2021年8月22日日曜日

2021年8月21日(土)明治安田生命J1リーグ第25節 大分トリニータvs北海道コンサドーレ札幌 ~「遅さ」の意義~

1.ゲームの戦略的論点とポイント

スターティングメンバー:

スターティングメンバー&試合結果

  • 大分は、前節マリノス相手に4バックでスタートしましたが、今回は最終ライン5枚に戻してきました。前線は、柏から完全移籍で加入した期待の呉屋が初のスタメン起用。同じく右にも夏のマーケットで獲得した増山が起用され、絶対的なレギュラー不在だった2つのポジションが埋まった格好にあります。
  • そしてシステムは札幌の1-4-1-5に変形する形を恐らく意識した1-3-4-1-2。町田がトップ下でアンカーの荒野とマッチアップします。
  • 札幌は、高嶺が3試合ぶりにスタメンに戻って、駒井がシャドー、金子が右WBにスライドし、ルーカスがベンチスタート。ジェイとルーカスは同時起用したい、ということならわかりますが、厚別での対戦で前線起用され2ゴールの金子を、わざわざWBに戻すことの積極的な理由が見当たらないように思えます。
  • 最終ラインは出場停止の宮澤に代わって、岡村が右でスタート。これは駒井の起用くらいしか代案がないので、想定通りでしょうか。



大分不調の原因?:

  • 選手の様子とかを見ていないのであまり断言したくないのですが、ここ3シーズンくらいのスパンで見たときに大分のやり方で難しそうだと思うのは、「主にディフェンス面で、個人能力で解決する力に乏しいので5バック採用」⇒「前線も一人で速攻等の形を作れる選手がいないのでサポートが必要」⇒「引いた5バックから攻撃用の陣形に変形するために非常にコストがかかる(たくさんパスを繋いでポゼッションの時間を作る必要がある)」というもの。
  • 福森晃斗がある種の究極系ですが、一番効率がいい攻撃は「ボールを奪った瞬間に相手の最終ライン背後なりDFのギャップに長いパスを蹴ってFWが勝負」。バイエルンのボアテング(最近見ないな)なんかの得意技でもあります。なぜそれをしないかというと、失敗すればこれは単に相手にボールと攻撃機会をプレゼントすることになるから。そして福森が異常なだけで本来50m級のパスはズバズバ成功しない。
  • この逆で、パスを30本繋がないとシュートまで結びつかないというのは、本来非常に効率が悪いと言えます。なぜなら30本どこかでミスが生じるとそこでやり直しなり、相手に攻撃機会が移るなりで台無しになるため。
  • そしてもう一つ「効率」を考えると、パスの本数やプレーの”回数”の概念とは別に、相手ゴールまでの”距離”の考え方もあります。端的に言うと相手ゴールに近い位置から攻撃する方が、相手ゴールから遠い位置よりも本来は楽です。

  • この点で大分の片野坂監督が構築してきたスタイルは、ことオフェンス面に関しては本来効率が悪いスタイルで、比較的うまくいっていた2019シーズンもロースコアゲームが多かったことは過去に指摘しました。
  • ただ大分が効率の悪いやり方を採用しているのは、それは冒頭の質問返しで書いたように、1人で脅威になるFWやボールを奪いまくれるMFとか、最終ラインで無理がきくDFとか、そうした「チームを効率的にする選手」がいないから。「不調の原因」というと他にもいろいろと考えられますが、構造的には選手の入れ替え等もあって、バランスが崩れて難しい状況になっているとしたら理解できるところはあります。

  • なお前節のマリノス戦で、スタートから4バックで臨んだ考え方も理解できます。マリノスはウイングが幅をとる3トップで、5枚で3トップを守ると、最終ラインは2枚多くなりますが、すなわち他のポジションで2枚足りなくなることを意味する。マリノス相手にずっと引いている(言い換えれば攻め込まれている)展開を許容するならいいけど、より重心を上げてどこかで1発食らわせる戦い方をするなら、DFを1枚削りたいと考えるのは自然です。
  • ただし、ピッチをワイドに使う相手に対しては、5バックは単に5vs3といった人と人とのマーク関係を意味するだけでなく、5人と4人ではカバーできる横幅の長さも異なるので、普段の5バックに比べると4枚では横のスライドが大変になる。かつての札幌みたいにマンマークの意識が強い4バックならいいとして、普段のやり方をそのままコンバートしても難しかったのだろうと推察します。


