北海道コンサドーレ札幌の2019シーズン(1) ~偽りの2人と偽れぬ要~
4.中盤戦の苦境と収穫
4.1 二足の草鞋と倍増する責任
シーズン序盤、後方のポジションにはキム ミンテが欠かせないと判明した(確認された)頃に、開幕直後からのアンデルソンロペスの爆発が終焉する気配を見せる。
第2節、アウェイでの浦和戦では武蔵、ロペスの2トップを後方でチャナティップ、荒野らが支援する速攻重視の布陣採用が的中したが、基本的には武蔵、ロペスとも前線にスペースがある状況で威力を発揮するプレイヤー。(1)で書いたように、敵陣で時間をかけてプレーする(≒味方も相手も枚数が揃ってしまい、スペースがなくなる)ミシャチームとの相性はあまりよくない。これは岩崎も同様だ。それでも彼らの潜在能力や伸びしろに期待して獲得、起用されているのもあるし、もしくは「速攻ができないサッカーなんて怖くない」。武蔵やロペスのような選手は必ずピッチ上に1人置きたいのもある。
4月最後の試合、第9節の磐田戦でロペスが負傷し、最低1ヶ月の離脱を余儀なくされる。ジェイはその前、3月から離脱し復帰が長引いていたところ。特に前線のターゲットとして攻撃の起点を作れるジェイ不在期間が長引くことで、札幌の前線で唯一、狭いスペースでプレーできるチャナティップへの負担は増大する。
札幌が自陣でボールを保持している局面。相手が完全に引いた状態なら難なく敵陣に侵入し、ボールと人を送り込むことができるが、問題は相手が前線から迎え撃つ場合。「後ろの誰か」が前線にボールを届ける役割を担う必要があるが、この役割は殆どチャナティップに依存していた。
チャナティップは密集地帯でボールを受けて保持する役割を単独で担える。そして相手を剥がすこともできるし、前線の選手(中央/サイドを問わない)に展開する能力も持ち合わせる。ミシャは右シャドーのアンデルソンロペスにも、幾分かはチャナティップの仕事を分散させることを期待していたと思うが、そのロペスが離脱し、荒野やルーカスがシャドーに起用される状況が続くと、札幌は殆どチャナティップを経由しないと形が作れない状況に徐々に陥る。
チャナティップが毎回ビルドアップ部隊に加わる |
キープレイヤーを取り巻く状況は徐々に厳しくなる。相手の警戒に加え、1月にタイ代表としてAFCアジアカップに参加するなど、チームで最も厳しいスケジュールが組まれていた。ただ、シーズンを通じた得点数の減少(2018:8点→2019:4点)の要因は、やはり右シャドーの選手との役割分担にあり、三好のようなタイプの選手が反対サイドにいれば、チャナティップが常に中盤に下がってビルドアップを助けることにはならなかった(≒もっと前線に顔を出すことができた)と見ていいだろう。
下がって受けるチャナティップをどのチームも包囲する |
4.2 苦境での知恵
追い詰められた時に頑張ったり、知恵が生まれたりする場合がある。鈴木武蔵の右シャドーは必ずしもファーストチョイスではなかったが、6月以降に定着した。
初採用は6月のアウェイ川崎戦。病み上がりながらジェイ、アンロペ、武蔵、チャナティップと揃ったゲームで、アンロペをベンチスタートとし武蔵を右シャドーに起用したこのゲームでは、押し込まれることを覚悟のうえで、川崎の最終ラインの背後を武蔵のスピードで強襲するための限定的なシフトだと思っていたが、その後の試合でも継続的に採用される。クラブが初めてタイトルに手をかけたルヴァンカップ決勝でもこのセットだった。
見ていると、アンロペよりは余程シャドーのプレーを理解し実践できている武蔵。本来FWの武蔵がシャドーに入ると、前線に張り付くだけでなく中央に落ちたポジションを取る。武蔵とチャナティップに対し相手が2枚付けは、(相手が5バックだと仮定して)中央3枚のDFのうち2枚が動いてスペースができるので、シャドーのポジションからスタートする選手がチャナティップに加えてもう1枚いることは重要だ。
武蔵シャドー起用で前線の受け手を分散 |
4.3 白井の台頭
シャドーが両方右利き(≒相手を背負って左回りにターンしやすい)で、左には福森がいる。必然と攻撃サイドは右サイドに偏る構成で、白井はこの恩恵を存分に受ける。もしかしたら、人生で初めてウイングバックというポジションを経験したかもしれないルーカスが徐々にコンディションを落とす反面、右で固定された白井が夏場以降に存在感を強める。
福森のサイドチェンジ、チャナティップの反転からの右サイドへの展開は2018シーズンから持っていたオプション。これに、武蔵を経由するパターンも形になり、「右シャドー問題」は解決を見る。
右に集中しやすい設計なので白井の好調は大きかった |
そして充実の白井は、「相手の枚数が揃った状態」からでも仕掛けて勝てる。繰り返すが遅攻主体のミシャチームにとって、1on1で勝てるサイドアタッカーは不可欠だ。但し左サイドの菅にはそこまでの役割は求められない。なぜなら、菅の斜め後ろにはJリーグ最高の左足を持つ男がいるからだ。
5.失速の背景
9月以降の公式戦14試合は4勝3分け7敗、特にリーグ戦では、2勝1分6敗と数字だけを見ると尻すぼみ気味にシーズンが終わった。
ルヴァンカップの決勝が典型だったが、スペースを与えてくれる相手と対峙した時は、札幌が望む試合展開に持ち込める。逆に、スペースを簡単に与えてくれないチームをどう攻略するか、という点が課題として残った。
