2021年3月10日(水)明治安田生命J1リーグ第3節 サンフレッチェ広島vs北海道コンサドーレ札幌 ~背中の数字の意味~
1.ゲームの戦略的論点とポイント
スターティングメンバー:
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スターティングメンバー |
- 中2日の広島はスタメン4人を入れ替えてきました(茶島、今津、柏、柴崎)。もっとも前節はリーグ屈指の攻撃力を誇るマリノス相手ということで、前線にスピードのある選手を並べてリトリートからのカウンター狙い、の傾向が普段以上に強く、前節のメンバーが基準かというとそうでもない気もします。
- 個人的には、ジュニオールサントスが下がり目のFWでスタートから起用されるとしたら、彼の運動能力に太刀打ちできる”リベロ”は札幌にはいない(というか、そもそも宮澤しか選手がいないのですが)ので、ベンチスタートなのはどちらかというと好材料かと思っていました。
- 中3日の札幌は、前節終了後に小柏、駒井、トレーニング中にドウグラスオリヴェイラと青木、そして試合直前にチャナティップが出場不可となり、この5選手はいずれもシャドーが務まる選手で、キャンプ終盤に離脱した中野も含め、シャドーだけ一気に手薄な危機的状況に陥ってしまいました。高嶺が急遽スタメン入りしましたが、選手の役割整理や配置は別にすると、選択肢がこれしかなかったのが実情だったでしょうか。
パブリックイメージ:
- パブリックイメージ、あるいはフットボール業界でのイメージは別かもしれませんが、東京、甲府での成功と挫折?を経験した城福監督は「引いて速攻」主体のスタイルで一定の結果を残しています。
- ただそれでも、マリノスとの前節のアウェイゲームでの”べた引き戦法”は驚きで、マリノスがハーフウェーライン、もっと言うとセンターサークルを超えたところでボールを保持しても広島の選手はボールホルダーに制限をかけない。自陣ペナルティエリア付近から引いたブロック内にボールがを入れられるのを待ち、広大なスペースをジュニオールサントス、ドウグラスヴィエイラの2人に任せる…そんな戦い方をしていました。
- リーグ屈指のアタック偏重のチームであるマリノス相手ということを差し引くひつようはありますが、実際ジュニオールサントスのような「スペースに滅法強いタイプ」は城福監督との相性は良い方なのでしょう。降格枠4枠のシーズンで、彼が中心でチームが設計されていることには頷ける点がいくつかあります。
- この試合は、ジュニオールサントスはベンチスタートでしたが、彼の役割は同じくスピードがある浅野が起用されており、メンバーが変わっても機能面は大きく変えたくないとの思惑が透けて見えます。
役割とタスクとポジション:
- 「ポジション」という言葉(和製英語?)の意味合いを考えると、ポジションは?と聞かれるとこういう回答になるのは理解できます。基本的な立ち位置、と考えていいでしょう。
- 一方で、役割やタスクという観点で考えると、高嶺は①ボール保持時にはシャドーに入って、②ボール非保持時には相手の中盤センターの選手をマークする役割でした。本人はこの質問に対し、ポジショニングもそうですが、この役割を踏まえて回答したんじゃないかと思います。
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ボール保持⇔非保持でのポジショニング(≒役割) |
- そして、この役割はまんまチャナティップと同じ。ですので別にこの日の高嶺が特段変わった、トリッキーなことを任されているわけではありません。J1は今年はまた1-4-4-2系のシステムがかなり増えて、3バック系のチームはめっきり減ったので、札幌は前線3枚や後方3枚(というか、既に3バックとは言えないかもしれませんね)の選手が毎試合、枚数調節をする必要があります。
- その重要で難しい役割を担っているのが、前線のスーパータレント・チャナティップと後方のキャプテン宮澤。トータルで見て、チャナティップぐらいにボールを保持して違いを作れる選手は日本人でいると思いますが、ただチャナティップぐらいの運動能力やディフェンス能力を持ち合わせる選手はいないように思えます。
