2021年5月2日(日)明治安田生命J1リーグ第12節 湘南ベルマーレvs北海道コンサドーレ札幌 ~隣の芝は青く見える~
1.ゲームの戦略的論点とポイント
スターティングメンバー:
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スターティングメンバー&試合結果 |
- 札幌はミッドウィークに引き続き、キム ミンテとルーカス、更には岡村がメンバーを外れ、恐らく故障等だと見られます。毎年最終ラインは枚数不足で、ミンテなり進藤なり比較的、無理がききそうな選手がフル回転して凌いできましたが、岡村のコンディションによっては今後も含めて不安を感じます。
- 湘南は、トップの大橋、両アウトサイドの高橋と岡本、インサイドハーフの山田直輝、169cmのDF石原、GKの谷が不動のスタメンのようで、後は中盤の名古、最終ラインの館と大野あたりが出場機会が多い。ほぼベストメンバーと言っていいでしょう。
証言と意図と現象(札幌のゲームプラン):
- 「考える」ブログということで、監督や選手の意図を読み解くことを一応目指し続けて6年目に入りましたが、この日は選手自らヒントと言うか殆ど答えを教えてくれました。
- 「プレス」は福森が1人でやるものではなくてチーム全員でやるものなので、チームとしてこのような指示があったようです。
- 一方、私はこのコメントを見るまで「プレス強度」を操作している、という印象はあまりありませんでした。というのはジェイをトップに置くと、どうしても「行くべきところ」でも行けてない様子が見られたため。だから「強度」を上げた、のはこうしたメディアが拾わないとわからない文脈でした。
- 一方で強度と言うか、「形は変えてるな」、という点は気付いていました。スタート時点は、
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開始~30分過ぎまで |
- ジェイが湘南のアンカーの中村を背中で消す役割からスタート。これをやると、基本的にプレッシングのスイッチを入れる役割の選手が対面のDFよりも背後のDFを意識することになるので、必然と、湘南のDFに対する圧力は弱めになります。
- ジェイはアンカーを消す役割は比較的これまでも頑張っていました。これをやらせること自体は特に意外だったり驚きはないのですが、トータルフットボール革命後のジェイはそれまでの絶対的エースから、「起用を迷う選手」に変わっています。ミシャの言うzweikampf…のoff the ball、守備の際にマンマークで守れない、となっているためです。目の前にいる相手ならマークできるが、対象が目の前からポジションを変えて移動するとついていけなくなる、という評価だったと思います。
- 先日のルヴァンカップもそうですが、相手が4バックなので、札幌の側が攻守で1トップと2トップを切り替えて戦うとか、もしくは横浜F・マリノスのように、ジェイがマークすべきDFの選手が頻繁にポジションを変えてプレーするケースだと使いづらくなる。
- ですので、私はジェイがスタメン起用された理由(起用に踏み切った理由)は、「湘南は3バックでかつDFがそんなにポジションチェンジしたりはしないから、ジェイでも対面のDF(石原広教)をマークできるので、ジェイ起用とハイプレスを両立できる」からだと思っていました。福森によると、いつもと違うプランだったのは「ペース配分」のようですが、この「ハイプレスとジェイとの兼ね合いをどうするか?」との考え方もあったのではないかと思います。
あえて空けておいた:
- 次に、福森の言う「ハイプレスをしないのをやめた」と思われるタイミングでの形を見ていきます。
- 時間的には、これは30分前後に変化が生じていて、チャナティップがアンカーを見る、トップ下+2トップの形に変わっています。これまでもアンカーがいる1-4-3-3等のシステムを採用するチームに対しては同じ形でしたが、湘南は1-3-1-4-2なので、湘南の3バックが1人余ることになります。
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30分過ぎ以降 |
- この、湘南のDFを1人「空けていた」のは札幌としては想定内で、その分最終ラインの枚数を1人増やすことで、一番危険なエリアで簡単に同数の形からやられないようにしている。そして、そもそもというか、湘南の最終ラインに1人余る選手を作ることで、そこにボールを誘導させる狙いもあったと予想します。
- つまり、湘南もそんなにボールを持てるチームではないので、元々放り込みの意識が強いが、そこにDF3人をマンマークで捕まえると、GK谷からの出しどころがなくなるのでロングフィードが多くなる。それを湘南の2トップと、宮澤や福森、田中駿汰で競ることになりますが、同数対応をしているとここも3枚ではなく2枚になっている。