2.試合展開(前半)

大分の仕組みと広く守る選択:

  • ここまで24試合で15得点の大分のゲームプランは、「なんとか1点取って1-0で勝つ」だったでしょう。得点なんてどんな形でもいい。札幌のミスなりエラーを突けばいいし、それがなくともセットプレーがあります。
  • そんな大分が11分、まだ試合の流れが決まり切らない時間帯で、セットプレーから呉屋のヘッドで先制します。もっともこの得点があってもなくても、時間帯を考えると大分の試合運びは変わらなかったと思います。

  • まず戦略面とは別に戦術面の話をします。札幌はボール保持の際に高嶺が下がって、荒野がアンカーのような三角形のポジションからスタートする。大分はこの点を意識して、田中を含めたこの3人にマッチアップを合わせやすいシステムを採用します。
  • ▼を見ればわかる通り、2トップ+トップ下の大分は、札幌のサイドバックのところ(岡村と福森)にはすぐにアプローチできる人を置いていない。ここは使われたとしたら、2トップもしくは中盤の2人がスライドしてまず捕まえる、最終ラインはあくまで5枚残しで、スペースを埋めながら対面の選手をケアするつもりだったと思います。

  • これの戦略面の意図を考えると、「広く守る」…すなわち札幌が低い位置でボールを保持してゆっくり前進してくるところを、大分の前線3人のアグレッシブな守備で強襲して、冒頭に書きましたが、高い位置でボールを奪ってそのまま速攻、という「エネルギー効率のいいサッカー」をしたかったのでしょう。


スペースの使い方(なぜオープンな展開になるのか?):

  • 展開としてはまず、札幌は荒野が下がる。これは一概にいいとか悪いとか言えないのですが、狙いとしては荒野に町田がついてくるので、その分スペースが空く。そのスペースを使ってプレーするいしきがあるならOKと言えるでしょう。
  • 5バックの大分が、5バックを維持しつつ前線3枚で高い位置から札幌に制限をかけていく。この構図になると必然と中盤にスペースができます。ボール保持側としてはこのスペースを使う(スペースでボールを動かしたり何らかのプレーをする)ことを拒む理由はありません。
  • 序盤の札幌は、▼のように青木が落ちてきたり、そして左からスタートする福森が前方がら空きなのを把握してドリブルで運んで、得意の長いパスを味方に狙ったりといったプレーがありました。この点を踏まえると、札幌は大分の対応を見て、中盤のスペースを使うこと自体は実践していたといえるでしょう。

広く守る大分に対しスペースを使いたいが…
  • 問題はそのスペースの使い方にあります。福森の得意なプレーは言うまでもなくロングレンジのパス。前節の青木の得点を演出したパスのように、ピッチのどこに居ても自身がフリーなら遠くの味方に出すことができるし頻繁に狙ってきます。
  • ▲の図で示した局面でも、最初対象はドリブルで運びはしますが、基本的には大分がガッツリ空けている中盤のスペースを、ボールが高速でピッチを横切る形のプレーを選択している。
  • スペースに対してドリブル(Conducción)ではなくパスを選択すると、相手選手を引き付けて動かす作用がないため、相手はボールの飛んでいく先に反応してスライドするなりクリアするなりすればいいので対応は楽になります。

  • そして長いパスというのは、コンサドーレサポーターは福森のせいで感覚が麻痺していますが本来は成功率が高くない。そしてパススピードが要求される。高速でボールを蹴っ飛ばす展開になると、相手ボールに代わるまでの時間は短くなります。ファンマ・リージョの言う「早く手放すほどボールは早く返ってくる」です。
  • この試合は、前にアタッカーを残す大分もボールを奪った後にスペースをすっ飛ばして速く攻めようとしていたので、必然と序盤から展開の速い、スペースがお互いに空いたオープンな展開になっていきます。