- この点を踏まえると、チャナティップの役割が単なる1-3-4-2-1のシャドーなら、攻撃性能のあるルーカスの起用も考えられると思いますが、対4バックのチーム相手なら、相手の中盤センター(柴崎)の選手とマッチアップする側面も併せ持つので高嶺をチョイスしたことは理解できる、少なくとも札幌としては、ボールを持っていないところでの守備は一定以上はやってくれるだろうとの計算で送り出したと考えられます。
2.試合展開(前半)
いきなりの誤算:
- 2分にコーナーキックから柴崎。
- 「スカウティング通り」と言っていましたが、札幌はペナルティエリア内にいないルーカスと金子をカウンター要員で前線に残していて、アンデルソンロペスと菅がニアポストを守るストーン役に、高嶺はキッカーと近くの選手をケア。残りのフィールドプレイヤー5選手でターゲットをマークしている。
- 対する広島はターゲットが5人、キッカーに森島、森島の近くに柏を置いていて、残り3選手のうち2人で金子とルーカスをマーク、柴崎を余らせるのではなくて、ペナルティエリアの一番遠いところに置いていました。
- 要はこれは、普段、柴崎はエリア外からミドルシュート/競り合いのこぼれ球を狙う役割で、ボックスから離れたポジションにいる。しかし札幌は純粋なマンマークで守るので、マークの選手分、広島もターゲットを用意すれば自分はフリーになれるし、キッカーが助走に入る直前に隠密行動することでエリア内に入れる、ということだったと思います。
- 一見すると「マーク誰だよ!」ってなるので、確かにこれは決められた直後に宮澤が怒るのはわかります。ただ札幌はマークを設定していなかった(金子かルーカスが気づいて戻れればいいのですが難しいですね)ので、怒りの矛先は不明瞭です。
「ムービング・フットボール」の看板:
- この切り取られた動画の直前ですが、この直前に下がって受けたドウグラスヴィエイラのポストプレーが成功。ヴィエイラがターンして左に開いた藤井にパスしたところから崩されますが、藤井だけでなく柏もフリーになっていました。
- ヴィエイラのマークは本来ミンテですが、この時は福森にスイッチしていて、その福森も一瞬動いて諦めてしまいます(福森だと動き出しで負けると潰せないので引いた、と見れますが、1人が緩い対応をすると守備はどんどんズレていきます)。
- なぜマークがスイッチされていたのか?これは更に1分ほど遡ると、柏の中途半端なポジショニングが引き金になっています。
- ▼は一部、簡略したアニメーションですが、広島右サイドでのスローインからでした。この際、広島は最終的に下がってきた柏にボールが収まります。この後、アニメーションでは柏→柴崎→森島でサイドを変えて藤井ですが、実際の展開はもう少しルーズボールっぽくなってサイドが変わります。
- 重要なのは、サイドが変わった後も右サイドハーフの柏は左サイドに寄っていく。最終的に藤井がボールを持った時には、ボールホルダーにかなり近い位置にまで移動します。そして図では割愛しましたが、その後ボールが更に動いても中央に滞留したままのポジショニングをします。
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柏のファジーなポジショニング |
- こうなると、福森⇔柏のマーク関係は、福森がどこまでも追っていく意志を見せない限りは崩れます。
- もっとも札幌としては、「どこまでも追う」をしなくてもいいように、ウイングバックを下がらせて最終ラインで+1の枚数を確保(この時は菅が下がる)するやり方を採用していますが、問題は枚数的にはそれで最低限同数が確保できるが、マーク関係は崩れたままになる…つまり広島の2トップをキムミンテと、札幌で唯一リベロの役割が務まる宮澤で見ていたのが、宮澤が浮遊する柏のマークにスイッチすると、広島の2トップのいずれかのマークもスイッチ…この場合は最終的に(失点直前の場面)ドウグラスヴィエイラvs福森というマッチアップになっていて、ヴィエイラを福森が潰せなかったところから広島がフリーでパスを繋ぐ、札幌は圧力がかからず「なんか緩いな」という対応でシュートまで持ち込まれた、というものです。
- 繰り返しになりますが、守備の枚数は揃っています。ただディティールに目を向けると、1人1人の選手は起伏のない駒ではなく能力には濃淡があります。城福監督の「ムービングフットボール」(この看板はまだ下ろしてなかったんですね…本来のポジションから動くことを逸脱する思想みたいなものだと思ってください)がマークのスイッチを引き起こし、それが最終ラインの選手特性の差が大きい札幌には刺さった格好でした。
