1.ゲームの戦略的論点とポイント
スターティングメンバー:
スターティングメンバー&試合結果 |
- 9月に監督交代があった湘南。結構ユニークなチームだという印象で、それは特にCB中央に坂(現大分)や石原広教といったサイズのない選手を置いて、単なる”後ろのDFが多い弱者のサッカー”に甘んじないという気概を感じました。ただこの試合は中央に大岩、左に山本とサイズのある選手を置いていて、この辺りは名DFとして鳴らした山口智新監督の考え方が表れていると言えるでしょう。
- 3試合連続でスタメンだったウェリントンがベンチスタートなのは、ゲームプランによるのだと予想できます。
- 札幌はルーカス、宮澤、そして試合当日に負傷が公表されたドウグラスオリヴェイラを欠きますが、岡村がサブに復帰。
同数守備vs1-3-1-4-2:
- 2021シーズンのJ1で最も多く使われているシステムが、1-4-4-2ないし前線の1人が下がり目に位置する1-4-2-3-1(この2つを区別して論じる方もいますが私は根幹は同じだと思っています)。純粋マンマークで守る札幌は、このシステム相手だとアンカーが下がった1-4-4-2になる点は毎回指摘している通りです。
- その次に多いのが、広島、大分、ガンバ、前節の福岡らが採用する1-3-4-2-1。3バックだとこれが各チーム1st choiceになっているようですが、この日の湘南はアンカーのいる1-3-1-4-2。
- よって、湘南のビルドアップの際、前線が3枚の札幌は、後方が「3-1」で4枚になる湘南に対して、同数で守りたいなら何らか形を変える必要があります。この点がゲームの構造的な部分でのポイントの一つでした。
物足りなかった、明白なフリーマン:
- 札幌の回答は、この試合に関してはいつもの「純粋マンマークの同数守備」を放棄して、最終ラインは数的優位を作る守り方とします。
- 前線はチャナティップがトップ下のポジショニングで湘南のアンカー田中をマンマーク、小柏と青木が2トップの形で並び、ここは湘南の3バックに対して2トップで数的不利の構図。その分、どこで札幌が多かったかというと、最終ラインが3枚で、2トップの湘南よりも1人多い。
- 一般に、サッカーでは攻撃側が優位とされるので、最終ラインは相手よりも1人多いのがセオリーです。この点においては、川崎フロンターレやヴィッセル神戸のようなチームに対して、最終ライン同数で対応する(しかも本職DFではない、対人に強くない選手が混在している)普段のミシャチームは型破りというか、クレイジーというか、もしくは”勝利以外の何か”を目標やKPIとしているようにも感じられます。この日の数的優位での対応は、ミシャチームとしてはイレギュラーなやり方ですが、サッカーのセオリーとしては普通のことです。
- 一方で湘南としては、札幌はいつもの同数守備で来ると予想していたと推察します。湘南もこれまでと出方を変えていた(これが今のスタンダードなんでしょうか?最近見ていないので把握してないです)のは、恐らく札幌の同数守備対策だったのでしょう。
- 具体的には、湘南の”変化”は、3バックの中央の大岩と右の石原が通常よりも右寄りの位置にスライド。石原を、4バックのSBみたいなポジションでプレーさせる、イレギュラーな配置とすることで、札幌のプレスにかかりにくくして、彼をボールの収めどころにしたかったのだと思います。
- 石原はDFとしてはサイズ的にはかなり小さいのですが、このボール保持時の役割と、守備ではマッチアップする相手がチャナティップということで、サイズの懸念をあまり感じずに起用できると踏んだのでしょう。いつもの3バックの中央だと、ジェイやトゥチッチとのマッチアップになる可能性があるので、DF出身の山口監督としては、そのリスクを嫌ったのだと思います。
- ギミック自体は、かつての宮本ガンバと似ていて、2020シーズンまでガンバでコーチを務めていた影響なのだと思います。
- ですので湘南としては、石原をある程度フリーな状態にして、ビルドアップの起点にしたいと考えていたものの、札幌が石原に対して特定の守備者を用意しない(放置する)対応にしたのは、そこまでは想定していなかったという感じだったと思います。
- 両者の思惑や戦術面の選択を整理すると▼になります。
- フリーマンの石原を含む、湘南の3バック+アンカー、計4人(+,GKの谷)が関与するビルドアップを、札幌が3人(小柏、青木、チャナティップ)で、前線に有効なボールを配球させないなど対処できれば札幌に有利な展開に。よく「数的優位だから良い」とする論調?分析?を目にしますが、何度も言ってますが「どこかが数的優位ならどこかは数的不利になる」。その意味では、ここでは数的不利で対処できた方が、別のところで数的優位のままでいられるので、まず3人での対処を探るべきです。
