に操られる。最後は家長の、更に角度を鋭角にしたクロスによってファーサイドの小林がフリーになってしまった。
6回ほど視線と意識をを操られて”飽和”を迎える |
7.ジェネレーションギャップ
7.1 アンロペ is Back.
スコアが1-1になったことで札幌はジェイ→アンデルソン ロペスに交代。ジェイのコンディションの問題もあるが、これまでも見てきたようにロペスのクオリティで、何とかパワーバランスを押し戻したいとの意図だったと思う。
72分~ |
しかしそしてミシャも認める通り、コンディション的にはまだまだなアンロペ。4月末に負傷離脱する以前はアンロペとJリーグのDFのマッチアップは、ターミネーターと生身の兵士のような構図だったが、この日のアンロペの身体の切れだと、谷口とのマッチアップは2030年のターミネーター:谷口vs旧式のターミネーター:アンロペのようなマッチアップになってしまっていた。そんな具合では思惑通り、川崎に圧力を与えることは不十分。なおフルで見たのは相当前なので、どんな映画だったかは正直よく覚えていない。
7.2 守備固め
川崎の2人目の交代は77分、知念→齋藤。札幌の最後のカードは78分、チャナティップ→金子。このあたりから両チームピッチ中央に配されている選手の疲労の色が濃く、オープンな展開が続く。
札幌は金子が登里を監視するとともに、体力的に厳しいところをジェジエウに削られて泣きっ面に蜂な福森の背後をカバーする。川崎はターゲットを1枚削って、ドリブルで剥がせる齋藤。”包囲網”はより凶悪になるが、点を取るためのバランスとして正しいかは難しいところか。
78分~ |
川崎の最後のカードは86分、守田→山村。以降も川崎の猛攻が続くが、枠内シュートは89分の長谷川が最後。なんとか札幌が1-1で守り切った。
8.雑感
レアンドロ ダミアンのPKストップ以降も、幾度もターニングポイントになりかけた局面があった。前半終了間際の知念のシュート、後半開始からの川崎の立て続けの猛攻、スコアが1-1となった後の時間帯etc…全てのタイミングでクソンユンのビッグセーブがあり、そのクオリティが、本来のパワーバランスから言ってイーブンには程遠い両チームの争い、そしていくつかのカオティックな要素も含めてゲームの大半を支配した。
札幌はミシャの言う通り、コンディションが万全でない選手が多いことは事実。だとしたら、なおさらボールを保持して、相手に走らされる時間を少しでも減らそうとする考え方が一般的だ。その点では、しつこい言及になるが、荒野と深井は少なくとも役割をスイッチする等の手を打つべきだったのではないか。
なお川崎の前線守備の圧力が思ったほどではなかったという視点も確かにある。
攻撃時も「2列目からの攻撃参加」等とよく言われるが、攻撃はラインを作るポジショングよりも、ラインを作って守る守備側に対しスペースを作るためのポジショニングや動きが推奨されるので、実際に列を作った上での「2列目」と言っているわけではなく慣用的な表現。
この時、ハイプレスを最初から最後まで行うとリスキー(後ろで守る選手がいなくなる)ので、ハイプレスは人数やエリアを限定して行われることが多いが、ビルドアップを行っているチームが、ハイプレスを突破してボールを落ち着かせる状態を作れる場所や選手を「ビルドアップの出口」と言っている。
札幌はミシャの言う通り、コンディションが万全でない選手が多いことは事実。だとしたら、なおさらボールを保持して、相手に走らされる時間を少しでも減らそうとする考え方が一般的だ。その点では、しつこい言及になるが、荒野と深井は少なくとも役割をスイッチする等の手を打つべきだったのではないか。
なお川崎の前線守備の圧力が思ったほどではなかったという視点も確かにある。
圧力がより強ければ恐らくもっとダイレクトなビルドアップ…ジェイに蹴る選択が多くなっていただろう。ジェイは頼りになるがミシャはこの選択が多くなることを好まない。微妙なバランスになるが、ダイレクトに蹴らずにトライしていたという点は好意的にみたほうが良いかもしれない。【マッチレビュー】— せこ (@seko_gunners) 2019年6月16日
