5.中断期間の選択
J1は第18節(札幌の対戦はアウェイの大宮)を終え、3週間程度の中断期間に突入する。このリーグ戦中断期間と重なる形で移籍ウインドーが開き(7月21日~8月18日)、新たな選手の登録が可能となるほか、チームによってはミニ合宿を行ったり、マーケティング目的で海外クラブと親善試合を行ったり、カップ戦に参加するなどの動きがある。
第18節終了時の順位 |
札幌はこの中断期間中、チャナティップとジェイがチームに合流する。チャナティップはその経緯から、試合に勝つための戦力としてだけでなく、「クラブを大きくする」という野望における布石としても獲得したと考えられていて、本人も「いきなりスタメンで出られるとは思っていなかった」と語っていたが、AFCチャンピオンズリーグでベスト16に残ったチームの中心選手とはいえ、加入当初は未知数なところが大きかった。
対するジェイは前のシーズンにJ1で14得点を記録した実績を買い、純粋に戦力としての加入であった。幾つかいた候補者の中から、結果的にはジュリーニョの離脱による入れ替わりの形で加入したが、クラブは当初ヘイスとの入れ変えを画策していたとのことだった。
こうした経緯からも、リーグ前半戦を戦う中で、四方田監督は守備面よりも攻撃面を課題だと考えていたことがわかる。先に公開した記事(1)(2)で示したように、筆者の認識としては、札幌は守備から入るチームだが、その守備において幾つかの問題点があるため、守備にエネルギーを割いているのだけれど持ちこたえられず、また攻撃に割くエネルギーが十分に確保できないため得点機会が少なく、結果的に接戦を落としている、という状況だと考えていた。よってテコ入れをするならば、まず守備をより安定、機能させることが、守備に割くエネルギーの減少と攻撃力の増加に繋がると考えていたので、噂によると、監督とのコミュニケーションや、(主に守備面の)戦術遂行の問題でジュビロ磐田を退団したとされるジェイの獲得は微妙だと考えていた。端的に言えば、「ジェイがゴール前にいたところで、そもそもジェイに有効なラストパスが届けられる状況を作れなければほぼ無意味で、むしろ守備面の負担が増大するマイナス面の方が差し引きで大きくなってしまうのでは?」という懸念をしていた。
結果的にはこの予想は最高の形で裏切られることになる。(シーズンラスト数試合は)最前線にジェイを置いたことによる攻撃力の増加は守備陣を助けることになり、ラスト5試合を4勝1敗で駆け抜ける原動力となった。最適バランスの…「どの水準までなら、決壊しない程度にバランスを崩せるか」を見極め、見出したことは、獲得ポイントにそのまま直結した。
6.唯一の形
6.1 一本足打法は脆い
サッカーにおいて、得点を挙げるには言うまでもなくゴールの枠内にシュートを飛ばす必要がある。この時、得点の期待値を高めるためには、精度の高いシュートを枠内に飛ばすことが必要で、それは選手の能力…シュートを撃つ能力や、シュートに繋がるパスを出す能力などが重要になってくる。加えてそうした選手の能力を最大限に発揮するために、チームとして戦術的な仕掛けを作っておくことも重要になる。この戦術的な仕掛けには、シュートを撃つ場面やその手前となる崩しの局面と、更に前段階として、崩しの局面に移行するための攻撃の組み立てがある。
福森のセットプレーという飛び道具は別にすると、札幌はまず攻撃の最終局面となる崩しにおいて潤沢なリソースがない。近年、4枚か5枚のDFとその前列のMFで中央を固めることが守備の鉄則となりつつあり、ブロック構築を無視できるカウンター系の攻撃やセットプレーの重要性は増しつつあるが、これらはジャンケンで言うとグーやチョキといった手の一つだとも言える。勝負に勝つには、パー、つまりカウンターが封じられた時や、ゴール前にブロックを作って守るチームに対する対抗策を何らか備えておきたい。更に言うと、セットプレーのチャンスを得るにもカウンターアタックや遅攻が機能することが重要で、松本山雅のようなチームを見ても、戦いのステージやクオリティが高くなると、ただ放り込むだけでは対応されてしまうことがわかり、何らかの攻撃の形を持っておく重要性が示唆される。
6.2 唯一のパターン
1)都倉の戦術的重要性
