1.ゲームの戦略的論点とポイント
スターティングメンバー:
- 大分が中継画面向かって左側(ホーム側)の陣地を前半選択したのでこのように表記します。
- 大分は、中盤センターの1st choiceである下田がメンバー外で、右アウトサイドには最終ラインでの起用が多い小出。左の高畑、下田に代わって起用の羽田、そしてトップに入る井上も含めて考えると、なんとなくゲームプランが見えてきます。
- 札幌はアンデルソンロペスとの別れの時が近づき、他にも起用できる選手のオプションに乏しい前線は、ルヴァンカップに続いて荒野の前線起用が継続されます。この日は、大分が3バックの1-3-4-2-1ベースということで、必然とトップに近い位置でのプレーが多くなります。
スターティングメンバー&試合結果 |
セオリーに反する選択の背景:
- 試合開始時にコイントスで勝った大分は陣地変更を選択したとのことで、アウェイ側→ホーム側に向かって強く吹く厚別の風に対して風下からスタートすることを自ら望んだ格好になりました。
- セオリーとまで言い切れるか微妙ですが、一般には風上を選択するチームが多いと思います。60分後には風向きが変わっているケースがあるからですし、またブロックを作って守るチームを崩すことは簡単ではないため、本来先制点を奪った方が有利、少なくとも不利ではないからです。
- そもそもコイントスで勝てるかどうかも確率論では1/2ですが、併せて大分のメンバー(ストライカーが前線にいない)を見ても、ゲームプランとしては非常に慎重というか、ロースコアの展開に持ち込んで後半札幌が無秩序になっていくところで勝負、というイメージはあったと思います。
- 風以上に恐らく重要だったのはFW長沢の起用法。風下の大分は前半、ボールを運ぶことに苦労します。風に逆らって長いボールを蹴っていたというよりは、札幌のマンマーク基調のプレッシングに対してビルドアップの出口を作れないから(後述)。ここまで緻密に考えている監督やスタッフが、この前半の展開ないし構図を予測できなかったとは思えません。
- おそらく言えるのは、大分としては勝ち点を持ち帰るためにはゴールが必要で、札幌相手にゴールは誰から生まれるか?と考えた際に、現状のスカッドでは長沢だったのでしょう。
- 長身の選手を有するチームのファン・サポーターは、そいつに放り込んでおけばなんとかなるだろ、とする意見を誰かしら発していますが、それも本来設計が必要で、ウェリントンにせよ、パトリックにせよ、ジェイにせよ、「いつどこでどのようなシチュエーションでエアバトルを発現させて何を得ようとするか?」が重要になる。
- ザックリ分けると、所謂ビルドアップ局面で活用して自陣→敵陣に侵入した後なのか、それとも敵陣のラスト30mでゴールを奪うためにプレーしてもらうのか。両方だよ、と言うのは自由ですが、選手の身体的リソースは有限ではないですし、そしてピッチ上のあらゆる局面に顔を出すことは不可能なので、仕事はある程度制限させた方が、勝負どころでフルパワーでプレーできます。
- 長沢の使い方は恐らく後者で、片野坂監督としては彼が前半からディフェンスで走り回って、かつ自陣に押し込まれた状況からリカバリーするだけの役割にはさせたくなかったのでしょう。最後の勝負はゴール前で決まるからです。
2.試合展開(前半)
札幌の守備のやり方が(そこそこ)刺さる理由:
- 札幌は特に引く理由がないので、この日も大分のボール保持に対し、前線からマンマーク基調のディフェンスで対抗します。
- 大分はエンリケが左に開いて、三竿が押し出される左肩上がりの陣形からボールを運ぼうとします。エンリケはスタメン出場が3試合目ですが、見た感じ、大分はここにボールを持てないDFをわざわざ獲ってくることはないだろうな、という印象で、序盤はエンリケが開く左から持ち出しを図っていたように見えます。
- 今更言うまでもないですが、札幌は相手がどう変形しようと全部マンマークでついてくるので、相手がかなり特殊な人の配置をしない限りは(例えば左右で全然人の数が違うとか、オリジナルポジションから大きく逸脱してマーカーが不明瞭になる選手が複数いるとか)スタート時点では各ポジションで1on1の形になっている。
- こうなると大分はビルドアップの出口(パスを繋いだ先に、ボールが収まる選手もしくはポジション等)が欲しくなります。出口がない状態でショートパスを繋ごうとすると、結局どこかで引っかかって、自陣ゴールに近い位置でボールロストが生じやすいためです。
