1.ゲームの戦略的論点とポイント
スターティングメンバー:
- 鳥栖は直近のリーグ戦のメンバーから、仙頭、山下、島川を残して8人を入れ替え。うち左DFの中野、FWの林がU24日本代表に招集されています。
- なお鳥栖のシステムを数字の羅列で示すと、ボール非保持は1-4-4-2、ボール保持は1-4-3-3に近い形ですが、便宜上1-4-4-2としています。リーグ戦ではボール非保持は、左MFが最終ラインに下がる1-5-3-2が近いでしょうか。ただメカニズムや役割はさほど変わりません。
- 札幌も同じくU24代表の田中駿汰(但し、前日に負傷離脱したことが発表されました)を欠きますが、他にMF宮澤とGK中野小次郎を入れ替え。他の8人は先週末のリーグ戦にスタメン出場した選手を選んできました。
- 注目は最終ライン右の駒井ですが、一般的な3バックの右(センターバック)と言うより、相手の右サイドをマンマークする役割と考えると起用には妥当性が増します。特に4バック+2トップ系のチームが2021シーズンのJ1には増えているので、札幌のこのポジションはよりサイドプレイヤー的な性質が求められています。
スターティングメンバー&試合結果 |
名将の頭の中をのぞく:
- 一部メディアには降格候補にも挙げられていましたが、リーグ戦6節で4勝2分、失点ゼロと絶好調の鳥栖。個人的には金明輝監督については、2019年(カレーラス氏の後を引き継いで立て直したシーズン)から注目しているのですが、端的に言うとその志向はポジショナルプレー。相手が嫌がるポジションをとり続けてボールを動かし、試合を支配しようとしているのは見ていて伝わります。
- 但し3節の仙台戦ではオフェンスが爆発して5-0、夢のスコアでの大勝を収めましたが、本来はそこまでゴールが多くないチームなんだろうと思います。チアゴアウベスを放出した前線は2年目の林が軸で、J2・11年生を迎えたジェフ千葉から加入の山下も奮闘していますが、他のチームのエース級と比較するとまだ見劣りする。
- そもそもチームとして、ボールを保持する意味・目的はそれこそミシャのスタイルのように、自陣敵陣両方のゴール前での展開を増やしてスリリングなゲームにしたい、というよりは、ボールを持っている限りは相手から攻められることがないから、という点が大きいでしょう。ゴールは最後についてくる、という考え方です。
- だいたいこの手のチームだと、FWを1枚にして中盤か後方の枚数を確保しますが、鳥栖が2トップ(この試合はやや変則的ですが)なのは、鳥栖のスカッドだとFW1枚ではきついから相手DFと駆け引きする選手を常時2人確保したい。加えて2トップがなるべく相手の最終ラインに対し、数的不利にならず数的同数でゴール前に飛び込む形にしたい。チャンスの数よりも質的な部分の担保のための手段としてポジショナルプレーが採用されています。
歪な並びの狙い:
- 先述しましたが、鳥栖はボール非保持は普通の1-4-4-2に近い。ボール保持は変則的で、▼のように左サイドは相良がウイング(ベストメンバーだと小屋松がこの役割)、仙頭は中央に入ってプレーします。
- 2トップは山下が中央で、酒井はやや右寄りのポジションからスタート。2トップはボールを持てないときにターゲット役としての役割がありますが、この際に普通に中央に2人並べるよりは、酒井のようなポジションをとった方が相手のサイドの選手(だいたい中央よりも背が低い)と競って勝ちやすい、というメリットは意識していると思います。但し、札幌は福森なのであまりこの効果はありませんでした。
選手配置・マッチアップ |
- この試合のスタメンで最もポイントだったのが、右SBに入った左利きの大畑。単に駒事情もあるのかもしれませんが、後半からは飯野を右で使っていることも考慮すると、大畑の右での起用は戦術的な意味合いはあるだろう(または、右で機能させるための仕込みはあっただろう)と考えていいと思います。
- その意図は、札幌が得意の前線守備を仕掛けてくるシチュエーションを想像すると見えてきます。具体的には、▼の大畑が対面の菅とマッチアップした時で、
ピッチの縦幅を使う上では左利きの右SBは理にかなっている |