- この状態で、キムミンテや岡村がいないDF陣にあまり負荷をかけたくないということで、それなら湘南にはある程度ボールを持たせてもいい、という考え方が合ったのではないでしょうか。
- ただ、▲の図でも示しましたが、湘南は札幌が2トップになっていることを確認した後、特に後半は、ハーフタイムで何らか確認があったと思いますが、札幌の2トップ…アンデルソンロペスとジェイの2人では横幅は守り切れないということで、必ず誰かオープンになる選手を探して、そこから前進していたと思います。
- 札幌にはこうした前進の仕組みがなかったので、この点を切り取ると、ポジショニングを活かしてボールを運ぼうとしていたのは湘南の方でした。そして、「体力温存」の意識があったにもかかわらず、ジェイは勝負どころの80分を前にピッチを去っています。
平塚乃風:
- 試合後、札幌陣営は湘南の風とピッチコンディションについて言及していたようですが、それは「慣れ」は別にしたら両チームとも条件は同じ。また、「風が強いから放り込みが有効」というのは一概に言えなくて、落下点での処理が難しいのは両チーム互角ですし、キッカーのボールの精度にも影響することでターゲットは頭で合わせにくいのはボール保持側に不利な要因だと言っていいでしょう。
- ですので、札幌がジェイをスタートから起用して、GK菅野からのロングフィードを当てていく選択をとったのは、恐らくやっている側は「ピッチコンディションが悪いから」との意識なんでしょうけど、実際にはそこに「湘南相手に」という追加要素を加えて論じるべきです。ぜんぜんプレスに来ないチーム相手なら、ピッチコンディションが悪くても別のアプローチになるからです。
- 視点を相手チームに入れ替えて考えます。本来ジェイに対して169cmのDF石原(実際はもう少しありそうですけどね)を当てたいと思う監督はいないでしょう。浮嶋監督がそうしているのは、総合的に見た時に石原が最適だとも言えるし、どっちみちジェイに勝てるDFは湘南にはいないから。
- ですので、この試合に関して湘南がプレッシングを行うのは、簡単に自陣でジェイvs湘南DFのzweikampfを発生させたくないからという明確な動機があります。
- 逆説的には、札幌はジェイを相手ゴール付近で石原と競らせる構図を作れば一種の”戦略目標”は達成なのですが、そういう狙いはあまり感じられなかったと思っています(後述しますが)。
- ですので湘南は、自陣ゴールよりも札幌ゴールになるべく近い位置でボールを回収して、これも前線の選手との兼ね合いによるのですが、手数をかけると札幌も5バックで守ってしまうので、その前に速攻に持ち込むことを意識して設計します。
- 札幌はお馴染みの前後で人を5人ずつ分ける形。「人を分ける」と言いますが、早い話が前後分断で、これは元々相手を前後に分断してそのスペースを使いたいから、という考察が13年前よりされていたと思いますが、最近はどのチームもそうした狙いをわかっていて、札幌相手に簡単に中央のスペースは明け渡さず、前線のプレスは最小限にして中央に人を残していると思います。結果、札幌だけが前後に人を分けていて、ビルドアップが成功して敵陣での局面に移行できればいいのですが、失敗すると中央スカスカの、かなり危険な状態で相手のカウンターを迎え撃つことになる。
- 湘南もこれを狙っていて、札幌の受け手をマンマーク(但しジェイは複数人で対応)、中央に残した選手でボールを拾ってそのままカウンター、が前半だけで3度ほどあったと思います。
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湘南の狙い |
- ▲は駒井の縦パスが引っ掛かったところを図示していますが、実際に同じ形からの湘南のカウンターがあり、札幌は所謂conducciónが宮澤以外はできない(何故か、しない)から、広がったポジションを取ってから味方にパスを出す際に距離が遠すぎて、福森が繰り出すような、かなり質がいいグラウンダーのパスじゃないと通らない、という状況になっていたと思います。
- 先述の「ボールが走らなかった」とあり、それも確かに何らか影響する要素ではあるのですが、芝がどんなコンディションだろうと本来パスコースはすぐに消されるものです。だからボール保持者は前を向け、一定のスペースがある状態ならconducción(運ぶドリブル)をしてパスコースを作り、また味方が顔を出す時間を作る必要があるのですが、仮にドームだろうと札幌はそれだとパスとおらなくないか?という状態でプレーしていたと思います。
- このボトルネックは、ボールを収める達人のチャナティップが、駒井や福森にかなり近い位置まで降りてくると部分的に解消されることもありました。ただ、ジェイにしろチャナティップにしろ、連続したプレーの中でどういう役割を与えるか?ミシャが落ちてくるジェイに対して「早くトップに戻れ!」とよく声を上げますが、チャナも同様で、ゴール前にいなくてもいいのか?という点は考える必要があるでしょう。