いつものマンマーク基調の対応 |
- この状態だと、ビルドアップの出口は主に①配置でミスマッチを作ってフリーの選手を作る、②1on1で勝てる(相手のマークを剥がす)プレーを誰かが発現する。このどちらかによって創出されます。
- 但し、気をつけたいのは、①はよく数的優位といって、ボール周辺に人を移動させるアクションを見ますが、これをやるとボールのないところでは数的不利になります。そこは本当に捨てていいならいいのですが、今回のようなケースだと後ろに、人が集まると前線に人がいなくなる。結果、前にボールを運んでもFWが孤立していて、すぐにボールを失って相手の攻撃機会にtransitionが発生するでしょう。特に井上は孤立させてはいけないタイプです。札幌で言うと、駒井が下がってくることで本来駒井がいるべきポジションでは人が少なくなっている。ミシャ的にこれがOKなのは、札幌には福森や長身のFWがいて長いフィードを蹴れば「人が薄いエリア」をすっ飛ばせるからです。
- ですので常にフリーの選手を探すとか、ポジションチェンジで「常に数的優位を作ってプレー」というのは机上論に近い話で、大分はどこかで札幌のマンマークが機能しなくなるプレーを繰り出していく必要があります(ただし、本当にずっとボールを捨てていいなら、話は違ってくる)。
- それは何?っていうと、一例ですが、このシチュエーションのように、大分のMFは全員、札幌の選手を背負った状態でプレーしていて、かつ相手は前方向に突っ込んでくる意識が強い。となるとCaracolesが誰かできると有効だろうな、というのは、最近札幌の試合を見ていると頻繁に思います。相手を前方向に誘導しつつ逆をとってターンできるからです。
— アジアンベコム (@british_yakan) June 6, 2021
Midfield battle 💥
— ヴィッセル神戸 (@visselkobe) January 28, 2021
サンペール vs 山口#visselkobe #ヴィッセル神戸 @SergiSamper pic.twitter.com/KGdlWhMMJC
- 札幌の今のディフェンスが一定の成果が出ているのは、Jリーグだと勢いよく突っ込んだ時にターンされたり、背後を取られることが少ない(そういうプレーができるクオリティある選手が少ないし、突っ込んでくると前線に蹴っ飛ばす選択が推奨されているのは高校サッカーも大学サッカーもクラブユースも大体そう)からでは?というのが私の仮説で、これは往年のポイズン反町松本山雅のようなチームが一定は結果を出しているのもそうですし、監督交代したチームがこの手の熱血スタイルでとにかく気持ち!気持ち!で突っ込んでリターンが一定得られるのもそうなんでしょう。「スペインみたいにパスを繋ぐサッカー」がモデルになっているようですが、背負った状態で何をしたらいいか?はまだまだ教えていく余地があるのではないでしょうか。
- 話を厚別に戻すと、誰もターンできない大分は厳しい戦いを強いられます。こうなると前線にターゲットが欲しいと私も考えてしまいますが、勝つためには我慢、が片野坂監督の結論なのでしょう。
- 大分は、前半に唯一札幌のペナルティエリア付近まで侵入したシーンが、41分、町田が下がって受けて井上に当て、残ったボールをハーフウェーライン付近から町田が30mほど運んでシュートに持ち込んだものでした。マイケル・オルンガが典型ですが、30m~40mくらいは1人で運べて、かつシュートのインパクトの際に余力を残せるモンスターがいれば、引いた状態でも攻撃は成立する。町田や小林成豪だと、対面の選手を剥がすまでで精いっぱいでシュートの際には余力は残っていませんでした。
とらなかったorとれなかった:
- 大分のMF町田のコメントを参照すると、
- 文脈からすると、「札幌がボールを持っている時には、そんなに引く気はなかったんだけど」という風に読めます。
- 大分は全般に「気持ち的に引いてしまった」というよりは、札幌がボールを保持している時にシャドーが高い位置をとれなかった(とらなかったのだと思っていましたが、とれなかったが正しいんでしょうか)というのがまずfactです。いずれにせよ町田はシャドーなので、モロにその話題の中心なのですが。
- 大分は最終ラインに5枚を揃える意識が強く、5バックはあまり縦横にスライドして守らない、守りたくなさそうな様子に見えます。スライドするとマークやスペースの受け渡しが生じるから色々と面倒、というのは2016-17年くらいまでのJリーグではよく見た光景でした。札幌もつい1年前まではそうでしたし。