この点において、四方田監督に与えられた最大にしてほぼ唯一の戦力は、都倉の空中戦だった。より正確に言うと、「サイドからのクロスに合わせる都倉の空中戦」である。
J2優勝に貢献した自慢のFW陣はどうしたとなるが、例えば内村がゴール前で得意な形でシュートを撃つには、何らか内村にボールを届ける必要がある。そしてラストパスを出す選手として、例えば小野や兵藤がそうした役割を担うならば、兵藤に対して、守備時に自陣ゴールから30メートルの地点を守りつつ、攻撃時に敵陣ゴール前で前を向いてボールを受けられるような仕組みを持っておく必要がある…と遡って考えていくと、特に準備をしなくとも、試合の中でたまたま兵藤がゴール前で都倉にラストパスを出せる局面が、1試合に1回は作れるかもしれないが、それを再現性のある形として試合中に何回も作れるようにしておくにはそれなりの準備が必要になる。札幌でも過去にそうした準備や、攻撃の構築に時間をかけた監督が率いた時期があったが、監督の手腕や選手の能力にもよるが、それなりの時間がかかる。
よって、「シンプルに構築することができ再現性を持たせられ、かつ相手に脅威を与える攻撃手段」として、相手のブロックの強度をある程度無視できる都倉の空中戦だけは再現性のある形として持っておこう、という考え方になったのだと思う。
2)唯一のパターン
札幌は敵陣に侵入し、ウイングバックを押し上げることに成功すると、この唯一のパターンを執拗に繰り返していた。なお敵陣に侵入することの要件として、3バック+アンカーで相手の守備を剥がすことができるか、カウンターで都倉やジュリーニョが一気にボールを運べる状況が生じること、長いボールを都倉に当て、セカンドボールを周囲の選手が拾うこと(先述の、ゴールキックからの形はこれに該当する)が必要になるが、新潟やセレッソ、甲府のようなチームはリトリートの意識が強いので、フリーパス状態で敵陣に侵入できたりもする。
442系のチームは、自陣で下の図のようにブロックを組むが、この状況からWBにボールを入れることは容易であるので割愛する。基本的な考え方としては、札幌は相手ブロック内に殆ど選手を置かない。ブロックを迂回することで、中央で失うリスクを回避しボールを運んでいく。相手が3バックで、札幌最終ラインと同数になる配置の場合、序盤戦は兵藤が最終ラインに落ちたり、低い位置に移動してボールを循環させる働きが目立った。
(相手が442の場合)サイドから運んでWBにつける |
そして左WB(序盤は田中、その後は菅)にボールを入れると、以下のような配置になる。Jリーグでも、10年前ほどと比べるとサイズのある選手も増えていると思うが、それでもサイドは身長170センチ台の選手が務めているチームも大きい。よって4バックだと、最終ラインはCB2枚だけが高さのある選手、というチームもよく見られる。これはそのチームの守り方を大きく制約する要因となる。すなわち、CBをゴール前から動かして守ることのマイナス面が大きいので、特に大型のFWがいるチーム相手だと、ゴール前でマンマーク的な守り方しか採用が難しくなるといえる。
下の図では菅にボールが入った時、相手SBが出てくるが、その裏のハーフスペースのカバーをCBに任せてしまうとゴール前が弱くなってしまうので、CHがハーフスペースをカバーしたり、そもそもSBを動かさずに、WBの菅にSHのプレスバックで対応するといった対応を取るチームもあった。重要なことは、札幌がWBにボールを入れるとこれだけ相手の中盤が動かされることとなる点。元の形から動かされると、バランスが悪くなり、局面を守ることはできても攻撃に転じることはより難しくなる。
押し込んでから2本の矢でファーサイドのミスマッチ狙い |
3)相手を動かすことと、2本目の矢の関係
印象としては、札幌はサイドから攻めることで勿論フィニッシュのパターンの1つともしていたが、それ以上に相手の形を変化させ、被攻撃機会を減少させたいとの思惑もあったのではないかという印象もある。特にリードしている時、もしくは同点の場面では、相手の陣形が整っていないところでもクロスを供給せずに、一度ボールを戻して作り直したり、また相手DFとGKの間を狙うような速いクロスも使わない。狙いは95%、ファーサイドで相手SBとマッチアップする都倉の頭だった。