2.試合展開(前半)
停滞の予感:
- 福森の言う「プレスをそこまでしないモード」で試合は始まりましたが、実際は前半、札幌が湘南陣内のラスト1/3くらい(札幌から見てゾーン3)でボールを回収することも何度かありました。
- 基本的に、DFがボールを運ぶには、フリーな状態ならドリブル(conducción)がありますが、それが簡単に繰り出せないなら、近くの選手にパスするか、遠くの選手にパスするしかない。
- ただ、ロングパスというのは繰り出せる選手もシチュエーションも限られていて、湘南のDFには恐らくその選択肢がないので、どうしようもなくなったらGK谷が蹴っ飛ばす。札幌相手にそれで常にマイボールにできるわけではないので、湘南はなるべくは、札幌の前線3人と勝負しつつ、ポジショナルなビルドアップを狙っていたと思いますが、そのクオリティは正直大したことなくて(札幌もそうなんですけどね。同じくらいのクオリティでした)、
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「プレスはしない」時間帯もたまに敵陣で奪えていた |
- ▲のように、マッチアップが合っているウイングバックか、中盤で同数関係でマークされている選手のところで前を向く、スペース確保することに苦労していて、札幌が脅威に感じるシチュエーションはあまりなかったと思います。
- イレギュラーなシチュエーションが生じたのは、例えば湘南の前線かウイングバックの選手に入った時に、アンカーの中村が前に出てくる。
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空いたスペースを使う意識は見られた湘南 |
- 形的には、アンカーがそんなにホイホイ前に出てくるのはあまり一般的ではないのですが、恐らく札幌は人についてくるので、それで空いたスペースは狙っていこう、ぐらいの意識はあったと思います。
理想と現実:
- 30分過ぎ、札幌の布陣変更によって最も影響があったのは、チャナティップが左シャドーではなくてトップ下に移動する。
- この形に限らず、4バックのチームに対して2トップで守備を行うことにも言えますが、ミシャの中では、ボールを持っていない時だけこの形になるイメージ。しかし実際は、札幌は一度この形をとると、ボール保持/非保持関係なく一定の形でプレーする傾向が強くなります。それはなぜかと言うと、ボールを持ったらダイレクトに縦に蹴りすぎているから。
- チャナティップが中央と左シャドーを移動して、適切なポジションを取るには、移動のための小休止が必要ですが、福森を筆頭にまず長いボールを放り込む傾向が強い札幌はそれができていないのが現状です。
- ですので、チャナティップが左シャドーから中央に移動すると、ピッチ上の向かって左サイドの選手は、受け手を見つけることが難しくなる。
- 更に、左サイドのスペースがなくなったこと、後方が受け手探しに苦労することで、ジェイが下がってくる現象を誘発します。
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ジェイが下がってくる |
- 確かにそうするとボールは収まるんですけど、ジェイは常にセカンドアクションに難がある選手なので、ひと仕事した後に次の仕事に戻るまでに時間がかかる。チャナティップが移動する時間すら作れないチームが、ジェイのための時間を作れるわけがないので、ジェイが落ちてくる動きはこのチームとの相性は極めて悪いと言えるでしょう。
隣の芝が青く見える理由:
- その能力を最大限に引き出す”ウェリボール”によって、札幌相手にこれまで幾度か脅威を与えてきたウェリントン。しかし札幌には、少なくとも劣りはしない能力のあるジェイがいます。ジェイが脅威になれず、ウェリントンが脅威だとしたら、その差は個人のパフォーマンスよりも寧ろチームの設計や完成度によるものでしょう。
- 一般に、クロスボールはファーサイドで待つのがセオリーだと言われます。それは相手DFの背後を取ったほうが合わせやすいという直接的な理由もありますが、加えてFWのファーサイドへのポジショニングによって、大外に張るウイング(ドリブラー)とのユニットは相手のDFを拡げる効果がある。
- ▼はジェイがファーに張ると、湘南のDFは必ず複数人がそのポジショニングに引っ張られます。そうすると、金子は1on1での勝負を挑みやすくなるし、湘南は金子に抜かれた時に、高橋へのカバーリングに何人も割くことができなくなる。
- 特に、湘南の3バックは173cmの舘、169cmの石原、180cmの大野なので、どう考えてもジェイには1人では対抗できないので、このようなポジショニングによって、絶対に手薄になるエリアが出てくるはずなのですが、
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ファーサイドのターゲットと大外の強力なドリブラー |