  • よく「プレミアリーグは展開が速かったりダイナミックで面白い」と言われ、スペインのサッカーは、最強を誇っていたペップバルサも「意外とつまらない」と言われていたことがありました。
  • 両者の違いは、イングランドはロングボールが多いのもあるのですが、スペースをパスで通して快速アタッカーが仕留めるみたいな選択が多い。
  • スペインはスペースがあるとまずドリブル(Conducción)して相手を引き付ける、動かすことが推奨されますし、Pausa(小休止、一時停止)というサッカー用語もある。スペースにボールだけを速く送り込んでペースアップするのではなくて、相手を誘導しながらギャップを突く、必要な時にペースアップする方が効果的だと考えられています。
  • 近年はイングランドもベニテス以来、スペイン人監督や選手が増えて変わりつつありますが、特にスペインのチームがスペースがある状況でどのような選択をしているのか観察するとこの辺りの疑問は解決するのではないでしょうか。


ギャップを個で押し潰すことに失敗:

  • 話を夏の大分に戻します。大分の布陣はボール保持の際も恐らく狙いがあって、札幌のマンマークに対して前線でギャップを作って前進しやすくしていたのだと思います。
町田と呉屋がターゲット
  • 純粋なマンマークでとにかく人を捕まえることだけを考えているかのような札幌の守備は、同じ1-3-4-2-1でミラー(だと、開始直後の札幌陣営は思っている)の大分に対して、3バックを前線3人、そして中盤の下田と小林を荒野、高嶺で捕まえる意識が強い。町田をトップ下気味にして、荒野と高嶺の背後で空くところ狙って、出し手に対して顔を出すポジショニングを命じられていたのでしょう。
  • この引いて受ける町田に対し、札幌は3バックの中央の田中が前に出て”迎撃”を狙います。そうすると、最終ラインで田中の背後が空くので、2トップの一角の伊佐が背後を狙っていたと思います。
  • もう1点。呉屋は中央よりも左サイドに流れる動きが目立ちました。呉屋と伊佐が並んだところで、3バックは「もしかして大分は2トップ?」と気付いたか、それか呉屋が9番ではなくシャドーにいることに違和感を少し抱いたかもしれません。本来ストライカーの呉屋がサイドに流れるのは岡村も予想外だったかもしれませんが、サイドにはスペースがあることもあって簡単に処理できなかったと思います。

  • その呉屋が流れることで獲得したCKから、呉屋のヘッドで大分が先手を取ります。


岡村のポジショニング:

  • 20分頃になると徐々に、「これ以上とりあえずゴールが必要ない」大分がペースを落として、また札幌にボールを持たせる狙いが明確になります。
  • 大分は札幌CBがボールを持つと、2トップは外を切るポジショニングで中央に誘導。中央には町田、下田、小林がいて、札幌はそこにシャドーの駒井や青木が下りてくるのですが、この背後から降りてくる選手は間接視野で捉えるのが難しいものの、これだけ誘導していれば中央に出す展開は読めているので、大分としてはここでボールを搔っ攫ってあわよくばカウンターから2点目、という考えだったでしょう。駒井が奪われることもあれば、25分には小柏が小林と下田の間でターン成功して、前線にスルーパス…という強引ながらも惜しい場面もありました。

中央に誘導する大分の守備 からの攻防

  • 札幌の2人のDF…岡村と福森は大分のポジショニングによって消される格好になります。この2人のアクションは…福森はボールに触ろうとして下がってくる。そして岡村は、前線に上がっていきます。
  • この岡村についての論評は過去の記事を見てください
  • ただ本人の判断とは別に、ミシャはよく岡村の名前を呼んでいて、それは多分高い位置を取れ、という意図なのだと思います。その根拠は、いつぞやのファンクラブ会報誌の田中駿汰のコメントで、「自分が高い位置を取ればマークを担う相手DFもそれについていくことになるので、ミシャはDFに対して高い位置にいることを求めており要求にこたえようとしている」みたいな話が掲載されていました。今年の春先に家に届いた号だと思います。
  • ミシャは一桁順位なんぞ夢の国の先にあったコンサドーレを2年連続で一桁順位に押し上げた天才的な監督です。しかしミシャの言葉は常に正しいというのは思い込みで、少なくともサッカーにはゾーンディフェンスという概念があるので、「DFが攻撃参加すれば相手を押し込める」は時に嘘になります。実際、このとき大分の誰かが、岡村のポジショニングによって押し下げられた、ということはありません。
これどう見てもジェイが入るでしょ、な構図に
  • ミシャは一桁順位なんぞ夢の国の先にあったコンサドーレを2年連続で一桁順位に押し上げた天才的な監督です。しかしミシャの言葉は常に正しいというのは思い込みで、少なくともサッカーにはゾーンディフェンスという概念があるので、「DFが攻撃参加すれば相手を押し込める」は時に嘘になります。実際、このとき大分の誰かが、岡村のポジショニングによって押し下げられた、ということはありません。
  • この岡村と福森のポジショニングによって、札幌は前後にかなり人が分断した状態になって、次第に中央でボールを受ける選手も見当たらなくなる。となると展開の予想は容易です(高嶺はカードもらわなかったね)。