・前半は主導権の奪い合い
・プレスは0か100で
・鬼木采配の考察
よろしければ!#frontale #consadole
「川崎式4-4-2を考えよう」~2019.6.1 J1 第15節 川崎フロンターレ×北海道コンサドーレ札幌 レビュー|せこ @seko_gunners|note(ノート) https://t.co/dKAJP1Lkmc
用語集・この記事上での用語定義
・1列目:
守備側のチームのうち一番前で守っている選手の列。4-4-2なら2トップの2人の選手。一般にどのフォーメーションも3列(ライン)で守備陣形を作る。MFは2列目、DFは3列目と言う。その中間に人を配する場合は1.5列目、とも言われることがある。ただ配置によっては、MFのうち前目の選手が2列目で、後ろの選手が3列目、DFが4列目と言う場合もある(「1列目」が示す選手は基本的に揺らぎがない)。攻撃時も「2列目からの攻撃参加」等とよく言われるが、攻撃はラインを作るポジショングよりも、ラインを作って守る守備側に対しスペースを作るためのポジショニングや動きが推奨されるので、実際に列を作った上での「2列目」と言っているわけではなく慣用的な表現。
・カオス:
「混沌」。試合の様子が秩序だっていない、何が起こるか予期しにくい状態。・トランジション:
ボールを持っている状況⇔ボールを持っていない状況に切り替わることや切り替わっている最中の展開を指す。ポジティブトランジション…ボールを奪った時の(当該チームにとってポジティブな)トランジション。ネガティブトランジション…ボールを失った時の(当該チームにとってネガティブな)トランジション。・ハーフスペース:
ピッチを5分割した時に中央のレーンと大外のレーンの中間。平たく言うと、「中央のレーンよりも(相手からの監視が甘く)支配しやすく、かつ大外のレーンよりもゴールに近く、シュート、パス、ドリブル、クロスなど様々な展開に活用できるとされている空間」。・ビルドアップ:
オランダ等では「GK+DFを起点とし、ハーフウェーラインを超えて敵陣にボールが運ばれるまでの組み立て」を指す。よってGKからFWにロングフィードを蹴る(ソダン大作戦のような)ことも「ダイレクトなビルドアップ」として一種のビルドアップに含まれる。・ビルドアップの出口:
後方からパスを繋いで行うビルドアップに対し、相手は簡単に前進させないようハイプレス等で抵抗する。この時、ハイプレスを最初から最後まで行うとリスキー(後ろで守る選手がいなくなる)ので、ハイプレスは人数やエリアを限定して行われることが多いが、ビルドアップを行っているチームが、ハイプレスを突破してボールを落ち着かせる状態を作れる場所や選手を「ビルドアップの出口」と言っている。
今回はそれぞれのコンディションと合わせて、恐らくミシャには川崎相手に檀崎、中原、濱は途中投入しにくかったため、打ち手が制約されていたことも(ゲームプラン上も)効いたように思います。
返信削除荒野と深井を入れ替えることについて、両者の得手不得手を含めてどうお感じですか?
たぶんチャナもあまり状態が良くなくて左サイドから脅威を与えにくい状態で、早坂が押し込まれていると、左は堅い展開で右はオープンな展開に(よってそれに対応できる武蔵荒野)というのはありがちな気もしました。
深井は度重なる負傷で年々中央でターンする機会が減っていることもあって、中央が難しそうな印象もありましたがミシャ体制になってからはかなり本来の深井に戻りつつあるとみています。一方ビジョンがクリアになっている時の荒野がボールを運ぶ能力もとても魅力がありますが、最近数試合はまた整理されなくなってきているので、一度入れ替えるのが良いかと思いました。
削除チャナティップも早めの交代でしたし、体が重そうだったのは気がかりです。