仕事探しのinside:
- 札幌のプランとして、高嶺起用で守備は計算が立つとします(結果的には10分で2失点してますが)。課題はやはりボール保持にあり、それは2点を追いかけるシチュエーションとなり、広島が本来のリトリート主体の対応に切り替えたことで一気に顕在化します。
- 札幌は宮澤が下がる形からスタート。広島は中央に密集してスペースを消すところからスタートしますが、特にアンカーポジションに入る深井を広島の2トップが消すと、札幌は誰も中央でボールを受けられる選手がいなくなります。
- というのは、金子は360度の視野でプレーしなくてはならないシャドーよりも、タッチラインを背にできる(背後からは誰も来ない)アウトサイドの方が良さが活きるのは2020シーズンに確認できたことですし、高嶺にチャナティップの役割をさせるのは無理があります。
- ですので中央にスペースが狭い状況でボールを預けて何かを起こしてくれそうな選手がいないということで、札幌は広島のブロックの外でボールをまず動かしていましたが、これでは何かが起こる気配はありません。
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ブロックの外で回すしかできない |
- 広島の対応についてもう一つ言及すると、例えば田中はキムミンテからパスを受ける際に、▼のように対面の藤井よりも高い位置で受けたい。そうすれば、1本のパスで相手の”列”を超えてブロック内に侵入し、フリーな状態を作れる、相手の守備の基準をずらせる等の展開につながるからです。
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(田中の狙い)広島の2列目を越えて受けたい |
- が、賢い田中からこうしたプレーが発揮されなかったのは理由があり、広島のサイドハーフは札幌のウイングバック…ルーカスフェルナンデスや菅にボールが渡った際に、SBとの1対1を簡単に作らないようにあまり前に出てこない。プレスバックできるようなポジションを常に取ります。
- その分、田中自身にはあまりプレッシャーがかからないのですが、申し訳程度、というと不適切かもしれませんが、どちらかというと2トップがスライド寄せることでカバーしようとしていました。
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SHを前に出さないので列を越えられない |
- こうなると、札幌としてはよくやる「中盤をもう1人落として1-5-0-5にする」が、広島の2トップがスライドする守り方に対して刺さったんじゃないかと思います。それをやらなかった理由はよくわからないです。もう少し余裕がある展開では変わったのかもしれませんが。
背中の数字の意味:
- 追いかける展開となったことで、チャナティップの役割を担う高嶺の存在が、札幌の視点ではこの試合の最大の論点になったと思います。
- 開始直後から飲水タイム後の30分後くらいまで、高嶺が模索していたのは、
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「下がって受ける」 |
- 上記のように「まず下がって受ける」方向性だったと思います。
- しかしこれだと、基本的に1列目2人で守って後ろに人数を割く広島に対し、札幌は広島の手厚く守るエリアを崩せるようリソース配置をしたいところですが、高嶺が中途半端に下がってくると明らかに枚数過多な印象を受けます。
- そして受けた時に高嶺の視点で出せる選手がいない。左利きの選手が効き足方向にターンすると、この場合は左サイドにボールを出しやすい向きになりますが、いるのは菅のみで、菅を茶島が消している限りは、高嶺がここで受けても次への展開が全く見えなくなります。
- 後半、高嶺が広島2列目のライン上でボールを受け、ターン1発でラインを越えるプレー(得意のやつですね)からミドルシュート…がありましたが、この得意なプレーもビルドアップ局面で発揮するのと、ゴールまで枠内にシュートを飛ばすことまで求められるシチュエーションでは話が違ってきます。このプレーも積極性はgoodだと思いますが、見方を変えればあくまで個人で打開しようとしたもので、札幌は高嶺周辺で全く相互作用がなかったことの裏返しでもあったと思います。