- 一方、湘南が数的優位や配置的な優位性を活用しつつ、前線に有効なボール(受け手が前を向いてプレーできる状態になる)を配球できれば、湘南に好都合な展開になります。
互いの思惑と選択(湘南の自陣でのボール保持のシチュエーション) |
- 実際の展開は…湘南は、フリーの石原にボールが入っても、そこから特に札幌が脅威になるようなプレーの選択がなかったと思います。たとえばフリーの状態で、近いポジションにいるWBの山田にボールを預けることがありましたが、それだけで「フリーのボールホルダー」という優位性は消えます。
- やはり基本的にはフリーの選手はスペースにドリブル(conducción)して相手を引き付けるべきで、その意識も石原は弱いと感じました。
- 札幌は、石原にボールが入ると、小柏かチャナティップが遅れて寄せる対応をします。チャナティップの場合は、アンカーの田中を背中で消しながら寄せますが、これも湘南はボディアングルやポジショニング次第でフリーな状態の選手を作るクオリティや工夫はあまり感じられず、少なくとも前半は札幌にとり殆ど問題になりませんでした。
- 札幌が前線で数的不利でも対処できていたので、前半は、普段同数で頑張っている最終ラインはいつも以上にやりやすかったというか、大きな問題に至ることはなかった、と乱雑ですが結論づけることとします。
2.試合展開(前半)
adjustment:
- 「1.」に記載した湘南のボール保持の際の準備は、「最低限」という程度でした。基本的には、これまで通り湘南は相手のボール保持の局面から、”いい奪い方”をしてカウンターアタックに勝機を見出すチームとして、コンセプトに大きな変化はなかったと思います。
- 一方で山口新監督になったことでの変化を探ると、DAZN中継では「人に行き過ぎている(マンマークの性質が強い)印象だったので、選手と話し合いながら調整を施した」とする旨のコメントが紹介されていました。ピッチ上の現象から、このコメントの裏付けとなりそうな展開を説明していきます。
- 湘南は、2トップがまず中央を封鎖。札幌のアンカーの駒井はいつもどおり、中盤と最終ラインを往来しますが、駒井の振る舞いやポジショニングに関わらず対応は同じで、人ではなくスペースをまず管理する。
- すると札幌は中央ではなくサイドからの前進を図りますが、荒野や高嶺が持ち出そうとするとインサイドハーフが出て対処します。
- この対応は、”ボール周辺の雲行き”というか、ボールホルダーの様相を見極めながら判断されていて、荒野や高嶺が何もしてこないと判断すればステイしてスペースを守る。インサイドハーフは広いエリアを担当していて、福森や田中駿汰がサイドで受けた時もスライドして対応します。
湘南の1-5-3-2での守備 |
- インサイドハーフのタスクが多いこともあって、必然と3人のMFの距離は空き気味になりますが、そのスペースで札幌の選手が受けようとすると、最終ラインの選手がボールホルダーにアタックして前を向かせない。ラインの押し上げも併用してスペースを奪い、ここでボールを回収してカウンター、が理想だったのでしょう。
- 館と大野が起用できる状況にもかかわらず、3試合目のスタメンとなる山本を左CBに起用したのも、こうした対応を期待したのかもしれません。
スペースと課題解決を先送り:
- それでも前半は札幌が優勢に試合を進め、20分には青木のゴールで先制します。両チームの差は、ロングフィードの精度とそれを使う勇気(過信)にあったと思います。
- 湘南は前方向の意識が強いので、背後には一定のスペースがある。裏にスピードのある選手を走らせて配給するとよい。…言うは易く行うは難し、で、実際はそうは簡単にいかないのですが、札幌は福森や高嶺が簡単に放り込んで、小柏や大外の金子、たまに菅が裏を狙う。特に福森のサイドから対角の金子へのフィードが何本か決まって、金子の得意の仕掛けで湘南は撤退して守らざるをえない機会が生じていました。
🎦 ゴール動画
— Jリーグ(日本プロサッカーリーグ) (@J_League) November 3, 2021
🏆 明治安田生命J1リーグ 第34節
🆚 札幌vs湘南
🔢 1-0
⌚️ 20分
⚽️ 青木 亮太(札幌)#Jリーグ#北海道コンサドーレ札幌vs湘南ベルマーレ
その他の動画はこちら👇https://t.co/JUEMOXumQp pic.twitter.com/Stk5G6z24s
- サッカー星人・青木の先制ゴールも長いフィード→金子の裏抜け→強引なフィニッシュ、という、この試合で比較的、再現性のあったと思われる形からでした。
