0.スターティングメンバー
スターティングメンバー |
札幌(1-3-4-2-1):GKク ソンユン、DF進藤亮佑、キム ミンテ、福森晃斗、MFルーカス フェルナンデス、荒野拓馬、深井一希、菅大輝、アンデルソン ロペス、鈴木武蔵、FWジェイ。サブメンバーはGK菅野孝憲、DF石川直樹、MF檀崎竜孔、白井康介、早坂良太、FW藤村怜、岩崎悠人。チャナティップは結局リリースがなかったので比較的軽傷、次節の復帰は微妙なくらいなのかもしれない。6月中に復帰できるかも、としていた駒井のメンバー入りはなかったが、3日後の天皇杯等で試運転といったところか。
仙台(1-4-2-2-2):GKシュミット ダニエル、DF蜂須賀孝治、シマオ マテ、平岡康裕、永戸勝也、MF椎橋慧也、松下佳貴、道渕諒平、関口訓充、FW石原直樹、長沢駿。サブメンバーはGK川浪吾郎、DF大岩一貴、MF兵藤慎剛、石原崇兆、吉尾海夏、富田晋伍、FWハモン ロペス。右MFはリーグ戦で重用されてきた吉尾ではなく、カップ戦でも好調を維持している道渕を選択。
シュミット ダニエルは札幌と業務提携しているシントトロイデン移籍が濃厚と報じられている(この試合後、両クラブ間で合意に達したと発表された)。かつてグルノーブルと札幌が提携(最終的には流れた?)の話があった時に、向こうの幹部は「人材交流」と称してグルノーブルの名もなき若手と、当時U20日本代表だった藤田征也の交換という、絵に描いたような鮫トレードを提案してきた経緯がある。それに比べるとシントトロイデンは良心的だ。仕事があと1週間早いと良かったが。
プレビューはこちら。
1.想定される互いのゲームプラン
1.1 札幌
1-4-4-2で守る仙台相手ということで、基本的にはミシャ式のストロングポイントを発揮していきたい。チャナティップがいないが、シャドーにカウンターに向く選手が揃っており、速い攻撃は常に狙っていた(ポゼッションして場を整えるよりも、チャンスがあれば仕掛ける)。
1.2 仙台
前後分断のミシャ式アタックへの対策は基本的に「引いて守る」か「前からプレス」に二分される。あまり後退しすぎないようにバランスをとりながら、失点を避けるため、無理に前から行くよりはディフェンシブに試合に入る。それで難しそうなら5バックに変えるなど、プランBに切り替えようと考えていただろう。ただしクソンユンがボールに関与する局面は狙っている(後述)。
一方、可変システムで戦う札幌に対し、WBを押し込めれば攻撃機会とその威力を奪える。そう考えると(最終的にゴールを奪う術は別に存在するとして)、仙台はマイボールの時間、特に札幌のWBが守備に追われる時間を長くすることで、札幌にとり好ましくない試合展開に持ち込むことができる。
2.基本構造
2.1 仙台ボール保持時の構造
互いのボール保持時の基本的な振る舞いや原則について。
仙台のボール保持の陣形は1-4-2-2-2。札幌のボール非保持は1-5-2-3。中盤2人同士以外は選手の数が噛み合っていない。まず仙台が4バックでボールを保持している時の札幌の対応方針は、下の図のように、ジェイ出場時によく見られる、「ジェイは中央から殆ど動かさない(≒ピッチ真ん中を守る、といっても、真ん中にずっといても守備面で貢献できることは限られる)」という方針だった。
仙台の1-4-2-2-2でボール保持に対する札幌の対応 |
この時、ジェイ以外の選手は
・中央2人はそのまま中央を守る(マンマーク基調だがフレキシブルに)
・最終ラインは5枚用意して仙台の2トップ+2MFに数的優位を確保
と運用される。そうなると武蔵とロペスのシャドーは役割が決まってくる。SBを見るしかない。CBを守備の基準にすると、よりゴールに近い位置でプレーするSBがフリー。もしくはWBがSBに引っ張り出されて、本来の対応方針(数的優位の5人で、かつあまり役割を変えずに守る)が崩れる。
この前提があると、武蔵とロペスはその役割を忠実に遂行するために、
シャドーはSB監視のために下がらざるを得ない(1-5-4-1化する札幌) |