- 鳥栖はボール保持の際にGKとDFが自陣深くにポジションをとって、札幌の前線の選手を引き込むようにしてプレーします。そうすることで守備側の選手間の距離を広げて、プレスを空転させるように仕向けてからボールを動かすことは、ポジショナルプレー(というかボール保持全般)の基本です。
- ただし札幌はマンマーク色が極端に強い対応をするので、どれだけ自陣に引き込んでも鳥栖のボールホルダーには簡単にスペースが得られないことが想定される。要するにボールを持った状態で、”苦し紛れ”にプレーするようなシチュエーションが増えることが予想されます。
- その際に、大畑がCBの松本に寄って助けに来るとすると、大畑は菅による背後方向からの圧力を受け、タッチラインを背にしてボールを受ける。菅から遠い側の左足にボールを置きたい状況になります。ですのでここで右利きではなく左利きを置くと、菅から遠い方の足が効き足になるので、苦し紛れにボールを持ちながらも利き足で一定のコントロールはきく状態になると考えたのだと思います。
- 札幌のサポーターは、福森や菅が相手のプレッシャーを受けて右足で蹴り出す様子に見覚えがあると思いますが、あれが左利きじゃなくて右利きの選手だったらどうなる?とイメージするとわかりやすいかもしれません。
- ともかく鳥栖はこの起用からも、カップ戦でメンバーを落としていてもボールを持ちたい、という志向だったと読み取れます。
可変システムの急所:
- これも先述しましたが、この日の鳥栖はリーグ戦と少しやり方を変えてきました。リーグ戦だとこんな感じ▼で(面倒なので選手は今日と同じにしています)、
1-5-3-2⇒1-4-4-2?の可変 |
- 最終ライン、5バックのセンターバックだった選手(普段は17歳(!)の中野)がタッチライン付近まで張り出してサイドバックに。これだけでも17歳の選手に任せている仕事としてはかなりの高負荷ですが、しかも中野はそこから高い位置をとって所謂「横幅」役になります。そして左ウイングバック(普段は小屋松)が中央に入って、ハーフスペース付近で仕掛け役やフィニッシュに絡みます。
- これだけ人が動くやり方だと、ミシャが広島時代から得意にしているやり方もそうですが、ポジションチェンジのための時間の創出が必要になり、そのためにボールを保持することが必要条件になります。ですので、ヨーロッパでも極端な可変システムは、特に実力が拮抗するゲームだと採用が難しくなっていると思います。
- この日はそこまでの仕組みは用意しなかったのは、これも札幌対策だったでしょうか。ただ、それでも鳥栖は構造的にボールを持ちたいチームになっていますし、日頃からそういうトレーニングをしているのでしょう。下部組織が近年ものすごく強くなっていることも関連があると言えばあるのではないでしょうか。
- そうしたボール保持と可変がセットのチームは、ボールを保持する時間を奪う強烈なプレッシングを仕掛けるチームと対峙するとどうなるか。プレスを何らか回避できなければ、相性は極めて悪いと言えます。
2.試合展開(前半)
論理的な理由:
- 開始数分は札幌がボールを持っていた(鳥栖は持たせていた)と思います。
- 鳥栖は極端なプレッシング位置の設定をしません。札幌相手(特にGKが菅野)だと、時折危なっかしいボール保持は狙いどころになる(リーグ戦前節はそこから点が入りましたし)のですが、鳥栖は恐らく体力の温存だったり、ゴール前でゾーンで守りたかったり(だから撤退を速くしたい)、何よりもオープン合戦にしたくないので、試合の入り方はスローだったと思います。
- 札幌は、タフなゲームだとビルドアップは基本的に左…途中工程を一気に省略できる、福森の長いキックに頼ることが多くなりがちです。好調時の福森は確かにものすごいキックを連発するのですが、基本的にはロングフィードというのは落下点まで数秒の猶予を相手に与えるため、特にパターンが見え見えなら対策のしようがあり、最近は以前ほどはあまり効果的ではなくなっています。