- 前半のうちにPKで1点を返したのもありますが、ミシャはこの試合も「静観」を選択でした(使えるカードが時間限定?の中島くらいしかないのもありますが)。ただ素人的な発想かもしれませんが、高嶺は前線でプレーした経験がここ数年殆どないはず。これに対して、宮澤は少なくとも5年前まではプロの公式戦で前線でプレーしていたので、中盤センターの選手3人を起用するなら、別の役割分担もあってよかったのでは?という気もします。リベロは宮澤にしか務まらないこともよくわかりますが。
進撃の拓郎
- 方向性が見えない攻撃陣を牽引し始めたのは金子でした。35分くらいからだったと思いますが、ボールが集まり始めます。
- いかにボールが集まっていったかと言うと、出し手側が改善されたというよりは、金子がボールに寄ってきたから、という状況でした。やはり得意の、というか慣れた右サイドの、よりタッチラインに近いところにルーカスとの重複も厭わず降りてきます。結果的にこれは広島のディフェンスにとっても、マークが不明瞭になる効果があったのだと思われます。シャドーないし2トップのイメージで元々プレーしているので、サイドに流れた時にCBがそのままついていけるか?という問題が生じていました。
- 40分過ぎにはその、ボールに寄った金子のスルーパスから、ルーカスが抜け出してPK。アンデルソンロペスが決めて何とか最小ビハインドで折り返します。
3.試合展開(後半)
座して待つのみ:
- 後半もほぼ同じ展開で、待ち構えて3点目を狙う広島、2人のドリブラー…ルーカスと金子にボールを集める札幌、というもの。
- 60分前後には、札幌右サイドの突破からルーカスが倒されてFK。壁に入ったドウグラスヴィエイラが、福森の強烈なシュートを頭で防いだ影響もあってジュニオールサントスに後退します。ボールが収まる選手が下がったこともあり、広島はより速攻狙いにシフトしていきます。70分には柴崎→野上、浅野→長沼と、より後ろ目でプレーする選手を投入して残り20分でクローズさせようとします。
- 札幌はとにかく切れるカードがない。ピッチに立っている”ベストメンバー”で何とかするしかありませんが、67分に菅→中島。中島がトップ、アンロペが右シャドー/セカンドトップ、金子を右に移します。ゴールから更に金子が遠ざかるこの1手はどうかと思いましたが、絶好調の金子には関係ないというか、少なくとも1人剥がしてフィニッシュ、までは持ち込めていたので素直にすさまじいパフォーマンスでした。
- ただ、完全に2トップの選手起用になったこともあって、最後は結局福森の大外クロスで解決を図ったのが残り20分だったでしょうか。かなり距離がある一からでも、GK大迫もパンチングが精いっぱい、ファーサイドのDF東もクリアでなんとかCKに逃れる…という状態で、全然崩せていなくても放り込みだけで「なんとなく攻めてる感が出る」のは相変わらず凄い。けどターゲット不足もあり、大半のシュートは金子や他の選手の中距離砲、という状態だったと思います。
4.雑感
- シンプルに、重要な役割の選手が6人一気に使えないと流石に天才監督ミシャでも厳しいです。
- ただ好き勝手思ったことを書かせてもらうと、終盤の田中の惜しいミドルシュートが典型だと思いますが、結局こうした厳しいゲームでも「最後は個の力が重要」だとするなら、スタメン11人の中で、敵陣ゴールに近い位置でプレーできそうな才能のある選手をより前に置いてもよかったのではないでしょうか。少なくとも宮澤は5年前までは前線で一定の仕事はできていたので、それなら後ろは高嶺や深井に任せてもよかったのと、DFで起用できる選手が複数いるなら、田中を上げるタイミングはもう少し早めでもよかったように思えます。
- また、これは大変僭越ながら、メディアの方に対して思うのは、「システム」(選手の配置)以上に、「選手が担う役割」を念頭に置いてやり取りをした方が、選手や監督の頭の中だったり、よりチームの深いところに迫れるように思えます。それでは皆さん、また会う日までごきげんよう。
いつも拝読しています
返信削除小野伸二投入遅くなかったですか?
ここで使わないならいつ使うの?というシチュエーションだった気がします。
それこそ「トータルフットボール」なので、攻守トータルで考えるとリスクもあるので、見極めていたんだと思います。
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