それぞれ、蜂須賀と永戸を監視できるポジションを取る傾向が強くなる。それは攻撃方向(仙台ゴール側)を進行方向としたときに、蜂須賀と永戸よりも斜め後方の位置。要するに、役割を守ってちゃんと守備をするなら、シャドーとしてジェイと並ぶポジションから更に下がる必要がある。数字で示すと1-5-2-3から1-5-4-1。札幌は前線にジェイ1人だけが残る状況になる。
グループで行うスポーツにおいて、「お前1人でちょっとどうにかしてくれや」という状況は、攻撃にせよ守備にせよ本来困難を伴う。しかし世の中には1人で何とかする選手もいる。最たる例は言うまでもなくボールを持っている時のメッシだが、ジェイも部分的にはそうした困難を解決できる力がある。
問題はそこではなく、攻撃に投じたい武蔵とロペスが低い位置でのプレーを迫られる(もしくは、毎回、低い位置からアクションを開始しなくてはならない)点。よく「攻撃は最大の防御」、サッカーにおいては、相手からボールを取り上げれば攻められることはない、だからボールを持つことは攻撃よりも守備の観点で重要だ、とする思想がある。仙台が作り出しているこの状況もそうした思想に近く、攻撃陣形をとることで、武蔵とロペスをゴールからより遠ざけることが成り立っている。
2.2 札幌ボール保持時の基本構造
試合を通じて、仙台は多彩な札幌対策を見せる。
前後分断のミシャ式への対策は基本的に「引いて守る」か「前からプレス」に二分される。基本的には前者で試合に入る。例外はク ソンユンがボールに関与する時で、多少前後分断気味になってでも2トップのうち1人がソンユンに寄せる(後述)。
5:15頃、札幌が最終ラインでボールを保持する。この時、2トップ+SHはプレッシング開始のタイミングを伺うが、中央の松下はその前線の選手たちに手で「戻れ」とするジェスチャーをする。そして自陣で1-4-4-2の陣形を確保すると、セントラルMFのうち右の椎橋がCBに近い位置まで下がって札幌の左シャドー、武蔵を捕まえる。この時はジェイもシマオに捕まえられており、ボールサイドではマンマークで対処していた。更にこの後、札幌が右サイドに展開した時も整理は同じ。松下がロペスをマークし、椎橋や道渕はスライド。ボールサイドのみ人を捕まえて、反対サイドはゾーン寄りの考え方で守っていた。
ボールサイドでは人を捕まえてゾーンを崩しながら対抗 |
このことに関連し、札幌にとり重要な仙台の構造は、ボールサイドは大外をSHが守るが、ボールと反対サイドはSBが守り、SHは中盤の選手として振る舞っている点。仙台SBと札幌WBのマッチアップを作るにはサイドチェンジが必要になる。このマッチアップが成立した瞬間はハーフスペースが空くことになるし、サイドチェンジから早いタイミングで攻められるかがポイントになる。
3.シマオの先制パンチ
3.1 ジェイの周囲問題
序盤は仙台が、札幌の”本意ではない”1-5-4-1の陣形にボール保持攻撃で挑む。仙台は札幌の守備の基準を観察しながら、SBの蜂須賀と永戸にボールを展開して札幌のシャドーを押し下げる(恐らくジェイがトップだとこの傾向が強いことはスカウティングしていただろう)。
シャドー2人が中央からいなくなると、ジェイの周囲を護衛する選手不在のため、仙台はこの中央を自在に使えるようになる。中央を使ってサイドを変えて揺さぶることもしていたが、
ジェイの周囲を経由して左右に揺さぶられるとシャドーの守備負担が大きくなる |
序盤、5分も経たないうちから顕著だったのは、中央から札幌の2列目を越える縦パスを何度か狙うプレーだった。本来多くのチームは中央、ゴール前を閉じているので、「序盤からいきなり縦パス」はリスキーな面もある。それが開始5分で見えていたのはパスの出し手の能力もあると思うが、やはりチームとして狙いが明確になっていたと思う。
ジェイの周囲がオープンになっていると中央を起点に攻め込まれる |
仙台からすると、中央で荒野と深井を出し抜いて縦パスを出すことも選択肢の一つだが、札幌を相手にすると、「シャドーとセントラルMFの間のチャネル」がもっと容易な、前線へのパイプラインになっていた。
