1.ゲームの戦略的論点とポイント
スターティングメンバー:
スターティングメンバー&試合結果 |
- 開幕戦ですが、横浜の情報が殆どなかったためプレビューはお預けです。ただ、メンバーに関しては昨年の2トップの一美と斉藤光毅、サイドアタッカーの中山、CBの小林が抜けており、特に前線の選手のキャラクターが変わったことはチーム作りの前提条件の一つとなりえます。左利きのCB小林の退団については、3バックの採用がやや難しくなったと言えるかもしれません。
- 対する札幌としては、横浜の最終ラインが3枚、4枚いずかれは断言できないにしても、前線は2トップの採用が濃厚。となるとアンカーにはCB兼務の宮澤を置きたいと考えるのは極めて妥当です。他は概ね予想通りのメンバーですが、キャンプイン時は高嶺と深井のユニットも見られたようですが、やはり信頼が厚い駒井が先発起用されています。
見え見えの構図のはずが:
- 横浜としては、ミシャがこのキャンプ期間中に殆どチームに帯同できなかったことを考慮しなくても、これまでの経緯等から札幌の出方は昨年10月の札幌ドームでの対戦時と殆ど変わらないだろうと見ていたと思われます。
- ですので横浜は、札幌の定番となったマンマーク戦法に対して「何それ初めて見た!」のようなピュアすぎるリアクションはせず、対策としてGK六反からリスクを回避して、トップのクレーべにシンプルに当てる選択をしていこうと、少なくとも後方では意思統一ができていたように思えます。
- 少なくとも、というのはこの記事の齋藤のコメントからです。齋藤は右MFで、左に立つことが多かったクレーべと直接絡む機会は多くはなかったですが、このポジションの選手としては言いたいことはシンプルに「トップに当てたら後ろはサポートして欲しい」ということなんだと捉えられます。
MF斎藤功佑は「チームとしてやりたいことがハッキリせず、バラバラになってしまった。ロングボールを徹底する選手とつなごうとする選手がいたかなと思います。前と後ろでずれていた。意識の不一致があった」と分析した。
六反がボールを持つ機会が増えることは想定内だったはずだが |
J1に居場所はあるのか?:
- この斎藤の振り返りを踏まえても、横浜は下平監督が中盤センターの左で起用した中村俊輔のところが戦略ミスだったように感じます。
- 起用意図については「調子が良かった」ということと、「ゲームを落ち着かせてほしい」とする旨が語られていますが、これももう少し日本語を補うと、「GKからFWに蹴り続ける、ある意味で大味な展開がずっと続くとは考えていないし、チームとしても避けなくてはならない」ということだったと捉えられます。
- 確かに俊さんはボールが入って前を向ける状況ができると、それこそ札幌の野々村社長が好む「クオリティ」が発揮される選手ですが、ボールに触れない状況では話が変わってきます。この試合は、対面の駒井のマークを受けることが多く、また札幌はトランジションの際などunstructureな状況を観察していると、小柏やチャナティップは闇雲に横浜のCBにアプローチするのではなく、安永や俊さんをまず見てから、味方が整った上でCBに行く、という対応を丁寧に行っていました。
- こうなるとまず中盤の選手の仕事としては、GKからFWに当てられるボールの回収ができるか?という部分にフォーカスしたいところです。別な記事で安永の起用意図について、「当てたボールを拾ってほしい」ということが語られていましたが、配置的にも、クレーべが左寄りに動くと俊さんの方がより近いポジションを取りやすいこともあって、ここにボールプレイヤーを配置するか労働者タイプを配置するかの選択は、後者を採るべきだったように思えますし、このあたりが斎藤の言う「意識の不一致」に繋がるのかという気がします。
替えの利かない要:
- 横浜FCの選択とそれによって生じる展開は、札幌にとって非常に示唆的というか、極端なマンマークで相手のビルドアップに関与する選手から時間やスペースを奪うと、ボールは大抵前に蹴り出されて早く返ってきます。逆説的にはボールが返ってこない状況は、pressingがうまく機能していない証拠でもあります。
- そうなると、pressingで回収したボールを有効活用できる選手をピッチに置きたい、、、と言いたいところですが、それ以前に重要なのは、蹴り出されたボールを確実にマイボールにできる選手、つまりこの試合で言うと187cmのクレーべに勝てるスペックを持つ、キム ミンテのようなDFです。ここでミンテのところで負けてしまうと、なんぼ前線からpressingがあっても最終的に自陣への侵入を許してしまいます(参考文献はリカルド サントスvs菊池直哉のマッチアップになった2017年のセレッソ戦)。