- この試合は序盤から、右サイドから持ち出しが目立ちました。キムミンテは2021シーズン、明らかにこれまでよりも落ち着きやスキルフルな面が見られますし(ミシャが開幕から起用しているのもボール保持でも明確な理由があるのでは?)、その影響もあるのですが、菅野→ミンテで開始した後の展開がこの試合は冴えていました。
- 具体的には▼ミンテが右から持ち出すと駒井が交通整理…右にいると被るので中央に入ってパスコース確保します。一言で言えば、一時期大流行したSBが中央に入ってプレーするやつと同じです。
駒井が中央で受け手に |
- 札幌的にこれに価値があるのは、どうしてもミシャのやり方だと中盤の選手が後ろに下がってボールを持つので、その分誰かが前に出ていかないと後ろが重くなります。「攻撃的なサッカー」という響きはピュアなコンサドーレサポーターを光悦させる効果がありますが、結局相手ゴールに近いところでどれだけボールを持てるかが重要なので、後ろに人が多すぎる状態は攻撃的か?というと事実に向き合う必要があります。
- 特にこのサイドのところでボールを動かそうとすると札幌は枚数過多感があって、前節の田中駿汰がバックパスを奪われての失点も、サイドに開いて駿汰が受けてプレス回避しようとするまでは悪くない。ただ、サイドに人が集まりすぎると受け手が一方向にしかいないので、対面の選手に縦を切られて出しどころがなくなった、というものだったと認識しています。
- 実際この時も、鳥栖は駒井の対面は相良で、駒井が視界から消えると相良はそのままの位置を守るべきか否かが曖昧になります。駒井が中央方向に出ると、サイドのルーカス、中央の駒井と2つパスコースが確保できますし、相良の背後に立つ駒井は浮きやすい位置で受けています。
- 駒井は2018シーズンから存在感を放っていたのは、ボールを持っている時よりもむしろ受け手になる時で、いないとビルドアップの際に出しどころが一つ減る、というのが当該シーズンでした。その後中盤センターでの起用が増え、「下がってくる役割」になると、受け手よりも出し手の性質が強くなって良さが消える印象でしたが、この日の最終ライン右での起用は(寧ろ中盤起用よりも)論理的な理由が感じられました。
- そんな感じの入りでしたが、8分に福森のCKから、直後9分にはルーカスのクロスが流れたファーで菅のシュートから、いずれも鳥栖DFに当たってのオウンゴールで、序盤10分で札幌が2点を先行します。
マッチアップ設定のミス:
- 鳥栖はボールを得ると、いつも通りと言うか簡単に蹴り出さずに繋いで展開しようとします。
- 冒頭に書きましたが、大畑に渡るところまではよし。問題はその先で、中盤の3人はいずれも札幌の選手がマンマークしている。ですのでここで枚数調節しないなら、マークを外す動きだったり個人戦術がじゅうようになります。最も枚数を増やしても、札幌は純粋なマンマークなので誰かがついてくることが多いですが。
- 特にポイントだったのは、中盤で滅法対人に強い深井と仙頭のマッチアップで、鳥栖はフリーマン的に使ってボールを動かして欲しい仙頭が、深井にマークされると全く受けられませんでした。
仙頭vs深井 |
- 仙頭はリーグ戦だと左の中盤に入っていることがあり、その際は中盤と言うより最終ラインに下がるか下がらないかぐらいのプレッシャーが薄い位置で受けることもあります(今日だと高橋の位置ですね)。
- ミシャチームもそうなんですが、最終ラインまで下がってボールに触るのはそんなに高度なプレーではない。中盤のボールを奪い合うエリアで強度が上がった状態でいかにプレーできるかが、MFとしてはより重要だと思うのですが、この日は深井の完勝で、札幌の4点目は高嶺とマークをスイッチしていた深井が、GK守田から島川へのパスをペナルティエリア付近で引っ掛けてのものでした。
- 鳥栖のミスというか、再考すべきだったと思うのは、札幌は2トップの相手が中央に並ぶと、キムミンテと中盤の1人が下がって対応します。中盤だと強い深井や高嶺が、最終ラインに吸収されてCBの役割を強いられると分が悪いので、ここでの起用に耐えうるのはこの日休養?の宮澤しかいない。札幌のこうした歪さを突くような配置にしても良かったと思うのですが、酒井を右に置くと、酒井を福森に任せて深井が中盤でプレーできる。これは札幌にとって大きかったです。