というのは、1-5-4-1で2列目を4人にして守っていると言っても、武蔵とロペスの意識はワイドに開くSB。また中央を守れる守備力もない。なのでこの2人は”列”を形成している数には入れられず、仙台はこのチャネルをほぼフリーパス状態で使えていた。縦パスの後は、そのまま抜け出してシュートに持ち込んだり、無理そうなら再びサイドにはたいてクロス、という形だった。少し先の話になるが、21分の長沢の1vs1でのシュート(ク ソンユンが右足1本でセーブ)も荒野と深井の間を通すパスで道渕が飛び出してから。
また仙台がリードしている時間帯、札幌が仙台からボールを取り返したくてもジェイがトップだと守備のスイッチが入らない。これは仙台がボールを持っている限り、札幌は試合展開をコントロールしようがない(自分たちからボール奪取の機会を作れないので、仙台が前に出てきてくれなければずっと仙台のターン)という問題もはらんでいた。
そして8分、仙台の最初のコーナーキック。インスイングからの永戸の大きく曲がるキックがシマオを狙う。これは札幌が守ったが、やり直しとなった反対サイドのキック、今度はアウトスイングのキックに中央でシマオが合わせて仙台が先制。
札幌のCK対策としてはストーンのジェイが基準になる。2018シーズンは、ジェイの前を狙う低くて速いクロスが多かったが、永戸の高精度のキックはジェイの頭を越えて大きく曲がりながら落ちる。シマオのマーカーだった武蔵の対応の問題もあるが、リーグトップのアシストを記録している永戸にこのクオリティを見せられると、ちょっと難しいと感じる失点だった。
話が前後するが、「3.1」の構図(札幌は1-5-2-3というより1-5-4-1で守っている)は前半の15分頃まで続く。仙台は徐々に中央が堅くなると、フィニッシュはサイドからのクロスにシフトする。この時、サイドは基本的にSB1人で、SHは中央に絞っているのは冒頭に示した通り。
が、札幌はこの仙台のSBに誰が対応するのかはっきりしない。中央は3枚では足りないので、WBの菅とルーカスはできれば中央を守りたい。かといって、武蔵とロペスがSBにずっとついていくという整理にもなっていなくて、曖昧にしている、というかわざと曖昧にしているとも捉えられる。というのは、仙台のサイド1人ずつ、計2人に対し、札幌は両サイドで計4人が下がってしまうとジェイ以外は誰も攻撃に割けなくなる。なので、ルーカスと菅だけでは枚数不足だけど、武蔵とロペスをフルに守備させるわけにもいかないので、状況を見て枚数を調節するという設計になっているとも言えると思う。
しかしその曖昧な設計が試合序盤は裏目に出る。結果的には武蔵もロペスも下がって、「仙台2人に札幌4人」で対応する状況が頻発する。こうなると、ボールを回収してさあカウンター、という時に、ジェイを除けば、札幌の選手で一番前にいるのが深井(当然深井とジェイでは速攻できないので、武蔵やロペスの上りを待つ、すると仙台のプレスバックが間に合う)、という状況が頻発する。スローダウンすることで試合のリズムを整えていたとも言えるかもしれないが、両SBが攻撃参加してリスクを負っている仙台の背後を突けないデメリットも同時に顕在化していた。
武蔵もロペスも攻撃に加担できない状況なら、ジェイに当てても、シマオや平岡にサンドされておしまい。
先制した仙台は、15分過ぎころから徐々に攻守ともにスローダウンし、自ら仕掛けるよりはリアクション型のプレーにシフトしていく。例えば17分頃の、札幌陣内でボールを回収した石原はゴールではなくコーナーフラッグに向かってドリブルし、札幌のシャドーや中盤の選手が下がらざるを得ない状況を作る。
札幌はシャドー、特にロペスが前で攻撃したいということでその可能性を模索する。22分頃には、仙台がボールを保持している時にもっとお前ら押し上げろよ!と味方にジェスチャーを送るも、結局ジェイの周囲でボールを持たれると誰がどう対応するかはっきりしないので、ハイプレスで圧殺しよう作戦は未遂に終わる。
しかし高いポジションをとりつつも、ボールに寄っていくことでようやくロペスがプレーに関与するようになったことや、武蔵とジェイが中間ポジションをとり続けることを糸口に、札幌の攻撃は何もない(使えるリソースがない)状況から少しは方向性が見え始める。
