1.ゲームの戦略的論点とポイント
既にスタンダードを変えつつある:
- 所謂コロナ後の5シーズン(2020-2024)でJ3からJ2への昇格を果たしたチームは順に、秋田・相模原(20)、熊本・盛岡(21)、いわき・藤枝(22)、愛媛・鹿児島(23)、大宮・今治・富山(24)、となっていて、このうち相模原、盛岡、鹿児島は1シーズンでJ3に逆戻り、J2経験がなく純粋にカテゴリを上がってきたクラブである秋田、藤枝といわきは今のところカテゴリを守り抜いています。
- かつて熊本がロッソ熊本と名乗ってKyuリーグを戦っていた頃、年間予算が3億円くらいで元Jリーガーを複数擁し「九州のビッグクラブ」みたいに地域リーグファンから言われていましたが、いわきはその現代版というか(下のカテゴリ基準での)資金力だけでなく運営体制もしっかりしているので、簡単に下のカテゴリに戻ってしまう危険をはらんでいるクラブとはちょっと違うなというところを見せつけています。
- 2023シーズンの予算規模は約10億円で水戸や栃木、山口と同等。2024シーズンの決算はそろそろ発表されるのでしょうけど、14億円程度の予算規模であるとのことで、また先日は小名浜へのスタジアム整備計画も公表され既にそうした経営面でのフィジカルスタンダードを変えてくれる存在となりつつあります。
- 一方で迎えた25シーズンは開幕9試合で3分6敗、5節からは藤枝、今治、水戸、甲府、山形に5連敗で最下位に沈むなど苦しみます。4/20のvs富山で初勝利を挙げると、長崎、大宮に連勝、ここ2試合は秋田と愛媛に引き分けと好調を維持したまま連休後のこの試合を迎えています。
- 編成においては例年出入りが多く期限付き移籍も積極的に活用しているのですが、24-25シーズンでの動きは10ゴールの有馬が大分へ、中盤センターでの起用が多かった西川潤がセレッソへ復帰(→鳥栖へ)、3バックの右、照山の夏移籍以降は中央を務めた大森がFC東京に復帰、GK立川が今治へ。照山も含めるとスタメンが5人入れ替わっており、GK早坂やエース谷村以外は色々な選手を試してきた序盤戦だったと思います。
スターティングメンバー:
- いわきは前節と同じスタメン。GK早坂と3バック、右の五十嵐、前線の3人は12節から変わらず、これらの選手に加えて中盤センターの山下もほぼ不動の主力選手。コンサがボールを持っている時は谷村と熊田を2トップとする1-4-4-2でセットして、撤退時とボールを持った時は1-3-4-2-1に近い形でプレーします。ベンチ入りは1人少ない8人でした。
- コンサはGKを4節のスタメンとなる菅野。西野が中盤センター、高嶺をCBとする形を10節以来に採用し、前線はこの週のトレーニングでも複数のセットを試していましたが、前節得点したジョルディと田中克幸のユニットを選択してきました。
2.試合展開
自由だがリターンには期待するな:
- 序盤からお互いにボールを大事にせず前に蹴る選択が目立ちます。特にいわきは、GKから始まるプレーは全て前に蹴る選択をしていたと思います。
- コンサがボールを持った時の配置は↓で、過去にも何度か見た、SBの位置に中盤センターの選手(荒野)がスライドする形から。
- 対するいわきは1-4-4-2に変形してセットしますが、いわきはコンサのボールに関与する選手に最初からマンツーマンというよりは、中央に密集して展開を外に誘導してから、圧縮してボールサイドのスペースを消して守る想定だったと思います。実際はコンサが前に蹴りまくっていたのでそのような展開になることは稀でしたが。
- 重要なのは、コンサがロングボールを多用するのですけど、コンサの前線にそのロングボールを有効活用できる、もしくは相手が困る状況を作り出せるような選手は見当たらなかったことです。
- 前線ではジョルディと近藤が張っていましたが、2人ともDFの背後に抜けるプレーをほぼ狙っており、一応コンサのターゲットはジョルディなのでしょうけど、ジョルディが一度競ってからコンサがセカンドボールを拾ってアタックする、みたいな展開はほぼありませでんした。
- というか、ジョルディは放り込まれたボールに対して競り合っていると見られる状況もあまりなく、一応ジャンプはしていますがボールの落下点からずれていたり相手DFをブロックもできていないことが大半でした。
- 確かにこの試合、バックスタンドに掲げられたフラッグが常に風で靡いていましたが、いつぞやの水戸や秋田ほどの強風ではなかったので、ロングボールに対してプレーすることが著しく困難とは思いませんでした。普通に選手のクオリティの問題だと思います。
- そして7分に、コンサはこの試合初めてロングボール以外での前進を企図しましたが、家泉が菅野にリターンしようとしたところで痛恨のミス。熊田と菅野が1v1になりますがさすがは菅野といったところかビッグセーブが飛び出して、コンサは2試合連続でDFが早々に試合を壊す事態を回避します。