- ミシャもそれはわかった上で、「ミンテぐらい守れて宮澤ぐらいボールを持てるDF」をコンバートなども含めて探していたのだと思いますが、ここですんなりミンテをスタメン起用してきたことは、これまでの干されっぷりを見てきたミンテ党党首の私には驚きもありましたが、必然だったとも言えます。そしてDFを1人獲るにあたって、恐らく探せば「ボールを運べるDF」も候補にはなったと思いますが、ファイタータイプの岡村を選択したのはこの点も整合がとれています。
遠近両用:
- これがこの試合の札幌側の、戦術的なmain topicです。
- お互いのチームの特性を踏まえた構造として、この試合は「横浜FCが長いフィードを蹴って、札幌が競り合いに勝って回収した状態」から札幌ボールになりやすい。この状態は典型的なunstructureというか、よくこの手のブログで書かれている「こういう配置で守ってこういう配置で攻めている」というのが説明しづらい状態になっていて、ボールが横浜FC→札幌と渡った時点で互いの振る舞いがガラッと変わります。
- 端的に言うと、横浜はスペースを使ってボールを動かして攻撃するために広がったポジションを取っていたのが、スペースを守るために圧縮しようと動く。札幌は逆で、コンパクトに守っていたのが攻撃するために広くポジショニングします(但し札幌の守り方は、一般的な感覚では「広く守る」に分類される)。
- いずれにせよ、このボール保持非保持が変わる数秒間は、お互いに組織構造を変えている状態でそれが機能するために数秒間の時間を要します。言い換えると、お互いに組織で攻めることも守ることも難しい。だからトランジションの局面では組織もそうですが、それ以上に個の力がポイントになりがちです。
- この試合、札幌がトランジションにおいて横浜よりも優勢だったのは小柏の存在が大きいです。前半、札幌ボールになると、横浜はやはり中村周辺がここでも強度不足なのもあって、小柏がDF-MF間でボールを受けて前を向きます。ここで前を向ける選手とむけない選手がいるのですが、この試合は横浜にスペースがあったこともありますが、やはり小柏は見た目通り非常に小回りがきく選手で殆ど前を向くことができていました。
- 加えて前を向いた段階で、ゴールまで30-40m程度の距離がありますが、この距離を横浜がunstructureになっている数秒間で一気にゴールに迫れるスピードもある。これがないと、ボールをキープすることには成功しても、相手ゴール前まで侵入するには味方のサポートが不可欠なので、味方がポジションを取りなおすために10-15秒ほどは待たないといけないし、その間に相手のDFが揃ってしまう。そして相手のブロックを崩す手段を持たないチームは大外からのクロスボール連射のようなブロックを無視できるタイプの攻撃一辺倒に陥る、、、というのは親の顔ほどみた展開です。
トランジション時にストップせず速攻を仕掛けられる小柏 |
2.試合展開
動かない、動けない:
- 開始2分の駒井の得点は、右の金子のスローイン、そして金子自らの仕掛けを小柏がフォローアップしたところから。そして4分の金子の得点は、先述のトランジションに近い形から小柏が運んで、長い距離を走った金子が横浜のブロックが整う前に得意のカットインで仕掛けたものでした。
- 形はそれぞれ違いますが、これ以外も札幌は小柏がいる右サイドからの攻撃で横浜に圧力をかけます。左に福森、チャナティップという敵陣で展開するタイプの選手が使われているから、ということもありますが、右利きの小柏にカウンターの際にボールが集まると、ドリブルでピッチ中央~右方向を向きやすいのもあって、小柏→金子のイケイケのラインが前半からいい方向に転んでいました。
- 2点ビハインドの横浜の選択は”静観”…恐らくはプラン通りに、ボールはクレーべに蹴ってセカンドを拾う、非保持の局面ではリトリートできるポジションで守る、でした。考え方として、先述の通りキム ミンテvsクレーべのマッチアップから札幌に優勢な展開が始まっていたので、例えば①クレーべが競るポジションを変える、②GK六反が蹴らずになんとか繋いでみる、等の対応も考えられましたが、開幕戦のまだ早すぎる時間帯ということもあって下平監督はまず静観していました。それこそ、このような局面でベテラン中心に「自分で考えろ」というスタンスもあったかと思います。
妥当性の証明:
- そしてその選択は29分のクレーべのゴールで一定の妥当性を示します。最終的にゴールを守って入れば、札幌のような極端なアクション志向が強い(その割にディティールのリスクヘッジは要改善な)チームはどっかでボロを出す、という考え方は大枠であったのではないでしょうか。ミスらしいミスがなくても、それこそスーパーなキッカーを有している強みがありますし、セットプレーも含めてまだ動くべきではない、と見ていたのでしょう。
- この得点シーンに関しては、▼の視点で見直すと個人的には駒井と宮澤が両方落ちてしまうと中央にパスの受け手がいないので、駒井はボールを持って引き付けてパスしようとしているけど、そもそも受け手がいないからサイドに押し出されたミンテに預けるしかない、というのが根幹にある気がします(確かにミンテはクリアで良かったけど、ここでのクリアは何も生まない)。
- これで一時はわからなくなりますがATに札幌が試合を決定づけます。下平監督は公式のインタビューで「札幌相手に前から行っても剥がされるのでしょーもない」という旨の回答をしていて、これは福森のフィードなども含めてpressing一辺倒は札幌相手にはやめた方がいい、ということだと解釈しますが、45分のアンデルソンロペスの3点目は、その福森のところから札幌が横浜の1stラインを突破し、中盤のスペースを明け渡してしまったことで札幌には非常に有利な展開になりました。
- フィニッシュについては、これまでは大外からのクロスで終わることが多かった札幌の攻撃ですが、この時はミシャが好きな中央でのワンタッチでのコンビプレーから。これまでもたびたびトライして札幌ではあまり決まらなかったパターンでしたが、この試合の5点目(駒井のアシストからチャナティップ)にも共通して言えるのは、ハーフスペース付近に飛び出す選手は順足(右サイドなら右足)の方がいい。特にウイングが逆足であるなら猶更です。この点でも小柏の右FWでの起用がハマった形だったと思います。
- 金子の4点目が入ってスコア4-1で折り返した後半、横浜は中村→瀬古、高木→伊野波。59分にも伊藤翔と松尾を投入します。松尾は終盤のジョーカーで考えていたのかもしれません。
- 横浜に関して言うと、2020シーズンの2トップは若くてスピードがある選手。ですので、自陣ゴール前から相手ゴール前にどう前進するか?という観点では、彼らが最終的に長めの距離を担当して相手ゴール付近まで迫れるという計算が立つので、自陣では距離を運ぶことよりも相手のDFを剥がして前線の選手にスペースを与えることを意識した設計になっていたと思います。
- それが、このシーズンはクレーべ、渡邉、伊藤翔といった中堅~ベテラン主体でかつロングスプリントが若い選手ほどできない(多分)選手で戦うことになるため、自陣でどんだけ綺麗に相手を剥がしても相手ゴールまでの距離が長すぎると、FWにラスト40m程度を任せる設計ではキムミンテのような俊足のDFがいるチームには追い付かれてしまう。こう考えると、もっと札幌ゴールに近い位置でプレーする時間をどこかで作りたかったのだと推察しますが、あまりにも早い段階の失点でそうした前提も崩れてしまったように思えます。
3.雑感
- 5年間やってみて、1試合でなんでも書こうとする点がこのブログの悪いところだと気付いたので(「前から書いていますが~」構文)、今年は最小限のトピック以外は今後のためにとっておきます。
- この試合の前日に、在宅勤務の特権を利用して自宅で川崎-マリノスのオープニングゲームを観ていたのですが、川崎はもちろんマリノスもリーグトップレベルのチームと考えて、このクラスのチーム同士のプレースピードは札幌やその他とはかなり差があるのでは?とネガティブに感じていたのですが、いい意味で期待を裏切ってくれました。
- 一方で、去年さんざん流布されていた「武蔵というスピードのあるFWを失ったため戦術を変えた」、というロジックは結局何だったんだというか、寧ろ三上GMがコンサラボで言っていた「アタランタみたいなサッカー」をやろうとすると、結局速いFWが絶対いた方がいいよね、というのをオフ期間に何試合かセリエAを見て考えており、この試合も小柏が武蔵の代替になったというか結局そこがでかいよね、と感じます(ただしサッカーよりも映画とかおひさま活動している時間の方が余程長かった)。
- これについてはまたどこかで深堀していきますが、過密日程下のシーズンでこの前線のメンバーを揃えられないとどういうパフォーマンスになるかがまず注目で、ミッドウィークのルヴァンカップの楽しみ方の一つにもなるでしょう。それでは皆さん、また会う日までごきげんよう。
いつも拝読しています。
返信削除昨シーズンもそうでしたが、下平監督は札幌のビルドアップ能力をリスペクトし過ぎではないでしょうか?