プレビューでポイントとして挙げた、チャナティップロールを誰が担うかについて。チャナティップは札幌の攻撃において多様な役割を担っている。特に重要なのは、ブロックを作って守る相手に対し、中間ポジションでボールを収めて反転からのサイドチェンジ等で、シュートの2つ前(クロスの1つ前)の展開を作れる。要はサイドアタックで崩しを狙うとして、どうやってサイドに展開するかがチャナティップ不在時には問題になる。その役割はジェイが下がって収めたり、ロペスが下がったりと試合の中で試行錯誤するが、最終的には個人で解決することはできなかった。
それでも、前線の3選手が中間ポジションを狙い続けたことで仙台には一定の困難を与えることになっていたと思う。
武蔵とロペス、ジェイが中間ポジションを取り続けると、仙台はボールサイドで札幌のボールホルダーにアプローチができなくなる。↓は深井がボールを運んでいる状態だが、深井は石原が中を切っているとして、道渕は武蔵が受けるスペースを閉じるため、福森に対して出ることができない。ジェイも中央から降りてフリックからの武蔵の裏抜けを狙う。仙台は4-4ブロックが中央にピン留めされる。
福森がフリーだとルーカスへのサイドチェンジが決まる。この福森→ルーカスは仙台は捨てているとも言える。何故なら中央封鎖の方がより重要で、サイドチェンジが決まってもクロスが成功しない限りはまだセーフだから。クロスを中央で処理するか、その前にカットすればよい。
札幌はこの状況を力技で打開する。34分、右のルーカスが関口との勝負を制しファーへクロス。ファーは本来チャナティップだがこの日は武蔵。丁度ニア、中央、ファーに3人サイズのある選手が待ち構える。シマオを越えて武蔵に届く初めてのクロスは、シマオと蜂須賀が被ったのもあって武蔵が頭で落とす(シュートだったか)。ロペスが詰めて札幌が同点。このメンバーだと誰もが思いつくけどなかなか発動しなかった形で、前半唯一の枠内シュートを決めて同点に追いつく。
仙台・渡邉監督のハーフタイムコメントに「スライドを速くしよう」とあったが、恐らくこれはルーカスと菅への対応を指している。後半開始からの仙台は、物理的なスライドの速さだけでなく、関口が永戸の外側を護衛する役割も徹底して札幌の横幅攻撃に対抗する。
札幌は前半比較的自由にやれていた福森を後半も突破口とする。後半は福森をボール運びに含めず、左に張らせ、深井、ミンテ、荒野と進藤で菱形を作るような形で仙台の2トップを剥がして前進を試みる。福森からダイアゴナルに武蔵やジェイへのパスを狙い、セカンドボールを荒野と、妙に中央に入っていく進藤(指示と言うよりも自分の判断だろう)が拾う形が、横幅攻撃への備えを優先する仙台相手にはまり、後半開始10~15分は札幌が仙台陣内でプレーする時間が多くなる。
関口が最終ラインに下がる場合について。プレビューでも触れたが、この形になるとルーカスを優先して、ロペスの周囲のスペースはより広がることになる。しかし後半のロペスは前半のような中間ポジション狙いから、いつもの前張りに切り替えてしまって、仙台のこの構造を巧く使えていなかった。
次の1点はこの試合の流れを考えると脈略のない形だった。62分、札幌ゴール前で荒野がク ソンユンにバックパスをすると長沢が寄せる。ソンユンが処理を誤り、道渕が拾うと、そのクロスはソンユンが足に当てるが中央の関口の前に転がる。関口がペナルティエリアの外から狙いすましたシュートで、札幌DFの間を抜き無人のゴールに突き刺して仙台が勝ち越し。
試合の流れからすると脈略がない得点だったが、前半から仙台は札幌のビルドアップへの対応で「クソンユンがボールに関与するならプレッシャーをかける」という原則があった。これはサンフレッチェ広島も似たような原則でプレーしていて、リスクとリターンを秤にかけると、このシチュエーションならば基本とするミドルブロックの守備と切り離して考えてでも狙っていこう、との共通理解があったのだろう。
札幌は68分に白井、仙台は71分に石原崇兆。それぞれ元の左サイドの選手に代えて投入する。
リードした仙台は札幌のサイドアタックに対する対応が明確になる。ルーカスには関口から役割を引き継いだ石原崇兆がプレスバックを徹底。ボールの出所になる福森には、道渕が前進守備を明確にする。これで福森は前進できなくなり、フレッシュな白井へのボールの供給は長いパスに制限される。