- しかしこのプレーは、本来はそこまでロングボール一辺倒になりたくないはずのコンサにとって、別の選択肢をとることを更に難しくさせたと思います。
両チーム共通の悩みごと:
- 一方でこのクオリティの問題はいわきのDFやFWの選手にも言えることで、いわきのDFはコンサが放り込んだ時に、コンサの選手から特にプレッシャーを受けている状態であることは稀だったものの、ボールをクリアしたりコントロールしたりすることができない場面も何度かあり、それを拾ってコンサはいわき陣内でプレーする機会を確保していました。
- この際、コンサはジョルディがそのまま抜けるか、右の近藤が背後に抜けるか、このいずれかから速攻が始まることが多かったと思います。
- ただジョルディはボールキャリーに課題があり、いきなりジョルディに展開だといわきのDFが対処して終わりでした。唯一の例外が38分で、いわきのミスもあってスルーパスにジョルディがうまく抜け出して独走からGKもかわしてシュートを放ちますが、力のないキックはDFのカバーが間に合いジョルディはボールを叩きつけて悔しさをあらわにします。
- サイドへの展開だと、どうしても近藤だとクロスボールがDFを超えることが稀で、DFが揃う前にジョルディや背後から走ってくる中村桐耶などにラストパス(GKとDFの間を通すクロスなど)が通ると良いのですが、これをトップスピードで走りながらコンプリートするのは簡単ではない。
ポケットを狙うか死角を突くか:
- 時間がかかると、いわきのDFが帰陣してゴール前の枚数が増えることと引き換えに、髙尾や田中克幸が近藤をサポートして、コンサの右サイドでは近藤が放り込むだけではなくDFの間のスペースを狙うとか、近藤以外の選手が放り込むとか、やり直して反対サイドに迂回するとかの選択肢が生まれます。
- ただ左を中村桐耶ほぼ1人に任せているコンサは、右の近藤単独でも左の中村でも同じくらい手詰まり感がありました。
- となるとサイドを変えずに右サイドでプレーするとして、いわきに対して効果的だったのは克幸がインスイングクロスでファーサイドを狙う選択でした。
- いわきはニアサイドのポケットは隣り合うDFや2列目がカバーする意識が強く、近藤がそこに何度か抜けてきましたが毎回誰かがカバーしていました。一方で、ニアを守る石井が強いからかファーサイドへのクロスは簡単に抜けてコンサの選手に渡ることが何度かあり、ここはコンサとしてはより有効活用したかったところでした。
- セットプレーから続く展開なのでちょっとシチュエーションは異なりますが、一応コンサの家泉のゴールも、克幸のCKをジョルディがファーサイドで折り返して中央で家泉が押し込んだものでした。
古巣相手に決めた #家泉怜依 選手のゴール!
— 北海道コンサドーレ札幌公式 (@consaofficial) May 11, 2025
この試合に向けて、#いわきFC への感謝と”今は札幌のために”という誠実で責任感の強い家泉選手らしい言葉を残していました。
次こそ勝利につながるゴール、そしてクリーンシートを!#consadole #コンサドーレ https://t.co/U75588lHTj pic.twitter.com/iHI2meeHT3
拾えるかどうかは別にして、拾った後はよりスムーズに:
- 先述の通り、いわきはマイボールの際にほぼGKが前に長いボールを蹴る選択から始まります。この際、いわきのターゲットは右FWまたはシャドーの熊田ですが、この選手は見るからにパワフルそうな身体をしていて、実際にvs長崎では中島大嘉のような空中にふわっと浮く跳躍から得点に関与しています。
- ただ流れの中で、前線で身体を張ってボールをキープしたり、DFをブロックして自らが潰れることで味方がプレーする機会を作ったりといったプレーは現状熊田はほとんどせず、彼がまたヨーロッパでプレーするとか世界的な選手になるためにはまだまだ足りないものがある印象でした。
- ですのでいわきも、コンサと同様に前線にロングボールを有効活用できる選手はいない状況。それを跳ね返すところでは、本来CBではない高嶺がこの日ピッチ上にDFとして出場していた選手の中で最もうまく対処していたかもしれません。
- ただ、コンサのロングボールは自陣で縦横に拡がって、ロングボールではなく足元にパスを繋いでbuild-upもするよ?という駆け引きみたいなものをしてから選択されますが、いわきは最初からロングボールを使うために選手の配置を整えていたのもあってか、前線のターゲットがあまり機能しなくても、セカンドボールをなんらか拾うことができれば、前線で次に狙いたい展開に持ち込むことはコンサよりもスムーズでした。あとは、コンサの前線の克幸とジョルディのプレスバックがあまりなかったことも、いわきがセカンドボールを拾うことを助けたかもしれません。