一般には攻撃の威力は、速さ×プレーの精度(×α)で成り立っており、ボールを一度戻すような、速度を低下させるプレーは攻撃の威力を弱めることになる。札幌の場合、ボールを戻して作り直す、その間、相手を押し込める(帰陣を余儀なくさせる)が、言い換えればブロックの枚数が揃ってしまう、という展開になっても困らなかったのは、WBの後方に福森がいることが大きい。WBにボールが入って、相手のサイドの選手が完全に戻らされたタイミングで福森はWBの斜め後ろに進出してくる。相手のSHが押し込まれていれば、福森はここで非常にフリーになりやすく、また多少距離があっても苦にしない威力のキックを持っている。WB(特に菅)よりも福森が真打ちだとも言え、攻守両面で理にかなった、再現性の高い唯一の攻撃の形だった。
繰り返すが、前半戦、札幌の再現性のある攻撃の形はほぼこれしかなかった。これに加えてセットプレーでもこじ開けられない場合、四方田監督は個の力…具体には小野やマセードの個人能力を頼ることになる。ただ、サブとしてのマセードは試合中盤以降、バランスが崩れた局面で投入し、強引に高い位置をマセードがとることで攻撃の横幅を作り出すという使い方だったが、小野の使い方と使う時間帯は次第に幅広く、長くなっていく。
小野伸二ってどんな選手?チームのために何をする選手?と聞くと、実はよくわかっていない札幌サポーターも少なくないのでは、とたまに思う時がある。小野の獲得に尽力した野々村社長は、恐らく小野をラストパスを出す選手として見ている。四方田監督も、2015シーズン中盤~2016シーズンの開幕時にはそうした役割を担わせようとして、トップ下に小野の席を作った。
ただラストパスの出しどころとして、中央かサイドか、として考えると、中央で小野がそうした仕事をするには、相手のブロック内で小野がポジションをとり、そこに「誰か」がボールを供給する必要があるのだが、ブロックを崩すというトレーニングを殆どしていなさそうな札幌は、小野がバイタルエリアにいてもほとんどボールを供給できない。
よって、小野はピッチに投入されると、まずブロックの外で受けてボールを循環させたり、オトリとして動くことで相手のブロックを動かしたりといった仕事をするようになる。それはもしかすると、監督としては想定内だったのかもしれないが、それらは基本的に「シュートの手前の手前」といったフェーズの役割であって、そうした仕事をこなしていく小野の投入が、札幌の得点に繋がるかというと、まだ2手ほど足りないという印象があった。
7月の中断期間明け最初の浦和戦では、札幌のスタメンは3-4-2-1だった。以降、四方田監督は開幕から使い続けてきた3バック+中盤3枚+2トップという布陣を全く使わなくなる。この方針転換は、前半戦を戦った上での戦術的なソリューションでもあるが、加えてチャナティップが加入したという点が大きいと思われる。
チャナティップがゲームに絡めるようになることは、野々村芳和社長の言葉を借りれば「札幌がより大きなクラブになるため」に重要なことであり、また歴代監督に対しても、外国人選手を優先的に起用するように要請してきた札幌のフロントの動きからから考えても、四方田監督がチャナティップを戦術に組み込もうとしたことは当然だともいえる。
同様の考え方は、前のシーズンの開幕当初、小野の起用にかかわり戦術的な融通を利かせるというアクションにおいてもみられた。ただし、ほぼトップ下専業になっている小野を起用するために、トップ下のポジションを用意した3-4-1-2の採用が不可欠だったが、チャナティップは小野よりも10歳以上若く、また現役でアジア最終予選、AFCチャンピオンズリーグといったコンペティションでプレーしており、より戦術的な融通が利く。チャナティップがどれだけやれるかは監督もチャナティップ自身も未知数だったと思うが、まず根本的に「席がトップ下ではなくシャドーで事足りる程度の守備力や全般的な運動能力」を持っていることは、降格ラインすぐ上のポジションにいた札幌にとり、非常に重要だったと思う。
チーム戦術的には、3-4-2-1にして以降の数試合はこのメリットとデメリットが互いに打ち消し合うような試合展開が続いた。2人多い状態で40分以上戦った浦和戦を除くと、3-4-2-1にしてから初勝利を挙げたのは6試合目の仙台戦。浦和戦以降はセレッソ、横浜、甲府、川崎と未勝利が続き、特に甲府戦をホームで落とした段階では、最終順位11位でフィニッシュする未来が待っているとは思いもしなかった。