中央で打開できない札幌はサイドアタックで飽和攻撃を狙う。最大の決定機は82分、ルーカスの右クロスが流れたところに進藤が左足ボレーで合わせるが、この試合翌日にシントトロイデン移籍が発表されるシュミットが右手1本でビッグセーブ。札幌と業務提携しているんだからもう少し早く移籍をまとめてほしかったが。アディショナルタイムにはソンユンも攻撃参加したコーナーキック。ジェイが競り勝って右足シュートも、シュミットが男気ビッグセーブで勝ち点3を置き土産にした。
チャナティップ不在により実現したゴージャスな前線トリオだが、やはりプレーメーカータイプがいない札幌だとバランスがかなり悪そうな印象だった。期待のロペス(試合前に「マタドール」という11年前に在籍したあの選手を思い出させるチャントが爆誕したらしいが、アンロペはどっちかというと闘牛っぽい気がするが)は、チームを機能させることよりも自分で突っ込んでしまう傾向が強かったし、武蔵は言わずもがな、ジェイが収めたり展開したり…は一番マシそうだが、FWジェイが下がっては本末転倒。結局FWとDFの間でプレーする選手がいないので、福森のロングフィード頼みの攻撃構築になってしまった。
また、記事中であまり触れていないが、シャドーのポジションから4バックの相手SBに対する守備がうまい(守備範囲が広く、中央からサイドまでカバーでき、抜群のフットワークを活かしてボールを刈り取れる)チャナティップの不在は守備面でも響いた。左サイドの守備負担を大きめにすることで、右でロペスが比較的自由に(ルーズに)振る舞えたのだとも改めて感じるところだった。
サッカーのシステムや戦術はそれぞれ様々な特性がある。「特性」であり、長所にも短所にもなる構造がそれぞれ潜んでいる。1-3-4-2-1(というかミシャ式)の札幌と1-4-2-2-2の仙台のかみ合わせは、数ヶ月前まで3バックで戦っていた仙台が、ボール保持時には札幌の「特性」を利用して優位に試合を進め、ボール非保持時には「特性」を不利性にまで昇華させる手前で、個々の頑張りもあって踏みとどまった。勝敗を分けたのは小さな差だったと思うが、タレントを前面に押し出す札幌、あくまで構造を利用する仙台と、アプローチが異なっていたという点では興味深かった。
また仙台がリードしている時間帯、札幌が仙台からボールを取り返したくてもジェイがトップだと守備のスイッチが入らない。これは仙台がボールを持っている限り、札幌は試合展開をコントロールしようがない(自分たちからボール奪取の機会を作れないので、仙台が前に出てきてくれなければずっと仙台のターン)という問題もはらんでいた。
3.2 永戸の絶品クロス
そして8分、仙台の最初のコーナーキック。インスイングからの永戸の大きく曲がるキックがシマオを狙う。これは札幌が守ったが、やり直しとなった反対サイドのキック、今度はアウトスイングのキックに中央でシマオが合わせて仙台が先制。
札幌のCK対策としてはストーンのジェイが基準になる。2018シーズンは、ジェイの前を狙う低くて速いクロスが多かったが、永戸の高精度のキックはジェイの頭を越えて大きく曲がりながら落ちる。シマオのマーカーだった武蔵の対応の問題もあるが、リーグトップのアシストを記録している永戸にこのクオリティを見せられると、ちょっと難しいと感じる失点だった。
3.3 仙台の速攻封じ
話が前後するが、「3.1」の構図(札幌は1-5-2-3というより1-5-4-1で守っている)は前半の15分頃まで続く。仙台は徐々に中央が堅くなると、フィニッシュはサイドからのクロスにシフトする。この時、サイドは基本的にSB1人で、SHは中央に絞っているのは冒頭に示した通り。
SBの攻撃参加にどう対応するか曖昧で結局WBもシャドーも押し込まれる |
が、札幌はこの仙台のSBに誰が対応するのかはっきりしない。中央は3枚では足りないので、WBの菅とルーカスはできれば中央を守りたい。かといって、武蔵とロペスがSBにずっとついていくという整理にもなっていなくて、曖昧にしている、というかわざと曖昧にしているとも捉えられる。というのは、仙台のサイド1人ずつ、計2人に対し、札幌は両サイドで計4人が下がってしまうとジェイ以外は誰も攻撃に割けなくなる。なので、ルーカスと菅だけでは枚数不足だけど、武蔵とロペスをフルに守備させるわけにもいかないので、状況を見て枚数を調節するという設計になっているとも言えると思う。