- このやり方だと、必然と5バック以外の選手の仕事も決まってきます。例えば札幌の左サイドで、サッカー星人・青木と小出のマッチアップを大分は崩さないので、このサイドに福森が顔を出してくるなら、小出が青木を捨てるという選択肢はない。一応羽田がスライドするという選択肢はあるものの、実質的には福森は町田に任せるしかない、という関係性になっていきます。他のポジションも一緒で、あまり複数選手間で連携して相互的に札幌の選手を見る、というよりは、固定的、大分もマンマーク基調のやり方に必然と落ち着きます。
シャドーが低い位置まで下がらないといけない大分(前半) |
- 先日届いたクラブコンサドーレの会報誌で、田中駿汰が言っていたのは「ミシャはDFに対して、可能ならとにかく高いポジションをとるように要求している。そうすることで相手の対面の選手を押し込めるから」という話でした。なるほどな、というか、私はこれだけで年会費の元をとれたような思いでした。
- このミシャが語ったとする話は半分正解で半分不正解だと思います。この試合が一つのfactを示しているのですが、大分のシャドーが引いてしまったのは、福森と田中駿汰が高い位置取りをして、それに対処するため。この日の大分のような、マンマーク的な性質が強いチームだと、福森が攻撃参加したら誰かが押し下げられるという事象が生じやすいのは事実です。
- 残り半分は、マンマークという原則を無視した場合の話です。福森が高い位置をとったなら、それは大分は小出に任せて、青木は坂がスライドして対応するとかいくらでも対処の仕方はありますし、そもそも福森が高い位置取りをしたところで、それは「また福森が持ち場を離れて散歩を始めました」というfactでしかない。そこにボールが供給されて、かつ福森がそこで持つと危ないシチュエーションになる。この状態になるなら何らか対処を考えておく必要がありますが、いつ誰をどのように守るか?というのは時と場合によるので、危険でなければ放置しておけばいいのです。
- 放置した場合は、福森が高い位置をとる。町田も高い位置をとる。大分がボールを回収して福森が空けたスペースに展開すれば、町田はそこでなんでもできちゃう状況になります。
- ですのでミシャは常に「人」にフォーカスしたサッカーの捉え方をしているというか、私が思っている以上にクラシカルな考え方なんだな、感じました。
- 大分としては、試合後は「引いてしまった」という反省になるのは仕方ないとして、前半0-0でやり過ごせばよかったので、多少引いた状態でプレーするのはある程度は想定内だったでしょう。想定外なのは、9分に福森が見せたとんでもないアシスト…大分はフィールドプレイヤー10人が全員福森の前にいてブロックをセットしていましたが、それを全員すっ飛ばしてDF背後のGKが出られない場所にボールを落下させます。
- FWを起用しないと、荒野も金子もチャナティップも下がってボールを受けるので、ルヴァンカップでも言及しましたが、誰かが裏に抜けるプレーをしないと攻撃の奥行きがなくなるしゴールに向かう局面も少なくなります。その意味では、FWとしての仕事を果たした金子の働きも非常によかったと思います。
- ただ、この強風下でDF10人を無力化し、5バックで守ってロースコアに持ち込みたいアウェイチームのゲームプランをぶっ壊してしまう個人能力はクレイジーとしか言いようがないなと思います。
- 早い段階で先制を許しても大分のゲームプランは変わらないようでした。先制から10分後、札幌に2点目が入りますが、これはCKからのプレーで、CKに繋がったのはGK菅野→田中へのフィード。
- 言及するチャンスが他になさそうなので書いておきますが、菅野はこの日、普段以上にフィードの感触が良さそうでした。大分が1トップ+2シャドーの3人で前線で守備を頑張るとなると、札幌はGK→サイドのDF(田中と福森)へのディストリビューションが重要になります。ここでキックがラインを割ったりせずボールが繋がると、大分はボールの奪いどころを失うことになります。
- タッチラインに付近にピンポイントで蹴れないGKもいますが、札幌はサイズのある選手が置かれている(頭で競るボールでもなんとかなりやすい)こともあってこのフィードはよく使われます。福森の頭で競ってイーブンなボールになる、はよく見ますが、この日の菅野は、ボールを残せるフィードを何回か成功させていて、この点も大分の対応を難しくした要因の一つでした。