まずメリットとして第一に挙げられるのは、ピッチ上に常に3人、攻撃の選手を配置することができる点。守備の開始位置・ボール回収位置が低い札幌は、ボールを回収した後に攻撃に転じるフェーズで継続的に問題を抱えていた。開幕当初、都倉とジュリーニョの2枚を前線に残し、この2人のボールキープや単独突破から攻撃を開始していたが、基本的に2人とも前を向いたときに力を発揮するタイプで、最前線で相手のDFと対峙しながらボールを収めることは得意ではない。
これが3-4-2-1に変わったことで、ピッチ上に都倉・チャナティップとヘイス又はジェイが同時に立つことになる。ジェイが中央で相手DFと対峙し、都倉は右サイドにシフトし、ポジションを数メートル下げたことで、より前を向きやすい配置となる。中央に収まるヘイス、空中戦に強いジェイが鎮座することで、都倉はより広大なサイドのスペースに心置きなく走ることができる。
また、反対サイドではチャナティップが都倉と同等か、更に低い位置にいる(試合によって、都倉がトップに近く置かれたり、チャナティップが中盤センターに近い位置に置かれたりしていた)が、こうした低いポジションからチャナティップのスーパーな能力…体でボールを隠しながら長い距離をドリブルで運ぶプレーが試合の中で再三発揮されるようになる。
チャナティップはタイのメディアに、「得意なトップ下でなく、左サイドでプレーしている」と語っていたが、通常3-4-2-1のシャドーは中央寄りないしハーフスペース付近でのアクションが多い。ただ札幌の場合、そこまで陣形をセットして攻撃をすることが難しく、かつ守備時に5-4ブロックに近い形で自陣に戻ったり、または相手SBを見る役割を与えられているので左サイドでプレー、と感じていたのだと思うのだが、この「低い位置・左寄り」からボールを運ぶ能力は、ジュリーニョのドリブルを失った札幌に、なくてはならないものとなる。
もう一つのメリットとして、相手が3バックの場合に守備の仕方がはっきりし、前線から守備を仕掛けやすくなったことが挙げられる。中断期間以降の数試合で札幌が対戦したチームのうち、浦和、甲府、仙台、磐田は3バック。このうち甲府は中盤3枚の3-5-2で、3-4-2-1の札幌とは噛み合わせが異なるが、浦和、仙台、磐田とは選手配置が全く同じ。この3試合は、札幌はほぼ完全なマンマークに近い守備を採用し、いずれも勝ち点3を奪うことに成功している。
浦和はお馴染みの攻撃時4-1-5となる可変システム、磐田は中村俊輔がフラフラと漂う王様システムだったりとチームによって差異はあるが、札幌はこれらをすべて、自分たちと同じ選手配置、すなわち対面に必ず相手がいるチームと解釈する。後は約束事として、とにかく対面の選手にやられないようについていく。一般には、マンマークは選手の個人能力がそのままチームの差となりやすいが、浦和戦は文字通り、都倉が槙野とのデュエルを制したこともあってこの前提も覆すことに成功した。
とにかく「対面の人を見る原則」を徹底したことで、リーグ前半戦に見られた問題をごまかすことにある程度、成功する。それまで多かったのは、2トップが相手のCBを見て、中盤3枚のうちの1枚が相手SBに当たるも、相手のセントラルMFだったりアンカーポジションにいる選手が非常にフリー理になりやすいという問題。下の写真では、相手の中盤2枚に対して札幌は荒野と宮澤がいるのだが、荒野も宮澤も中盤のスペースを守るタスク、宮澤は反対サイドに振られたときにスライドして左SBを見るタスクがあることから、相手の中盤を捕まえることができない。
そのため、都倉とジュリーニョの2トップ+兵藤までは連動して守備ができているが、相手のアンカーのところで連動できず、簡単に前を向かせ、中央を使わせてしまう問題があった。
後半戦は、マッチアップが揃っていることを利用して、相手が3バックならとにかくWボランチが捕まえに行くようになる。下の写真では、仙台の3バックでの組み立てに対して札幌も前3枚で捕まえに行き、ボランチ2枚が落ちてサポートしようとしたところにも、札幌も宮澤と兵藤のWボランチで捕まえる。結果仙台は出しどころがなく、蹴り出させることでボール回収に成功。捕まえる相手がはっきりしているので、前線の選手も後ろが連動すると信じて高い位置から当たることができる。