3.試合展開(後半)

右サイドの支配:

  • 案の定、後半頭から菅→ジェイ。そして予想外だったのは岡村→ルーカスの交代で、ルーカスとジェイの同時起用は意識してたんでしょうけど、駒井じゃなくて高嶺を最終ラインに下げます。恐らく呉屋とマッチアップするので駒井じゃ不安、ということでしょう。
  • そして田中を右に置いて、大分の2トップ脇のスペースでボールを受けて前を向きます。とりあえずここに居れば絶対前を向ける(ので、岡村のポジショニング及びミシャの要求は間違いである)ことが証明されます。
  • その田中がフリーで持ち出してそのまま右のルーカスへ。後半は大半がこのパターンでまず入っていて、ルーカスは対面の香川に対して1分で違いを見せつける。あとは中央で待つジェイに合うか、というところまですぐに到達します。
  • こうしたある程度、設計というかデザインが感じられる展開で札幌が優位になる。そして元々オープンな展開でも、札幌のアタッカーが好きに振る舞うと大分としては結構脅威で、後半開始早々にカウンターからルーカスが長い距離を持ち運んで、ジェイへのラストパス。しかしこれは増山が90mほど戻ってなんとか切り抜ける、というものもありました。


  • 大分は、札幌のやり方にお付き合いする展開になると厳しい。札幌には、シャドーにシフトチェンジした小柏や金子といった、スペースがあると活きるタイプのアタッカーがいますが、大分にはそうしたタイプがいないので、お互いにスペースをがばっと空けて蹴り合う展開だと、札幌の方が個人技を押し出す展開でチャンスを多く掴んでいたと思います。


  • 大分はちょっとルーカスのところが厳しい、ということで、1-3-4-1-2から1-3-4-2-1っぽい陣形に途中で変えて、引いたときにルーカスにダブルチームに行きやすくするなどケアしていたと思います。64分の町田→野村の交代あたりだったでしょうか。
  • 大分が後半の札幌に慣れてくるとまた停滞します。しかし札幌には恐ろしい飛び道具がある。スペースとかなんも関係ないプレーがさく裂してスコアは1-1。

 

  • その後は72分に大分が前線の切り札、長沢と渡邉を投入して勝負をかける。岡村が下がっていて高さ不足の札幌は、田中をセンターに戻し、柳を右に入れて高さ確保に努めますが、この慌ただしさだと大分にも十分チャンスがありそうでした。しかしATの長沢の決定機は菅野の正面に飛ぶなど、決めきれずに1-1で終了します。


4.雑感

  • 途中からは殆どノーガードで殴り合う、「アイドルがプールの上で、バルーンスティックで殴り合って水中に落とすやつ」みたいな試合でした。これいつまでこのペースでやるの?と思ってたらずっとそのままでした。大分陣営はめんどくせーなと思いつつも、札幌がこのスタイル全開で来るとなかなかコントロールが難しかったでしょう。
  • 結構ジャッジへの不満を見ましたが、例えば確かに後半のルーカスのドリブルへのファウルはジェイが晒していたようにPKっぽいプレーでした。ただ全体としては、「蹴って走って体をぶつけあってファウル臭いプレーが多発する展開」に持ち込んでいるのは、冒頭に書いたようにスペースの使い方が悪い…ドリブルして相手選手を動かさないといけないところでスペースに走らせるパスしか選択していないから、どんどんオープンになって互いに裸で殴り合うようなサッカーになっているのは確かです。
  • 宮澤のプレーは「遅い」と感じる人はいると思いますが、彼の遅さは意味があり、また相手を見てプレーするうえで不可欠なものです。
  • それでは皆さん、また逢う日までごきげんよう。

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