- この時は駒井の、半身気味のボディアングルからのやや強引なフィードでしたが、湘南はあまりここではボールホルダーに強く当たらないので、駒井だけではなくて福森も高嶺も、比較的”蹴り放題”だったと思います。
- なかなか長いパスが何本も通る展開は稀というか、湘南も確度がそこまでないと見て放置気味だったのですが、福森に関してはもっとケアしてもよかったかもしれません。
- ただ、後半は札幌の受け手と呼吸が合わず、ロングフィード攻撃の精度は一気に下がったので、その意味では湘南の見立ては90分トータルで見ると正しかったとも言えます。
3.試合展開(後半)
一層オープンな展開に:
- 札幌も湘南もpausa(小休止)をあまり意識しないチームですし、またピッチ上に調整役というか、プレーを落ち着かせるタイプの選手が札幌の青木くらいしかいないので、前半から「回収したボールを互いにすぐ前方に送る」展開だったと思います。
- 後半もその傾向は続いて、青木の交代(67分)、や各選手の運動量低下によってスペースができたりで、少なくともテンポダウンはしていなかったと言えるでしょう。
ベンチからのメッセージ:
- 先に動いたのが湘南で、58分に平岡と町野。インサイドハーフは消耗が激しい役割で、早めの交代は疲労考慮だと思います。町野は長身FWで、前半から湘南は左の畑の右足インスイングクロスが何度かありましたが、ファーで待つ町野はそのターゲットとなりうる選手です。ですので交代はベンチからのメッセージでもあったと思います。
- その町野が関与する形から、64分に平岡のリーグ戦初ゴールで湘南が追い付きます。
🎦 ゴール動画
— Jリーグ(日本プロサッカーリーグ) (@J_League) November 3, 2021
🏆 明治安田生命J1リーグ 第34節
🆚 札幌vs湘南
🔢 1-1
⌚️ 64分
⚽️ 平岡 大陽(湘南)#Jリーグ#北海道コンサドーレ札幌vs湘南ベルマーレ
その他の動画はこちら👇https://t.co/JUEMOXumQp pic.twitter.com/h7D2om0MBs
- 札幌はこの時も、CB3人で湘南2トップをマークする数的優位の構図は保っていました。高嶺がサイドに流れる大橋についていって、中央に田中駿汰、福森で町野を見る関係です。
- ただ、こうした数的優位の際に起こりがちですが、「どちらか(近い方)が見る」としていた際に結局どっちも中途半端になってしまうことがあるのと、また湘南はインサイドハーフの茨田が福森が空けたハーフスペースに突っ込んできて、反対サイドの平岡も絞り切れていなかった金子の内側を突っ込んでくる。
- このあたりは、人を見る意識onlyでスペース管理が疎かになる札幌(オトリになる選手を置いておけばスペースを作りやすい)の性質をしっかり研究して、ゴール前のパターンとして用意していたことが感じられます(このゴール以外にもインサイドハーフが突っ込んでくるフィニッシュのパターンは見せていました)。
- 札幌は1-1となった直後に深井と柳を投入。狙っていた展開は多分そんなにそれまでと差がなくて、長いボールを蹴って走らせるために柳だったのかと思いますが、シャドーに移った金子がサイドに流れて自由に振る舞ったりで機能性はイマイチ。
- その金子もアウトで78分にはジェイ。このころには、もう単調にロングフィードを蹴って、ことごとく受け手と合わないという展開が続いていて、ジェイの存在もそうした展開を根本的に変えるには至らなかった(むしろ放り込み偏重はより強くなる)と思います。
4.雑感
- 長いパスでの裏狙いはローコスト・ローリスクですが、本来はリターンを得られる確度はあまり高くないもので、これが何度か刺さっていた前半は優勢でした。疲労もあって前線の選手と合わなくなると、単に精度が低い攻撃?なのか、雑にボールを捨てているのかよくわからない展開が数十分も続く試合でした。お互いにビルドアップらしいプレーをしないので、期待できるリターンの質が低い試合だったと感じます。
- 湘南もビルドアップは殆ど形らしいものはなかったのですが、札幌のマンマークを逆手にとってゴール前でどう崩すか?という点は用意していて、ですのでオープンになってボールが往来しやすくなると湘南の攻撃の脅威が顕在化して、むしろ押される展開になったと感じます。
- 5シーズン連続のJ1残留は決まりましたが、個人的には残り4戦で残留争い中のチームとの対戦が3つ残っており、これらに対して前半戦のように選手の能力なり得意とする形なりでまた押すことができるか?に注目したいと思っています。それが現状できないなら、翌シーズンは開幕から厳しい展開になると無責任に予言しておきます。それでは皆さん、また逢う日までごきげんよう。
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