もう1点追記すると、仙台戦、磐田戦で勝ち点3を獲得する原動力となったのは、負傷の横山に代わってCB中央を務めた河合。年々可動域が狭くなり裏を取られることも増えている河合だが、相手の9番を潰すことにかけては、増川を覗けばこのチームで未だNo1であり、河合の特性はこの時期の戦術的方向性とマッチした。
じゃあ相手が4バックの場合どうするんだ、というと、まず結果から言うと、中断期間後、4バックの相手にはセレッソ、マリノス、川崎、新潟、広島と対戦し、新潟と広島相手に引き分けた勝ち点2しか獲得できなかった(その後、ジェイの爆発と厚別のホームアドバンテージもあり柏に勝利するが別記する予定)。これは川崎、セレッソ、マリノスと上位チーム相手の対戦も含まれているが、それ以上に、「システムが噛み合わない相手には打つ手がない」という状態にあったことが大きい。
3-4-2-1に転換した札幌の守備陣形は、何試合かでみられた変則的なものを除くと5-2-3と5-4-1の2つがある。基本的には、四方田監督は5-4-1で前に1人しか残さない形をあまり好んでおらず、より攻撃に転じやすい5-2-3が基本陣形と考えられている。
この時、一番前の「3」は、先述のように相手が3バックならやることは明確で、対面のDFに対して守備を行えばよい。しかし相手が4バックの場合、「人を見る」約束だけで動くと、相手選手が1人余り、そこから侵入を許してしまう。かといって、3人でスライドを続けてピッチの横幅を守り続けることは不可能。
じゃあ、スライドは無理だから中央を守ればいいのか?というと、チャナティップや都倉はサイドをケアしなくてはならない。それは先に説明したように、四方田監督はWBを極力最終ラインから動かしたくないため。WBの固定化と共に、CBをゴール前から動かさないようにしているので、相手が4バックの時、SBの選手が使うスペースはシャドーの都倉やチャナティップがカバーしないともたない構図になっている。
こうなると、前線の3枚は中央を守っていればいいのか、サイドを守るべきなのかどっちつかずになってしまい、結果いずれも中途半端に、ただいるだけの守備に陥りがちなのが、4バックのチームを相手にした時の札幌であった。
下の写真は、川崎はSBを上げてアンカー(エドゥアルド ネット)を落として3バック化しているが、川崎は4バックでもボールを動かせることもあって、川崎の3枚を札幌は捕まえられない。よってとりあえず、前3枚が横並びになって中央付近にポジショニングしているが、
ネットがボールを運んでも(フットサルで言う、DFとDFを門に見立てて間を狙うプレー)、札幌は誰がネットの侵入を防ぐのか不明瞭になっていて、結果1列目の3枚と2列目の2枚が簡単に中央を割られることになる。4バックのチーム相手だと、このようにただ選手がオリジナルポジションに立っているだけで相手に対して何のプレッシャーも与えられていない状況が頻発するようになっていた(よって筆者は、4バック相手だともう厳しいのでは、という予想をした)。
6.3 困った時の天才頼み
繰り返すが、前半戦、札幌の再現性のある攻撃の形はほぼこれしかなかった。これに加えてセットプレーでもこじ開けられない場合、四方田監督は個の力…具体には小野やマセードの個人能力を頼ることになる。ただ、サブとしてのマセードは試合中盤以降、バランスが崩れた局面で投入し、強引に高い位置をマセードがとることで攻撃の横幅を作り出すという使い方だったが、小野の使い方と使う時間帯は次第に幅広く、長くなっていく。
小野伸二ってどんな選手?チームのために何をする選手?と聞くと、実はよくわかっていない札幌サポーターも少なくないのでは、とたまに思う時がある。小野の獲得に尽力した野々村社長は、恐らく小野をラストパスを出す選手として見ている。四方田監督も、2015シーズン中盤~2016シーズンの開幕時にはそうした役割を担わせようとして、トップ下に小野の席を作った。
ただラストパスの出しどころとして、中央かサイドか、として考えると、中央で小野がそうした仕事をするには、相手のブロック内で小野がポジションをとり、そこに「誰か」がボールを供給する必要があるのだが、ブロックを崩すというトレーニングを殆どしていなさそうな札幌は、小野がバイタルエリアにいてもほとんどボールを供給できない。