しかしその曖昧な設計が試合序盤は裏目に出る。結果的には武蔵もロペスも下がって、「仙台2人に札幌4人」で対応する状況が頻発する。こうなると、ボールを回収してさあカウンター、という時に、ジェイを除けば、札幌の選手で一番前にいるのが深井(当然深井とジェイでは速攻できないので、武蔵やロペスの上りを待つ、すると仙台のプレスバックが間に合う)、という状況が頻発する。スローダウンすることで試合のリズムを整えていたとも言えるかもしれないが、両SBが攻撃参加してリスクを負っている仙台の背後を突けないデメリットも同時に顕在化していた。
武蔵もロペスも攻撃に加担できない状況なら、ジェイに当てても、シマオや平岡にサンドされておしまい。
4.チャナティップロールの行方
4.1 仙台はリードするチームの試合運びへ
先制した仙台は、15分過ぎころから徐々に攻守ともにスローダウンし、自ら仕掛けるよりはリアクション型のプレーにシフトしていく。例えば17分頃の、札幌陣内でボールを回収した石原はゴールではなくコーナーフラッグに向かってドリブルし、札幌のシャドーや中盤の選手が下がらざるを得ない状況を作る。
札幌はシャドー、特にロペスが前で攻撃したいということでその可能性を模索する。22分頃には、仙台がボールを保持している時にもっとお前ら押し上げろよ!と味方にジェスチャーを送るも、結局ジェイの周囲でボールを持たれると誰がどう対応するかはっきりしないので、ハイプレスで圧殺しよう作戦は未遂に終わる。
4.2 チャナティップロールの行方
しかし高いポジションをとりつつも、ボールに寄っていくことでようやくロペスがプレーに関与するようになったことや、武蔵とジェイが中間ポジションをとり続けることを糸口に、札幌の攻撃は何もない(使えるリソースがない)状況から少しは方向性が見え始める。
プレビューでポイントとして挙げた、チャナティップロールを誰が担うかについて。チャナティップは札幌の攻撃において多様な役割を担っている。特に重要なのは、ブロックを作って守る相手に対し、中間ポジションでボールを収めて反転からのサイドチェンジ等で、シュートの2つ前(クロスの1つ前)の展開を作れる。要はサイドアタックで崩しを狙うとして、どうやってサイドに展開するかがチャナティップ不在時には問題になる。その役割はジェイが下がって収めたり、ロペスが下がったりと試合の中で試行錯誤するが、最終的には個人で解決することはできなかった。
4.3 次善策からの同点ゴール
それでも、前線の3選手が中間ポジションを狙い続けたことで仙台には一定の困難を与えることになっていたと思う。
武蔵とロペス、ジェイが中間ポジションを取り続けると、仙台はボールサイドで札幌のボールホルダーにアプローチができなくなる。↓は深井がボールを運んでいる状態だが、深井は石原が中を切っているとして、道渕は武蔵が受けるスペースを閉じるため、福森に対して出ることができない。ジェイも中央から降りてフリックからの武蔵の裏抜けを狙う。仙台は4-4ブロックが中央にピン留めされる。
4-4ブロックの中間ポジションに並ばれると仙台は圧縮が必要になる |
福森がフリーだとルーカスへのサイドチェンジが決まる。この福森→ルーカスは仙台は捨てているとも言える。何故なら中央封鎖の方がより重要で、サイドチェンジが決まってもクロスが成功しない限りはまだセーフだから。クロスを中央で処理するか、その前にカットすればよい。
フリーの福森から右の切り札ルーカスへのフィードが決まる |
札幌はこの状況を力技で打開する。34分、右のルーカスが関口との勝負を制しファーへクロス。ファーは本来チャナティップだがこの日は武蔵。丁度ニア、中央、ファーに3人サイズのある選手が待ち構える。シマオを越えて武蔵に届く初めてのクロスは、シマオと蜂須賀が被ったのもあって武蔵が頭で落とす(シュートだったか)。ロペスが詰めて札幌が同点。このメンバーだと誰もが思いつくけどなかなか発動しなかった形で、前半唯一の枠内シュートを決めて同点に追いつく。
5.いい流れからのアクシデント