自陣のビルドアップは常に危なっかしいと思っているんですが。
駒井が降りて3バック化したとき出しどころがなくなる状況で、田中駿太か福森がボランチの位置に入るとマンチェスターシティっぽいですね。
ビルドアップってのは色々ありますが、札幌の場合福森のフィードとかで強引に敵陣に運んでくるってのも考慮してだと思います。最終的にクロス連射されると中央に枚数を割かないとまずいので、そうした意味合いも含めて個人的には理解できます。
削除初期の頃から毎試合後の楽しみとして拝見させていただいておりますが、もう5年間も経つのですね。高いクオリティで分析され、判り易い解説を継続されていることに感謝しかありません。お仕事もある中、かなり大変だとは思いますが、今年も楽しみにしておりますので、よろしくお願い致します。
返信削除こちらこそ長々とお付き合いいただきありがとうございます。今後も細々とやっていきます。
削除いつも参考にさせていただいております。私は戦術的な面について疎いものですからとても勉強になります。
返信削除一点ご所見をお伺いしたいのですが、福森選手のポジションって適正ですか?という点です。
福森選手が攻撃面において非常に強力な武器という事は重々承知していますが、前に前にポジションを進めていき相手カウンター時に福森選手の空けたスペースを利用される場面が多いように感じてます。菅選手が上下に激しく動いてサポートしていますが一歩間に合わずにシュートを撃たれるという場面をよく目にしました。であれば、初めから福森選手を一つ前のポジションに置き後ろにはもう少し守備よりの選手を置いたほうが攻守安定するような気がするのですが...。様々なメリット・デメリットを比較しての事とは思うのですが昨シーズンはあまりにもそのパターンの失点が多かったような気がしています。もし、お時間あればご所見をお願いします。
見ていただいてありがとうございます。
削除結論としては、考えうる選択肢の中では今の役割がベターだと思います。
ポジティブな面から見ると、①最終ライン左は左利きの選手を置きたいので、左利きのDFとして捉えるならここで起用しない手はない。②3バックの左はフリーになりやすいポジションなので、自分でドリブル突破とか極端なオーバーラップとかをしなくてもある程度高い位置で攻撃性能が発揮できる。
ネガティブな面から見ると、③そもそも、例えば左のウイングで起用するならもっと局面を個人で打開できる能力が求められるし、中盤センターなら360度の視野でプレーしながらボールに関与する能力だったり、危ないスペースを管理する能力が求められる。と考えると他の位置では起用できないと思います。
今のチームのやり方だと、最終ラインで1人剥がされたら1発でピンチになるやり方をとっており、これは本来セオリーとかなり乖離しているというか型破りなもので、普通は守備は1人でやるものではないです。そういう意味では「福森の起用法は適正か?」という議論はそれ自体が独立した話というより、チームのやり方やスタイル、起用できる選手のラインナップとセットで論じる話かなと思います。
→まとめると:セットプレーでゲームを決められる選手なので何らかピッチに置いておきたい。どこかで使うなら左のDFが最適性。極端なマンマークだと課題はあるが、チームでカバーできるなら(主にミンテと菅野ですけど)トータルのメリット-デメリットが差し引きプラス、という考えなんだと思います。
後は、2016年に四方田監督が櫛引を左DFにして、福森を左のウイングバックで起用したのは、まさに仰るような懸念からだったと思いますが、結局①左利きのDF不在、②福森を高い位置に置いても単独突破がないので相手は守りやすい、といった課題が顕在化して、結局元の形に戻したという経緯を記憶しています。
第5節
https://www.consadole-sapporo.jp/game/result/2016032601/
第7節
https://www.consadole-sapporo.jp/game/result/2016040910/
第8節
https://www.consadole-sapporo.jp/game/result/2016041706/
https://1996sapporo.blogspot.com/2016/04/201641714008vs.html
大変参考になるご所見ありがとうございます。まだ引っかかる部分はあるのですが、ロジック的には私の中でだいぶ整理されてスッキリしました。まぁ感情面ではどうしても昨シーズンの失点場面が尾を引いてはいるのですが...。他愛もない質問に真摯にご回答いただきありがとうございました!
削除