- 鳥栖は25分くらいから酒井へのロングフィードを少しずつ使いますが、割り切ったサッカーをするというよりはお試しで使っているような感覚で、酒井の強さや速さを押し出すようなものではありませんでした。
- その後も札幌ペースで、鳥栖は前半シュートゼロか1本だったと思います。札幌も滅茶苦茶撃っていたわけではないですが(相変わらずフィニッシュの手前には課題があるので)、スタッツ的には完全にワンサイドゲームでした。
横幅が活きるパス:
- 先に書いた、駒井が中央に入ってプレーする形とは異なり、トランジションの直後などであまり時間がないシチュエーションを想定します。
- この時はあまりポジションチェンジをしている時間がなく、守備時のオリジナルポジションでプレーすることが多くなりますが、効いていたのは「右サイドにいる2人の左利き」…高嶺と金子からのパスでした。
- 左利きの選手は前を向いたときに左サイドを見やすい。特に高嶺が右にいると、低い位置で持った時に必ず左を見るので、早いタイミングでのサイドチェンジで、左のスペースにボールを出すことで攻撃を加速させられます。これも選手が後ろに下がりすぎると中盤からボールが出なくなるのですが、トランジションの際に切り替えが速い高嶺が中央やや右にいると、時間がふんだんにない中で、いいポジションからボールを出すことができていたと思います。
右サイドからのサイドチェンジ |
3.試合展開(後半)
- 鳥栖は後半頭から内田→飯野、相良→小屋松。戦術的には、飯野を右に置くことでサイドバックは順足になります。
- 一般にサイドバックがオーバーラップする戦術は、枚数確保はしやすくなりますが、ボールをたっぷり持てるチームでない限りは、サイドバックはそんなに潤沢な時間が与えらるわけではありません。ですので足が速いSBのオーバーラップからのクロス、は日本の多くのチームで未だ定番になっている攻撃ですが、飯野はまさにそうしたタイプで、この交代から鳥栖の右サイドが活発になります。
- オーバーラップで菅が背後を取られるようになると、札幌は福森の側面をどう守るか、という問題になり、それは大した解決策がないので鳥栖はクロスは供給されるようになります。
- ただ4点目は札幌。先に書きましたが、守田の軽率なパスを深井が狙っており、アンデルソンロペスが難なく決めました。その後はお互いに1点ずつを返しましたが、鳥栖は札幌のマークを中盤で剥がす術が殆どなく、トランジション主体の攻撃しかなかったと思います。
4.雑感
- まぁ、予想通りでした。鳥栖は個人戦術にそんなに優れているわけではないので、特に左利きCBエドゥアルドがいないとボールも動かないし、中盤でマンマークを剥がせる選手もいない。なのであまり試合内容についてコメントはありません。
鳥栖はリーグ戦ムハイダーと言いつつ、ここまでの相手は湘南清水浦和仙台柏福岡で、あんまり前線から気持ちで走って死ぬチームではない。
— アジアンベコム (@british_yakan) March 27, 2021
多分あのやり方だとそういうタイプに弱いからミシャさんのトータルフットボール相手だと…?
- 試合内容以外だと、Aマッチウィークと重なるこの試合にどういうメンバーで臨むか、という議論はあったかもしれませんが、一つ言えるのは、監督業とは「これからも頼むぞ、と笑顔で抱擁した翌日に背後から斬られるようなもの」だと、ミシャは当然知っているわけで、その意味ではリーグ戦で続けて落としている状況で、いつも以上に勝ちに行く以外の選択はなかったと思います。それでは皆さん、また会う日までごきげんよう!
いつも拝読しています。
返信削除駒井の偽サイドバックは田中でも出来そうですけど、駒井の完全アドリブだったんですかね?
一つのパターンになっていくと思いますか?
完全アドリブにしては上手くいきすぎなので、ある程度共通理解はあったんだろうと予想します。共通理解と、鳥栖が元気なかったので上手く行ったと。
削除駿汰選手は普段、左サイドを気にしてバランスを取る(進藤みたいに常識外れな攻撃参加をしない)のが役割になってるので、左サイドをある程度コントロールできればもう少し発展していくかもしれませんね。