5.1 左偏重で後半開始10分を制する
仙台・渡邉監督のハーフタイムコメントに「スライドを速くしよう」とあったが、恐らくこれはルーカスと菅への対応を指している。後半開始からの仙台は、物理的なスライドの速さだけでなく、関口が永戸の外側を護衛する役割も徹底して札幌の横幅攻撃に対抗する。
札幌は前半比較的自由にやれていた福森を後半も突破口とする。後半は福森をボール運びに含めず、左に張らせ、深井、ミンテ、荒野と進藤で菱形を作るような形で仙台の2トップを剥がして前進を試みる。福森からダイアゴナルに武蔵やジェイへのパスを狙い、セカンドボールを荒野と、妙に中央に入っていく進藤(指示と言うよりも自分の判断だろう)が拾う形が、横幅攻撃への備えを優先する仙台相手にはまり、後半開始10~15分は札幌が仙台陣内でプレーする時間が多くなる。
フリーの福森をさらに押し上げて起点にする |
関口が最終ラインに下がる場合について。プレビューでも触れたが、この形になるとルーカスを優先して、ロペスの周囲のスペースはより広がることになる。しかし後半のロペスは前半のような中間ポジション狙いから、いつもの前張りに切り替えてしまって、仙台のこの構造を巧く使えていなかった。
5.2 ローリスク・ハイリターン
次の1点はこの試合の流れを考えると脈略のない形だった。62分、札幌ゴール前で荒野がク ソンユンにバックパスをすると長沢が寄せる。ソンユンが処理を誤り、道渕が拾うと、そのクロスはソンユンが足に当てるが中央の関口の前に転がる。関口がペナルティエリアの外から狙いすましたシュートで、札幌DFの間を抜き無人のゴールに突き刺して仙台が勝ち越し。
試合の流れからすると脈略がない得点だったが、前半から仙台は札幌のビルドアップへの対応で「クソンユンがボールに関与するならプレッシャーをかける」という原則があった。これはサンフレッチェ広島も似たような原則でプレーしていて、リスクとリターンを秤にかけると、このシチュエーションならば基本とするミドルブロックの守備と切り離して考えてでも狙っていこう、との共通理解があったのだろう。
6.終盤の攻防
札幌は68分に白井、仙台は71分に石原崇兆。それぞれ元の左サイドの選手に代えて投入する。
71分~ |
リードした仙台は札幌のサイドアタックに対する対応が明確になる。ルーカスには関口から役割を引き継いだ石原崇兆がプレスバックを徹底。ボールの出所になる福森には、道渕が前進守備を明確にする。これで福森は前進できなくなり、フレッシュな白井へのボールの供給は長いパスに制限される。
道渕が福森への監視を強める |
札幌のシャドーが活動できそうなスペースが空く。当然ここは狙っていくが、永戸やシマオ マテが武蔵、ロペスが前を向く前に背後からチャージ。2人ともサイズがある選手だが、基本的に前を向いた状態でプレーする時に良さが活きる選手。シャドーでいつも、この役割(DFを背負う)を担っているのはチャナティップ。
シャドーが前を向く前に潰す仙台の対応にてこずる |
中央で打開できない札幌はサイドアタックで飽和攻撃を狙う。最大の決定機は82分、ルーカスの右クロスが流れたところに進藤が左足ボレーで合わせるが、この試合翌日にシントトロイデン移籍が発表されるシュミットが右手1本でビッグセーブ。札幌と業務提携しているんだからもう少し早く移籍をまとめてほしかったが。アディショナルタイムにはソンユンも攻撃参加したコーナーキック。ジェイが競り勝って右足シュートも、シュミットが男気ビッグセーブで勝ち点3を置き土産にした。
7.雑感
チャナティップ不在により実現したゴージャスな前線トリオだが、やはりプレーメーカータイプがいない札幌だとバランスがかなり悪そうな印象だった。期待のロペス(試合前に「マタドール」という11年前に在籍したあの選手を思い出させるチャントが爆誕したらしいが、アンロペはどっちかというと闘牛っぽい気がするが)は、チームを機能させることよりも自分で突っ込んでしまう傾向が強かったし、武蔵は言わずもがな、ジェイが収めたり展開したり…は一番マシそうだが、FWジェイが下がっては本末転倒。結局FWとDFの間でプレーする選手がいないので、福森のロングフィード頼みの攻撃構築になってしまった。