リーグMVPを受賞した横浜F・マリノスの仲川輝人選手は典型だと思うが、基本的に大半のアタッカーはスペースがあって輝く。日本代表では[1-3-4-2-1]のシャドーで起用されていたが、シャドーとして最初から前線中央で張ると中川の良さは活きない。仲川はスピードに乗った状態で、スペースに突っ込んでいくことで活きる選手だからだ。
札幌にも似たタイプの選手が数人いるが、それらの選手がスペースを享受できている展開だと”札幌らしさ”が現れる。ルヴァンカップの先制点は、①札幌のGKの際に川崎が前線高い位置から守備を敢行したので中央にスペースができる、
(10/26ルヴァンカップ決勝)序盤は高い位置から守備を開始する川崎 |
②スペースを使ってチャナティップが川崎のMFを引きつける→引き付けたことで、ゴール前に枚数を確保させる状況を作らせなかったことで白井や菅の能力が発揮されたことで生まれた。
(10/26ルヴァンカップ決勝)川崎が前から来たことで生じたスペースを使って前線に展開 |
この試合、川崎が途中から前線守備の強度を下げてコンパクトなブロックを作る。すると札幌の前線にはスペースがなくなり、チャナティップ以外の選手は殆どボールを持てなくなる。そのチャナティップにも中盤の選手がマンマークで監視すると脅威は半減する。
(10/26ルヴァンカップ決勝)川崎がブロックをセットすると使えるスペースがなくなり放り込むだけに |
ルヴァンカップ決勝に限らず、リーグ戦の終盤はこのパターンが非常に多かった。札幌の”いい攻撃”は自陣ゴールキックからのものが多かったが、これはゴールキックの際に札幌のク ソンユン&キム ミンテ&深井のユニットを狙うために、相手の2トップないし前線3人で圧力をかけようとするチームが多かったためだ。ここを剥がせれば相手の1列目を無力化して、前線にスペースを作りやすい。
反対に、この展開につきあってくれないチーム相手だと厳しくなる。ゴールキックという、”セットされたプレー”以外の完成度はあまり高くなかった、というのがげん
6.2020シーズンの展望
前提として、この記事を書いている時点では、岩崎悠人の湘南ベルマーレへの期限付き移籍が決定。選手の入り…補強はなさそうで、大幅なメンバーの入れ替えはない。岩崎のアウトを考慮しても、前線は比較的、選手を多く抱えているのでフロントも緊急性は感じていないだろう。
東京オリンピック・パラリンピックが開催され、札幌ドームがサッカー会場として使用される2020シーズンは、ロシアワールドカップが開催された2018シーズン同様に特殊な日程で、短期決戦×2のようなシーズンになることが予想される。チームとして仕上がりが早いことは重要だし、ACLに出場しているチームは特に過酷なシーズンになるだろう。リーグチャンピオンの横浜F・マリノスや3位の鹿島アントラーズが積極的に動いているが、例年以上に選手層を厚くしたいとの思惑が感じられる。
札幌はメンバーが大きく変わらず、仕上がりが早そうなことはプラス。チームとしての課題は、本記事でも触れたように、スペースを簡単に与えてくれないチームの攻略。やり方が大きく変わらないとすると、期待する選手は、
①右シャドーでの起用が想定される金子:FC東京に入団した紺野選手(法政大学)の獲得に動いていたほか、元オランダ代表のロッベンへの”ガチオファー”等、ミシャ就任時から「とにかく右シャドーに左利きで剥がせる選手が欲しい」という意向が透けて見える。アンロペはやはり潜在能力はあるが、何らかの”仕掛け”がないと札幌でも能力が眠ったままになってしまうかもしれない。金子は競争相手として十分だし、アンロペや武蔵を差し置いて右シャドーに定着する可能性は十分にある。
チャナティップ&金子のユニットがシャドーで計算できるなら、前線はそのスペースを使える機動性に長けた武蔵の起用になる(いずれにせよ日本代表がベンチに座ることは考えにくいが)。前線に空中戦で勝てる選手を置かないことは、ここ数シーズンの成功体験から考えるとリスクもあるが、本来志向するスタイルに近づくならそうした転換も必要だ。
②中盤センターor最終ラインのテコ入れ:「相手を引き付けてスペースを作る」仕事をチャナティップに依存しきっているのが現状。遅攻の成立にはDFやGKにもこの仕事を担わせることが不可欠だが、札幌はアンタッチャブルな選手が後方に複数いることがボトルネックになる。福森のロングキックは捨てがたいし、ク ソンユンのシュートストップ能力も同様だ。進藤がベンチに座ることも考えにくい。
となると、2020シーズンもミンテが割を食うことになるのか。リーグ戦終盤を見る限り、CB宮澤は諦めていなさそうだが、宮澤も”引き付けられるDF”かというと微妙なところ。ここでも新人の田中が競争に割って入ってきそうな予感は十分にある。
そして中盤は駒井の本格復帰が期待される。現状はオープン、ダイレクトな展開なら運動能力に長ける荒野、よりポジショナルな展開なら駒井。荒野はこの点の”伸びしろ”を、そろそろ回収していきたい。
本格的なてこ入れは、ソンユン&ミンテの兵役問題がクリアになってからが現実的か。
※2019シーズン選手短評編に(たぶん)続く。