- いわきは1トップ2シャドー気味の配置でありながら、選手特性的にも右の熊田はほぼ2トップの一角と見ることが自然です。
- この試合ではコンサが高嶺をSBかCBで使ってくることが予想されましたが、どちらの場合でも左クロスに対して熊田が高嶺と競る形を狙って作り出すことはできるのもあって、熊田は殆どシャドーとしての仕事はせず、2トップの一角のような振る舞いをしていました。
- 反対に、左の山口は1-4-4-2で守るチームに対し1-3-4-2-1のシャドーの典型的なプレーというか、コンサのDFの間に走り込むプレーを常に狙っていたと思います。理想としては、左WBの坂岸を髙尾が見て、髙尾と家泉の間が空いた時に山口にボールが渡れば…というところなのでしょうけど、同じようなシチュエーションを複数選手でカバーリングして守るいわきに対し、コンサは近藤が前残り気味、西野もカバーリングできる範囲やシチュエーションが限定的ということで、山口がここを狙うチャンスは何度かあったと思います。
- いわきは左の山口以外では、大外で五十嵐が受け手となって、同じようにコンサのDFの間に熊田が走ることもありましたが、どちらかというと五十嵐が熊田やネルソンに預けてまた背後に出ていく動きの方が多かったと思います。そこからのクロスボールに対しては、谷村と熊田をコンサは集中して守っていました。
「早く前にボールを送れば、早くボールが帰ってくる」:
- 後半頭からいわきは坂岸→加瀬で五十嵐を左に移動。チームとしての仕組みは特に変わらなかったと思います。前半、いわきは前残りの近藤を坂岸と石田のどちらが見るか不明瞭なところがあったので、そこを気にしたのかもしれません。
- 互いにロングボールを引き続き多用する展開の中で、コンサは58分に田中克幸→バカヨコ。
- ここまでロングボール合戦で両チームの選手のクオリティというか個人戦術を見てきましたが、このシチュエーションだとやはりバカヨコが、両チームの中でも最もクオリティがある選手と感じました。
- ボールにアプローチできる時は相手をブロックしながらジャンプから飛距離のあるクリアを出せないようにしますし、自分がボールにアプローチできない時はセカンドボールを拾ったり次の展開を予測してポジションを取り直す。役割的にはこの日はトップ下になりますが、十分に適用していました。
- 一方で67分にコンサが行った交代:荒野→スパチョーク、ジョルディ→ゴニによって、ボールを持っている際に青木が中央、西野が左にずれて、またスパチョークはそれまで内側に絞っていた青木ほどはポジションを変えず、外に張ったまま。
- これで結構バランスは変わったと思います。前線にはフレッシュかつ仕掛けられる選手が入りましたが、中央で跳ね返したり拾ったりする仕事は、青木がそこに入るとやや弱まると考えるのが自然でしょう。
- ただ74分にいわきの谷村が高嶺に倒されてPK、熊田が決めて同点となりますが、これは選手交代のせいというか、そもそもシンプルに前に蹴るプレーを、そこからの二次的な局面を周到に予期して準備しているわけでもなく何十分も続けていれば、相手に跳ね返された時にコンサのバランスが崩れている状況になって、そこからカウンター…となるのは当たり前です。
- なんのためにGKとDFでパス交換しながら、相手を丁寧に剥がしてゆっくりながらも慎重かつ着実に前進…を目指して日々トレーニングしているかというと、一つは前に蹴るだけだとこうした不確実性が増すからです。失点の場面では家泉がスリップしてしまいましたが、単に芝と相性が悪かっただけかもしれませんけど、いわきの速攻に対して準備(ポジショニング、マーク確認、体の向き、味方とのコミュニケーション…)ができていなかったように見えました。
- もう一つは前の選手の仕事が増えるからです。同点になってコンサは近藤→白井、中村桐耶→大﨑の交代カードを切り前線にはゴニ、バカヨコ、ワイドにスパチョーク、白井と並びますが、この4人がゴール前で待っていてそこの足元か、もしくはゴニやバカヨコが頭でシュートを枠内に飛ばせるようなところにボールが届けられない。
- よってコンサの攻撃機会は例えば、いわきが前に出てスペースがある状態で、白井が自陣右サイドから自分でドリブルして長い距離を走ってから、なんらかゴニやバカヨコに右サイドからラストパス…みたいなプレーに限定されます。
- この時に白井だけでなくゴニやバカヨコがトップスピードで何十メートルか走りながら、最後のところで白井と呼吸を合わせないとシュートには持ち込めない。まず長い距離を走って相手のマークを外しながらボールを受けるだけで難易度が一気に上がります。