また、記事中であまり触れていないが、シャドーのポジションから4バックの相手SBに対する守備がうまい(守備範囲が広く、中央からサイドまでカバーでき、抜群のフットワークを活かしてボールを刈り取れる)チャナティップの不在は守備面でも響いた。左サイドの守備負担を大きめにすることで、右でロペスが比較的自由に(ルーズに)振る舞えたのだとも改めて感じるところだった。
サッカーのシステムや戦術はそれぞれ様々な特性がある。「特性」であり、長所にも短所にもなる構造がそれぞれ潜んでいる。1-3-4-2-1(というかミシャ式)の札幌と1-4-2-2-2の仙台のかみ合わせは、数ヶ月前まで3バックで戦っていた仙台が、ボール保持時には札幌の「特性」を利用して優位に試合を進め、ボール非保持時には「特性」を不利性にまで昇華させる手前で、個々の頑張りもあって踏みとどまった。勝敗を分けたのは小さな差だったと思うが、タレントを前面に押し出す札幌、あくまで構造を利用する仙台と、アプローチが異なっていたという点では興味深かった。
用語集・この記事上での用語定義
1列目 | 守備側のチームのうち一番前で守っている選手の列。4-4-2なら2トップの2人の選手。一般にどのフォーメーションも3列(ライン)で守備陣形を作る。MFは2列目、DFは3列目と言う。その中間に人を配する場合は1.5列目、とも言われることがある。ただ配置によっては、MFのうち前目の選手が2列目で、後ろの選手が3列目、DFが4列目と言う場合もある(「1列目」が示す選手は基本的に揺らぎがない)。攻撃時も「2列目からの攻撃参加」等とよく言われるが、攻撃はラインを作るポジショングよりも、ラインを作って守る守備側に対しスペースを作るためのポジショニングや動きが推奨されるので、実際に列を作った上での「2列目」と言っているわけではなく慣用的な表現である。 |
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守備の基準 | 守備における振る舞いの判断基準。よくあるものは「相手の誰々選手がボールを持った時に、味方の誰々選手が○○をさせないようにボールに寄せていく」、「○○のスペースで相手選手が持った時、味方の誰々選手が最初にボールホルダーの前に立つ」など。 |
トランジション | ボールを持っている状況⇔ボールを持っていない状況に切り替わることや切り替わっている最中の展開を指す。ポジティブトランジション…ボールを奪った時の(当該チームにとってポジティブな)トランジション。ネガティブトランジション…ボールを失った時の(当該チームにとってネガティブな)トランジション。 |
ビルドアップ | オランダ等では「GK+DFを起点とし、ハーフウェーラインを超えて敵陣にボールが運ばれるまでの組み立て」を指す。よってGKからFWにロングフィードを蹴る(ソダン大作戦のような)ことも「ダイレクトなビルドアップ」として一種のビルドアップに含まれる。 |
ビルドアップの出口 | 後方からパスを繋いで行うビルドアップに対し、相手は簡単に前進させないようハイプレス等で抵抗する。 この時、ハイプレスを最初から最後まで行うとリスキー(後ろで守る選手がいなくなる)ので、ハイプレスは人数やエリアを限定して行われることが多いが、ビルドアップを行っているチームが、ハイプレスを突破してボールを落ち着かせる状態を作れる場所や選手を「ビルドアップの出口」と言っている。 |
プレスバック | FWやMFの選手が自陣に戻りながら、ボールを持った相手選手に対し、味方と挟み込むなどしてプレッシャーをかけること。 |
マンマーク | ボールを持っていないチームの、ボールを持っているチームに対する守備のやり方で、相手選手の位置取りに合わせて動いて守る(相手の前に立ったり、すぐ近くに立ってボールが渡ると奪いに行く、等)やり方。 対義語はゾーンディフェンス(相手選手ではなく、相手が保持するボールの位置に合わせて動いて守るやり方)だが、実際には大半のチームは「部分的にゾーンディフェンス、部分的にマンマーク」で守っている。 |
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