よって、小野はピッチに投入されると、まずブロックの外で受けてボールを循環させたり、オトリとして動くことで相手のブロックを動かしたりといった仕事をするようになる。それはもしかすると、監督としては想定内だったのかもしれないが、それらは基本的に「シュートの手前の手前」といったフェーズの役割であって、そうした仕事をこなしていく小野の投入が、札幌の得点に繋がるかというと、まだ2手ほど足りないという印象があった。
WB早坂に渡ったところで選択肢がゼロなので まず早坂に選択肢を作るため小野がサイドに流れる(第12節新潟戦) |
7.黄金比の表と裏
7.1 黄金比「7:3」に回帰した7月
1)チャナティップと3-4-2-1
7月の中断期間明け最初の浦和戦では、札幌のスタメンは3-4-2-1だった。以降、四方田監督は開幕から使い続けてきた3バック+中盤3枚+2トップという布陣を全く使わなくなる。この方針転換は、前半戦を戦った上での戦術的なソリューションでもあるが、加えてチャナティップが加入したという点が大きいと思われる。
チャナティップがゲームに絡めるようになることは、野々村芳和社長の言葉を借りれば「札幌がより大きなクラブになるため」に重要なことであり、また歴代監督に対しても、外国人選手を優先的に起用するように要請してきた札幌のフロントの動きからから考えても、四方田監督がチャナティップを戦術に組み込もうとしたことは当然だともいえる。
同様の考え方は、前のシーズンの開幕当初、小野の起用にかかわり戦術的な融通を利かせるというアクションにおいてもみられた。ただし、ほぼトップ下専業になっている小野を起用するために、トップ下のポジションを用意した3-4-1-2の採用が不可欠だったが、チャナティップは小野よりも10歳以上若く、また現役でアジア最終予選、AFCチャンピオンズリーグといったコンペティションでプレーしており、より戦術的な融通が利く。チャナティップがどれだけやれるかは監督もチャナティップ自身も未知数だったと思うが、まず根本的に「席がトップ下ではなくシャドーで事足りる程度の守備力や全般的な運動能力」を持っていることは、降格ラインすぐ上のポジションにいた札幌にとり、非常に重要だったと思う。
7.2 「7:3」の裏表
チーム戦術的には、3-4-2-1にして以降の数試合はこのメリットとデメリットが互いに打ち消し合うような試合展開が続いた。2人多い状態で40分以上戦った浦和戦を除くと、3-4-2-1にしてから初勝利を挙げたのは6試合目の仙台戦。浦和戦以降はセレッソ、横浜、甲府、川崎と未勝利が続き、特に甲府戦をホームで落とした段階では、最終順位11位でフィニッシュする未来が待っているとは思いもしなかった。
1)「3」が与える選択肢
まずメリットとして第一に挙げられるのは、ピッチ上に常に3人、攻撃の選手を配置することができる点。守備の開始位置・ボール回収位置が低い札幌は、ボールを回収した後に攻撃に転じるフェーズで継続的に問題を抱えていた。開幕当初、都倉とジュリーニョの2枚を前線に残し、この2人のボールキープや単独突破から攻撃を開始していたが、基本的に2人とも前を向いたときに力を発揮するタイプで、最前線で相手のDFと対峙しながらボールを収めることは得意ではない。
これが3-4-2-1に変わったことで、ピッチ上に都倉・チャナティップとヘイス又はジェイが同時に立つことになる。ジェイが中央で相手DFと対峙し、都倉は右サイドにシフトし、ポジションを数メートル下げたことで、より前を向きやすい配置となる。中央に収まるヘイス、空中戦に強いジェイが鎮座することで、都倉はより広大なサイドのスペースに心置きなく走ることができる。
また、反対サイドではチャナティップが都倉と同等か、更に低い位置にいる(試合によって、都倉がトップに近く置かれたり、チャナティップが中盤センターに近い位置に置かれたりしていた)が、こうした低いポジションからチャナティップのスーパーな能力…体でボールを隠しながら長い距離をドリブルで運ぶプレーが試合の中で再三発揮されるようになる。
回収した後の選択肢が3つに(第23節川崎戦) |