3.試合展開(後半)
予定通りのラスト30分:
- 60分に長沢が投入された後の変化を見ていきます。羽田に変えての投入で、大分は2トップ+3人のMFの1-3-1-4-2の陣形に変化。これで、札幌の高嶺と宮澤にFW2人でアプローチし、更に駒井が下がってボールに関与しようとすると、小林裕紀がかなりアグレッシブにポジションを上げてマンマーク気味に捕まえに行きます。この役割だと小林裕紀を「アンカー」と呼ぶのは適切ではない気がします。
- 田中駿汰と福森に対しては、町田と小林成豪が対応することが想定されていますが、この2人はより中央寄りのエリアで、小林裕紀が空けたスペースの管理も任されている。このこともあって、WBの小出と藤本(後半開始から投入)が1列前に出て田中駿汰や福森にボールを持たせない対応を目立つようになる。
2トップ+小林が前に出て人を捕まえる |
- 総じて、大分も後ろのスペース管理よりも、とにかくボールに当たれ!という対応に変化していきます。この記事の冒頭で「Jリーグだと前方向にとにかくプレスしていればなんとかなる」みたいなことを書きましたが、まさに大分もそのベクトルにチームを調整して勝負を仕掛けてきます。
- この交代を見て、札幌は67分に荒野→ドウグラスオリヴェイラ、チャナティップ→菅。チャナティップのコンディションは予想がつきますが、荒野もそういう扱いなのでしょうか。それは別にして、大分が同数守備+人に対する意識を強めるので、菅野からのターゲットが必要ということで長身のFWを投入するのは理にかなっています。問題は、その人の名前がドドちゃんということなのですが。
- 見ていると、大分は後ろから繋いで時間とスペースの貯金をつなげていこう、というよりも、トランジションなり、札幌が強度低下するタイミングを使って得点したいように思えました。
- 76分には小出→渡邉。渡邉はよりトップに近い位置でプレーするので、長沢との2人で純粋な2トップに近いユニットになりますが、これに対してマンマークの札幌は、高嶺と宮澤の2人で対応。この2人は本来DFの選手ではないので、前に出てインターセプトのようなシチュエーションはともかく、ゴールに向かうプレーを続けられると辛そうに見えます。85分にはカウンターから、その渡邉が高嶺との1on1で抜け出して左足シュート。直後の86分には、直前のプレーのunstructureな状況から右クロスに長沢(ヘディングシュートはクロスバー)。
- やはり大分のチャンスは、セットされた局面よりも、トランジションやカオスな展開から生まれますが、得点にはもう少しクオリティが必要そうに見えました。
4.雑感
- 荒野の前線起用が効果的か?というとまたしても微妙(それが上手く作用してシュートチャンスを作っていたとは言えない)ですが、下位相手に確実に勝ち点3を積み、17試合で25ポイントまで持ってきました。
- 両チームの差は、先制点のアシストに象徴されるような最後のクオリティで、これは私が福森のプレーを見て以来一番クレイジーなキックだったかもしれません。こんなパス蹴れるならCaracolesなんかいらないですね。
- それでは皆さん、また逢う日までごきげんよう。
いつも拝読しています。
返信削除今シーズンの記事の内容を見るとべコムさんはミシャ監督の今季で契約終了を望んでいると思いますが、後任として注目している監督はいますか?
個人的には
新潟のアルベルト、山形のクラモフスキー、鳥栖の金
日本人だと片野坂、渡辺晋が来てくれたらいいかなと。
四方田さんを監督にするなら外からコーチを招聘して新しい発想を入れていく必要があると思います。
札幌の場合は選手を買ってきてアップグレードすることが簡単にできないので、個人戦術の向上にに突っ込めるタイプのスタッフがいいと思いますが、多分それは社長の好みではないですし、ミシャの4年間に慣れた選手が受け入れるか?の問題もあるので難しいところです。
削除個人戦術の向上というのは、それこそハリルホジッチが槙野に身体の向きとか、ボックス内での振る舞い方とか、初歩的なところから指摘してましたがそういうレベルのアプローチも指します。ミシャの次にいきなりそれをやると、大きなハレーションを生みそうだとは容易に予想がつきます。
前提としてその辺の懸念や実現性は無視して、その中だと私はアルベルトですね。クラモフスキーはよくわからないです。