- そんな感じで前に蹴って走るということをお互いに頑張っていましたが、得点を奪えず1-1で痛み分けで終わります。
雑感
- この日のいわき市は快晴で、気温も上がって長袖では結構暑いな、と思う気候で、風がそんなに強かったとは思いませんでしたが、まずいわきのDFやFWの選手がロングボールをうまく処理できない場面が目につきました。岩政監督がジョルディをピッチに残したのもおそらくはその弱みを突いて”事故狙い”を続けたかったのかと思います。ただジョルディに関しては前半のシュートミスが痛かったです。
- コンサは直近2試合とも長いボールを蹴る時間帯が多くなりました。
- 磐田相手には前半で0-3と厳しい状況になってから、克幸とジョルディを投入して60分以上はダイレクトな展開に。後半、磐田の集中が切れ気味になってから2得点を挙げましたが、その前にカウンターから克幸が相手の1v1に強い選手に対応するという絶望的な形になってトドメの4点目を失っている。
- この日は開始早々からロングボールが多く、先制したものの本文中に書いたようにDFが準備不足の局面を招いてPKを献上し勝ち点2を落としています。
- よくリアル(スタジアム内)でもネット(SNS)でも、前に背が高い選手を置いて、パスを繋ぐのではなく「さっさと放り込め」という意見を絶えず目にします。これはもうサポーターの病気みたいなものなのでしょうけど、それに対するアンサーというか、放り込んでいれば勝てるのかというとそうではないでしょ、と示してくれるような試合だったかと思います。
- もっとも放り込むサッカーでも成功例はありますし、コンサでいうと2018年のミシャなんかはそのケースになるでしょう。
- この週、福島に移動する前に札幌に滞在しており、磐田戦前日の5/5と福島戦2日前の5/9のトレーニングを見ることができましたが、GKから開始してパスを繋ぎながら相手のプレッシングを引き付けて剥がす…というトレーニングを熱心に行っていました。
- しかしこのトレーニングにおいて、ボールを保持する側の主力組が、前線からのプレッシングを担当するサブ組を剥がしてハーフウェーラインを超えたのは、20回くらいトライして1回か2回ほど。得点はサブ組のカウンターからの3回ほどのみでした。
- (このトレーニング以外も含めて)岩政監督やコーチは熱心に指導していましたが、印象的だったのは主力組のこのbuild-upがうまくいかない、というか、うまくいかなさそうなのでリスク回避で前線にボールを蹴る選択をした時に、おそらく監督の声で「トレーニングなんだからトライしよう!ビルドアップするサッカーしたいならトライしよう!できないなら全部蹴るよ!」みたいな声を選手にかけて檄を飛ばしていました。
- これは本当に監督の言う通りだと思っていて、コンサは(ミシャ時代からの経験もあって)うまくいかないなら前に蹴ってボールを捨ててもいいという共通理解がおそらく選手にはあるのでしょうけど、あまりにそれが多くなるとチームコンセプトから乖離していきます。
- たとえば、ボールを大切にし、ボールを保持しながら前進することで相手に圧力をかけていく…みたいなプレーを志向しているとして、監督はそれに合うと思われる選手を(限られた選択肢から)選んでいるのでしょうけど、選手がそれを信じられなくて前に蹴るだけに帰着するなら、ピッチに立つべき選手も変わってきます。その場合はパスを繋ぐというよりも身体を張ったり長い距離を走ったり競り合いに強い選手の優先順位が上がるでしょう。
- しかしそれは今は目指さないよ、ということを監督が示しているので、試合ではもちろん失点しないようにリスク回避は選択肢に入るけど、練習ではもっとトライしよう(いきなりボールを放り込むのではなくてギリギリまでボールを保持して相手を引き付けて、剥がしてスペースを作り出して前進して攻撃しよう)、と監督が選手に声をかけるのは至極真っ当に思えます。
- 私はたった1日2日の練習をちらっと見ただけにすぎませんが、こうした状況はなんとなく想像していた通りでした。
- 個人的には監督が適任か否か以前に、監督の要求に対して練習からトライがまずできていない、しかもそれがセンターバックという一番多く、一番最初にボールを触る選手ということで、選手の入れ替えは不可欠かなと感じました。
- もっともこの試合に関しては、トップにジョルディと克幸という選択、そしてセンターバック以前にGKの菅野がかなり放り込んでいたことは、監督がどの程度「トライしないこと」を許容していたのかはわかりませんが。それでは皆さん、また逢う日までごきげんよう。
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