チャナティップはタイのメディアに、「得意なトップ下でなく、左サイドでプレーしている」と語っていたが、通常3-4-2-1のシャドーは中央寄りないしハーフスペース付近でのアクションが多い。ただ札幌の場合、そこまで陣形をセットして攻撃をすることが難しく、かつ守備時に5-4ブロックに近い形で自陣に戻ったり、または相手SBを見る役割を与えられているので左サイドでプレー、と感じていたのだと思うのだが、この「低い位置・左寄り」からボールを運ぶ能力は、ジュリーニョのドリブルを失った札幌に、なくてはならないものとなる。
この3人を右・中・左に配したことで、ボールを奪った後にどう展開していいかわからない、という現象が激減する。中でも試合を経るごとに、「失わずに推進できる左サイド」が、より重要性を増していくことになる。
2)諸問題をごまかした数的同数守備
もう一つのメリットとして、相手が3バックの場合に守備の仕方がはっきりし、前線から守備を仕掛けやすくなったことが挙げられる。中断期間以降の数試合で札幌が対戦したチームのうち、浦和、甲府、仙台、磐田は3バック。このうち甲府は中盤3枚の3-5-2で、3-4-2-1の札幌とは噛み合わせが異なるが、浦和、仙台、磐田とは選手配置が全く同じ。この3試合は、札幌はほぼ完全なマンマークに近い守備を採用し、いずれも勝ち点3を奪うことに成功している。
浦和はお馴染みの攻撃時4-1-5となる可変システム、磐田は中村俊輔がフラフラと漂う王様システムだったりとチームによって差異はあるが、札幌はこれらをすべて、自分たちと同じ選手配置、すなわち対面に必ず相手がいるチームと解釈する。後は約束事として、とにかく対面の選手にやられないようについていく。一般には、マンマークは選手の個人能力がそのままチームの差となりやすいが、浦和戦は文字通り、都倉が槙野とのデュエルを制したこともあってこの前提も覆すことに成功した。
スペースを開けてでも対面の選手を抑える(第19節浦和戦) |
対面の選手に合わせたポジションを取る(第25節磐田戦) |
とにかく「対面の人を見る原則」を徹底したことで、リーグ前半戦に見られた問題をごまかすことにある程度、成功する。それまで多かったのは、2トップが相手のCBを見て、中盤3枚のうちの1枚が相手SBに当たるも、相手のセントラルMFだったりアンカーポジションにいる選手が非常にフリー理になりやすいという問題。下の写真では、相手の中盤2枚に対して札幌は荒野と宮澤がいるのだが、荒野も宮澤も中盤のスペースを守るタスク、宮澤は反対サイドに振られたときにスライドして左SBを見るタスクがあることから、相手の中盤を捕まえることができない。
2トップ+兵藤までは連動している(第14節神戸戦) |
そのため、都倉とジュリーニョの2トップ+兵藤までは連動して守備ができているが、相手のアンカーのところで連動できず、簡単に前を向かせ、中央を使わせてしまう問題があった。
アンカーを捕まえられずブロックも組めていないので中央を割られる(第14節神戸戦) |
後半戦は、マッチアップが揃っていることを利用して、相手が3バックならとにかくWボランチが捕まえに行くようになる。下の写真では、仙台の3バックでの組み立てに対して札幌も前3枚で捕まえに行き、ボランチ2枚が落ちてサポートしようとしたところにも、札幌も宮澤と兵藤のWボランチで捕まえる。結果仙台は出しどころがなく、蹴り出させることでボール回収に成功。捕まえる相手がはっきりしているので、前線の選手も後ろが連動すると信じて高い位置から当たることができる。
捕まえる相手が明確なので連動している(第24節仙台戦) |
もう1点追記すると、仙台戦、磐田戦で勝ち点3を獲得する原動力となったのは、負傷の横山に代わってCB中央を務めた河合。年々可動域が狭くなり裏を取られることも増えている河合だが、相手の9番を潰すことにかけては、増川を覗けばこのチームで未だNo1であり、河合の特性はこの時期の戦術的方向性とマッチした。
3)黄金比の裏側 ~噛み合わない相手には無抵抗~
じゃあ相手が4バックの場合どうするんだ、というと、まず結果から言うと、中断期間後、4バックの相手にはセレッソ、マリノス、川崎、新潟、広島と対戦し、新潟と広島相手に引き分けた勝ち点2しか獲得できなかった(その後、ジェイの爆発と厚別のホームアドバンテージもあり柏に勝利するが別記する予定)。これは川崎、セレッソ、マリノスと上位チーム相手の対戦も含まれているが、それ以上に、「システムが噛み合わない相手には打つ手がない」という状態にあったことが大きい。