- ジェイが先の項で指摘したように、低い位置まで落ちてくるような構図になると、いてほしいところにいてくれない。それなら湘南は金子の突破だけ気にしていればいいし、落ちたジェイがゴール前に戻ってくる間に枚数確保してスペースを埋めればいい。
- 結局ジェイにどんな仕事をさせたいか?というチームでの設計が整理されていない印象はここからで、確かにボールを運べないからジェイに当てる、はしょうがないと言えばそうなんですが、じゃあ誰がゴール前で仕事するんですか?との問いに対する答えは、札幌は用意できていなかったと感じます。
- そしてウェリントンはなぜ脅威なのか。それはゴール前での競り合いに必ず顔を出してくるから。そして湘南は、ウェリントンをビルドアップの際に登場させなくてもいい、彼がゴール前の仕事にリソースをある程度使える設計と言うか、ゲームプランの話になるのですが、運動量が落ちてオープンになり、ゴール前にボールを運びやすくなった状況で投入しているからです。
- 札幌にはリーグでトップのドリブル試行/成功数を記録する金子拓郎がいる。ターゲットにはジェイと、得点ランキングトップのアンデルソンロペスがいる。その0.5列背後で仕事をするチャナティップもいる。これでも「点が取れないのは選手の問題」なのでしょうか?それは毎年主力が引き抜かれる湘南のようなチームに許される言い訳なのではないでしょうか。金子が何人もドリブルでぶち抜いても決定機が創出されないとしたら、疑うべきは選手個人ではなくてチームの設計です。
3.試合展開(後半)
キャスティング論に終始:
- 後半は選手交代でお互いにアクセントをつけようとします。55分、札幌は菅⇒小柏。62分、湘南は町野→ウェリントン、名古→田中。65分に札幌は駒井→深井、金子→柳で両サイドを入れ替えます。
- 連戦のコンディションなど色々あると思いますが、ミシャが小柏を仙台戦に続いてアウトサイドで使うのは、↑に書いた話と同じで、中央に強力なターゲットと、アウトサイドに突破力のある選手を置くとディフェンスは難しくなるから。
- ただ、札幌の場合、ウイングバックがボールを受けた時にスペースがない状態が非常に多いので、左の小柏も縦しかない。小柏が縦突破して左足でクロスボール。別に悪い形ではないのかもしれませんが、基本的にはアタッカーには効き足で最後にフィニッシュさせることを考えた方がいい。かといって小柏を右で使うべき、とも思わないのですが、この辺りは結局なんで逆足にウイングにしてるんだっけ?というのも、これがお披露目になった当初と比べると、徐々に曖昧になってきた印象があります。
オープン合戦のカード:
- お互いにラスト20分はオープンな展開というか、速攻で仕事をしてほしそうなカードを切ります。湘南はタリク、札幌は荒野とドウグラスオリヴェイラ。クロスボールからの展開ならジェイを残していたはずですが、ドドちゃんの起用は狙いと言うか勝ち筋の認識を変えたと見ます。ドドちゃんがまともにヘディングしたのは、私は先日の仙台戦で初めて見たので。
- その前に投入された柳も含め、札幌はスペースに蹴ったらある程度仕事をしてくれそうな選手を残したのか?という印象です。ただ、基本的に突っ込むのが仕事の金子と違って、柳はそんなに高い位置からスタートしない。それは指示があったのか、柳はウインガーではないからそういう振る舞いになったのかは謎ですが、低い位置の柳が狙われてボールロスト、からの湘南の高い位置でもオフェンスも何度かあった気がします。柳は縦突破から効き足でクロスに移れますが、ルーカスの左、金子の右起用にこだわるミシャにとって、それがどこまで価値があるのかは何とも言えません。
- 湘南は札幌のそうした隙をついてカウンターかセットプレー。高さでは札幌優位なはずですが、セットプレーは誰か1人が勝てばいいので、「彼」がいるだけで緊張が走ります。ラスト、ATに微妙な判定もありましたが、勝ち点1を結果的には分け合いました。
4.雑感
- 最後怪しい判定もありましたが、残留を争うチーム相手にとりあえず1ポイントは、このチームのクオリティからするとよかった、という感想でしょうか。
- ウェリントンは確かに優秀なエアバトラーですが、部屋が2つあればiphoneの充電ケーブルは2つ必要になるのと同じく、1人の選手に与えることができる役割は限りがあります。湘南はそこを、ゴール前の仕事に専念させるように考えていて、ジェイにとりあえず当てる、な札幌よりは整理されている印象でした。
- 小柏の起用法にせよ、使える選手がいる/いない議論だと、坂も金子も鈴木冬一も齊藤未月も抜けた湘南の方が圧倒的に厳しいような気もしますが、そこはまた読者の皆さんに委ねることにします。札幌にはジェイがいますし、得点王のアンデルソンロペス、チャナティップもいますので。
- それでは皆さん、また逢う日までごきげんよう。
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