3-4-2-1に転換した札幌の守備陣形は、何試合かでみられた変則的なものを除くと5-2-3と5-4-1の2つがある。基本的には、四方田監督は5-4-1で前に1人しか残さない形をあまり好んでおらず、より攻撃に転じやすい5-2-3が基本陣形と考えられている。
この時、一番前の「3」は、先述のように相手が3バックならやることは明確で、対面のDFに対して守備を行えばよい。しかし相手が4バックの場合、「人を見る」約束だけで動くと、相手選手が1人余り、そこから侵入を許してしまう。かといって、3人でスライドを続けてピッチの横幅を守り続けることは不可能。
じゃあ、スライドは無理だから中央を守ればいいのか?というと、チャナティップや都倉はサイドをケアしなくてはならない。それは先に説明したように、四方田監督はWBを極力最終ラインから動かしたくないため。WBの固定化と共に、CBをゴール前から動かさないようにしているので、相手が4バックの時、SBの選手が使うスペースはシャドーの都倉やチャナティップがカバーしないともたない構図になっている。
DFを動かしたくないのはわかるが、前線の制約が多くなる |
こうなると、前線の3枚は中央を守っていればいいのか、サイドを守るべきなのかどっちつかずになってしまい、結果いずれも中途半端に、ただいるだけの守備に陥りがちなのが、4バックのチームを相手にした時の札幌であった。
下の写真は、川崎はSBを上げてアンカー(エドゥアルド ネット)を落として3バック化しているが、川崎は4バックでもボールを動かせることもあって、川崎の3枚を札幌は捕まえられない。よってとりあえず、前3枚が横並びになって中央付近にポジショニングしているが、
一見中央を固めているように見えるが守り方が決まっていない上、 ジェイのコンディションがまだ上がっていない(第23節川崎戦) |
ネットがボールを運んでも(フットサルで言う、DFとDFを門に見立てて間を狙うプレー)、札幌は誰がネットの侵入を防ぐのか不明瞭になっていて、結果1列目の3枚と2列目の2枚が簡単に中央を割られることになる。4バックのチーム相手だと、このようにただ選手がオリジナルポジションに立っているだけで相手に対して何のプレッシャーも与えられていない状況が頻発するようになっていた(よって筆者は、4バック相手だともう厳しいのでは、という予想をした)。
選手数人がその場にいるだけでノープレッシャー(第23節川崎戦) |
7.3 札幌にとっての最適バランス
シーズンの3/4を経過してまだ残留圏内にいたものの、試合運びを見るとまだまだ信用できない状況が続いた。
ただ一つ、感じていたのは、人数配置だけを言うと、札幌は「7:3」…攻撃の選手3人に、中盤とDFで計7人という配分が非常に合っているという点。ここ10年ほどで、攻撃専門の選手のポジションはどんどん減っていて、一方でモドリッチやポグバ、カンテ、ビダル、ブスケツetcといった中盤センターで攻撃も守備もできる選手だったり、攻撃の組み立てができるCBやSBの選手の椅子が増えている。こうした大きな流れを意識すると、ほぼ攻撃専任の選手を3人置き、後ろは5枚を最終ラインから極力動かさずに、攻守分業気味に戦う札幌の選択は、時代に逆行しているとも言えるが、札幌は伝統的にそうした戦い方(守備はマンマーク、攻撃は個人技主体)で結果を残してきたチームでもある。
勿論かつてとは選手も監督も入れ替わっていて、「伝統」には殆ど意味がないとも言えるが、先に例示した川崎戦がチャナティップの奮闘もあってスコアは2-1だったように、「7」のデメリットは思ったほど現れず(布陣変更後、特段失点は増えていない)、一方でチャナティップ、都倉、ヘイスorジェイを同時起用できるメリットは攻撃面で明確に発揮されていた。
ロジカルに考えると、四方田監督が開幕時に出した結論の通り、「7」では守り切れないので「8」にして、セットプレー等で得点と勝ち点を拾っていくことは現実的で妥当なやり方に思えるが、どれだけ守備がユルユルでも大きくは破綻しないという点では、ロジックでは説明が難しい部分もある戦術変更でもあった。